空中庭園から派遣された構造体の小隊は、風と砂に抗いながら荒野を進んでいた
ここはロプラトス郊外
4、5、6、7歩……ここだ。グレイシャーク、全隊止まれ
隊長のMako-1が作戦端末を掲げる。その時、正常に動作していた端末が突然、ちらつく雪のようなノイズを映し出し始めた
「レッドライン」標準歩幅7歩手前の位置から、信号が途絶え始める――空中庭園にまつわるその噂は、本当らしいですね
フェレット攻撃部隊の信号も、この地点で消失した……まさか、彼らはレッドラインを越えてしまったのか?
「レッドライン」とは、地上任務の際に必ず厳守すべき行動範囲のことだ。空中庭園はレッドラインを越えることを厳しく禁じ、違反者は誰ひとりとして生還しなかった
諸説あるが、現在最も信じられているのは――レッドラインの外には極めて高濃度のパニシングが存在し、境界を越えた構造体はほぼ確実に深刻な侵蝕を受ける、という説だ
隊長、砂嵐の先に何があると思います?
隊の最後尾にいたMako-3はマスクを外した。風と砂が彼の灰色の髪とともに顔をなぶっている
誰もが暗黙のうちに、Mako-3は「特別な存在」だと認識していた。しかし彼もこの時ばかりは、他の標準規格型構造体たちと同じように、茫然と目の前の荒野を見つめていた
さあな、私にもわからない
隊長はうつむき、手元の装備を確認し始めた。空中庭園の各攻撃部隊にとって、目の前にあるのは最大の未知――長年にわたって彼らが明かしたいと願ってきた謎のベールだ
彼ら「グレイシャーク」攻撃部隊も同様だった――ただし、それはあくまで心の中で願うだけで、実際にレッドラインを越えた記録は一度もない
何か引っかかるんだ。フェレット部隊は、普段絶対に無謀な行動などしないのに、なぜ今回に限って突然レッドラインを越えた?
どうしますか?隊長、指示をお願いします。安全なレッドラインの内側で待機し、彼らが砂嵐の中から戻ってくるのを待ちますか?それとも……
Mako-2は、Mako-3に代わってもうひとつの大胆な提案を口にした
お前は探しに行きたいんだな?俺は賛成だ!
……まだ何も言ってません
無茶はやめろ。お前たち、また記憶データを全部初期化されて名前も変えられ、新しい部隊に放り込まれたいのか?
はいはい、黙りますよ。俺はただグレイシャークに残って、Mako-2としてやっていきたいだけですし
Mako-2は手で口を塞ぎながらも、隣で静かに立っているMako-3を肘で小突き、ヒソヒソと囁いた
<size=30>(なあ、ロイド。今がチャンスだ。隊長を説得してくれよ)</size>
――あ、イテッ!
隊長はMako-2に手刀を食らわせた
これは警告だ、ロイドをそそのかしてお前の無茶に付き合わせようとするのもやめろ
もしかして……あの「勝負」のせいでは?まだ続いてるんでしょうか?
静かだった隊員が突然口を開いた
何の勝負だ?
ふたりの隊員は揃ってMako-3の方を向いた。顔はマスクで隠れているが、ふたりの声には同じ疑問が滲んでいた
……お忘れですか
地上任務を終える度、私たちの記憶データはチェックされ、「不適切」な内容が消去されています
そのせいで、我々は毎回レッドラインの外に関する記憶を失ってしまう……いや、正確には「あなたたち」だけが。私は違う
彼は乱れた灰色の髪を掻き上げ、チームメイトを見つめた
私のこの不具合は、最初からじゃないですか
……
各攻撃部隊の隊員たちは、構造体に改造された時点で、人間だった頃の記憶を消去される。どの構造体も「Mako-1」「Mako-2」といったコードネームで呼ばれた
だがMako-3――ロイドは特別だった。彼はずっとぼんやりと自分の本名を覚えていた
「ロイド」
もっとも、「ロイド」としての過去の記憶はかなり曖昧だ。微かに思い出せるのは、絢爛豪華なカジノや星の見えない夜空、そしてパニシングが爆発した時の警報音だった
Mako-3はそれをあまり気にしてはいなかった
記憶の消去後に残る断片的なデータすら彼は気にしなかった。例えば以前フェレット攻撃部隊と約束した「勝負」。これもつい先ほどようやく思い出したばかりだ
フェレットのやつらと、どんな勝負の約束をしたんだ?
「誰が先に砂嵐の先にたどり着けるか」です
誰が先に砂嵐の果てにあるものを突き止められるか――そこにパニシングで滅びた旧世界があるのか、隠された新世界か。先にたどり着いた者だけが知ることができる
……お前は普段、無茶なんてしないタイプだろう?どうしてそんな幼稚な勝負に乗ったんだ?
彼らが冗談で言ってるんだと思って、ついOKしたんですよ
でも今、彼らの信号は実際にここで途絶えている
Mako-3は無関心そうな目で、遠くの砂嵐を見つめた。彼はただ事実を淡々と語っただけで、自分の意見を織り交ぜたりはしなかった
……もういい。追跡はここまでにして、任務を終了しよう
ちょっと、隊長……
フェレット攻撃部隊の信号がレッドラインの境界で消えたと確認できたら、それで追跡は中止だ。彼らを「行方不明」とみなして撤退する
待ってください、隊長!ロイドがああ言ったってことは、きっと何かあったんですよ!
フェレット部隊は確かに変わり者ばかりでしたが、任務で問題を起こすこともなく、我々の面倒も見てくれていました。ロイドの記憶の断片の通り我々には深い交流があったはず!
……
……まただんまりですか?なぜ誰も言わないんです?――とっくに気付いてますよね、何か隠されてるって。この砂嵐みたく目隠しをされて、誰もそれを暴こうとしない!
レッドラインの境界で、いくつ攻撃部隊が消えました?我々の記憶データが全部消されたって、ロイドはまだ覚えてる!どうして皆、見て見ぬふりをするんですか!?
Mako-2はMako-3の腕を掴んだ
ロイドはわかってくれるよな?隊長を説得してくれ。もしフェレットがこのまま消えたら……いや、今ならまだ間に合う。彼らはまだ奥までは入り込んでいないかも
私はロイドである前に、グレイシャークのMako-3です。自分の疑問を口にはしますが、必ず隊長の指示に従います
Mako-3は無表情のまま装備を収め、再びマスクを被り、ロプラトスの境界から遠ざかろうとしていた
本来こうあるべきだった。空中庭園の構造体としての責務を果たし、黙々と任務を遂行する。仲のいい他の攻撃部隊の仲間や、いわゆる「戦友」というものは所詮……
誰か、助けてくれ!ここだ……ここにいる!
――!
張り裂けるような叫び声が風砂を巻き込んでMako-3の聴覚モジュールを突き刺し、彼の思考を遮った
グレイシャークの全員が一斉に振り返ると、ふらふらとよろめきながら近付いてくる人影が見えた
外に……新しい世界があるんだ!
フェレットの隊員だ!まだ生きていたんだ!
Mako-2は駆け寄り、重傷の構造体を支えた
身分証確認完了、フェレット攻撃部隊の隊長だ!……レッドラインの外から戻ってきた初めての構造体だ!大丈夫か?話はできるか!?
もうダメです
何だと?
Mako-3の視線を追って下を見ると、構造体の腹部にぽっかりと恐ろしいほど大きな穴が空いているのが見えた
剥き出しになった機械構造はおぞましく、循環液すらほとんど残っていない。残った背骨のような機械骨格だけが、今にも崩れそうな体の上半身をかろうじて支えている
…………これは……
おい……フェレットの隊長……さっき、何て言った?「外」って言ったのか?
噂は本当だった……この世界だけが全てじゃない。外にはまだ……
新しい世界が……
重傷を負った構造体は砂の中に崩れ落ち、言葉を飲み込んだが、突然感情を爆発させてMako-2の手を強く握ったまま、一気に残りの言葉を吐き出した
構造体は全部、実験材料、消耗品なんだ!地上任務の度に、空中庭園は俺たちをこの区域に閉じ込めるが……実は徐々にパニシング濃度を上昇させ、実験していたんだ……!
レッドラインを越えて……外へ行け!外には新しい世界がある!もう支配されるな、空中庭園を離れろ……
無暗にレッドラインを越えた代償が何か、わかっていますか?これほどの傷があるのは一体どうしてです?
こ――これは……
Mako-3からの理性的な問いかけに、彼の声は次第に小さくなっていった
そうだ……俺たちは逃げられない……
最後に彼はガックリと頭を垂れ、悲しげに砂の海へ沈んでいった
では、あなたたちは……
ロイド!――こいつはもう死んだ!
息絶えたばかりの構造体を抱えながら、Mako-2はチームメイトの「冷淡さ」に対して悲痛な叫びをぶつけた
……すみません、Mako-2。彼のあの状態では、救うことはできなかった。今あなたが怒っているのも、きっと……うっ!
Mako-2はMako-3を思い切り砂の上に引きずり倒した
俺たちがすぐに探しに行ってたら、全員助かったかもしれなかった!お前が余計な口を挟んだせいで、大事な情報を逃したかもしれないんだ!わかってるのか!?
お前、本当に人間から改造された構造体なのか?最初からロボットなのか?それとも改造された時に脳でもバグったのかよ!
マスクを地面に叩き落とされ、Mako-3のバイオニックスキンには砂利で擦れた細かい傷がいくつもできたが、彼は依然冷静にMako-2の手を押さえていた
「バグ」ってるのはそちらです。たとえ今フェレットの隊員が必死に情報を届けたとしても、我々が戻って整備されれば、空中庭園は当然のように記憶データを消去します
最後まで覚えているのは、私だけです
じゃあお前は、今日の出来事を話してくれるのか?その後、「フェレット攻撃部隊」が全員行方不明になった本当の理由を、俺たちに伝えてくれるのか?
あなたたちが訊かない限り、私は余計なことは言いません
Mako-2の怒りは硬直し、やがて少し涙混じりの苦笑に変わった
ハッ……お前ってやつは……こんな時になっても、まだそんなこと言うのかよ
俺たちが戻ってしまえば、フェレットは無駄死にになるってことか?
彼が手を放すと、Mako-3は地面に倒れ込んだ
俺はもう行く
ロイド、もうお前なんかどうでもいい。隊長、あなたももう……
……待て、そう焦るな。いつかきっと我々も、彼が言っていた新しい世界を見ることができる
グレイシャークの隊長はなんとか冷静さを保とうと努めていた。彼は興奮するMako-2を引き止め、地面に倒れたMako-3を助け起こした
ひとまず、今わかっている情報を整理しよう
私には以前、ロプラトス境界付近で任務を受けた記憶がある。だがその関連記憶は「トラウマ予防」の名目の下に消去されている
ロイド、教えてくれ。こんなふうに「犠牲」になった部隊は、一体どのくらいいるんだ?
私が直接見たのは4部隊です
Mako-3は少し考えて、最後まで答えることにした
より正確に言うなら、我々はこういう状況を処理する「専門部隊」というわけです――これも我々が今日ここに現れた理由です
……わかった。我々がフェレット部隊の情報を受け取った唯一の存在なら、今ここで我々まで死んでしまえば、それこそ本当に彼らの犠牲が無駄になる
今は戻るべきだ。もっといいチャンスと、大きな力を手に入れてからだ
でも記憶データが消去されたら、ロイドが次も正直に俺たちに話してくれるなんて、信じられますか?
それなら命令して従わせるまでだ――
ロイド、隊長命令だ。この先何が起ころうと、グレイシャーク攻撃部隊が「目覚める」度に、お前はこの世界の真実を必ず我々に伝えろ
わかったか?復唱せよ
Mako-3は姿勢を正し、敬礼した
私は、ここで死んだフェレット攻撃部隊のことや、彼が話した「外の新世界」について、あなたたちが知るべき情報を詳しく伝えます
よし、これを極秘任務としてお前に託す
任務のコードネームは?
隊長は、もはや存在しない「レッドライン」の最端に立ち、砂に覆われていく構造体の残骸を見つめていた
この荒野の下には、真実を追い求めた末に命を落とした構造体たちが、他にも大勢眠っているのだろう
コードネームは――「新世界」だ
パニシングが蔓延る中、私たちは現状に甘んじ、宇宙の隅で縮こまっているわけにはいかないわ!
空中庭園から第一歩を踏み出し、地球を取り戻すために戦わねばならない!
構造体戦士となり、家族のため、友のために戦いましょう!
空中庭園が人々に構造体改造への志願を積極的に呼びかけていたあの時、「ロイド」という名の人物も、その呼びかけに心を動かされた
戦時下の空中庭園での平凡な生活に倦んだのか、あるいは下層にある聖ロレンゾの光景に目を背けたくなったのかもしれない
享楽と堕落まみれの世界はもう見たくなかった
いや、もしかしたら、自由が欲しかったのかもしれない。地上は、空中庭園よりも遥かに広大な場所なのだから
彼はその一歩を踏み出し、構造体への改造手術を受け入れた
過度な苦痛のトラウマを避けるため、善意で改造時の記憶が消され、新たな構造体グループに応じた名を付与された。例えば、「Mako-1、Mako-2、Mako-3」だ
Mako-3の異常が現れたのは、彼自身が目覚めた時だった
彼は「ロイド」としての初心を覚えていたのだ
ロイド?
!
行くぞ
隊長はMako-3に声をかけ、彼らがまもなく最も安全な空中庭園を離れることを告げた
フェレット部隊の消滅から、何年もの時間が静かにすぎていった。今日、グレイシャークは再び任務に旅立つ
グレイシャーク攻撃小隊は順番にエレベーターを降り、整備デッキにやってきた。出発前の「定期メンテナンス」を受ける準備が整っている
グレイシャークの出発を見て、デッキで整備中の構造体たち全員が目を向け、すぐについと逸らした。誰も口にはしないが、何かの秘密を共有し守っているようだった
Mako-3も彼らの視線に気付いていた
行きましょう。スタッフが待っているはずです
待ってくれ、ロイド。話がある
これまでと同じように、記憶データが消去されたら、お前が我々に知っておくべきことを全て伝えてくれ。そして、我々がやるべきことをともにやろう
103回――これは、グレイシャーク攻撃部隊が地上のロプラトスの境界へ向かう103回目の任務だった
それは、彼らが「世界」の境界へ一歩ずつ踏み出そうとする103回目の試みでもある。幸い、彼らが任務の名目で真実を探っていることは、まだ誰にも気付かれていない
Mako-3は頷いた
隊長はいつも、戻ってくる度に必ず私に念を押していますが、任務は必ずやり遂げます。ですからご安心ください、隊長
グレイシャークの先行探索が103回目となった今、Mako-1がロイドに託した極秘任務のコードネーム「新世界」は、徐々に多くの構造体が知る言葉として広がっていった
その言葉に込められた自由と希望に惹かれた構造体たちは、次々とグレイシャーク攻撃部隊の下に集まり、地上任務の際、常識では説明のつかない痕跡も探し始めていた
だが地上の環境は悪化し、パニシング濃度は急速に上昇した。機体の遮蔽システムへの負荷が強まり、中には地上に着いた瞬間、侵蝕の危険に晒される構造体も少なくなかった
構造体たちに残された時間はもう多くはない。それでも、「新世界」はまだ目の前に現れていなかった
我々のような任務上の特権もなく、独断で「レッドライン」の外へ出た攻撃部隊がいたそうです。ですが全員行方不明になったとか。彼らは離反者として処理されました
この件で内部通達で警告が出たのは、最近頻発する異常に誰かが気付いた証拠です。今後、我々の記憶データの消去も更に厳しくなるかもしれません――以上、報告終わり
なあ、ロイド、お前はこの先も全てを忘れないでいられるのか?
チームメイトがそう問いかけた時、デッキにいた者たちの視線があちこちからMako-3に注がれた。彼は人々に向かって、静かに頷いた
彼はその顔ぶれを記憶に刻みながら、次の任務が終わった時、果たしてどれだけの人が生き残っているだろうかと考え始めていた
はい、忘れません。あなたたちのことも
Mako-2はふっと笑った
それで十分だ
これはグレイシャーク攻撃部隊の103回目の出撃。彼らは輸送機内に収容され、過去の任務と<b>まったく同じ</b>振動と揺れに身を任せ、再びロプラトスの境界に到着した
輸送機を降りた彼らは、また見慣れた荒野へ足を踏み出し、風砂に抗いながら前進した
過去102回にわたる境界での回収任務の成功によって、この部隊の実力には信頼が寄せられていた
任務中の彼らには一時的に「レッドラインを越える」許可が与えられた。任務が終われば、記憶データを消去すればいい、という扱いだ
彼らは真実を探る絶好の機会を102回も手にしてきたが、無謀な行動に出たことは一度もなかった。ただ、回を重ねるごとに、少しずつ砂嵐の奥へと足を踏み入れていた
蟻の慎重な一歩もやがて千里の道となる。空中庭園で密かに広がる「新世界」の観念のように、各構造体の心にある僅かな疑念の一滴は、大河となって溢れ出す日を待っていた
だが突然、Mako-3は強烈な予感を覚えた。今回の任務はこれまでとは違う。何かが起こる、そんな予感が
彼は進軍の途中、あの時の最初の疑問を口にせずにはいられなかった
隊長、砂嵐の先に何があると思います?
さあな、私にもわからない
隊長の答えは、以前フェレット部隊の隊長の死を目撃したあの日とまったく同じだった
――だが、今回はようやく真実がわかる気がする。皆の「失踪」は、今日のこの答えを得るためにあったのではないだろうか
皆の「犠牲」は無駄にはならない……ということですか?
そうだ。そして、誰もお前がしてきたことを忘れはしない
先頭を歩いていた隊長は振り返り、Mako-3を見つめた。その声には、いつになく真剣な響きがあった
空中庭園に生きる魂たちは、眠れる構造体になるか、冷凍された人間になるかだ。どちらにせよ、真実の前で皆が目を閉じている
だがお前は、唯一目を開けている魂だ。ロイド
「ループ」する度、お前は我々を目覚めさせることを選んだ。それは命令だからとお前は言うが私にはわかる。お前は、ただ私の命令を遂行しているだけじゃないはずだ
お前も見たいんだろう?砂嵐の果てにある新しい世界を。あの淀んだ死水のような空中庭園から、抜け出したいんだよな
お前は今、ロイドなんだ。ロイドであらねばならない
ロイド、我々を導き続けてくれ。お前が何度も積み重ねてきた記憶で、我々に教えてほしい。次にどこへ向かうべきかを
……
一瞬の沈黙の後、ロイドはチームメイトの間を抜け、隊列の先頭に立った
ついてきてください。ルートは全て覚えています
小さな構造体の隊列は、ロイドに導かれながら砂の海へと分け入った
その後、何が起こったのか?
彼らは「新世界」を目にしたのだろうか?
……3……赤……
目の前でぼんやりと光が揺れている。誰かが懐中電灯で、視覚モジュールを照らして検査しているようだ
Mako-3、私の言葉を繰り返してください
覚えて……いない……
なぜ覚えていない?
彼は唯一、全てを記憶しているはずのロイドだ。「新世界」作戦の中核を担う存在だったはずなのに
グレイシャークは全員離反し……ロプラトス境界にて処理……破壊された……
離反?処理?破壊?
破壊……って?
!!!
隊長!まだ――
かっと目を見開いたロイドは、自分が「跪いている」ことに気付いた。両脚の膝から下がない――数時間前、ロプラトス境界で巨大兵器によって手ひどい傷を負わされたのだ
先ほどの記憶データ消去はこれまで以上に徹底的だったが、彼が迷ったのはほんの一瞬で、ほどなくまるで潮が満ちるように記憶データが戻ってきた
彼は以前に、これが恐らく一種の意識海疾病だということを知った。だがそれは同時に、彼がロイドという存在を保ち続ける根源でもあった
私は……
彼は自分の傷だらけの手を茫然と見つめた。機械構造の隙間には、まだ砂粒が挟まっており、動く度にパラパラとこぼれ落ちていった
Mako-3、覚醒!
冷たい呼びかけが、彼を再びあの風砂の世界へと引き戻す。まるでまだそこに身を置いているかのように
彼は思い出した
ドォォォン――!
地上にそびえ立つ、荒野には不釣り合いな巨大な防衛施設が、容赦なく彼らに攻撃を仕掛けた
グレイシャーク攻撃部隊が103回目の「レッドライン」外探索を行った時、彼らはついにここへたどり着いた――ロプラトスの最辺縁へ
危ない!!
眩しい閃光がロイドの目前まで迫る寸前、Mako-2が飛び込んだ
次の瞬間には、構造体の砕けた残骸が、スローモーションのようにロイドの目の前をゆっくりと横切っていった
……
ほんの一瞬で、Mako-2は回収の必要すらないほど粉砕された
ロイドは何とか手を伸ばし、破片のひとつを掴んだ。それはMako-2の肩当てだった
Mako-2、あなたは……
立て!ロイド!絶対に倒れるな!
強力な攻撃があったということは、ここが最後の出口だという証拠だ!
この砂丘を越えれば、きっと新しい――
隊長の言葉が終わる前に、再び轟音が響いた
…………
真っ赤な循環液がロイドの顔に降りかかり、砂漠の空に雨が降った
立て……走らなければ!この砂丘を越えるんだ!
激痛に耐えながらも意識を保ち、ロイドは這い上がった。仲間の破片を抱え、一心不乱に前へと走った
隙間に入り込む砂利が関節を摩耗させた。雲の柱も火の柱も彼らの道を照らしはしない。誰かが紅海を割ることもなく――ロイドは自ら道を切り開くしかなかった
ドォォォン――!
絶望的な3発目の轟音が響いたあと、ロイドは地面に膝をついた。抱えていた破片が飛び散り、地面に散らばった
もう、足の感覚がない
足が……もう……
自分の下半身を確かめ、もはや立ち上がれないことを悟った彼は、すぐに前方の岩を手で掴み、必死に這い始めた
重火器はエネルギーチャージし、予熱する必要がある。3回の砲撃には確かに一定の間隔があった。それなら……私の計算では、まだ……
32秒ある!
30秒――
鋭い砂礫が手の平のバイオニックスキンを切り裂き、ロイドは全身から力が抜けていくのを感じていた。「命」が、体の無数の傷口から急速に流れ出しているのかもしれない
15秒――
脚の切断面の激痛が今になって意識海に押し寄せる。「痙攣」するほどの痛みだが、彼には砂丘の最端が見えていた。彼は「新世界」に最も近付いた構造体になろうとしていた
5秒――
彼は砂丘を越え、力を振り絞ってよじ登った勢いのまま、体ごと転がり落ちていった
彼は目を見開いた。どうしても外の「新世界」をその目で見届けたかった
そこには何もなかった。あるのは、相変わらず果てしなく広がる荒野だけ
だが――彼の体内のパニシング遮蔽システムの作動が、突然緩やかになった
彼は反射的に腕のパニシング濃度測定装置に目を向けた。やはり数値が崖から転がり落ちるように急降下し、ほんの一瞬で安全な数値にまで下がっていた
これは……
意識海がかつてないほど冴え渡る。彼は「新世界」の意味を悟った
高濃度パニシングは……この区域だけに限定されたものだった……?
まさか、ロプラトスは……我々のために作られた……「実験場」だったのか?
0秒
防衛施設のエネルギーチャージが完了し、最後の轟音が鳴り響いた。その後、荒野は何事もなかったかのように元の状態へ戻り、風砂だけが吹き荒んでいた