鋼鉄の巨獣はその鋼のような翼をはばたかせて風を起こした。崖から崩れた石や木の葉が「彼」の周りを飛びかい、背後の赤い月を王冠のように戴いている
血を思わせる赤い月に照らされて、その影は月から伸びる鉤爪のように無限に伸びていく
次の瞬間、「彼」は鋼鉄の体をねじまげ、嫌な音を響かせた。なぜ折れる寸前まで体をねじまげているのか、誰にもその理由はわからない
ギチ、ギチギチ、ギチギチギチ……
その巨獣の、蚕が桑の葉を食べているかのようなきしんだ低いうなり声が、段々と近づいてくる
いや、違う「彼」は笑っている……「彼」は興奮しているのだ!
この笑いは……殺戮の始まりに、興奮を隠しきれない笑いだ――
「彼」は笑い続けた。その恐怖を覚えさせる一本調子の笑い声は、まるで赤ん坊の泣き声のようでもあった
ギチギチ……ハハハハハハ!!!!!
その声はいつまでも続いた。その異様な声は怯えているようでもあり、勝ち誇っているようでもある。地獄に落ちた罪深き魂だけが出せる音だ
この臭い……この臭いは?この臭いは!
きた、きた、キタァァァ!
さっきのあいつは簡単に片づくゴミだったと知ったら、あの方はきっと失望する
でも、でも、ブードゥーが新しいおもちゃを、生きたまま連れて帰ったら――喜ぶ!あの方はきっと喜ぶ!
何をぶつぶつと……狂ってるのか?
おもちゃ?
皆下がって――私たちのことよ!
ヴィラの警告と同時に、巨獣の両側にある羽根状の金属が振動しながら高く持ち上げられ、寒々とした月の光にきらめいた――襲撃を予知したノクティスは思わず身を縮める
21号は地面で一回転し、スレーブユニットが防御体勢をとってヴィラの前に立ちはだかった
3人の姿は月光の下に完全に晒された
ヴィラよりヤバイやつがいるとは、世の中は広いぜ……
ワンちゃんたち、よしよし、ウーワンワン!かくれんぼしよ!?はははははは!!!3つ数えたら、こっちから行くよ――
3!!!
笑い声がまだ鳴り響く中、ブードゥーと名乗る怪物は空中からケルベロス隊に猛然と襲いかかった。ヴィラはすぐ反撃体勢をとり、ノクティスも身構えた
だが、ヴィラに近づいた瞬間、ブードゥーは急に方向を変えた
なりふり構わないその強烈な感情に影響されたかのように、目を見開いて驚き固まっている21号に向きを変え、ブードゥーは狂ったように進みだした
う……
手足がいうことを聞かず、21号は地面に膝をついたまま、動けなくなっている
21号!
同時にこちらの頭も、高速回転するチェーンソーの刃に切り刻まれるような強烈な痛みに襲われた
痛みは残酷な手となり、自分の脳内のある部分を握り潰そうとする。その痛みに耐えながらはっきりとマインドビーコンの震えを感じた――だめだ、リンクを切っちゃいけない――
キキキキキキ!ワンワーン、また会ったねぇぇぇぇ!
ヴィラは刀をつかんでブードゥーの背後へと回り、飛び上がって切り下ろした。しかしブードゥーの鋼鉄の背中に火花が散っただけで、かすり傷ひとつつかない
ノクティスも攻撃し始め、彼の怒涛の連続爆発攻撃にはブードゥーもしばらく動けずにいる
お試し終わりっと。戻って、あの方を満足させないと
ひひひひ、こんな面白い虫けらを放っとくわけがない!
痛みで気が遠くなっていく中、何とか理性を保とうとする
21号!動ける!?
……
攻撃も受けず触れられてもいないのに、21号は糸が切れた操り人形のように跪いたまま、微動だにしない
おいおい、俺が牽制してんのに!?
意味ない。意味ないんだよ!すでにあの女の意識海は蝕んでやった。なんとも美味なる意識海だなァァア!
気がふれたかのようなブードゥーの言葉と同時に、小さな機械の蜘蛛が次々と21号の袖から這いだし、草むらへと散っていった
21号……目を感じた
これ、見たことある。前のショーウィンドウで見た
「勘違いじゃない」、これ、ついて来てる
21号、わかんない。手が、痒い
頭の中……変……気持ち悪い……
……[player name]……頭にいるの、あなた?
私に、何をした……
狂ってるわね……ノクティス!あれを抑えておいて!
ずっとやってるよ!
クズが……
ヴィラはブードゥーの攻撃を食い止めた
いつからよっ!
おい、こっちだこっちだ、一番弱っちいのに手出すんじゃんねえよ!
結論を言って!今は戦術分析を聞いてるヒマはないわ!
――さっさとして!
ここは俺とヴィラに任せろ!
[player name]、彼女を、連れ戻して……21号が必要なのよ!
一面、真っ白だ
実験室から出てきたから、実験室の白さが広がってる
そんなに走っちゃダメ…心配するでしょ…
この声、よく知ってる……
なぜか、その声を聞くと、安心する
早くおいでよ……
温かい……
昔、ひとりきりだった時、何をすればいいかわからなかった
いつも、どうすればいいか、誰かが教えてくれる。戦う時だけ、自分は生きている。それ以外の時は何もない
でもこの声……ああそうか、私にも、そういう存在がいたのかも?
どこにいても、心は満たされている。どこにいようが、帰る場所があるから
手をつなごう
……手を
手が差し出されてる
無意識に、手を伸ばした
もうちょっとで……あの温かい感触がある
うん!
ふたつの手は握り合わされた
だけど、自分の手は、空中に止まったまま
21号はためらうと、手をひっこめた
ルナ……帰ろうか
21号が振り返ると、彼女はすでに無限に続く意識海の中にいた
目前に、パニシングが町を襲い、人々が泣き叫びながら祈り、死ぬ光景が広がる。「お父さん」は最後に愛するルナの名を叫んだ。業火は全てを燃やし、彼女は絶望に落ちた
21号の前で、ルナとルシアが体を寄せ合い、「お父さん」と「お母さん」が微笑みながら彼女たちと手をつないでいる。パンのいい匂いや、暖かい秋の風が21号の顔をなでる
彼女の真っ白な意識海に――それらの情景がフラッシュのように現れては消えていく。どれもとどまることはなく、すぐに跡形もなく消えていく
お姉ちゃん……ひとりにしないで
お姉ちゃんはずっとルナと一緒にいるよ
うん!ルナもお姉ちゃんを守る
あなたが大きくなったらそうしてね……
なんで?ルナは今でもお姉ちゃんを守れるよ!
はいはい……
あ、信じてない!
信じてるよ
ルシアはルナの手を取った。ふたりの体に、暖かな日差しが降り注いだ
ふたりの姿が消え、視界から最後の色が消えた
21号の体が強く、何度もぐんぐんと引っ張られる。昔の実験室……空白の部屋、そして戦場……それらの白く恐ろしい部屋が大きな口を開け、背後から彼女を飲み込んだ
彼女には……結局はこの白い部屋の記憶しかないのだ
寂しい……?
孤独···なの?
他の人が当たり前に持っているものを……君は一度も手にできなかった
でも大丈夫……言う通りにしてくれたら、全てが終わる
指揮官……?
こういった感情というものから、君は離れなければいけない
感情を持つことは君の人生にとっては、害にしかならない。正すべきだ
……正す?
君もそう望んでいるだろう?
思い出すんだ。ボロボロの少女が助けもなくたったひとりで……両親に捨てられた時、君の未来は殺人マシンとして、廃棄されるまで一生、無感情に戦うことを義務づけられた
感情に支配されれば、恐怖が生まれる……だから、何も考えず、感情を捨てるんだ。君に感情はいらない。君はただの機械だ。機械らしく最も得意なことをするだけで、皆が喜ぶ
……違う……私は……機械……
迷わなくていい!さあ、自分の心の声を聞くんだ
全てを終わらせるんだ!
21号が目を開けると、あたりは現実の光景に戻っていた。彼女は月下に立ち、その目の前にはブードゥーが立っている
21号、「彼」を攻撃するんだ!
……
21号は背を弓なりにして、眉をぎゅっと固く寄せた。スレーブユニットがやがて光り始めると、攻撃態勢に入った
……あなた……
そう言った瞬間、21号は体を翻して、自分の背中をブードゥーに見せた。彼女の目には揺るぎない決意が宿っている
あなた、指揮官じゃない――
背後のブードゥーは一瞬で砂のように砕け散った
代わりにブードゥーと戦うヴィラとノクティスが現れた
21号は突然、強烈な感情を感じた。呪いのように強烈に空気中に満ちている感情だ。それは霧のように意識海に広がり、彼女の体を襲った
彼女が手を振ると、ビーム砲が放たれ、スレーブユニットが飛び上がった。放たれた野獣の如く、彼女は猛烈な攻撃力で束縛を突破した。鋭い牙を剥き出し、月下に立つ狼のようだ
次の瞬間、幻は1枚の薄布のように、彼女の鋭い眼差しに引き裂かれた
あふれる思いが雷光のように脳裏に浮かぶ。先が見えない道を縦横無尽に走り、澱んだ空気を切り開いていく。広大な金色の麦畑で、全てのものを踏みしだいて突破している気分だ
それは眼下の谷や逆立つ波をも恐れない、超高速で崖を飛び越えていくかのような爽快さだった。ただ一心にゴールに向かう、ただそれだけ
思考は21号と完全にシンクロし、マインドビーコンの拘束を突き破った。彼女とのリンクの主導権をようやく取り戻した――
指示を出すより早く、21号は完全にこちらの意図を理解し、自分がどう動けばいいかをわかっていた
21号は突進した。ヴィラとノクティスと戦っている実体のブードゥーがうめいた。ふたりの構造体と戦いながら、更に1名の構造体とのリンクに干渉するのは負担がすぎるようだ
「彼」も無敵ではないということだ
ヴィラもノクティスも、21号も自分も、もちろんひとりひとりは無敵ではない……でも、こちらは4名が一丸となっている――