輸送機によじ登る「異合生物」に気付いた瞬間、人間は小型輸送機に向けて武器を構えた
同時に、通信の中でハニフの声が響く
また異合生物が飛び立った!止めろ……絶対に……島の外に……出しては……
輸送機を撃ち落とせば、自ら退路を断つことになる。だが、もし撃たなければ……この「手抜かり」で異合生物が拡散しないという保証はどこにもない
あまりにも巨大なリスクと緊張が人間の胸を押し潰す。今、輸送機にいる人々と、島に残された3人の生死が、自分の判断にかかっている
僅かな希望を掴もうと、操縦士に向かって繰り返し呼びかける。だが、通信の向こうからは耳障りな風切り音しか聞こえない
大急ぎで駆けつけたハニフは、倒れているヴィラと空中で激しく揺れる輸送機を目にし、更に顔を曇らせた
とにかく決断しないと……!
人間は、悲痛な表情で銃を下ろし、息を切らすハニフを見つめた
ふたりはイヤーマイク越しに不気味な咀嚼音を耳にした。激しく揺れていた輸送機が突然「ピタリ」と動きを止め、誰かが操縦権を奪い返したかのように、機首が下に向いた
次の瞬間、輸送機は真っ逆さまに急降下し始めた
!!
ふたりは、最後の希望――輸送機が上陸を試みた直後、黒煙を上げながら海面に墜落していく光景を目の当たりにした
輸送機の操縦士が事態の深刻さを理解し、即座に自爆を決断し、機体を犠牲にしたのは明白だった
墜落と爆発の炎は夜の半分以上を赤々と照らし出し、次の瞬間には真っ黒な海に呑み込まれていった
爆発で巻き上げられた風と波の余波が遠くから吹き寄せ、島の砂塵を巻き上げながら、人間の顔に容赦なく叩きつけた
自爆……最悪の手を打ちやがった……!
ハニフは歯ぎしりしながら銃弾を装填し直した。彼の口調には状況への苛立ちが滲んでいたが――限りない敬意も宿っていた
……だが、英雄みたいな散り際だったな!
俺たちは、あんな「華々しい」死に方してられないぞ!持っていけ!さっき空中投下で拾ったばかりの新しい銃だ!
唯一の支援機が墜落したんだ、当分この島から撤退はできない
俺たちが撤退できなければ、空中庭園も島ごと吹き飛ばす強硬策を取れない。幸い、あんたとヴィラの価値が高いからな。俺ひとりだったら、迷わず吹き飛ばしてただろうさ
だが俺たちがここで1秒足止めを食うごとに、この島の忌々しい「進化」はどんどん加速する。ますます多くの異合生物が、昇格者が言う「イヴ」に同化しやがる……
口で言うのは簡単だがな!俺たちだけでどうしろってんだ?倒れたまんまの構造体もいるんだぞ!?
ハニフは倒れているヴィラを指差しながら、イライラしたように髪をぐしゃぐしゃと掻き回した
まずは位置特定装置の位置を確認しよう。「イヴ」はどこへ行った?
ハニフから渡された位置特定装置を取り出すと、点滅する赤い点はすでに島の中心にある黒い建物に移動している
ハニフは、「やっぱりな!」と言うように、大きく息を吸い込んだ
なんて速さだ……!あの遺伝子保管施設が怪しいのはわかってたさ!探知機でも、あの中のパニシング反応が一番ヤバかった!多分、新人類たちは全部ここに集まってる!
この意味がわかるか?俺たちだけで「イヴ」を追い、あの施設に突っ込むってことはだ……宇宙兵器に吹っ飛ばされるよりは多少マシに聞こえるが、結局は死ぬってこった!
もう他に方法はないのかよ……
全力での死闘で、緋耀機体はすでにボロボロだった。循環液が彼女の髪をより濃い赤色に染め、全身に負った傷は目を背けたくなるほどに痛々しい
状況は完全に「ジレンマ」に陥っていた。しかも、考える暇すら与えてはもらえない
ふと、人間は再び海に目を向けた
海面を漂っている輸送機の残骸がいまだにくすぶっており、人間の目に微かな火種として映った
今度は何する気だよ!
人間は突然、待機モードのヴィラを抱きかかえ、海へ向かってまっしぐらに走り出した
海水は両足から膝までを呑み込み……すぐに全身を覆っていく
波が口の中に入ろうが、一瞬たりとも動きを止めることなく、緋耀機体を支えながら輸送機の残骸まで泳ぎ着いた。懐中電灯を頼りに、必死で周囲を探る
ほどなく目当ての場所が見つかった。輸送機の残骸で燃えていた火は海水でほぼ消火され、ラッキーなことに、貨物エリアが残っていた
無理やりヴィラを輸送機の残骸に引きずり上げ、外骨格の力で損傷した輸送機の外殻を引き剥がそうとした
ハニフが必死に追いかけてきたが、泳ぐのが辛そうだ。海水の塩分が戦闘で負った多数の傷に滲み、彼を苦しめている
長距離走に水泳まで……トライアスロンかっての……ペッペッ、しょっぺえ――!
危ない!!
ハニフは猛然と腕を振り上げ、人間の背後に銃を発砲した
忍び寄っていた異合生物が、金切り声を上げながら海に落ち、水しぶきを上げて消えた
人間はチラリと後ろを振り返っただけですぐに向き直り、再び外殻を剥がし続けた
……異合生物が後ろにいても気付かないのかよ!整備ツールを探す前に、まず自分の命を守れっての!!
ハニフの表情が一瞬で引き締まる。彼も先ほどから何通りも方法を考えてはいたが、まさかこんな「嬉しいサプライズ」があるとは思ってもいなかった
彼は急いで人間と一緒に貨物コンテナを何度も蹴飛ばした。ふたりとも日頃の身体訓練を欠かしていないためか、しばらく力を加えていると本当に外殻は外れた
コンテナ内の休眠カプセルは海面へ滑り出てくると、波に揺られて浮かんだ
人類はカプセルのハッチに飛びつき、自分の権限でプログラムを起動した――アトランティスの時とまったく同じ手順だ
その時、ハニフの視線が休眠カプセルの片隅に留まった
……おい、どうして黒野のロゴがあるんだよ
細かいことを気にする余裕もなく、ロックを解除すると同時にカプセルの蓋を勢いよく開け、中を覗き込んだ
休眠カプセルの中には、「もうひとりのヴィラ」が横たわっていた。固く閉じられた目、肩にふわりとかかった髪、バイオニックスキンは新品同様に滑らかだ
――それは、まだ一度も戦火の洗礼を受けていない、最強の「兵器」だった
完全無傷な機体を目にした瞬間、ふいに胸が締めつけられるような小さな痛みが走った
しかし、ハニフの目は再びカプセルのハッチに記された黒野のロゴと、以前彼が目にしたことのある通し番号を見ていた
……ヴィラがこの機体に交換できれば、あのクソみたいなやつらを全滅させられるだろうに
人間は緋耀機体を抱えてカプセルに運び入れようとしていたが、ハニフの言葉にある皮肉めいた含みに気付いた
そんな殺意100%の目で見るなよ。確かにこの構造体の中枢設計について知ってはいる――メチャクチャ強い。だが知ってるのはそれだけだ。あんた、ちょっと慎重すぎやしないか?
それに今、あんたに他の選択肢はない。ヴィラの機体を今すぐ交換しなきゃ、彼女はこのまま死ぬだけだぞ
ハニフはヴィラの緋耀機体で点滅する赤いランプを指差すと、人間にお先真っ暗だと言いたげに両手を上げて降参ポーズをした――退路はもうどこにもない
悪いが、あんたに考える時間は残されてない。だが、決断する者ってのは、そういう重圧を背負うもんだろ?ファウンスもきっとそう教えてたはずだ
人間の視線は再び腕の中の構造体に向けられた
これまでどの任務でも、ヴィラはいつも口では「誰の面倒も見ない」と言いながらも、結局はしっかりと仲間を守ってくれていた
緋耀機体に刻まれた無数の傷跡を指でなでると、滲み出た循環液が手を濡らし、すぐに波で洗い流されていく
大量の異合生物との戦闘は、この機体の全ての機能を限界まですり減らしていた。彼女がここまで瀕死寸前になったのは見たことがない
ほんの1秒その姿を凝視し、胸の内に込み上げる不思議な懐かしさと喪失感を押し殺した
適合完了まで、どのくらいかかるんだ?
ロープを自分とヴィラの腰に巻きつけ、彼女を背負って背中に固定すると、更に十字に結んでしっかりと締めた
あんた、やっぱり狂ってるよ。こんなに死に急ぐやつを見るのは初めて……いや、2度目か
人間はギュッとロープ引っ張り、「遺伝子保管施設」に視線を向けた。その目には、これまでとは違う火種が灯っている
データ同期プロセス·これより開始