黄金の太陽訓練場
エゼット
広い訓練場に、10代前半の少年少女たちが「押し込められ」ていた。彼らの軍服はぶかぶかで、サイズが合っていない。服の裾やズボンの裾をまくり上げて着ている者もいた
エゼットは彼らを戦場から救い、引き取った。だが基地ですぐに用意できる制服は少ない。やむなく大人の軍服を少し手直しして着せたのが、そのままになっている
広大な訓練場は恐ろしいほど静かだ。騒ぐ年頃の少年少女たちが誰ひとり騒がず、側にあるパニシング濃度モニターだけが、彼らがどんな「訓練」を受けたかを示していた
諦めちゃダメだ……今日はこのサイクルの最後の訓練日だ。耐え抜けば、最強戦士への道が1歩近付く……!
うっ……
痩せ細った少女がどうしても耐えきれず、苦しげな顔で地面に倒れ込んだ
周囲の人々はそれに気付くと、彼女を取り囲んだ。しかし、ほとんどの人が同じように苦痛に縛られており、彼女を助ける余力はなかった
――カロル!!?
うっ、お姉ちゃん……頭が痛い……力が入らない……
少女の額からは汗が滴り落ち、体は異常に熱くなっている
カロル、水、水はここよ……
水も彼女のカサカサの唇や真っ青な顔色を和らげることはできなかった。カロルの今の状態は、普通の補給で簡単に解決できる問題ではない
ダメだ、カロルは訓練を続けられない……ライフを探しに行ってくる!
カロルがこんな状態なのに、まだあの悪魔たちを呼びに行くつもりなの!?
キャリーはカロルをしっかりと抱きしめ、凄まじい形相でカムイを睨みつけた
あの連中は、彼女を足手まといだと思って、容赦なく処理するだけよ!!
でもカロルの今の状態は治療が必要だ……ここはパニシング濃度が高すぎる。彼女の体内の光冠ゲノムに干渉するしかない……
カムイはカロルの状態を確認しようと立ち上がった
私はあの悪魔たちを信じない!カロルがこうなったのも、あの連中のせいよ!クソ忌々しい光冠ゲノム……ライフもくたばればいい!
あいつらがエゼットを接収し、執行した計画、あれは何なの?パニシングに対するクソ光冠ゲノムの抵抗を高めるためとか言って、私たちに体力トレーニングや訓練をさせて!
物資もどんどん少なくなっていって――カロルがどうして病気になったと思うの!?
あいつらは私たちの命なんて一切考えていない!!カロルを渡すことは、彼女を死にに行かせるようなものよ!
お……お姉ちゃん……
カロル!大丈夫?水を飲みたい?
頭……痛い……お姉ちゃん……
痩せた少女は苦しそうにうめきながらすすり泣いた
私……私は死ぬのかな……
大丈夫!心配しないで、お姉ちゃんが絶対に守るから、絶対に……
キャリー、カロルを早く……
まだあの連中を信じろって言うの!?
キャリーはヒステリックに怒鳴った
……
喧嘩、ダメ
カトレフは怒り狂うキャリーを見て、カムイの前に立ちふさがった
……お前も言ってたよな、キャリー。皆、自発的にバーリーコーン計画に参加して、光冠ゲノムを接種したと
アジャールは彼のお決まりの笑顔を浮かべていたが、その言葉には一切の優しさが感じられなかった
エゼットが戦争地帯からお前たちを救出した際、撤退中に侵蝕体に奇襲され、ふたりの兵士を失った。だがエゼットは戦闘能力のないお前たちを見捨てはしなかった
そのあとの体質評価で、カロルの体力は低く作戦訓練には向いていないと判断された。エゼットは戦闘を必要としない収容基地に送ることを提案した
でもお前たちは離れ離れになることを頑として拒んだ。そして同意書にサインして残ることを選んだんだ
……
そして……あの戦いの後、エゼットは世界政府軍に接収された。バーリーコーン計画の内容が公に告知され、参加を望まない人は他の基地に移動することもできた……
ええ、その通りよ、確かに私たちは自ら訓練契約書にサインした。でもそこに書いてあった物資の保障については、1度も約束通りに支給されなかった!
訓練はどんどん増えるのに、物資の支給はますます減っていった!それでどうやってライフを信じろっていうのよ!?
それなら訓練を中断して、エゼットを離れればいい――誰もお前たちを止めはしない
……
物資が足りないのはお前たちだけじゃない、カムイは黙っているが、彼の分の物資はほとんどお前たちに渡しているんだ……
アジャール……!
まだ言わないつもりなのか、カムイ。無駄に犠牲を払って、それでいいのか?そんな「善行」のために、お前はどこまで自分を犠牲にするつもりだ?
アジャールはあえて声を大きくし、その場にいる全員に聞かせようとした
皆、生き残るために自分の意思で残ったのに、パニシング免疫訓練の苦しみに耐えれず、カムイたちに不平を言う。カムイが一体何をした?なぜこんなに責められないといけない?
……
キャリーは何も言えず、抱きしめたカロルを見つめ、ポタポタと涙をこぼしていた
お、お姉ちゃん……泣かないで……カロルはもう痛くない、本当に……
……ごめんなさい……カムイ……
わかってる……全部あなたたちのせいじゃないってことは。ただ……
カロルの状態がこんなに悪くなって、どうしたらいいかわからないの……ごめんね……
カロルは痛みをこらえ、姉の涙を拭おうと手を伸ばそうとしたが、できなかった。彼女の体には、姉のため、ふたりのために何かをする力はもう残っていない
エゼットはお前たちを救い、物資を与え、強くしたんだ。お前たちは……
アジャール……もういいよ
アジャールは少し不満そうな表情を浮かべたが、カムイの言葉に従い、彼女たちを見やることもなく、カトレフの方へ歩いていった
大丈夫、自分を責めなくていいんだ。俺はわかってる、カロルが心配なんだよな……
これ、あげるよ。カロルの助けになったら嬉しい……
カムイはキャリーに透明な液体の瓶を手渡した。涙で霞むキャリーの目が、信じられないというように大きく見開かれた
どうして……ソルエネルギアを持っているの!?
――カムイ!!
アジャールはお決まりの笑顔の仮面と、先ほどまでの穏やかな様子をかなぐり捨て、カムイの肩をガッと掴んだ
そんなもの渡して、お前、どうするつもりだ!それは訓練しすぎのお前に、ライフが特殊ルートで申請したものだ!光冠ゲノムの副作用を緩和するためのものだろうが!
……わかってるって、大丈夫。大袈裟だよ。追加訓練を申請して、またソルエネルギアをもらえばいいし……
お人よしもほどほどにしろ!上層部は毎日ソルエネルギアの残量をチェックしている。もしバレたらどうするつもりだ!?
でも、このままだとカロルが死んじゃうかもしれないだろ……これは俺たちの責任だ!
みんなはエゼットに残ることを選んだ。だからもう、俺たちの家族だ。家族を見捨てるなんてありえない
――お前!?カムイ、俺が絶対に手を出さないとでも思っているのか?
アジャールは拳を固く握りしめた
カムイ、アジャール、喧嘩、ダメ
カトレフ!離せ!これ以上止めるならお前も一緒くたにブン殴るぞ!!
アジャール、俺に勝てない。離さない
もし、負けても、離さない
3人は膠着状態となった。カムイとアジャールは、互いに譲らないままだ――
――もうやめて、このエネルギーは遠慮しておく
キャリーは疲れたように言った
カムイ、あなたの好意はありがたい。でももしこのソルエネルギアを受け取って、あなたが罰を受けたら……カロルも私も、そんなことは望んでないわ
あなたが言う通り、私たちは家族よ。それなら、私たちだって家族を傷つけるようなことはできない
……他の方法を考えてみる
キャリーの譲歩で、彼らの膠着状態は一時的に解決したが、カロルの状況は依然として解決していない
カロルの今の体力では毎日の訓練に耐えられない……どうにかしてカロルを宿舎に隠しておこう
でも、毎日の訓練は端末に記録される……
俺がカロルの端末を持って訓練する。ライフたちが細かくチェックすることもないだろうし
でもあなたはもう、訓練の限度を超えているんでしょ?
大丈夫だって、俺ならヘーキだ。だって俺はカムイだからな!
カムイは安心させようとしてニッと笑顔を浮かべた
……お前がどうしてもそうするって言い張るなら、俺も一緒にやる。ひとりで抱え込むことばかり考えるな
俺も
3人は目を合わせ、ここに小さな密約が完成した――
あら~ほんとに友情で結ばれてるって感じの子たちね
訓練場のパニシング濃度が急に下がり、扉がガラガラと開いた。見知らぬ女性が兵士たちに囲まれながら彼らに向かって歩いてくる
彼女の隣には、エゼットの現監督責任者――ファウンスを退役した世界政府軍官であるライフが立っていた
……まだまだ未熟な子供たちです。マリス議員のような方が関心を寄せるに値しません
ライフはカムイを睨みつけ、3人に早くこの場を離れろと目配せした
その言い方はあまり適切ではないわね、ライフ代表
マリスという名の議員は皮肉な笑みを浮かべ、チラリとライフを見た
彼らはバーリーコーン計画の中心メンバーでしょう。世界政府がこんなに多くの物資と資金をこの計画に注いでるんだもの、当然関心を持つわよ
何より――これは人類の未来の希望のひとつだし、だからこそ上層部が私に視察させてるの。そうよね?
マリスはキャリーとカロルに近付き、立ち止まった。しゃがみ込んだ彼女は、弱っているカロルの額に手を当て、憐れむような表情を浮かべた
あらあら、この子を見て。こんなに熱が出てる。もう限界のようね
こんな年齢の子供たちは、本来なら大人たちに愛情たっぷりに世話をされ、庇護されるべきなのに――せめて、収容基地に送られるべきよ……
大人の基準で彼らに光冠ゲノムを接種して、訓練させるなんて……あまりにも残酷だわ
ライフ代表、あなたは本当にか弱い子供たちを苦しめてまで、自分たちの目的を達成するつもり?
キャリーはカロルの手を引き、マリスからできるだけ距離を取ろうと、おずおずと後ずさった。その女性は慈悲深い笑顔を浮かべ、全身からぞっとするような冷酷さを放っている
まるで作り笑いを浮かべた毒蛇だ。鋭い牙をむき出し、狙いを精確に定め、目の前の彼女たちをひと噛みで仕留めようとしているように見える
こんな状況で食べ物にありつけるだけでも、子供たちには十分ですよ。自分の意思で計画に参加し、訓練の契約にサインしたんです。それをやり遂げる責任があります
マリス議員、このことはあなたの管轄ではないかと
ライフは1歩足を踏み出し、さりげなくふたりの少女とマリスの間に割って入った
フフ……それでも自分の考えを貫こうというのね?たとえ物資が不足し始めているこの状況でも、エゼットを守り続けようと……?
エゼットはファウンス士官学校に属しています。あなたが決めることじゃない
エゼット軍事基地はファウンス士官学校附属で、歴史も長く基礎も盤石――かつてはね。ファウンスと連絡が取れたところでどうするの?彼らは自分たちのことで手一杯よ
ましてや……ここの精鋭戦力はこの前のあの戦いで――ああ、援軍が遅れて救援が間に合わなかった、例の戦いのことよ
皆、犠牲になった。そうよね?
……
目の前に立ちはだかるライフの背後に隠れる子供たちをマリスは一瞥した。幼く弱く臆病で――羽も生え揃わない雛鳥だ。少し力を込めればその哀れな翼は簡単にへし折れる
だが……最前列に立つ3人の少年だけは、どこか違っていた
彼らはまるで彼女を、いや、何事をも恐れていない――天地をも怖れぬ若さゆえの傲慢。彼女もそれをよく知っていた
賢い子供たちだ。そして彼女は、賢い子供を操るのが得意だった。マリスはカムイたちをじっと見つめ、必ず手に入れてやるとばかりに笑みを浮かべた
いずれ必ず方法を見つける。エゼットを解体させ、この「光冠ゲノム」に適応できる子供たちを連れ去る方法を
「黄金の太陽」……なんと魅力的な呼び名だろう。だが……まだその時ではない
私の約束は、今のところまだ有効よ、ライフ
上がバーリーコーン計画、この黄金時代からの大計画にどれだけ資金を注ぎ込んだかはご存知よね。それに見合う成果がなければ、ここにいる全員がどんな「結末」を迎えるか……
彼女は意味深に語尾を濁し、人差し指をライフの肩にぐいと突きつけた
どうしてわざわざ、ぶつかるとわかっている行き止まりの道を選ぶの?
今のうちにエゼットの解散を自ら申請すれば、まだ別の道がある。安心なさい、あなたにも子供たちにも、もっと素敵な安心できる居場所を用意してあげるから
今のように命や将来を賭けるより、そうする方がずっと賢明で得策なのは確かよ
――ダメだ!
何があっても、エゼットは解散しない!たとえ失敗しても、戦死しても、俺たちの帰る場所はエゼットしかない!
……たとえ世界政府でも、根拠も証拠もなく、エゼットを解散させる理由はない
うん、解散しない
マリスは最前列に立つ3人の子供を興味深そうに見つめた
見てよ、なんて義理堅い子たち――知ってるわ、エゼットは昔から基地を家と呼び、絆も普通の軍隊よりずっと深いってことはね
安心して。あなたたちは全員、ちゃんと一緒にしてあげる――
無理だ――
黙るんだ!!ここはお前たちが口を出す場じゃない!
ライフはカムイの言葉を強引に遮り、睨みつけて黙らせた
さっさと戻れ!今日の訓練はまだ終わっていない!
3人にそれ以上話す隙を与えず、ライフはマリスとの会話を自分の方へと戻した
マリス議員……あなたが善意で仰っていることはわかっています
子供たちが押し合うようにしながら去っていくのを見届け、ライフは顔をしかめながらマリスに向き直った
あなたのご意見は熟慮いたします。だが時間が必要で……あなたは世界政府で大きな発言力をお持ちだが、ご覧の通り、子供たちはこういった訓練にまったく耐えられない
もし上にかけあっていただき、固定訓練量を減らす、あるいは滞っている物資申請を進めていただけるなら、エゼットの皆も感謝することでしょう
ライフの遠回しな拒絶に、マリスは子供たちに向けていた作り笑いをさっと引っ込めた
……ライフ、本気で私を拒むつもり?
かつての兵器マニアが、今じゃこんな場所に籠もって、子供たちと一緒におままごと――誰が信じるかしら?
あなたの野心も、求めていた功績も名誉も――たった1度の事故で、全ての尊厳が燃え尽きてしまったの!?
それは関係ないんだ、マリス
関係があるとすれば――今のエゼットは、まだ俺が仕切っているということだ。手を貸す気がないなら、世界政府に戻って別の道を探せ
……ふん、あなたは自分から負け犬になった臆病者よ
ちっぽけな働き蜂や蟻どもが、太陽になろうとでも?
なら、お手並み拝見といこうじゃないの。自分たちを燃やし尽くして、この暗い世界を一体どれほど照らせるのかをね
マリスは立ち去った。彼女はまだ世界政府から任された視察任務を続けなければならない。彼女がひとまず子供たちに手を出すのを諦めたのを見て、ライフは胸をなでおろした
……ライフ
カムイが幽霊のように扉の陰からぬっと現れた。その後ろにアジャールとカトレフもいる
戻れって言ったよな?
盗み聞きするつもりはなかったんだ、ただ……
……言え、何だ
カロルが病気なんだ。俺たちで彼女の訓練量を分担したい
カムイは手を後ろに回し、じっと立っている
死にたいのか?お前の訓練量はもう他のやつの倍以上だ。それでもまだ分担するつもりか?
俺も
……俺も手伝う
俺も……俺もいける!
扉がぎぃっと軋み、またひとり少年が顔を出した。続いて、他の少年たちもそろそろと姿を見せた
そうだ!カロルの訓練量は皆で分担だ!任務もしばらくは俺たちが代わりにやる!
まずはカロルをちゃんと休ませないと!
次々と声が上がった。彼らは仲間のカロルのために、勇気を出してひと足踏み出そうとしていた。そのガヤガヤとざわめく声を聞いて、ライフは頭を抱えた
――うるさいぞ!!お前ら、そんなに元気があり余ってるのか?
今日は訓練に身が入らないみたいだな。全員休憩室に戻って謹慎だ!ちゃんと反省しろ
罰として今日は管理スタッフからの食事配給は禁止だ。必要なものは各々で対応する倉庫に取りに行け
この騒ぎの原因はカロルにある。彼女はお前たちより数日多く謹慎だ、ひとまず1週間だ
彼女を言い訳にして俺に口答えし、訓練をサボらせないためにな
ライフの怒鳴り声で彼らは一瞬、静まり返ったが、命令を聞き終わるとまたひそひそ声が広がった
何だよ急に、なんで謹慎なんだ?
バカかお前。肝心なとこ聞いてなかったのかよ?必要な物は自分で取りに行けってことは、つまり自由に動けるってことだろ?
ってことは、お菓子取り放題ってこと?好きなだけ持ってこれるってこと?
――お前、マジで役立たずのバカだな!要はカロルの薬とか栄養品を取りに行けるってことだ!
ごちゃごちゃやかましい!!さっさと戻れ!戻らないなら全員追加訓練だ!
そのひと言で、皆一斉に訓練室から駆け出していった。訓練場の中央にいるのは、ライフだけになった
彼はまだマリスの真の目的を考えていたが、どうにも答えが出ない
世界政府の狙いはバーリーコーン計画の完遂のはずだ。それまではエゼット基地に手を出すはずがない。まさか……
……お前たち、なんでまだいる。まさか本気で追加訓練をしたいのか?
ライフは背後で黙って見ている3人に気付いて、追い払おうとした
カトレフが真っ先にカムイとアジャールの手を引いて走り出した。彼は寡黙だが愚かではない。愚か者は追加訓練を受ければいいのだ
――ありがとな!!ライフ!!アンタほんといい人だ!!
カムイは声を張り上げて叫んだ。その声が広い訓練場にこだまして、ライフは何度もその感謝を聞かされる羽目になり、イライラしながら頭をかきむしった
……カムイみたいなガキが一番苦手なんだ、こっ恥ずかしくなる……
