街角に仮設された芝居小屋は、観客でぎっしりと賑わっていた。長い衣を纏い、面をつけた語り部が舞台の上にどっかと座り、抑揚をつけて情感たっぷりに語っている
さてさて、前回の物語では――家の決めた縁談を拒んだ名家の
月なき夜、風は冷たく――ふたりは高き塀をよじ登り、都へ逃げ出さんとした……されど、全ては屋敷の主に見抜かれており、用心棒らを差し向けていたのでした……!
語り部が卓上の拍子木を勢いよく叩くと、舞台裏から昔の衣装に身を包んだ黒衣が次々と現れ、ポーズを決めてみせた
おお、思ってた以上に本格的だな!殺陣の役者までいるのか!
最前列を取るために超早起きして並んだ甲斐があったぜ
……っと、悪い。しゃべってると見逃しちゃうな
慌てて常羽と一緒に視線を舞台に戻すと、先ほどまで舞台上にいた黒衣たちが、いつの間にか客席まで降りてきていた
哀れなるかな、
語りに合わせるように、目の前の黒衣たちは迷いなく自分と常羽の手首を縄で縛り上げ、舞台の上へと引き立てていく
ちょっ……なんだこれ!?こんなの聞いてないぞ!?
抗議の声も虚しく、黒衣たちは無言のままこちらを取り囲む。その間も語り部の声はやむことなく、情景を語り続けていた
両の手を縛られては、まるで急所を突かれた蛇。千の技を持つ武術家とて、一手も繰り出せぬというもの――
ほわちゃ――ッ!
考えを巡らせていた矢先、常羽が突如として黒衣に向かって蹴りを繰り出した
振り返ると、常羽はすでに構えを取っていた。腰を落とし、しっかりと馬歩を決め、観客と黒衣の前に堂々と立ちはだかる
おとなしく縛られるのは性分に合わなくてな
さあ、かかってこい!
いきなり武術で反撃し始めた常羽を、呆然と見つめることしかできなかった
少し退屈していたところだったため、常羽とともに勢いよく立ち上がり、肩を並べて黒衣たちに向き合った
おやおや、思わぬ展開!用心棒らの隙を突き、若き武術家、宙を跳んでの一閃!一気に流れを引き寄せたその勢い、まるで雷鳴のごとし!
常羽の反撃を見て興奮したのか、語り部の声がどんどん熱を帯びてくる
1、2、3、4……
もういいや、数えんの面倒くさい。全員まとめてかかってこい!
黒髪の少年は意気揚々と背筋を伸ばし、その赤い瞳には昂った闘志の炎が燃えていた
黒衣たちは互いに視線を交わし、「ついに本気でやれる相手がきた」と言わんばかりに興奮した様子で抱拳で一礼し、常羽に飛びかかった
それから芝居小屋は大騒ぎとなった。拳と蹴りが飛び交い、語り部の激昂した語りが轟き、観客の歓声や叫声が渦巻く――さながら祭りのような熱気に包まれていた
いけ、若僧!そのままやっちまえ!
この大乱闘は、常羽の圧倒的な勝利で幕を閉じた
終演後、汗だくの役者たちが常羽に駆け寄り、強い握手を交わしていた。久しぶりに本気で戦えた喜びを語り、機会があればまたゲスト出演をしてほしいとも言っていた
だが、両手を縛られた状態での応戦はやはり無理があったのだろう。常羽の顔には傷がいくつか残っていた。街角のベンチに腰を下ろし、傷口の手当てをしていく
ッ……なぁ、もうちょっと優しく……いっっっってぇ!
うわっ、循環液も出てきた……
常羽はバツの悪そうな顔で鼻を擦った。丁寧に手当てし、赤い循環液が染み込んだ綿球をゴミ箱に捨てる
……ちょっと芝居に入り込みすぎたんだよ
だってさ、考えてみろよ。一番大事な人が攫われてるのに、見てるしかできないとか悔しいだろ?
それにこの芝居を観に行こうって言い出したの、俺だし
なのに、お前の目の前で一方的にボコボコにされるのは、さすがに格好悪――
言い終わる前に、彼は突然口を噤んだ。そして何事もなかったかのように立ち上がり、大きく伸びをした
いや~風も気持ちいいし、散歩にはもってこいの夜だな!
いいや、終わりだ。終·わ·り!
常羽はやけに強調して答えた
はぁ……[player name]ってさ、なんでそんな鈍感なわけ?
どこか本気とも冗談ともつかない表情で、常羽はこちらの額をピンと弾いた
ま、夜はまだまだ長いし……
月の光を背に常羽が振り返ると、うなじの辺りで束ねられた髪が宙を描くように揺れる。そして、彼はこちらに向かって手を差し出した
[player name]、次はどこに行く?
