メンバー宿舎
エゼット
あのさ、カロルの発熱には温湿布が一番だ!小さい頃から熱が出る度に、うちじゃいつもそうやって治してくれた
冷湿布だって何度も言ったのに!!お前が治ったのは、お前が頑丈でタフなだけだ!
体調が悪い時はウマいものを食べないと。昨日配給された果物とか……
……ちょっと、私のロッカーをごそごそしないでよ!言っとくけど私の果物、カロルにはあげるけど、あなたの分はないからね
1週間でカロルは回復する?もしその時になって、やっぱり訓練に耐えられなかったら?
心配ないさ!問題はどうにかすれば解決する。一所懸命、頑張れば必ず道は開ける!俺たちを信じろ!今はまずカロルの面倒を見よう
それほど広くない部屋に人の声が溢れていた。カロルは周りに集まった面々にクスクス笑った。
しかしすぐに咳き込み、キャリーが慌てて前に出て声をかけた
カロル!!どうしたの、大丈夫?
彼女はカロルの背中を軽く叩いた。一瞬、誰もが声を出せず、ただ黙ったままカロルを見つめた
ケホッ、ケホッ、大丈夫だよ、お姉ちゃん
彼女はまた何度か咳き込み、差し出された水を少し飲むとようやく落ち着いた
私はただ……こうやって集まって一緒に話をするのが楽しいなって。小さい頃に病気になった時、お父さんやお母さん、そしてお姉ちゃんもこうして側にいてくれたよね
あの時も私を楽しませようと、たくさんの物語や、たくさんの笑い話をしてくれた
聞いているうちに、病気の辛さも忘れて、楽しそうな笑い声の中でいつのまにか寝入ってた
そして目が覚めたら……病気はよくなってて、家族も楽しそうな笑顔になってた
お父さんお母さん……うう……
カロルはかつての日々を思い出した。温かいベッドや安全な家があり、生きるために悩むこともなく、両親や姉の愛に包まれた日々。しかしそんな時代は遠くへと去った
キャリー、カロル!ここでじっとしていなさい。必ず誰かがあなたたちを見つけに来るから……
父は侵入した侵蝕体を阻止しようとして体を貫かれ、母は崩壊寸前の壁から娘たちを逃がそうとして、永遠に瓦礫の下に埋もれた
ここに……まだ人がいる!
エゼットの人たちに探し出されるまで、彼女たちはずっと家の地下室に隠れていた
そのあと……エゼットの人数はどんどん減り、皆で話すこともますます少なくなった。人の世話をすることに不慣れな子供たちが、自分の経験を頼りに慰め合った
何度も夜に熱にうなされ、朦朧としながら夢を見続けた。夢の中では両親がベッドの脇に座り、笑ったり泣いたり、「遅くなってごめんね、一緒に家に帰ろう」と語りかける
舟をこいで眠りに落ちた姉の頭が彼女の体にもたれかかり、カロルはハッと目を覚ます。そしてベッドは冷たく、傍らにいた人がいないことに気付いた
キャリーは妹を胸に抱きしめ、自分自身も声を震わせずにいられなかった
わかってる、全部わかってる……私も会いたい……
僕もお父さんやお母さんに会いたいな、うわーん――
普段は呑気な少年も思わず悲しくなり、彼の甲高い泣き声がキャリー姉妹のすすり泣きを遮った。騒がしかった部屋は一瞬で静まり返り、他の子供たちも悲しみに襲われた
要領を得ない提案や共感できない経験談は、彼らが大人になりきれていない証拠だ。本来なら彼らは安穏と暮らし、親や先輩に支えられ、ひたむきに前へ進むべき年頃なのだ
決して今のように、受けるべきではない厳しい訓練を無理やり強いられ、弱さと生死の間を彷徨い、行く先を見失うべきではないはず
ぼ、僕は昨日の訓練で転んでしまって、腕が血だらけに……
昔の僕は痛いのが一番怖かった。だけど昨日は言い出せなくて、こっそりと薬を見つけて包帯で巻いたんだ……
絵本には、家のある子供だけが大事にされるって書いてあった。でも、今はみんな、誰も家のない子供だろ……
ライフおじさんたちに僕は役立たずって思われて、放り出され、見捨てられるのが怖かったんだ
――そんなことはない!!
ずっと黙っていたカムイが立ち上がった。皆の真ん中に来た彼の声には揺るぎないものがあった
まず、ライフおじさんが俺たちを放り出すなんてことはしない。あと――みんなは家のない子供なんかじゃない!
みんなエゼットの子供で、エゼットはみんなの家だ……いや違うな、俺たちみんなの家だ!
カムイはダレンの腕を調べ、何かを思い出したように少年の腕をそっと持ち上げ、怪我にふぅふぅと息を吹きかけた
こうやって吹きかけると、どんな痛みでも飛んでっちゃう――な、そうだろ?
このやり方は実際、何の治療効果もないが、少年にはとても効いた。ダレンは泣き顔のまま笑い出した
えっとね、家族のみんなは僕が悲しい時、いつもお話をしてくれたんだ。カムイもそうしてくれる?
俺は別にいいけど、ただ――そういうのはアジャールの方がもっとうまいよ。俺、話しても自分が先に寝ちゃうし。あいつに頼もう。話を聞いてたら秒で眠るから!
……カムイ、それで俺を褒めているつもりか?
お前、ガキかよ。お話なんか聞きたくない。もう子供じゃないんだ
ガキってなんだよ!じゃあ何するんだよ!今日は訓練しなくてもいいし、今日は僕たちのこの家の誕生日みたいなもんだろ?こんな大切な日には何かしなきゃ
誕生日なら、もちろん誕生日の歌を歌うんだ!
でも誕生日の歌は世界中で歌われていて、ちっとも特別じゃない。私たちエゼットだけの何かを探したいわ
うーん――だったら簡単だ!
カムイは数秒考えてから、パチンと指を鳴らした
エゼットには毎月ファミリーデーっていう伝統の日があるんだ。でも今はこういう状況だから、ファミリーデーの日を決めちゃおうぜ。じゃあ今日ってことで
お祝いの儀式っぽいことなら――エゼットの伝統的な歌を教えようか?
When I see birds migrate
(私は見た、海を渡る鳥が)
Over mountains and rain
(群れなす山と風雨を越えて)
<i>Fly through the dark of fate (運命の闇をくぐり)</i>
<i>Chasing light beyond the haze (迷霧の外へと光を追うのを)</i>
<i>Home’s the place where they land together (ともに降りよう、あの住み家へ)</i>
<i>Head up to see the sun (頭上には輝く太陽が)</i>
<i>Across thousands of years (幾千万年の時を飛んでいる)</i>
<i>Countless flames burnt inside (数限りない炎がその核で)</i>
<i>With sparks of life (生命の火花を弾けさせた)</i>
Ah the sun comes back every dawn~~~
(ああ、陽は朝の黎明のもとに)
そこそこ揃っている歌声に、調子っぱずれの声が混じった。あいにくその声の持ち主は更に必死に大声で歌ったため、子供たちは歌うのをやめてしまった
その調子はずれの声は、皆が歌うのをやめたことにも気付かず、しばらく夢中で歌っていた。数節を歌い続けたところで隣の者に頭を叩かれ、強制的に止められた
バカだなぁ!!歌うのは我慢しろって言ったのに。自分がスーパー音痴なのを知らないのか?
叩くな叩くな!!それ以上叩いて薬が剥がれたらどうするんだ?それに……自分ではすごく上手に歌えたと思うんだけど
彼らのよく通る話し声は、宿舎全員の耳にはっきりと聞こえた。カロルはベッドから起き上がり、体を支えながら顔を突き出した
――ローレンおじさんなの?
それを聞いてローレンは隠れていた扉の後ろからパッと顔を覗かせた。彼はまだ少し気がかりな様子でしばらくためらっていたが、結局部屋に入り、カロルのベッドの側に来た
カロルは相変わらず耳がいいなあ、さすがだ!
どうだ、体の調子は少しよくなったか?休んでいたのに、おじさん、邪魔しちゃったかな?
カロルはコクンと頷いたが、ローレンが誤解しないよう、またすぐに大丈夫だというように首を横に振った
お兄ちゃんやお姉ちゃんたちが私を医務室に連れてってくれたの。もうだいぶよくなったよ
……邪魔なんかじゃないよ。私もローレンおじさんに来てほしかったの
カロルが回復しつつあるのを見て、ローレンは安心したように笑顔を見せた。彼は持ってきた大きなバッグを、彼女がわざわざ首を伸ばさなくても見えるような位置で開けてみせた
なら、よかった!ほら見てごらん、おじさんがいいものを持ってきたよ
君の症状に効く特効薬だ……それに、内ポケットにあるこれらは栄養食。体にいいんだぞ
残りは、おじさんが外に任務に出た時に見つけて少しずつ貯めたおやつだ。薬が苦いと思ったら、おやつを食べて口直しをするんだよ
――ああ、そうそう。忘れるところだった!このブローチを見てごらん、気に入ったかい?娘が送ってきた君へのプレゼントだ。君たちのような女の子はきっと好きだよな
カロルは手を伸ばして受け取った
ありがとう、ローレンおじさん。でもおやつは前にくれたのがまだ残っているから、新しいのをくれなくても大丈夫
そう言いながら、カロルはバッグの中のおやつを返そうとしたが、ローレンはあわてて彼女の手を止めた
このおやつはそもそも君にあげようと思っていたんだ。遅かれ早かれ渡すことになるんだ、全部受け取ってくれ
そうだよ、カロル、ローレンおじさんはお前の大好きなキャンディを集めるために、昨日、俺に泣きついたんだ。何としてもジョーが貯めたキャンディが欲しいよ~ってな
――おいおい!子供たちの前だ、面子を潰さないでくれよ
カロル、ジョーおじさんの言うことなんかに耳を貸すな。彼は適当なことを言っただけだ、おじさんが泣くわけがないだろう
そう言った瞬間、彼の傍らに立っていたジョーは容赦なくローレンの頭をバチンと叩いた
誰がおじさんだって?俺はお前よりずいぶん年下なんだ。カロルは俺のことはお兄さんと呼べばいいが、お前はマジモンのおじさんだ!
おじさんで悪いか?それこそが大人の魅力ってもんだろ?カロルは娘と同じ年頃なんだ。以前、娘に会った時も、お前は娘からおじさんって呼ばれてたよな?
彼らが話をしている中、他の子供たちはバッグの中を覗き込み、思わず驚きの声を漏らした
うわあ、ローレンおじさん、ジョーおじさん、ふたりとも本当にすごいや、こんなにたくさんの薬を手に入れられるなんて
え……そ、そりゃもちろんさ!俺たちは医務室の人と仲がいいんだ。で、声をかけるとすんなりくれたってわけだ――
おいちょっと待て、さっき言っただろう、俺はお兄さんだ、おじさんなんかじゃない!
今回も、お手数をおかけしました……
キャリーはカロルからバッグを受け取り、ジョーとローレンにお礼を言った
ああ、なんてことないさ……カロル、おじさんはな、今回任務で外に出た時、面白いものをたくさん見てきたんだ……
ローレンたちと子供たちの話が盛り上がる中、キャリーは共有ロッカーの前で、バッグの中身をしまおうとしていた
キャリー、俺たちがやるよ!カロルに付き添っててあげなよ
薬はいつもロッカーの高い場所に置く決まりだ。つま先立ちでも手が届かないキャリーを見て、カムイは彼女から薬を受け取った
……アジャール、カトレフ、これを見てみろ
薬の瓶をロッカーにしまった時、カムイはラベルの薬名と薬品の規格がおかしいことに気付いた
この2本、どっちも特級規格の薬品だ。基地内の2等以上の肩書を持つ士官だけが申請できる
俺たち訓練メンバーや一般兵士のローレンおじさんたちが申請できるやつじゃない
……この3本もだ
アジャールは、自分が置いた一番上の棚の薬を指さした
こんなに多いってことは……どうやら、偶然だったり、うっかり取り違えたんじゃなさそうだ
ジョー、話する時、目を合わせない、嘘をついた
カトレフはすぐに自分の担当の分をしまい、カムイとアジャールに近付いた
うーん――もしかしたら、方便ってやつの「嘘」かも?
カムイとアジャールも薬をしまい終わり、皆が和気あいあいとした雰囲気に包まれていることを確認すると、目配せをしてそっと宿舎を出た
必ず、誰が薬を送ったか、見つける?
うん、俺はそうしなきゃいけないと思う。最近はエゼットの人の出入りも結構複雑だし。薬の扱いはやっぱりちゃんとしておきたい
これらの条件に当てはまる人物は……そう多くはない。確認するのは簡単なはずだ
じゃあ、僕も、一緒に行く
――グッドボーイズ、誰かをお探しかしら?
3人が廊下の角で話し合っていた時、女性の声が彼らの計画を中断した
……こんにちは、マリス議員
カムイは眉をひそめて1歩前に進み、アジャールとカトレフを後ろに庇った
君の名前はカムイ、そうよね?
そしてあなたの兄の名は――アジャールでしょ?バーリーコーン計画の報告書で見たことがあるの。訓練メンバーの中であなたたちは優等生だから……
あら、ごめんなさいね!カトレフを忘れてたなんて――許してね。後ろに隠れていたから、すぐには気付けなくて
もちろん、君もとても優秀よね
……恐れ入ります
この時間は……他の子供たちと一緒にいるべきじゃない?3人だけで出歩いてるということは……
何か困ったことでもあったとか?
何もありません。今日、追加訓練に行くかどうかを話していただけです
そうなんだ~
マリスは明らかにアジャールの言葉を信じていなかった
十分な警戒心を持つのはいいことよ。君たちが戦士として優れた資質を備えていることを証明しているもの
でも心配しないで、本当に助けに来たのよ?あなたたちが探している規格外の薬品の提供者って、まさに私なの
どう、私を信用してくれた?
――俺たちが薬の提供者を探していることを、なんで知ってるんです?
言わなかったかしら?アジャール少年。私がその薬を君たちに渡したのよ?だったらその行方は当然把握しているわ
あのふたりの兵士も私が行かせたの。彼らは普段から君たちと仲がいい。彼らは私を信用している。じゃあ、そちらも私を信用してくれたっていいんじゃない?
持っていかせたのはどんな薬だったか、覚えてます?
あなたを疑うわけではないんです。ただ何か見落としていないか、確認したいだけですから
マリスは謎めいた笑みを浮かべた
あら困ったわね。彼らに薬を取りに行く権限を与えただけで、具体的に何を持っていったのか、私は訊かなかったもの
もしふたりのおじさんに真偽を確認したいなら、そうなさい。もちろん私は気にしない。ただ……
事態は急だったから、彼らは正式な承認プロセスを完了していないでしょうね。このことが多くの人に知られて、厳しく審査されでもしたら――
知ってるでしょう、今、世界政府の各部門は自分たちのことだけでもう手一杯なの。私も彼らを庇ってあげる暇はないかもね
安心して。「人には添うてみよ」って言葉があるでしょ。君たちもいつかきっと理解できるわ
今後、もし私の助けが必要なら……
マリスはメモ帳を取り出して番号を書くと、その紙を破り取った
私の連絡先よ。きっと連絡をくれる日が来ると信じているわ
その日が来るのを楽しみにしているわ、グッドボーイズ
医務室
エゼット
上から視察で派遣された議員?マリスのことか?
彼は背後にいる3人の少年の方を振り向いた
確かに彼女は今日、エゼットへの差し入れだと言って医療用品を持ってきた
でもまだ開封していないんだ。彼女が訓練場でライフと言い合いになったと聞いてね。この物資の出所を確認できなかったから、まだ入庫処理をしていない
つまり、彼女が持ってきた医療用品はまだ持ち出されてはいない、ってこと?
もちろん。彼女は私を引っ張って、あれこれさんざん話をして、ようやくさっき解放されたんだ。そこにまた君たちがやってきた。処理している暇なんてあるもんか
そう言い終えると、彼はまた向き直ってマリスからの物資を点検し始めた。カムイは遠くからちらりと見たが、確かにどれも新しく、未開封の状態だった
……やっぱり彼女は嘘をついているな
じゃあさっきの彼女の連絡先、なんでまだ持っているんだ?
……その場で捨てればバレやすいだろ?今は宿舎に人も多い。持って帰って隠しても気付かれやすい
しばらく捨てずにおいて、後で処分する
彼女じゃない、あの薬、誰が?
3人は顔を見合わせた――
――これが例の物資か?
医務室の扉が開き、ライフが入ってきた。医師に声をかけた彼は、片隅に3人の少年が立っていることに気付いた
カムイ、アジャール、カトレフ、医務室に何の用だ?
君と同じさ。この「プレゼント」のことを訊きに来たんだ
そら、これだ。あの議員が送ってきたのは。どう処理する?
確認して、問題がなければ入庫処理をして使おう
君は上層部が投げ与える施しなんぞ、受け入れないかと思っていた
生き残る以上に重要なことはない。今のエゼットには少しでも多くの物資が必要だ。彼女が喜んで送ってくれるなら、我々も断る理由はない
わかった。ちなみに君が自分の権限を使って持っていった特級規格の薬品のことだが……
――黙れ!その話は後だ
ライフは慌てて大声で医師の言葉を遮ろうとした
特級規格の薬品って、カロルにあげた薬品?
知·ら·ん、ノーコメントだ。ローレンとジョーが薬を取りに来たことだけは知ってる。ついでに俺の栄養剤まで何本か持っていきやがった――
言っておくが、栄養剤の分は、彼らに命令した誰かさんの配給から差し引いておく。職級が高位だろうが、例外はない
……何だと?俺ももう1度言ってやる、俺はこの件と何の関係もない
暇すぎて医務室に来てうろちょろ、やっぱり追加訓練がしたいのか?それとも自分の配給でローレンとジョーの分を補填したいのか?
同じ言い訳、前も使った
おいおい、みんな気付いてるか?――ライフは焦ると、俺たちを黙らせようとして追加訓練、追加訓練ってのが奥義なんだよな!
……そんな話をする時は、声を小さくするか、俺から離れるかどっちかにしろ。俺を巻き込むな
――さあそこの3人、訓練場で3時間の追加訓練だ、今すぐ行け!
ラジャ――必ず任務を遂行しまっす!!
カムイはヘラヘラ笑いながら、アジャールとカトレフを引っ張って駆け出した。そして医務室の扉を開けた時、彼は振り向いてライフに向かって叫んだ
俺たち、訓練しながら「ライフ様、ありがとう」って大声で叫んどく。絶対みんなに聞こえるように、メッチャ大声で!
!?カムイ!!戻ってこい!!お前たちの口を縫いつけてから訓練場に投げ込んでやる!
黄金の太陽訓練場
エゼット
バーリーコーン計画がマリス議員の視察によって中断されることはなかった。訓練場で少年たちは陰鬱で退屈な訓練とテストを続けていた
……今日で5回目のテストだが、お前たちのうち、3分の2の者が目標に達していない!
こんな結果では……まずいな……
教官は手にしている記録表を見ながら、顔に焦りの色を浮かべた。世界政府のイナゴどもがこの成績に満足するわけがない……
もう1時間、追加で練習だ!1時間後に6回目のテストを行う
彼はすでに力が尽きそうなメンバーたちを見て少しためらったものの、やはり追加訓練をすることにした
教官、1時間更に追加訓練してもテスト結果は上がらないよ。俺たちの体力はもう限界、カラッポなんだ。繰り返しテストしたって無意味だって……
カムイは力を振り絞って教官の前に立った。このような基準を超えた負荷は訓練メンバーを苦しめるだけで、教官が望む目標に達成できるわけがない
それに……今日のテストは、今まで訓練したことのない内容ばかりだ。実戦経験のある数人のメンバー以外は、屋外での移動戦術に関する訓練なんてしたことがない
繰り返したってドンドン消耗するだけで、時間の無駄だ
……
俺はライフがバーリーコーン計画のために立てた訓練計画――「移動戦術」「実戦訓練」を見たんだ。中後期に、光冠ゲノムが安定してから強化すべき訓練だったはず
なんで、テストを早める必要があるんだ?
カムイの問いに教官は顔を曇らせ、何も言わなかった
カムイでさえ気付いた問題を、彼らを訓練してきた教官が知らないはずがない
ただ……
……これはお前たちごときが問うべきことじゃない。もちろん戦場での必要性によって全て計画されている
お前たちは戦士だ。戦士の本分は命令に従うことにある――こんな簡単な道理をまだお前たちに教えなきゃいけないのか?
練習を続けろ!目標が達成できないやつは、自身でその結果に責任を負え
基地中央制御室
エゼット
深夜
ここの制御パスワードを覚えていてくれて助かった……
しっ……声が大きい
アジャールは周りを注意深く見まわし、中央制御室のモニターを軽くタップした
……移動装置が再起動されてる。だけどエゼットは移動しなかった……
基本機能をチェックしたんだろう。やつらはエゼットがまだ移動できるかどうかを確認したんだ……
ふたりは目を合わせ、慎重に中央制御室を元通りにして、外の廊下に戻った
巡回報告、書き終わった
誰にも、気付かれてない
廊下の向こう側から現れたカトレフは乱雑に書いた報告書を持って、ふたりと合流した
倉庫の、物資、変化があった
彼はこっそり撮った物資の写真をカムイとアジャールに同期した
……物資は編成の数によって振り分けられてる。まさか……
静かな空間に、カムイの通信機から突然、緊急連絡のブザーが鳴り響いた
カムイ!巡回から戻ってきた。メンバー宿舎でこそこそ物を盗もうとした怪しい兵士を捕まえた
すでに宿舎に連れ帰って拘束している!早く戻ってきて!
――何だって!?物を盗んだ兵士?
今すぐ戻る!
少し不思議に思いながらも、3人はすぐさまメンバー宿舎へと戻った
メンバー宿舎休憩室
エゼット
彼は……最近新しく配属されたあの兵士たちのうちのひとり?どういうことなのか説明してくれ
アジャールは兵士から没収したものを確認した。食べ物、応急薬、全ての身分証明書と……1通の未開封の手紙
僕たち3人が今日の基地内部の巡回を担当していて、宿舎で捕まえたんだ。あの時こいつは僕たちの棚を漁ってたんだ!
なぜライフのところに連行しなかったんだ?
――これが原因だろう
アジャールが鞄を徹底的に調べ、大体の状況を把握した。彼はカムイに1枚の識別カードを渡した。それは逃走兵の鞄の底から見つかったものだ
ダレンのカード?2日前にうっかり失くしたって言ってたけど、そっか、アンタが犯人だったんだな?
訓練メンバーの宿舎にこっそり潜入するなんて、一体どういうつもりだよ?
ま、待ってくれ!!全部話すから
最近、上からのプレッシャーがすごくて。エゼットを移送作戦に移行させ、他の紛争地域の支援に向かわせろって。俺……俺はもうここにいたくなくて、逃げ出そうとしたんだ……
カードを盗んだのは、そっちから物資を盗めるかどうかを確かめたくて……
……エゼットが移送作戦を始めるって?
まだライフから聞いてないのか?上からはもう軍令の草案が下されてる……
軍令の草案って一体何だよ!?詳しく説明してくれよ!
俺の鞄に入っているあの手紙……
アジャールはその手紙を開封した
――エゼット移送作戦軍令草案?
本当に知らないのか?侵蝕体に陥落された地域を支援させるため、世界政府は何度もエゼットに「訓練成果を出せ」と要求し、バーリーコーン計画のテスト指標も変わった
俺は聞いたんだ――エゼットを向かわせようとしている支援地域は、状況が深刻すぎて、勝ち目はまったくないって!
すでにいくつかの精鋭部隊すらそこで敗れてる。俺たちのような通常部隊が、どうやって太刀打ちできる?
草案にはバーリーコーン計画の訓練メンバーを先に戦場に投入し、計画の成果を検証するとあった。移送作戦が始まれば俺たちも同行する。俺たちも投入されるかもしれない……
彼らは隠しているようだが、俺は知っている!最近ジョーを中心に、連日多くの兵士がライフのところへ押しかけて、早く決断しろって彼に詰め寄っているんだ
その言葉を聞いた瞬間、宿舎のメンバーたちは一気に騒ぎ出した
――最近の訓練がやけにきつかったのは、やっぱり裏があったんだ!!
でもなんで誰も俺たちに言わないんだ?
……真っ先に死地へ送られるのはあいつらじゃなくて僕たちだ。先に話して僕たちが逃げたら、報告のしようがないだろ?
だけど私は……彼らがそんな人じゃないと思う
意見がまとまらず、彼たちは決定権をカムイたちに委ねた。皆、彼ら3人をこのチームの大黒柱だとみなしており、選択を迫られた時は彼らの決定が最も安心できると考えていた
……慌てるな、俺がなんとかする
3日後、同じく訓練メンバーの宿舎に皆がまた集まった
直接ライフに訊いてみたけど……はっきりとは答えてもらえなかった
「もう少し時間をくれ、お前たちが望む答えを出すから」って
それだけだよ
カトレフは?昨日資料室の方に向かったのを見たんだ。何か役立ちそうな手がかりとか見つかった?
資料室、パスワード、変えられた
アジャールは眉をひそめ、資料をカムイとカトレフに同期した
「エゼット移送作戦軍令確認、第1支援目標地……」
「バーリーコーン計画-光冠ゲノム被験者成績リスト」
「バーリーコーン計画の訓練メンバーを優先的に投入して戦場支援をさせ、バーリーコーン計画の結果を定期的に監視する」
……その情報源は信頼できるのか?偽造の可能性とかない?
それはない。世界政府の印章が押されていたからな。それと、基地内部で情報を集めたが……内容はたいして変わらなかった
資料室はパスワードが変更され、ライフは答えない。こんなファイルを簡単に渡すはずがない……アジャール、まさか……
マリス議員のところに行ったのか?あの連絡先を、捨ててなかったのか?
……そんなことはどうでもいい、重要なのは――これからどうする?ってことだ
……あいつらは僕たちを人とも思ってない。僕たちに死ねって言ってるんだ!あいつらはもともとバーリーコーン計画や光冠ゲノムなんて信じていないんだ!
ダレンの精神状態は崩壊寸前だった。彼はアジャールの端末のファイルを指さした
ほら、ここに――「消耗品」って!あいつらは僕たちのことをこんな言葉で呼んでる!
移送作戦の軍令にはもう公印が捺されてる、正式なものってことだろ――俺たちはただ死を待つしかないのか?
ライフのところに行こう!白黒はっきりさせる!
……無駄だ、カムイにすらまともな返事をくれなかったんだ。あいつらがもともと、世界政府から派遣された軍隊だということを忘れるな
戦争において、人の命がゴミ屑のように扱われることなど、もはや珍しくもない
……皆が皆、俺たちみたいにエゼットに仕えて、家のために喜んで全てを犠牲する覚悟があるわけじゃない
あの連中が、過酷な戦争の中で俺たちに対してどれだけの人間性を保てるかなんて、そんな危険な賭けをするわけにはいかない
アジャールの言葉に誰も反論しなかった。誰もがあの見捨てられた日々を覚えているからだ
彼らは黙り込んで、身を寄せ合った
