鮮やかな装飾が施された豪華な劇場。外には長い行列ができ、呼び込みの声と観客の声で賑わっている
~英雄古来より恩義を重んじる……
~死を恐れて誰が男と言えようか……
常羽……おまえはいい男になるな
じ、じ、常羽、き、今日は、は、早めに家に、帰れよ!
家?どこの家?
九龍の民は戦争など恐れない。戦争如きに九龍の意志は砕かれない……
常羽……劇団の皆のこと……任せたぞ……
誰……誰がしゃべってる?
この声を知ってる……けど……顔が見えない……
もし僕らにも生きる権利があったら?
俺たちは自分を売って初めて生きられるっての?
本当か?
いきなり、燃える火の玉が城の外から飛んできた
劇場の人々はあわてふためき、叫びながら逃げた
無数の黒い物体が火の中から出てきて、それらには真っ赤な両目があった。何だろうかと常羽は凝視し、ごうごうと燃える炎から何かを見出そうとした――
……起きろ……常羽……
……起きろ!
暗闇の中、常羽は飛び起きた。心臓は鼓動を激しく打ち、指先も痺れている。その痺れは指先から背骨を通り、脳にまで直結しているようだ
ベッドの横で誰かが自分を見ている
槐南ではない。槐南の呼吸はもっと静かで悪意もない。槐南はたまになんとも判断のつかない表情をするが、動作は闇に隠れる鳥のように静かで機敏だ
常羽は呼吸を整えながら、拳を握り、獲物を狩るヒョウのように神経を研ぎ澄ませた
側にいた誰かが近づいた刹那、常羽は動物のように飛び上がり、相手の動きを封じて喉をわし掴みにした
!!!
常羽が相手をねじ倒すと、何かがぶつかる音が響き、ベッド隣の音声センサーライトが光って機械音声が流れた
コンバンワ、タダイマ20時25分46秒デス
…………
常羽は目をみはった。常羽は出会った全ての人の顔を覚えている。目の前にいるのは、あの富豪だったのだ
お前……なぜだ、何を企んでいる!槐南はどこだ!?
ふむ……いい動きだ。油断した
俺の質問に答えろ!
常羽が手に力を入れると富豪はのけぞり呼吸こそ苦しそうだが、顔色ひとつ変えず冷静だった。常羽が見たあの短気な富豪とはまるで別人のようだ
若いの。俺はただ雇われただけで、関与する気はない……失敗して報酬もないし、もう関係ないこった
質問があるなら、当人に聞けよ
何のことだ!?アディレから来たのか……槐南はどこなんだよ!
もうひとりのあいつか?交易会に行ったよ
な……交易会は明日の夜のはず……
どれだけ寝てたかわかってないのか?
常羽が窓の外を見やると、外は明るく賑わっていた。おそらく、交易会はもう始まっている
なんで……まる1日寝てたのか……?!
常羽は急いでシーツを裂き、男を縛りあげた
男が動けないのを確認してから、机の上にあるリュックを開く
しかし、中のアディレに関する資料や船内図、常羽のTa-193コポリマー適性検査の結果が入っているチップが全部……なくなっていた
くそ、くそ!
槐南は何をする気なんだ!
興奮のせいか夢のせいか、常羽の頭はひどく痛み、足取りもよろめくようだった
俺のフリをして交易会に参加する気か……しかしあいつは戦闘なんてできない。バレたら大変だ……
そこまで考え、常羽は慌てて机の上の物をリュックに詰め込んで背負った
理由がどうであれ聞かないと。俺の身代わりだと……?絶対にそんなことはさせない。槐南は交易会で……アディレに何をする気だ?常羽は目まぐるしく考えを巡らせた
おい……残った方がいいぞ
縛られている男がぽつりとつぶやいた
無視しようとした常羽は、男の次の言葉に足を止めた
無知は幸福なり、だ。知らなくていいこともある……凡人には凡人なりの幸せってもんがある。その幸せの範疇で生きてりゃいいんだ
わかってないな、俺が選んだことなんだよ
嘘だとしても、裏切りだとしても……
常羽は拳を握りしめ、男を残して扉から飛び出した
……あいつの口から聞かないと