Story Reader / 叙事余録 / ER12 ラストフレア / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
<

ER12-10 蘇生

>

人間は溺死寸前で必死にもがいていた。肺に流れ込む、苦く塩辛い海水が非常な苦痛をもたらし、いつもなら冷静な頭脳でさえ、どうにもできなくなっていた

ヴィラとハニフと「宝」を探すためにあの船に乗り込んだ。全て順調で、空中庭園も船を追跡していた。だが昇格者が生み出した海霧の中に入ってから、事態は変わった

奇妙な異合生物が次々と現れ、ついには昇格者と危険な海上で交戦し、そして……船が昇格者の鎌で真っぷたつにされ、荒れ狂う海水が一瞬で全員を呑み込んだ

今、重要なのは「どうやってあの昇格者を倒すか」ではなく、「どうすれば生き延びられるか」だ

水圧で耳が押し潰され、何も聞こえない。ぼんやりとした視界の中で、死が手招きしている――このまま水中にいれば、数秒後には死ぬだろう

周囲では異合生物が荒れ狂い、その内の1体が足首に絡みついている。だが腐食した皮膚の痛みさえ、もうどうでもよくなっていた。全ては「死の宴」の前菜なのだ

最後の泡が吐き出される――

しかし、突然現れた1本の手が海を割るモーセのように、巨大な力で強引に海を切り分けた

すぐさまその構造体の手は人間の手首をがっちりと掴み、凄まじい力で一気に水中から引き上げた

……合わせて……息を……吸って……

私を……見るのよ……

誰かが目を閉じさせまいと、まぶたを引っ張っている

視界には赤い影がぼんやりと映り、彼女の髪先を伝う水滴がポタポタとひっきりなしに人間の頬に落ちたが、そんな僅かな刺激では、もう人間は何の反応も示さない

……息をしなさい、鼻と口で……

人間の心拍を正常に引き戻そうと、力強い両手が、何度も何度も人間の胸を押し下げた

ドクン、ドクン、ドクン、ドクン

次の瞬間、柔らかく、しかし冷たい感触が頬に近付き――人間の口と鼻を覆うと、最も渇望していた空気を気道に送り込んだ

――戻りなさい!!

生臭く塩辛い海水がゴボリとようやく口から吐き出された。焼けつくようだった肺の海水も吐き出され、激しい痛みを伴いながらも人間の生命活動が戻ってきた

……おめでとう、生き返ったわね

目が覚めたのね。さて、ここはどこでしょう?天国か地獄か、その二択よ

体の状態を早く確認したいの。意識がはっきりしたら、何か言って

短く断片的な記憶はすぐに消え、空っぽの意識の中にひとつだけあった問いが口からこぼれた

何ですって?

人間の網膜はまだ少し暗く霞んでいたが、無意識に緋耀機体にある新しい傷跡を捉えていた。それほどに目立つ傷だった

……今ははっきりは言えない。あの昇格者に全員まとめて巻き上げられ、この島に飛ばされた。それ以外のことは、自分の目で確かめて

ヴィラが体をずらすと、背後には酷く荒れた光景が広がっていた

そこら中に異合生物の死体が散らばり、まばらに人間の死体が混じっている。破れた衣服を見るに彼らは兵士のようだ。ハニフはしゃがんで彼らの身元を確認していた

人間はまだ状況を把握しきれずにいたが、更に衝撃的な光景を目にした

多くの生き残った異合生物たちが、少し離れた岩場で群れを成して這い回りながら、岩場にいるこちら側を窺っている

しかもヴィラの旗槍「フェニーチェ」は昇格者「ロイド」の胸を貫き、大地に磔にしていた

ハニフは立ち上がると、人間に向かって皮肉混じりに冷たく笑いかけた

目を覚ましてくれて助かった。じゃなきゃ、あの女に八つ当たりされて、バラバラにされるところだった。ここがもっとエグい光景になってたかもな

俺はパイプにしがみついてたから、運よくすぐに岸に流れ着いたが、あんたは大波に呑まれて見えなくなっちまった。腹をすかした異合生物に海底に引きずり込まれたらしいな

思い出した途端に足首に鋭い痛みが走り、パニシングに侵蝕された感覚が、肺や頭の痛みを上回って押し寄せてきた

あいつは混乱に乗じて逃げたわ

この島の周辺にいる異合生物は、どれも普通じゃない……気味悪い連中だわ

足を少し傷つけられただけで済んだんだから、運がよかったと思いなさい。私が後少し遅かったら、脚ごと引きちぎられてたわよ

ヴィラは明らかに機嫌が悪かった

まずは、あの忌々しい昇格者についてだけど――最初は、あいつが手強い相手で、あなたを助ける余裕なんてないかと思った

でも戦い出してすぐ、あいつはボロを出した

ヴィラは、昇格者の体に突き刺さっている旗槍をぐっと握り締めた

……

旗槍が揺れてもロイドは抵抗しなかったが、彼の体を包む光が一瞬歪んだ――パニシングでの偽装が解け、彼はまったく別の姿に変貌した

攻撃の構えは威勢がよかったけど、実際には全然持ちこたえられなかったじゃない……これが、あなたの正体ってわけね

昇格者、あなたが盗んだ名前も私が叩き壊してあげたわよ

ヴィラは旗槍の柄を更に強く押し込み、刃先で金属の胸郭を押し潰した。ギィギィと歯が浮くような軋む音が響いた

……あなたに私は殺せない。たとえ胸を完全に砕き、体を粉々にしたとしても、私が本当の意味で死ぬことはない

こんな肉体、私はいつでも捨てられます。でも、もし私が死ねば、制御を失った異合生物たちがあなたたちを包囲し、攻撃し続けるでしょう

ヴィラは前方の異合生物たちを不機嫌そうに一瞥した。人間にもわかる――ヴィラはこの身動きのとれない状況を嫌悪している。しかも海上での戦闘で、機体はすでに限界に近い

だからこそ、彼女はその焦りを隠しきれなかった

チッ……わかったわよ

昇格者は明らかにヴィラの状況を見抜いており、視線を真っ直ぐに人間へと向けた

私の考えは変わりません。私には時間が必要です。あの人間と話をしたいのです、平和的な話し合いを

もし最終的な目的がその人を連れ去ることなら、諦めることね

その人間に絡みついた異合生物は「新人類」として岸に上がった最初の個体です。つまり「アンカーポイント」がなくても、新しい進化は始まり得る。進化の方向は違いますが

……

嘘はついていません。あれは異なる存在です。あなたもわかっているはず。でなければ、それほど焦りはしないはずです

あれは、あなたが創ったものなの?

……

質問を聞いた彼は、意外にも押し黙り、微かな困惑と考え込むような表情を浮かべた

いいえ、あれは私の子ではありません……正確に言えば、誰かが私より先にした選択です

……おい、こいつのしゃべり方、いちいち癇に障るから黙らせてくれないか?俺からちょっと言わせてくれ

いい知らせと悪い知らせがある、どっちから聞きたい?

……

……

ハニフが会話に割り込んだことで、息詰まるような沈黙が広がった。膠着状態のまま誰も彼に反応しないのを見て、ハニフは勝手に話を続けた

いい知らせは、ここの兵士たちは皆「黒野」の所属で、この島が「黒野」の拠点だということだ。つまり、俺なら助けを求められるかもしれない

――以前は黒野の拠点だったが、今はもう違うってことだ

死体の数を見る限り、島の生存者はあの異合生物どもに皆殺しにされてる。俺が黒野の人間でも、もう助けは呼べない

それは問題ない。海霧が晴れて、通信も回復した。海上での信号の混乱は、そこで串刺しにされてるやつの仕業だったんだろう

ヴィラが海に飛び込んであんたを助けてる間に、俺が代わりに空中庭園に連絡を入れておいた。これはもう、俺たちで処理できるレベルの任務じゃない

感謝はいい。空中庭園の援軍はすぐ来やしないし、今ある問題は何も減っちゃいない――昇格者の脅威がまだ真上にぶら下がってる。なぁ、そうだろ?昇格者の兄ちゃん

皆の視線がまた「ロイド」に向いた

……あなたたちに考える時間を与えすぎたようですね

おぼろげな月明かりがヴィラの体に刻まれたおぞましい傷跡を照らし――周囲の異合生物たちをも、危険な波のように照らしていた

ヴィラの視線に、人間は小さく頷いて答えた

空中庭園

空中庭園

通信を受け取った人々は、すぐさま慌ただしく動き始めた――ホールを足早に出入りし、膨大な関連情報の中から最も有用なものを整理し、選別し、交換した

監察院のスタッフが、ホール中央で直立している女性のもとへ急ぎ足で近付いていく

情報の同期は済んだかしら?

はい。監察院はすでに、あの島に関する全ての情報提出を、黒野に要求しました。総司令もすでに輸送機を派遣し、全員を撤退させる決定を下されました……

わかったわ。そのリソースセンターに関する資料をちょうだい

スタッフはすぐに紙の資料を机の上に置いた。明らかに年季が入っているものだ

ヒルダはページの上部に記された名前をそっとなぞった。それは、長い間忘れられていた、過去の特別な言葉だった

……ヘインズ

ヒルダはバラバラと素早くページをめくり始めた

「ヘインズ」……「研究員」……人々がパニシングを忌避していた時に、彼はパニシングを操ろうと企み、進化と拡散を促そうとしていた……

彼が拡散した異常なパニシングのサンプルは、深刻な混乱を引き起こし……地上の大型保全エリア2カ所を壊滅させたほどでした

ヒルダは途中を飛ばして資料の最後のページをめくった

検死報告はある?

ええ。彼の遺体の半分以上がパニシングに侵蝕されてはいましたが、監察院の要請で、検死が行われました――こちらです

スタッフが資料の最後を指差した

……このヘインズの手口、やはり相変わらず大袈裟ね

スタッフは一瞬ポカンとした

「この」とは?

この資料にある「ヘインズ」以外にも、同じ名前の研究員を調べたことがあるの。それは、私がパニシング爆発前に担当した最後の案件だったわ

黄金時代末期に、志半ばでくすぶっていたある科学者が自分の大望を証明しようと、自らの手で創り出した「子供たち」を企業本社ビルに投入した。ただ残念なことに……

その証拠や後続の処理は、パニシング爆発初期の混乱の中で全て失われてしまった。奇妙なのはその事件に関係していた「ヘインズ」は、ずっと前にすでに死んでいたこと

ヒルダは検死報告書に丁寧に目を通し、報告書の最下部にある署名を指差した

当時、ヘインズの検死を担当した人はまだ存命かしら?

もう亡くなっていますが、記録は残っています。こちらです

ヒルダはスタッフから渡されたもうひとつの資料に目を走らせ、納得したように頷いた

ああ……黒野ね

私たちに必要なのは、あの島に関する情報だけじゃなさそうね

ヒルダは資料をスタッフに返すと、急ぎ足で空港の方へ歩き出した

軍部は強力な支援小隊を招集するはず――きっとグレイレイヴンとケルベロスを派遣してくる。監察院については……今すぐ黒野の責任者と面談の手配をして

その頃、名前を挙げられた者たちは、まだ先ほどのホログラムの会議に残っていた

人々を苛立たせたハニフが、マイクを切られ会議から弾き出されたことで、本来なら静かになるはずの会議場は、依然として「大騒ぎの熱気」に包まれていた

監察院から要求された資料はもう整理してある。あの島の……ええと、「遺伝子リソースセンター」?遺伝子保管施設だったかな?

そう、半地下構造の遺伝子保管施設だ。黄金時代の人類の遺伝子サンプルが多数保管され、パニシング爆発後は外部との接触を遮断した。せいぜい警備員が変わったくらいだ

だが、さっきハニフが話していたあの船には、まだ目標の座標データが残っている。ヴィラとグレイレイヴンの指揮官を送り込んだが、かえってかなりの大事になったようだ

「かなりの大事」というのはどの程度です?空中庭園は、彼らの任務を最高レベルまで引き上げたらしい。具体的な状況は把握しているのか?

……こちらには知らされていない

そいつは素晴らしい。さっきまで沈黙してた我々が、今は島の地理情報と遺伝子保管施設の内部構造図までまとめて、今すぐ監察院に送るというのに?

……

その時、緊張した面持ちの人物が、マイクをオンにして発言を始めた

たった今、情報が入った!グレイレイヴン指揮官が海上で接触した人物は、自らを「ロイド」と名乗ったそうだ。新たな昇格者の可能性がある!

あの「不死身のロイ」?彼はとっくにヴィラに始末されたのでは?あの任務はニコラが直接命令を出したはず

どのロイドかはわからないだろう?空中庭園が捏造した「英雄ロイド」は、これまで何人もいる。外で壊れて戻ってこなかったやつは、それこそ数えきれない

それに、「ロイド」についてだが、粛清部隊がロプラトス郊外で発見した「エデンⅢ型」から収集した残存データが、私のところにある……

そのデータを合わせると、我々の以前からの推測が裏付けられる。――最初の「ロイド」は、そこから来た可能性が高い

楽天的な黒野のメンバーはその名前を聞いて、笑い声をあげた

……ハハ、「初代ロイド」が昇格者になったというなら、それこそもうおしまいだ……彼こそ、毒虫の巣から這い出てきた虫そのものだ

彼は自嘲気味に笑いながら、先ほどのあの生意気な若者の言葉を思い出した

最近、黒野の上層部が相次いで殺されている。妙なプロジェクトに関わった報いかもな

――ハニフの言う通りだ。これは「報い」だ

……こうしよう、監察院には私が対応する。事件の発端はロプラトスのプロジェクトにあるということにする――あの遺伝子保管施設の情報は、全部渡すわけにはいかない

それは無理かと

……まだ更に悪い知らせがあるのか?

ええ、ありますよ、兄弟。こっちには最悪な知らせがまだまだあるんだ

彼は機密というほどでもない資料をもうひとつ呼び出し、皆に見えるように会議室の中央に投影した

映像には、彼らを悩ませている「コネ持ち」の人物が映っていた。その場の誰もがよく知る、心の内が読めない目つきでまっすぐに前を見据え、狂った嘲笑を浮かべている

なぜ彼の写真を?

まさか、ハニフが関わってるのも偶然じゃない、などとは言わないでくれよ

私も知ったばかりだが、このコネ持ちの「コネ」は――あの、遺伝子保管施設の技術責任者だ。黄金時代の末期から今に至るまでずっと同一人物らしい。今もまだ生きている

名前は「ヘインズ」

痩せ細った老人の写真が表示された。ハニフの資料と並べて拡大すると、ふたりの瞳の色はまったく同じだ

この「ハニフ」殿は、堂々と監察院の視界に飛び込んでいる。しかし監察院は何も気付かずに放置するようなバカではない

慎重&緊張気味の黒野メンバー

…………

皆が別々のプロジェクトを担当する中で、各自が急いで情報をまとめ、共有していた。皆それぞれに考えや意見があった

しかしこうなった今、彼らは同じ結論を出さざるを得なかった

彼らは、あの島にいる者たちを誰ひとり失うわけにはいかない

……ひとまず協力しよう。空中庭園の支援はもう出発したのか?後どのくらいで目標の島に到着する?

慎重派のメンバーは目頭を揉みながら頭を悩ませた

我々の基地のひとつが、目標地点に最も近い。すでに空中庭園に対して権限を開放し、そこの設備を使えるようにしてある。小型輸送機しかないが、それで十分だ

我々はそこまで「協力的」にならなければいけない立場なのか?

そうではない、こちらは単なる人命救助で行くわけじゃないからな

そう言って彼は、古い機体の資料を呼び出した。ひときわ鮮やかな赤い色が画面に映し出された

これは黒野の保管庫に残されていた初期の実験機体だ。以前に酷く損傷して、正式な量産試験にも通らず回収されていた

だが、今の彼女は完璧な「改良版」だ。昇格者と戦った経験を持つ構造体と、グレイレイヴン指揮官を組ませれば、機体性能の限界を試せるだろう

しかし、この機体には非常に大きな副作用がある。もし更に何か起これば……監察院に言い訳するどころか、この場にいる全員が議会――いや、法廷に引きずり出されることになる

楽観的な黒野メンバーは肩をすくめた

では採決で

私は棄権する。知ってる情報はもう全部同期したことだし、私はこれで失礼する。監察院がもう私のところに来ているからな

ホログラム映像がひとつ消えたのを皮切りにひとり、ふたり……次々にホログラムが消えた。大半のメンバーがハニフの警告を思い出したのか、自己保身を選んだ

最後までこの「定例会議」に残ったのは、僅か数人だけだった

……またしても残った我々がリスクを背負う羽目になったか

だが、私はこういう状況は嫌いじゃない。彼らが賭けに出られないというなら、資源はますます我々の手元に集中する

「最小の範囲で、最大のチャンスを掴み取る」――それこそが黒野の行動原則だ。そして我々は、いつだってそれを成し遂げてきた。そうでしょう?

……

緊張した黒野のメンバーは、対面に映るホログラムの人物をじっと見つめた

……ハニフよりも、やはり君と仕事をする方がずっといい

君も流行りを追いがちな若者だが、少なくとも話は通じる。黒野の足を引っ張ることばかり考えている、あの小僧より百倍マシだ

そう言って、最後に彼は手を挙げた

BPN-13の実験機体投入に同意する。黒野の支援輸送機に同乗させ、ただちに投入しよう

ハハハハ……

楽観的な黒野のメンバーは、望んでいた結果を得た

よし、ともに「かつての我々のヴァルキリー」を戦場へ送り出そう

彼はスタッフに指示を出し、長らく封印されていた機体を休眠カプセルへ運び、起動準備に入らせた

よし、終わりだ――最も焦眉の問題は全て片付いた。後は、静かに結末を待とうじゃないか

海の孤島に取り残された3人は、「焦り」でいっぱいになりながら、昇格者が先ほど言った言葉を吟味していた

ヴィラは再び力を込め、槍先で「ロイド」の最後の腕を弾き飛ばした。外見は普通の構造体とさほど変わらない昇格者は、この時手足の全てを失った

……

ハニフは、その光景に体が痺れる思いだった。昇格者とグレイレイヴン指揮官との一問一答の最中、ヴィラが「ロイド」の手足を切断するのを見て、ひと言も口を挟めずにいた

ヴィラ

聞こえた?昇格者。もう一度言いなさい――あなたが苦心して、船に潜り込んでまでここに来たのは、あの人物をこの島の「遺伝子リソースセンター」に連れてくるため?

昇格者はまるで痛みなど感じていないように、冷たく淡々と彼女に答え続けた

そうです。この島には、黒野の遺伝子リソースセンターがあります。ある者はそこを「ザンブラの空洞」と呼んでいます

ですが、私が必要なのは――グレイレイヴン指揮官です。本当は、あなたやあのヘインズは重要ではありません

俺はハニフだ!人違いするな。俺はお前に会ったことなんかない

ハニフはヴィラに両手を懇願するように差し出して、彼女の疑念のこもった視線に誠実そうに応え、全身で必死に「ロイド」の計画とは無関係だと訴えていた

やつの言葉に惑わされるな。俺は昇格者なんて知らない。あいつと慣れ合う能力があるなら、黒野でボンヤリ仕事なんかするかよ。それにさっき、海で俺も斬られそうに……

……今おしゃべりするのはあなたの番じゃないわ、黙りなさい

そう言われてハニフはおとなしく口を閉じた

はい。ここより便利で効率的な場所は他にありません

……

彼は再び黙り込み、しばらくして、信頼というチップを賭けることを決めたかのように、人間を見据えた

……私はこの島にいる、ある人物の技術を利用しました。そして、その人物はパニシングを必要としていた。私たちは、ある種の協力関係を結んだのです

協力はもう最終段階に近付いています。ただひとつ足りないのは、進化を導く性質を持った「母体」にふさわしい人間――あなたです

そして見ての通り、あなたをここへ連れてくる前に、島の進化はすでに始まっていた。だから言ったのです、誰かが先に選択をしたと

ええ。しかし、なぜ彼がこれほど急いだのかはわかりません

彼が選んだ「母体」は優秀とは言えなかった。確かに「模倣」能力に優れた個体は生まれましたが、私の目から見れば、成功したのはたった1体だけです

人間の足首に痛みが走った

異合生物に足首を絡め取られた瞬間、パニシングからのフィードバックが脳を突き刺し、自分のものではない記憶を無理やり頭にねじ込まれるような痛みが走った

ヴィラと対峙した時、あの異合生物は彼女を避け、「恐怖」しました。「人間を襲う」パニシングの本能も抑え込んでいた。あの異合生物には、すでに高度な感情があります

あいつなら逃げたわ

ヴィラが冷ややかに付け加えた

あの異合生物をこの島の外へ逃がせばどうなるかは、簡単に想像できるわ

プリア森林公園跡で見た炎が、ヴィラの瞳の奥で再び燃え上がった

どうやら、始末すべき化け物がどんどん増えてきたようね。あなたも、死んだフリで逃げたあの異合生物ちゃんも死ぬべきよ

ヴィラの瞳の中で、殺意の炎が更に燃え始めた

もう間に合いませんよ。始まった「進化」は加速し続け、島の全ての新たな異合生物はあの異合生物を模倣し、理解し、それ自身になる。あなたはもう始祖を見つけられない

あれはまさに新世界の「イヴ」といえる存在です

空中庭園が今すぐ宇宙兵器を使い、この島全体を沈めたりしない限り、「子供たち」の中から「イヴ」を見つけ出すことは不可能です

フン……私にとってはどれだろうが全部同じ……まとめて皆殺しにするだけよ!

できませんよ。あなたの機体では耐えきれない――確かにあなたは強い。でも、限界がある

さっき海の上で、すでに力を使い果たしたはずです

……

援軍もすぐには到着しない。それに、あなたたちが望む「空からの援軍」が現れたとしても、進化のスピードには到底追いつけません

昇格者は手足をもがれたまま、ヴィラに制圧されながら話していた。だが、この場にいる全員が理解していた――形勢は完全に逆転している

もしこれがスピード勝負のリレーならば、あなたたちのチームは、とっくに負けています

諦めてください、ヴィラ

そう言うと「ロイド」は再び人間に視線を向け、なんと僅かに首を持ち上げた

わかりましたか、[player name]。遅かれ早かれ、あなたの運命は、同じ結末にたどり着きます。あなたも必ず私たちの「彼岸」に来ることになる

あなたは必ずや「アンカーポイント」となり、進化をより正しい道へ導くでしょう――

……伝えたいことは全て伝えました。考えは決まりましたか?[player name]、最後の選択はあなたに託します

「彼らを守りたいなら、運命に従うことです」

その口を閉じなさいよ!

ヴィラは激昂し、昇格者の頭を踏んで砂浜にめりこませた

まさか本気でバカみたいに、昇格者の言葉に耳を貸す気じゃないでしょうね!?

私が生きている限り、誰ひとり破滅へ進ませはしない――!

もう一度忠告しておきます――ここで私を拒めば、すぐに狩りが始まります

昇格者はこのやり取りに飽き飽きした様子で、目を閉じた

……誰も私の決意を揺るがすことはできません

黙ってこのやり取りを聞いていたハニフが、突然手元の何かに目を留め、おもむろに手を挙げた

またいい知らせと悪い知らせがあるんだが……

黙って!それどころじゃないって見てわからない!?

今回は本当に重要なことだ。信じてくれ

今あんたたちが話してた「イヴ」って異合生物――もし聞き間違いじゃなければ、さっきあんたの足首に絡みついてたやつのことだよな?

ハニフは、びっしょりと濡れたままの位置特定装置を掲げた。画面中央で小さな赤い点が、身を潜める異合生物たちの「呼吸」のように静かに点滅している

いい知らせから言おう。あんたが[player name]に人工呼吸してる間、俺は空中庭園に連絡しただけじゃなく……

あの異合生物に位置特定装置もつけてやったんだ

――悪い知らせは!!

ヴィラは、今にも怒りで爆発しそうだった

悪い知らせって言っても、そんなに悪かない!水に浸かって精度はちょっと落ちたが、まだ使えるってことだ!さあ言うことは全部言った!もう黙っとくさ!!

ヴィラと人間は同時にハッと息を呑んだ――

「ロイド」もカッと目を見開き、初めて「信じられない」という色を浮かべ――同時に激しくもがき始めた

ヴィラは昇格者の周囲でパニシング濃度が急上昇したことを鋭く察知し、一瞬も迷わず、再び彼を岩場に釘付けにした

……無駄です!

昇格者、あんたの話を聞いて、その行動の理由を理解できたとしても、ひとつだけはっきりと言える……あんたは間違いなく、死ぬべき狂人よ!

ハニフは素早く位置特定装置を人間の胸元へ放り投げ、更に自分のイヤーマイクを指差し、特殊なジェスチャーを送った

増援が来たぜ!長い「心理戦」がようやく実ったな!

人間は、投げられた位置特定装置をしっかりと抱え込み――空に向かって銃を掲げた

人間は空に向けて発砲した。夜空に信号弾が炸裂し、援軍に現在地を知らせた

「ロイド」はこの対立の結末を悟り、大きく顔をしかめた

残念です

……ですが、構いません。私たちはまたすぐに会うことになりますから……次に会う時は、もう友好的な「ロイド」はいませんよ

人為的な悲劇に深い悲しみを感じています。だからこの手で、そうした物語を完全に終わらせる。もう、誰にもこの決意を揺るがすことはできません

あれらの新たな人類が、旧人類よりも生きる資格があることを証明します。今日、あなたたちはその証人となる――

ドスッ――

ヴィラは両手で旗槍を握りしめ、思いきり腕を振り上げて、昇格者を深々と突き刺した。彼の最後の言葉も腹の中で殺された

戯言はもう終わりよ!

人間の号令を受けて、ヴィラの旗槍は昇格者の肉体を徹底的に破壊し始めた

緋色の死神と化した彼女は怒りのままに「ロイド」の喉や胸、腹を次々と貫き、砕けた残骸を掻き回しながら、バラバラのパーツになるまで叩き潰していった

……ハッ……!最初からこうするべきだったわ!

砕けた残骸の破片の隙間から湧き出したパニシングは、石の隙間を伝って四方へと逃げ散った

深紅の霧はたちまち小さな流れを形成し、びっしりと島全体へ流れ込んでいった

再びパニシング濃度の上昇を知らせる警報が鳴り出した。ハニフは銃を構え、先ほど退いていった異合生物の波の方向へ照準を合わせる

グルル…………

微妙な均衡が崩れ、人間を喰らう異合生物たちの本能が再び解き放たれた

異合生物たちは唸りながら、岩場の3匹の「虫」たちにじわじわと迫った。最初は様子を窺うように近付き、そして一瞬で一気にスピードを上げ突進してきた

ヤバいぞ!

生きる資格があると証明するですって?笑わせるわね!結局は操られてるだけの虫ケラじゃない!

あなたたち、早死にしたくなければ私の後ろにいなさい!

ヴィラは人間の前に飛び出し、旗槍を振るって押し寄せるパニシングを薙ぎ払い、迎撃態勢に入った

人間も、手にした武器を構える

その言葉を聞いてヴィラは突然振り返り、人間を見やった

……

まったく、懐かしい光景ね……アハハ……

最高ね……いいじゃない!今すぐ逃げるわよ。どんなことがあっても、死に物狂いで私についてきなさい!