長く経ってから焦土の辺境の悪魔たちは、この「永遠の白昼」と真逆の時代を「夢なき黒夜」と呼んだ
黒夜の君主ネイティアは自らの手で聖堂を打倒し、天使による人間への圧迫を終わらせた
悪魔たちも、永遠なる夢の失墜を代償に「永遠の命」という栄誉を得た
噂によると、今も黒夜の君主に侍る血の契約者は、かつての「黙示録の四騎士」と戦友のような関係であったという
しかし今では、悪魔たちが四騎士の名を口にする度に畏れを感じていた
彼らの到来は、それに続く破壊と訃報を意味するからである――
……おめでとうございます、魔君様。最後の「枢教エリア」が陥落し、これで焦土の辺境は事実上、魔君様の支配下となりました
更に「バベルの塔」の建設も順調に進んでおります。遠からず、至高の御方もまた、魔君様の掌中に収まることでしょう
くだらないお世辞はいらないわ、私の時間を無駄にしないで。グレイレイヴンはどこ?
魔殿の奥から、ネイティアの長い影がゆるやかに降りてきた。その指先のひと振り、ひと足の歩みまでもが、ひれ伏す悪魔たちの身を震え上がらせた
はっ、はい!
グレイレイヴン様は四騎士とともに煉獄へ向かわれ、悪魔たちと交渉中とのことです。現在「マモンの座」は空位、いずれ煉獄も我らのものに……
軟弱な悪魔が再びネイティアの怒りを買う前に、「血の契約者」が魔殿へと足を踏み入れた
その瞬間、玉座の下にひれ伏す悪魔たちはほっと息を吐いた。グレイレイヴンさえ姿を現せば、少なくとも今日、魔君様が怒りを爆発させることはない
探していたのよ、グレイレイヴン
ネイティアはこちらの姿を見ると、その場にいる悪魔たちが見たこともないような、柔らかな笑みを浮かべた
ちょうどよかった。面白い物を手に入れたのよ。一緒に見ようと思って……
……今日の会議はもう終わり。皆、下がりなさい
悪魔たちは頭を垂れ、音もなく退いていった
広大な殿堂に残されたのは、血の契約者と魔君のふたりだけ。ネイティアは急がず静かにこちらを導き、一面の澄んだ鏡の前へと立たせた
見つけたの。ネイシスの遺物を……その魂を納めた本当の「原初の鏡」
伝説によれば、生死の法則はこの鏡の中の無限空間から生まれた。この鏡の前に立って秘法を起動すれば、自らのあらゆる輪廻を垣間見られるとか
より正確に言うなら……私は自分が生まれた「由来」を知りたい
もうとっくに見たわ。細部まで全て、鮮明にね
彼女は鏡の前に立ち、そっと手を伸ばした。鏡の中のもうひとりのネイティアが、その手を迎え入れるように揺らめく
かつて、地獄の悪魔たちは私を「生まれながらの悪魔」と呼んだ。でも、彼らは知らない。私は夢を持たないことを望んで生まれたわけじゃない
証明が欲しいの。私は生まれながらの魔女なんかじゃない……魂は他の皆と変わらないんだって
この道を選んだのは、宿命じゃない。私自身の意志……ただそれだけよ
彼女は鏡から視線を外し、隣にいる自分を見つめてきた
グレイレイヴン……あなたには、この執念が理解できる?
それで十分
ネイティアはこちらの手を取り、ともに秘法を起動した
パリン――目の前の鏡は一瞬にして砕け、無数の破片が宙を舞う
そして、ふたりの眼前に果てしなく伸びる回廊が現れた。かつてネイシスが数十年も潜み続けた「鏡の回廊」
新たな魔界の王とともに、この終わりの見えない回廊へと踏み入った。すると鏡のひとつひとつに、見知らぬ光景が浮かび上がった
ネイティアが顔を上げると、鏡の中に映る彼女の姿と、鏡面に広がる光景が入り乱れ、ひとつに溶け合うように重なっていった
あなた、まさか本当に、私たちの間に命が宿るなんて……
これはきっと至高の御方の慈悲でしょう。あのお方が種族と魂の壁を越え、私たちの愛を結びつけてくださったのよ
決して聖堂や地獄の争いに巻き込まれぬように、この子を人間界に残そう。人間として、君の傍で生きる方がいい
鏡の中の澄んだ光に、ネイティアは初めて父の姿を見た。優しく母に寄り添い、腕に抱かれた小さな赤子を見つめていた
夢のように幸福な光景。しかし、胸の奥に違和感が湧き上がる……
すまない、ネイティア。生まれたばかりなのに、私はお前の傍にいてやれない
これもお前とママが穏やかに生きるためだ。いつかお前は地獄に戻り、本当の自分を見つける日がくるだろう……
だがその時まで、どうか自由に生きてほしい。偏見にも縛られず、自分の意志で生きてほしい
そんな……
――こんなの嘘よ!
哀しい叫びとともに秘法は解け、ふたりの前に広がっていた鏡の回廊が一斉に崩れ落ちた
すぐに駆け寄り、力の抜けた彼女の体を抱きとめた。腕の中で、ネイティアの全身は微かに震えている
グレイレイヴン……見たの?全部……
彼女の瞳は焦点を失い、宙を彷徨っていた
私は……人間と悪魔の間に生まれた子なのね……?
この秘密は、絶対に悪魔たちに知られちゃいけない。もし明るみに出れば彼らは二度と、私が「地獄のために戦っている」とは信じないわ
そっと彼女の手を握った
本来ならすぐに口にできるはずの言葉だが、なぜか胸の奥につかえて、うまく出てこなかった
グレイレイヴン……やっぱり、あなただけね。私の傍に永遠にいてくれるのは
私の選択は間違っていない。唯一、あなたの存在だけが必要なんだわ
その誓いに支えられ、ネイティアは深く息を吸い込み、ゆっくりと立ち上がった
そうね、立ち止まってる場合じゃない。私たちは前進あるのみ……この偉業を成し遂げるために
数十年の戦いの果てに、目標までもう最後の1歩……
ネイティアは水銀のように光る鏡の前へと歩み寄った。そっと人差し指を伸ばすと、その指先から紫の光流が放たれ、存在してはならないその鏡を一瞬で粉々に打ち砕いた
彼女は砕け散る欠片を一瞥もせず、何もなかったかのように砕けたガラスを踏みつけて魔殿を降りていく
世界の歪みを正すために、私たちは至高の御方を倒す
それに……私は全てを捧げる
自分は何も言わなかった。ただ静かに、その黒き君主の歩みに合わせ、彼女とともに歩いた
魔殿の外では、果てしなく広がる魔の軍勢が海のようにうねりを上げていた。視界の全てに、無数の星が散らばる旗と見張り塔が並んでいる
ネイティアが姿を現したのを見て、彼らは高く腕を振り上げ、轟くような歓声が大地を揺らした
魔君様!魔君様!魔君様! グレイレイヴン様!グレイレイヴン様!グレイレイヴン様!
四騎士の加護がある、我らは不敗なり!
全ての栄光を、地獄に!
ネイティアは高台に立ち、こちらを振り返った。その手の平をそっと差し出してくる
行きましょう。この新しい世界が、私たちを待ってるわ
