青少年育成センターのとても静かな夜――
ここに預けられている子供たちは遊び疲れ、大人たちに連れられて次々と眠りについた
昼間の賑やかな笑い声はすっかり消え、ほとんどの照明が落とされた小さな講堂――その片隅で白髪の青年がひとり、手元の資料や機材を片付けていた
……「バンジ先生」?
機材の光だけが灯る片隅で、バンジが顔を上げる。その視線は、本来ならここにいるはずのない自分をすぐに捉えた
僕の任務が終わったら、一緒にコンステリアに行こうって言ってたよね?
……そっか
バンジは軽く頷き、手招きする
シャットダウンする前に見て
講堂に入り、バンジの隣に並ぶ。モニターを覗き込むようにして視線を落とした
最近、ここで各地の特殊な文化を紹介する講演みたいな催しがあって。今日は七夕だから、子供たちが興味を持ちそうな七夕の伝統文化を資料にまとめてみたんだ
「織姫と彦星」「カササギ橋」「乞巧奠」……まぁ、君なら知ってるだろうけど
子供たちにはすごく新鮮だったみたい
バンジはそう言いながら画面をスクロールさせる。なんとなく眺めていると、不意にバンジの背中に垂れる「アレンジされた三つ編み」に目を奪われた
何が?
バンジの背中から三つ編みを前に持ってくる。よく見ると三つ編みは途中から四つ編みに変わっていて、その先には複雑な結び目があり、先端は派手なリボンで結ばれていた
……あの子たちだな。このまま寝ると後頭部が痛くなりそうだし、ほどいてくれる?
ついでに服のポケットも見てほしいかも
バンジはふと思い出したように、自分のパンパンに膨らんだポケットに目をやった
あの子たちが寄ってきた時に、何か突っ込まれてるなとは思ったんだ。爬虫類とかバイオニックカエルだったら困るし、見てくれる?
リボンを外し、髪をほどこうとした手を止める。言われた通りに身を屈め、もう片方の手をバンジのポケットへ滑り込ませた
何が入ってた?
ポケットの中からはカサカサと物音がしている。尖ってはいないが、指先にごちゃごちゃと当たる小物たち――まるで小さな宝箱を探っているようで、少しだけ心が躍った
はぁ……ゴミはゴミ箱にって、いつも言ってるのに
あとは?それだけってことはなさそうだけど
彼の三つ編みから手を放し、両手を左右のポケットに突っ込んだ。コアラのようにバンジの背中にくっついたまま、中を探り続ける
どんな形?
……バイオニックカエルだ
バンジは目を閉じ、諦めたように言い切った
ポケットの中からくぐもった「ゲロゲロッ」という声が聞こえる。どうやら正解だったようだ
……他には?
次へと促すその声は、どこか期待しているようにも聞こえた
そう言いかけたところで、指先にふわふわした何かが触れた。次の瞬間、それは暴れるようにポケットから飛び出し、「バサバサ」と羽音を立てて天井目がけて飛んでいった
……鳥?
ふたりで天井を見上げると、黒と白のバイオニックバードが蛍光灯に止まっていた。その歪な作りの鳥は、蛍光灯を激しく揺らしながら――
「ガーガー」と鳴いていた
……
バンジは無言のまま、ゆっくりと眉間を押さえる
……バイオニックカササギだ。多分、僕が壇上で話してる間に組み立てたんだろうね
そう感想を漏らすと、バンジは額に手を当てながら吹き出した
すごいのは、どんなことでも受け入れちゃう君でしょ
……こういう生活も悪くないよね
バンジの琥珀色の瞳が、僅かな光に煌めく。「宝箱ポケット」から手を抜き、ぐちゃぐちゃに編まれた三つ編みをほどき始めると、彼はその様子をじっと見つめていた
僕の理想の、パニシングがない生活に近いかも
例えば南蕴で診療所を開いてさ。時々こうやって講堂に来て子供たちに色んなことを教えて、いたずら好きな子がポケットに「プレゼント」を詰め込むのを見守って……
夜になったら誰かが迎えに来てくれて、一緒に帰る……とかね
手際よくバンジの髪を整え、黒いバックルで留める
僕、しばらく任務はないんだ
雨花祭前後にある任務は前倒しで終わらせた。君を誘おうと思って
小婉から連絡が来たなら、もう確認する必要もないね
バンジの背後に立ったままでいると、そっと腕を引き寄せられる。彼はこちらの手の平に鼻先をうずめるようにして、優しくすり寄った
今夜はずっと一緒にいるんだし……明日の朝、ふたりで一緒に行こうか
