Story Reader / エターナルユニヴァース / 神寂黙示録 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
<

死の王冠

>

川の霧が深く垂れ込め、どろりとした闇が冥界を不気味に包んでいる

突然、遠くから汽笛の音が鳴り響いた。それは、人間界からの呼び声だった

次の瞬間、黒い炎をまとった列車が轟音とともに姿を現した。蒸気機関車の先頭車両は波濤の上を進み、車両を引き連れて無窮の霧の底へと向かっている

地獄の渡し守が列車を操り、アケローン川を越えて、生死の狭間を彷徨う魂を乗せて進んでいた

彼らを人間界から川の底深く、地獄へと導くために

これは革命前夜の、すぎ去りし日の物語

何年も待ち続けて、やっと俺の番か。今の時代は地獄行きすら抽選だなんて、なんだかなぁ

これが地獄行きの最終列車みたいだな。いったん乗っちまえば、もう人間界には戻れない。お前ら、覚悟はできてんのか?

そ、それってどういう意味なの……死んだら悪魔になって、地獄に送られて、それからまた人間に転生する、で大丈夫だよね……?

ええ?おいおい、お前、何も知らずに死んじまったのか?

死の王が30年前に封印されて、生死の法則はもう崩壊してるんだよ。安らかに臨終、輪廻でスムーズに転生?甘っちょろい夢見てんじゃねぇよ

それからは、成仏できねえやつらが生ける屍としてウヨウヨと人間界を彷徨ってんだ

まだ地獄の渡し守がこの列車を動かしてるから俺たちは地獄へ行けるが、そうじゃなかったら地上で「永遠の白昼」に焼かれ続けるんだぜ。だって太陽が沈まねえからな

残念だが死の王の封印からあまりにも長い時が経ってる……悪魔の領主である渡し守も今や衰えたってよ。今回の列車が……恐らく最後だろうな

お前、今までに何度か「最終列車」を逃してそうなタイプだな?でも、少なくとも今回は間に合った……ラッキーだったな

悪魔はそんなジョークで場を取り繕おうとした。しかし、向かい合う「よくわからないまま死んじゃった悪魔」が、フードの奥に隠している表情には気付かなかった

あ、ああ、なるほど……それで、いつ到着するの?

真夜中の15分前

フードを深くかぶった小さな影が、冷ややかに列車の到着時刻を告げた

……地獄行きの列車に子供?俺より不幸なやつもいるもんだ

「よくわからないまま死んじゃった悪魔」はその言葉に反応せず、懐中時計をチラッと見てから、身を屈めて小さな姿にそっと耳打ちした

そろそろ……始める?

……

相手が反応しないのを見て、彼女は一瞬ためらった。そこで、語気を強めて命令した

……ハイタンが命令する、あの扉を開けて……今すぐに!

小さな姿はまるで操り人形のようにゆっくりと腕を上げ、ふらふらと立ち上がった。そしてよろめく足取りで狭い通路の中央へと歩み出た

おいおい、何しようってんだ?「彼女」がもうすぐ点呼に来るぞ。子供はおとなしくしとけ、変なことをするなよ

噂によると、言うことを聞かないやつは焚火の谷にぶち込まれるらしいぜ。そこは地獄の中でも最強にブッとんでるところらし……

死鬼はその続きを口にしなかった――車両の奥から鉄扉の開閉音が響いたのだ。乗客たちは一斉にその方向を見た

足音が響く。誰もその名を呼ぶことを許されぬ、あの者の足音に違いない

どうしたの?どうぞ、おしゃべりを続けて頂戴

話し声が、運転室まで丸聞こえだったわよ

3等客車の黒鉄の床に響く足音は、そのひと音ごとに、恐怖と服従を刻みつけていくようだ

じゃあ、あなたから始めましょうか?はい、自己紹介

渡し守は槍先をそっと彼の肩に置いた。その所作は、優しさを宿しているように静かで柔らかだった

突然問い詰められた悪魔は、自身に下る審判の気配に怯えた。恐怖に全身を支配され、無意識のうちに小刻みに震え出す

フィデロ·マルチネス。乗車した時はまだぼんやりしてたみたいだけど……少しは目が覚めたかしら?

そ、そんな堅苦しい呼び方じゃなく、フィドとでもお呼びください。ほら、俺って……

答えは、「はい」か「いいえ」だけよ

「渡し守」の視線が彼の目を貫いた。真っすぐに、魂の奥底を探るように

静まり返った狭苦しい車内に、アケローンの川のうねりと列車の轟音が重なり、「乗客」たちの不安を更に掻き立てた

は、はい。もう十分に目覚めました。どうぞお訊ねくだ……

彼は頭を垂れ、以降ひと言も発しなかった

いいわ。マルチネス、エベルコンディダ町で死亡。死因は頭部への致命傷

罪状は未登録の附魔強化武器の所有、マモン貨幣の偽造、脱獄、それと……

面白いものを見つけたかのように、「渡し守」の口元がふっと緩んだ

怒った女性ウェイターに酒瓶で殴り殺された?あなた、つまらないセクハラでもしたの?

違います。誤解なんです……

本当に誤解なら、どうして今ここにいるのかしらね?

槍先を彼の肩から離すと同時に、彼女はひらひらと手を振って、裁きを言い渡した

焚火の谷送りね。連行

そ、そんな!俺は無実だ!

マイク·ドレイヴン……

「渡し守」は取り合うそぶりも見せず、震える乗客の列へと迷いなく歩を進めた

銃撃を止めようとして……流れ弾に当たった?

彼女が脳裏に浮かぶ死の記録を確認していると、ふと廊下で静かに立っている小さな人影に気付いた

領主……様……

フードの奥からその声を聞いた途端、彼女は相手の名を口にした

「混沌の使者」?どうしてここに?

焚火の谷の番でしょう、どうして放り出して来ているの?何かがあったの?

異常事態を察した彼女は、すぐさま使者に駆け寄った

しかし、畏怖を隠し切れない口調の「悪魔」の前を通りすぎたその瞬間……

……ん?

彼女は前進姿勢のまま瞳だけをぴたりと静止させ、素早く向きを変えると偽装した「悪魔」に焦点を定めた

死にかけの魚が紛れ込んでるわね?ハ·イ·タ·ン?

彼女の鋭い爪が影のように忍び寄り、「悪魔」の目の前に一瞬で現れると、そのフードをはぎ取った

ヒィッ!!

「悪魔」はその一瞥で魂の奥を見透かされ、震えながら飛び上がった。間一髪で攻撃をかわすと、混乱しながら大慌てで操る混沌の使者に命令を下した

ちょっと、早くやってよ!

その命令に、小さな姿は腕を広げ、抱えていた異形の卵を露わにした

その表面は「滑らかさ」とは無縁で、血管のようにくねくねと脈動するものが蠢いていた

脈打つその中を流れる液体は、アケローン川を思わせる禍々しい紅色だ

使者!目を覚ましなさい!

少女は喉の奥から微かな苦悶の呻き声を漏らした

ごめんなさい、私……

卵の脈は枝のように広がって少女の四肢を絡め取り、その先端は彼女の肌の内へと潜っていく

じ、時間がない!感傷に浸る暇なんてないんだってば!早く!

そう言われた少女は指示に従って両腕を高く掲げた。金属の鉤爪が妖しく光る

その鉤爪が激しく空を切り裂き、地獄の帳に裂け目を作った

秘法門が出現し、その静寂と闇に包まれた空間の裂け目から、聖堂特有の悪臭が漂ってきた

全員、下がって!

「渡し守」は異変を感じ取った。次の瞬間、両側の窓外から鋭い悲鳴が押し寄せた。それは不吉をもたらす哀しみの咆哮だった

天使だ!天使が来たぞ!

紛れ込んだあいつ、おかしいぞ!あいつが持ってるのは聖堂の……やっぱりな、生涯不運だった俺に、地獄に行ける幸運なんてあるはずなかった。迂闊だった!

天使は車両に噛みついてきた。車体をかみ砕く音は、地獄ですら忌避される不協和音だ。列車は一瞬で修羅場と化した

赤髪の「渡し守」は素早く双頭槍を掲げて、逃げようとする罪人の行く手を塞いだ

痛い痛い痛い!あ、相変わらず凶暴だね!それ、久しぶりに会った挨拶じゃないでしょ!

そうね、何年ぶりかしら。少しでも成長したかと期待した自分に腹が立つわよ。コソコソ潜り込んで、列車を襲うなんて!

魚の尻尾が地面の上で苦しそうに痙攣し、その主が放つうめき声が空気を震わせる

白状しなさい!何が目的で使者を操り、聖堂の物を奪い、天使を誘き寄せたのか!

わ、私……私は――

魔女ハイタンは必死に言葉を探したが、うまく言語化できないようだ

取引したの。全部は言えないけど……と、とにかく私、使者の秘法門の力を借りて聖堂に入り込んで、オメガの卵を取ったんだ。あれなら、もしかしたら……

その言葉に、「渡し守」の胸に正体不明の不安が広がった。確信はないがもし、それが古い言い伝えにあるモノだったら――

「オメガの卵」

焦土の辺境に伝わる古文書によると、世界の終焉は、ある卵から始まるという

暴風が吼え、万物が絶える。それは聖堂がひた隠しにする恐るべき兵器だ。伝説の中でしか語られぬ、至高の破壊だ

それが、今このタイミングで、地獄行きの列車に出現するなどありえない

ましてや、その卵が魔女に囚われた少女の胸に寄生しているなんて

――聖堂と取引をしたの?アトランティスの教えはどうしたのよ!?

「渡し守」は怒りも露わに魔女ハイタンの首を絞め上げた。魔女ハイタンは苦しそうにもがきながら、涙を滲ませている

うぐっ、あ、あなたにわかるもんか……ただ奪うことしか知らないくせに!かつて持っていたものを、私がどれだけ大切にしてたかなんて!

ガキが!おままごとやってるんじゃないのよ!

「天使」と呼ばれる異形の者たちが車両を取り囲む

……あなた、この列車そのものを取引の対価にしたの?

……

魔女は怯え、はあはあと荒い息を吐くばかりで返事をしない

よーく考えることね。この列車を奪うには、私の死体を踏み越えるしかないんだから

私たちは悪魔の領主、お互いを殺すことは永遠に不可能なはず。まったく、愚かな選択をしたものね

白い霧の中、天使たちが窓を叩き続ける。ヴィラは手中に細い首を握りしめようとしたが、そのままラミアを床に突き倒した

彼女は再び双頭槍を手に揺れる列車の中央に立った。彼女はただひとり、その列車の中で確固たる存在だった

魔女ハイタン。聖堂のクズどもを片付けたら、あなたに100年付きあってあげるわ

そ、そんなのできるはずがない!もう、あなたなんて、怖くないんだから!

生死の法則が崩れ、死の王が封印された今、あなたなんて恐れるに足ら……ヒィッッッ!

列車の主が言葉を返さない代わりに、槍が空を切る音が響いた。一瞬ののち、最初に突入してきた天使が床の上の血溜まりに横たわっていた

彼女は背を向けて槍を収め、奮い立とうとふんばる魔女ハイタンに横目で一瞥をくれた

挑戦する気?いいわよ

聖堂とどんなバカ取引したのか知らないけど、アケローン川は遊び場じゃないの。私はラストリアスじゃないし、バカほど可愛いとよしよししてくれる人はもういない……■■■

名を呼ばれ、魔女ハイタンの身体はびくりと震えた――何年の前の彼女のように

……

一瞬、昔のように謝ろうとした。しかし彼女は目的を思い出し、言葉を飲み込んだ

……謝るのは今じゃない。次があるならね

私……決めたんだから!

「渡し守」が天使と戦っている隙を突いて、人魚は素早く金属の爪を持つ少女の後ろへ回り、自らのマントで少女を包み込んだ

こ、今回は見逃してあげるッ!

次の瞬間、人魚はぴょんと跳ねると、開いた窓から飛び去っていった

彼女はあの子供のような悪魔を引き連れ、煙のように窓の外へと姿を消した

両側の座席に座る悪魔たちはただその光景を眺めるだけで、誰ひとり声をあげることさえできない

「渡し守」ははかり知れない表情を浮かべている

……次?フン、聖堂に関わる代償をまだ理解してないようね

何をボサッとしてるの?全車両、戦闘態勢よ!生き残りたかったら、天使を叩きのめしなさい!

列車護衛隊に告ぐ!3等客車で現場を制圧――チッ!

数車両先の運転室に命令を下した直後、突然、重力の変化で列車が大きく傾いた

おいっ!アケローン川に落ちちまうぞ!

嫌だ!地獄で義務労働を終わらせるんだ!アケローン川の石になっちまったら、もう輪廻できなくなる!

それより……このまま人間界へ戻されて、またあの悶絶の地獄を味わう方が悲惨だ!

気を確かに持て、お前はもう死んでるんだって!あと一歩で完全に死ねるんだ、ここで諦めるな!さっさと立て!

俺には無理……ぐっ――!

次の瞬間、叫んでいた悪魔が魂ごと引き裂かれ、塵のように消えた

その惨状に全員が恐怖し、車内の混乱は限界に達した

運転班、状況を報告!

報告!蒸気機関の附魔効果が外されています、制御が効きません!

運転室から、断末魔のような悲鳴が響いてきた

天使が!やつらが列車に入り込んで……もう、止められない!!!

しっかり座ってなさい。地獄へ向かって走るこの列車から私の許可なく逃げる者は……私の手で川へ突き落としてあげる

彼女の言葉は自信と威厳に満ちていた

聖堂、意志……執行!

人魚が姿を消した窓から、青白い顔をした白い人形が次々と車内に入ってくる。あまりも素早い動きに、窓際に座る死鬼たちは悲鳴を上げる間もなく噛み殺されてゆく

穢れた聖堂の汚物ども、その汚らしい手をどけなさい!

惨劇が始まった。悪魔たちが絶望に抗う中、鮮やかな赤い影が通路を駆け抜ける

その槍先が天使の胸を貫き、腐臭を放つ液体が暗紅色の槍の柄に飛んだ

殺戮!殺セ!殺セ!

やってみなさいよ、雑魚が!

彼女の槍の双刃は、まるで死の代弁者だ。聖堂から放たれた化け物たちを、神性を失ったただの水塊へと堕とし込んでいく

だが次の瞬間、白い痂のような不気味な手足が、なおも狂ったように窓からなだれ込んできた。まるで、列車に乗り遅れまいとする亡霊の群れのように

ま、また来た!た、助けて……!

慌てふためいて隣に座る仲間の死鬼に助けを求めようとしても、その姿はほとんど原型をとどめていなかった。無惨な屍に変わっているか、窓の外に投げ出されている

天使は喉を鳴らしながら、手近な悪魔を狙っている

嫌だあっ!!

下がりなさい!

その声とともに「渡し守」は身を翻し、恐怖に震える悪魔の前に立ちはだかって、一撃を受け止めた

くっ……!

骨ばった白い手がヴィラの肌の一部をはぎ取り、貪るように呑み込んだ。だが次の瞬間、その醜悪な存在は無惨にも斬り裂かれた

私の血肉が欲しいのね?それなら、お代は命でいただくわ!

彼女は、自らの前腕に走る紅く火照った傷跡をなで、次々と襲いかかる天使を引き裂いていった。戦いの最中、全てを削り尽くすような痛快な悦びが、彼女を満たしていた

しかし、彼女もわかっていた――限界が近付いている

彼女の指先が微かに震えていた。まるで砂のように、全身の力が意志に逆らって零れ落ちていく

ネイシスが彼女に授けた力は、遠い過去のあの裁きの日にとうに失われていた。それでも今まで立っていたのは、ただ、彼女が己を奮い立たせ続けていたからだ

霞む視界の中で、黒と紅の世界を聖堂の白がじわじわと侵食していく。ついには、白が優位を奪い始めた

アハ、惨めったらしい最期だこと

彼女の脳裏に、操られていた混沌の使者の姿が蘇った。全身を異形の卵に覆われた、あの悪夢のような光景が

あの子すら守れないなんてね……バカ魚についていって命を落とすなんて……

あの時……ラストリアスと一緒に行っていれば……

3等客車に突入成功!

領主様!領主様がおられたぞ!

ぐあああ――

だが、運転室から車両へと突入してきた最初の衛兵を、天使の牙が容赦なく腰から両断した。その断末魔の叫びは残響となって、車内の壁に衝突した

!!

「渡し守」の五感が最後に捉えたものは、周囲に漂う鉄の匂いと残響だった。彼女は部下たちが次々と跡形もなく消えていくのを目の当たりにしていた

アハ……

やっぱり最後は、こうするしかないのね

彼女は静かに息を吐くと、車両連結部のレバーに手を伸ばした

領主様!この列車は、先代領主が手ずから築いた……

……もちろんよ、だからこれ以上進めない。今ここで全てを失うわけにいかないの

領主様!!

はぁぁぁぁぁッ――!!!

手に込めた力に従って、精鋼がゆっくりと歪み始めた。そして彼女の身から噴き出す黒き炎が、地獄においても至難の業といわしめたこの列車を、ついに溶断した

無防備となった「渡し守」に、枯れ果てた骨と獰猛な牙の波が襲いかかる。列車を溶断するその間、彼女の血肉は無慈悲に引き裂かれていく

彼女は必死に地獄の炎を呼び起こし続けた。そしてその魔力がゆっくりとではあるが確実に、自分から離れつつあることに気付いた

まだまだ……これからよ――グッ!

ガラン――

やがて双頭槍を握ることさえできなくなり、槍は静かに床に落ち、主の手から離れた

その瞬間、ついに彼女の手によって列車は真っぷたつに分断された。彼女はふらつきながら後ずさり、押し寄せる天使の波に呑まれていった

彼女は何年もともに「必死に抗ってきた」護衛隊の面々が反対側に落ち、焚火の谷の方へと向かうのを見た

残った者は全員焚火の谷へ戻って、ケルベロス将軍を探しなさい。何としてもアトランティスを死守するのよ……恐らく、魔女ハイタンが次に狙うのはあそこだわ

だ、ダメです!領主様!掴まってください!ああ、列車が落ちて……くっ!俺が前に行く!

しかし、地獄へと身を投じた魔の領主「渡し守」の耳に、もはや部下たちの絶叫は届いていなかった

彼女は切断された車両とともに、押し寄せる天使の海を一身に引き受けながら、白い霧に包まれたアケローン川へと沈んでいった

水面から轟音が響き渡り、この不名誉な待ち伏せの一連の事態に終止符が打たれた

地獄の「渡し守」はアケローン川に消えた

最後まで誇りを失うことのなかったあの悪魔が消えた――それは律法の時代が完全に終わりを迎えたことを告げる、重い死の鐘であった

ネイシスはいまだに万魔殿に囚われたまま。そして長い年月、最後まで抗い続けた「渡し守」もついに敗れ、列車とともにアケローン川へと堕ちた……

あ、あなた……死の王の名前を軽々しく口にしないでよ……

まあそれはいいとして、ひとつ気になることが。「渡し守」はアケローン川で無言の「石」になっているはずなのに、人間界から彼女の気配を感じるのはなぜ?

あなたの仕業かな、ラミア?こそこそと動き回るのは、本当に上手

彼女はそう言って微笑むと、面前の悪魔の名をハッキリと口にした

……

聖堂への取引に列車を差し出しながら、彼女がアケローン川に沈んでしまうのを見るに耐えかねて、こっそり救出して人間界へ放り込む……正直、欲張りすぎかな

わ、私には私の考えが……

いいわ。責めるつもりも、「渡し守」の扱いに口を出す権利もない。もっと欲張ってもいいの、あなたを止められる人なんていない。あなたこそ、唯一無二の至高なる魔領主よ

勝者はマモンと美酒に酔いしれるべき。あなたは勝った……聖堂が列車の半分を手に入れたことで、なんとか取引は大成功

さぁ、報酬を受け取りなさい、魔女ハイタン。あなたが欲しかったアトランティスとオメガの卵は、今やあなたのもの

アトランティスはもともと私のものだってば……私が生まれた場所なの!もともと……魔女ハイタンのものだよ!

もう誰にも奪わせないんだから

焚火の谷の奥深くにある魔城。地獄の全ての秘密が隠された場所

ネイシスが歴代の渡し守に授けた拠点で、悪魔たちすらその名を呼ぶのを憚る、最奥の深淵

魔城、アトランティス

災変後30年、焔星月1日、夕方

シャベルを置いて、荒廃した河原でひと息ついた。額に伝う汗を無造作に拭う

日が傾いたというのに、空にはなお灼熱の陽光が容赦なく照りつけている。地平線は白く霞み、押し寄せる熱波が世界を歪めていた

依然として、何の収穫も得られていなかった

合ってるよ!間違いない!

ワタリガラスは長い首をぐいっと伸ばし、羽を大きく広げて体に溜まった熱を逃がすと、熱い息を吐きながら言った

ワシはカラスだけど、たまには大吉も引くんだ。安心しろ

金の採掘人の物語を聞いたことはあるか?

来る日も来る日も、ハツ……心臓が喉から飛び出しそうになるまで掘って掘って掘り続けたけど、結局、何も見つからなかったってやつだ

やがて彼らは、掘るのを諦めた。でも、別のやつが同じ鉱山を掘ってみたら……

どうなったか当てられるか?

と、とにかく、ワシが言いたいことはだな、もう少し掘り続けてみろ。絶対に収穫があるから!

ワタリガラスとのやり取りにいささかうんざりして、金の採掘人と同じく諦めようとして立ち上がったその瞬間――

足下に何かが引っかかった感じがした

よく見ると、先ほど座ったところの岩の下、乾いた粉塵のような砂礫の間から、小さな金属の欠片がひっそりと顔をのぞかせていた

シャベルを真っ直ぐに突き刺すと、舞い上がった砂塵が空気を揺らした

少しずつその全貌を現した金属の造形物は、酷く錆びついた旧式のライターだった。永遠の白昼が訪れてから光を灯す必要がなくなり、この道具は時の流れに取り残されていた

だが、どれほど汚れていても、その表面には長い年月でも消えない冷たい輝きが宿っていた。まるで焦土の辺境を越え、異界からもたらされたもののように

その他にも……ライターに刻まれた紋様をそっと指でなぞった。ひと目でそれとわかる、特別な印がある

ほれ見ろ!ワシが言った通りだろう!

それはきっと……

ザリッ

ライターの火を点けようと着火ボタンを押し込むと、砂礫が金属の隙間にこすれて乾いた音を立てた

点くか?

再び岩の上に座り、身を屈めて手で風を遮るようにして、何度も火を点けようと試してみた

カチッ、カチッ

数度の乾いた音の後、ついに、ひと筋のか細い炎が穴の奥からそっと立ち上がった

太陽の明るさと比べれば暗くて小さい炎だが、それでも手の中でしっかりと確実に燃えている

アケローン川への転落は、今もまだ続いているかのようだ。果てしない夢の中で、終わりなき落下の感覚だけが、何度も何度も繰り返されている

裏切り

衛兵たちの悲鳴、天使の咀嚼音……記憶の残響が耳の奥で爆ぜる。けれど、その音が魂を目覚めさせることはなかった

争い

しかし……

微かに、ほんの僅かだが、何かが彼女の肌を焼いているようだ

苦痛

長い間忘れていた痛みが、枯れ果て、すでに腐りかけていた魂に火を灯す

悪魔の血が再び脈打ち始める。時の淀みに沈んでいた本能が、今はっきりと目を覚ました

彼女は不死不滅。永遠の命は永遠の拷問であることを誰よりもよく知っている。そして今、彼女はそれを甘美として受け入れた

彼女は悟った。苦痛を追い求める日々が再び始まったことを

うん……

目を開けた彼女は、刺すような陽光に思わず苛立ちを覚えた。幸い逆光の中に立つ人影がすぐに光を遮った

私、どれくらい眠ってたの?

忌々しい太陽だわ……ここは人間界ね。つまり、人魚の仕業ってこと

要件を単刀直入に言って頂戴

フン、今すぐシャベルで自分の血だまりを作って、鏡にして見てみなさいよ?

たかが人間でよくもまあ大口を叩けたものだわ。それとも、最も慈悲深き枢機主神が輪廻して、善行でも積みに来たのかしらね?

「聖堂」なんて言葉、二度と耳にしたくないわ

聖堂討伐、ね。ふーん……面白いじゃない。確かに私も聖堂には貸しがあるのよ

かつての魔領主「渡し守」は、炎のような赤髪をかき上げながら微笑んだ

苦労して掘り出してくれたお礼に、一時的になら協力してあげてもいいわ

でも忠告しておく。地獄という場所は、行きたい時に行って、帰りたい時に帰れるような、甘っちょろい場所じゃない

クソみたいな人間界でも、下の世界と比べると段違いに平和よ

アハハ、死を恐れない大バカ者だけが、そんな台詞を口にするのよね

人類の力を見せてもらおうじゃない

赤髪の受難者は顔を上げ、こちらの手を握りしめた

来たれ!

グレイレイヴン

河原で新たに掘り起こした無名の墓に向かって、ゆっくりと両腕を下ろし、そしてシャベルを……彼女の鎖骨に容赦なく突き立てた

鉱物が砕けるような音が響いた瞬間、彼女の胸腔が内側から引き裂かれ――彼女はその痛みに感謝した。怒涛のように燃え上がる紅蓮の力が、再び全身を駆け巡る

時に忘れ去られた者が蘇る。そして、受難時代の狂気と喧騒の奔流に呑み込まれていく

彼女は双頭槍を強く握り締め、それを支えにゆっくりと立ち上がった。戦火で鍛え上げられた肉体を持つ騎士の復活、それを象徴するかのように

私のいる場所が……地獄よ

血を流した冤罪は、いつ洗い流されるのか?

律は崩壊した。赤き太陽は黒く腐り、行き場を失った魂は人の世を彷徨う

聖堂による横暴な権威は、天を閉ざし雨を留め、清らかな水を血に変えたそして彼らは、世界を攻撃せんと災厄を呼び起こす

その行いは、死の怒りに触れた。その名を畏れ敬う者には、やがて安らぎの地が用意されている

アケローン川は再び、通り道となる

幽き炎が、生と死を弄ぶ奸者を残らず喰らい尽くす