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ER12-4 輪廻

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パニシングが爆発してから、長い月日が経った。ヴィラですら過去のことを忘れてしまいそうになるほどに

だが今、目の前の光景はあの時と驚くほどよく似ていた

どいて!どいてください!先にストレッチャーを通して!

廊下にはあとどれくらいの負傷者が?

数えきれません……オペ室は空きましたか?もう持ちこたえられそうにない人が何人もいます

異常な爆発の後、人々はこの廃棄された病院を臨時の野戦病院として利用し始めた

今、手術台にいるあの人も手の施しようがない。ダメなら、もう下ろすしかない

どうして急に「手の施しようがない」なんてことになるの?

侵蝕体に体を貫かれたんだ。今まで持ちこたえただけでも奇跡だよ。君は負傷者の身内?それとも空中庭園から来た人か?

医師は風変わりな構造体を素早く観察した

ヴィラは箱を抱え、腕には1枚の上着をかけていた。上着の血に染まった大きな穴が、手術室の負傷者の状況を物語っている

最後にもう一度言うが、負傷者は頭部を損傷し、腹部の傷も手の施しようがなく、出血も止まらない

ここはあくまで仮設の医療拠点なんだ。治療用の素材も不足している今の状況では、こんな重症には対応できない

さっきの君の提案も無理だ。ここには改造処置を行う設備などない。今すぐ空中庭園の救援があれば話は別だが、それならここの負傷者全員を搬送してほしいくらいだ

……

私の手元に応急処置材料があるわ。大きな傷を一時的に塞ぐくらいなら、何とかなる。支援が来るまで、持ちこたえさせられるかもしれない

彼女は両手で箱を持ち上げ、医師に差し出した。医師は箱に記されたマークを見て、眉を曇らせた

これは……私が独断で使用できる代物じゃない

それは気にしなくていい。私が何とかするから。今はそれで傷の処置をすることね

……わかった

医師は赤髪の構造体をしばらく見つめていたが、この救命用の資材の出処を問い質すことはせず、箱を受け取って慌ただしくオペ室へ戻っていった

……

オペ室の扉が閉まる直前、ヴィラの視線はもう一度、手術台に横たわる人間へ向けられた――眉をしかめ、悪夢に陥った人間を

人間は闇の外に拡がる世界に気付いていない。ただ過去の夢に囚われているだけで、すでに体力を使い果たしている

バイタル監視装置すらも、次々と警報を鳴らし始めた

侵蝕体に刺される前……一体何が起こったのだろう?

あの時……なぜファウンスの部隊とはぐれてしまった?

あの時……腰にある通信装置は、見下すような嘲りを伝えてきたようだった

あらあら、[player name]が30秒も遅刻するとはね

???

こちらにはすでに目標地点に到着したと表示されていたけど、なぜ報告しなかったの?初めて来た地上に、足がすくんだとか?

何かの信号に干渉されているのか、通信機はジジジというばかりだったが、数回強く叩くと正常に戻り、画面の向こうの人物の姿を映し出した

なんだ、意識ははっきりしてそうじゃない。何かあった?

何かの信号に干渉されているのか、通信機はジジジというばかりだったが、数回強く叩くと正常に戻り、画面の向こうの人物の姿を映し出した

どうしたの、私よ。そんなに会いたくなかったわけ?

……

バネッサはスーッと深く息を吸い込んだ

曖昧な返事はいい。ボンヤリするくらいなら、さっさとこの赤チームから抜けて。私はあなたみたいな役立たずと単位のためでも怒りを抑えて話すつもりはない

――まあ、ここは実戦練習場で、周囲はもう何年も平穏な正規の保全エリアだけど。もし本当にここで何か起きた時は、いっそ何もせず、その場でお祈りでもすることね

「感情の発散」も「言うべき本題」も、ちょうどいいタイミングでひと区切りついた。バネッサはもう一度深く息を吸い、赤チーム全体に指揮命令を出した

よし、全員散開、行動を続けて!

青チームがかなりの数の罠を仕掛けているようだから、十分注意するように

私たちの現在地はカッパーフィールドグループのあるビル跡地。フン、あちこち焼け焦げて灰まみれね……[player name]、そっちの進捗状況を報告して

その報告を聞き、バネッサの下でしおらしくしていたチーム内通信から、優秀な仲間に恵まれたことを喜ぶ小さな歓声が聞こえてきた

……青チームが隠した旗がまだ見つかってないのに、この程度で順調だって喜ぶの?その調子じゃ、成績表の最後尾にあなたたちがズラリと並ぶのが見えてるわ

私と[player name]がいれば万事OKだと?実戦訓練はチームの成績だけじゃなく、各自が何をしたのかだって教官は逐一見てる。サボるなら覚悟することね……

それから[player name]、あなたもよ。そのくらいで……偉そうに……してない……

端末を少し調整してみたが、通信チャンネルの音声はぼやけたままではっきりしない

遠くから何か音が聞こえた気がした。戦術用ヘッドホンを外し、顔を上げて見渡すと――

1体の侵蝕体がフェンスの隙間をこじ開けるようにして、もがきながらこちらに「手」を伸ばしている

手を上げ、制式拳銃を構える。「ここは実戦訓練用の地上基地だ」と頭では何度も確認したが、筋肉は正直な反応を見せて瞬間的に発砲し、侵蝕体のコアを撃ち抜いた

その直後、フェンスの隙間から、更に多くの赤い光が瞬くのが見えた。1体、2体、3体……

射撃の基本姿勢を保ったまま、フェンスの隙間から覗く「目」と睨み合う

心臓が狂ったようにドクドクと脈打っている。地上で実戦訓練を行うのは今日が初めてだ。そして、本物の侵蝕体を目にするのもこれが初めてだった

教科書で見た映像も、空中庭園でのバーチャルシミュレーションも、今こうして侵蝕体の群れに「対面」する恐怖には遠く及ばない

……ここは……何かおかしいわ!侵蝕体が……

撤退しなきゃ……

手の中の通信端末は依然、ジリジリと雑音をたてるばかりだ。この襲撃で多くの者が影響を受けていることは明らかだった

増え続ける侵蝕体に太刀打ちできず、すぐに撤退を決断し、最も近い保全エリアを目指して走り出した

だがすぐに、前方から押し寄せてくる人の流れが現実を突きつけた――保全エリアすらも陥落している

パニックで入り乱れる人々に叫びながら問いかけたが、返ってくるのは取り乱した言葉だけで、誰からも正確な答えが得られなかった

大量の侵蝕体が現れて、あっという間に……組織的に避難を指示する暇もなかったんだ!

早く逃げろ!もう侵蝕体がそこまで追ってきてる!!

群衆は砂を蹴立て、人を押しのけながら必死に逃げまどい、窒息しそうなほどの煙塵が立ち込めていた

逃げ惑う人々の影と煙の向こうに、じっと立ち尽くすひときわ鮮やかな赤い影があった

しつこく追いかけてくる侵蝕体が、間近に迫っている。その赤い影は恐怖で動けないのか、まったく逃げる素振りがない

反射的に足を踏み出し、その影に向かって走り出した

ギィ――!!

…………!

赤い影の前に飛び出した瞬間――侵蝕体が腹部を引き裂いた。痛みに襲われた瞬間、悲鳴すら上げることができなかった

痛みに目が眩み、視界は黒い霧に覆われたようだった。耳元で叫ぶ人々の声を気に留めることもできない

震える手で脇腹の傷を押さえようとしたが、触れたのはぬるりとした血だけだった

??

……あなた正気?このバカ!

暗闇の中、怒鳴り声だけが脳に突き刺さる――その後のことは、何もわからなかった

手術の翌日、頭に包帯をぐるぐる巻きにされた状態で目を覚ました

日頃の訓練の賜物か、目覚めた直後の状態は良好だった。自分の身に起こった出来事を把握しようと、目覚めてすぐ、瞼をこじ開けながら周囲を見渡した

周囲には複雑な医療機器が並び、体中には多くのチューブが繋がっている

だが、それ以上に目を引いたのは、ベッドの側でリンゴの皮を剥いてる赤髪の女性構造体の姿だった

目が覚めたのね。さて、ここはどこでしょう?天国か地獄か、その二択よ

苛立つほど口が乾いていたが、何か言おうとひび割れた唇を動かした

話そうとしたって無駄よ。まだチューブも抜けてないし

残念なお知らせ。ここは地獄じゃないし、運の悪いことにあなた、まだ生きてるわ

「大恩人」とでも呼んで頂戴。ここは地上の臨時医療拠点――私は空中庭園から来た構造体よ。混乱の中で、たまたまあなたを拾ったの、覚えてる?

戸惑いと僅かに不満そうな目を見てか、女性構造体はふっと笑って言葉つきを変え、改めて自己紹介をした

からかうのはやめておくわ。コードネーム「ドッグ」、私のことはそう呼べばいい

果物、食べる?と言っても、リンゴしかないけど

「ドッグ」は口では勧めながらも、リンゴを自身の口元に運び、わざとらしく「シャクッ」と音を立てて齧った

人間は再び暗闇に抱かれ、深い眠りについた

フン、つまらないわね

数日回復を待てば、一般病棟に移ったあとで色々話せるだろうし

わざわざテスト素材をあなたに譲ったんだから、無駄にしないでよね。任務に失敗した上に死なれでもしたら、たまったもんじゃないわ

手術から2日目、人間は再び集中治療室で目を覚ました

ベッドの側で、見知らぬ構造体がリンゴの皮を剥いていた

生活リズムはそこそこ安定してるのね。昨日も大体このくらいの時間に目を覚ましていた

口の中に馴染みのある乾ききった感覚がある。しばらくこの状態が続いていたようだ

私のこと、覚えてないの?あなた、自分がどうやってここに来たか、覚えてる?

……よかったわね。おめでとう、と言うべき?またも運悪く目を覚ました上に、自分が頭をぶつけておかしくなってることにも気付いたんだから

しばらく組織には戻れない。人の言葉がわかるならおとなしく聞いて。私はあなた専属の空中庭園所属の構造体で……ああもう、何度こんなバカバカしい説明をさせるの

深刻ではないけど、頭に血腫があるそうよ。自然に回復するから開頭手術はしなかったけど、一時的に神経の一部が圧迫されてる。つまり、しばらくは脳がサボってる

今の様子を見る限り、記憶喪失か……ベタな展開すぎるわね

あなたの記憶がどの程度保てているかは私にもわからない。今のうちにテストしておく?昨日よりも調子はいいみたいだから

女性構造体はリンゴをひと口齧った

名前は?どこから来たの?最後に覚えている記憶は?ひとつずつ思い出してみて

……

私を警戒する必要はない。そして、ちょっと元気になったからって私をからかう必要もないわ。オペ室に蹴り戻されたいなら別だけど

確か、地上での実戦訓練に参加してた気がする……チームメイトは誰だった?思い出せるはずだ

脳内で記憶を探ったが、神経が記憶に触れた途端、激しい頭痛に襲われた

記憶はぼんやりと霞がかっており、確かに目の前にあるのに、どうしても手が届かない

その「霞む記憶」に手を伸ばそうとする度に、痛みが襲う。ほんの数秒足らずで、冷や汗が滲みだした

どうやら地上に来る前のことは覚えているみたいね。もういいわ、今日はここまで。無理をしても仕方ないし

状況の説明を聞きたい?医者の話では、あなたの記憶障害は何度も再発する可能性が高いそうよ。今説明したところで、明日にはまた「リセット」されてるかもね

点滴の針が刺さった腕を持ち上げ、部屋の隅にある、ファウンスのロゴのある自分の荷物を指差した

赤髪の構造体は興味深そうにリュックを手に取り、ゴソゴソと探った。ほどなく、画面が蜘蛛の巣状にひび割れた「損傷端末」が人間の前に差し出された

まだ起動できるなんて、あなたたちの端末、意外と丈夫なのね

必死に端末を持ち上げ、生真面目な顔で質問する滑稽な姿に、女性構造体は「ぷっ」と吹き出した。手にした果物ナイフが笑いとともにプルプル震えている

ファウンスの連中って皆そんなに面白いの?そこまで真剣になるなんて、点数稼ぎ?アハハハ!

彼女は大げさなほど涙を流して笑い、酸化して変色しかけたリンゴのことなどすっかり忘れていた

アハ……はぁ、わかった、わかったわ、教えてあげる……こうしましょう

私の本名は「ヴィラ」。プライベートではそう呼んでいいわ

それは記録しないで

端末に書いていいのはコードネームの「ドッグ」。他の人の前では、そう呼んで

空中庭園所属の構造体だけど、普段はずっと地上勤務よ。最近上層部がファウンスの「お坊ちゃま、お嬢ちゃま」を地上で実戦練習させろと言い出してね。その「子守り役」が、私

空中庭園の温室育ちのお花たちは、自己評価ってものを全然わかってない。その「偏見」を覆したいのなら、真の信頼に足りることを見せて、自分の力を証明するのね

アハハハ……また素直に聞いちゃって……あなたって、本気でバカなのね……アハハハ……

とりあえず今日はここまで。後は明日のあなたの様子を見てからよ。もうそろそろ休む時間でしょ

はいはい、もう笑わないわ……アハ……とりあえず今日はここまで。続きは明日のあなたの状態次第よ。ほら、もうそろそろ休む時間でしょ

ヴィラはリンゴをひと口齧りながら、もう片方の手をそっと人間の額に置き、小動物をあやすように優しくなでた

人間は何か言いたげに少し口を開いたが、なぜか言葉は出ず、喉の奥に引っ込んでしまった

そう、それでいい。小さい子供みたいにたくさんの「なぜ?なぜ?」があるんだろうけど、今は考えるのはやめなさい

夢の中に戻って頂戴。そこが傷を癒すのに一番いい場所だから。早く元気になることね

瞼が次第に重くなる。薬の作用か、あるいは人間の自然治癒力という不思議な力のせいか……ともあれ、再び眠気に呑み込まれていった

回復が良好なら、明日には一般病棟へ移れそうね……

面倒だわ……空中庭園の連中と仲良しごっこだなんて。重要なのはテスト素材を本部に持ち帰ることなのに……まあいい、意識海のバグのせいね。あれで延命させるなんて……

ヴィラの声がゆっくりと遠ざかり、真っ暗な水の中に沈んでいった

手術から3日目――自分の端末に残したメモから、少なくとも今日が術後3日目であることはわかった

周囲を見回し、一般病棟へ移されたと判断した。外傷もパニシングも、あるいは何らかの病原体も、どれも自分の命を奪わなかったのは喜ばしいことだ

リンゴを1袋ぶら下げて病室に入ったヴィラの目に、思わぬ光景が映った

ファウンスのこの運の悪い患者は、蜘蛛の巣のようにヒビ割れた端末の画面を鏡代わりに、自分の顔の包帯とガーゼをそっと引っ張っている最中だった

病室に入ってきた構造体を見て、人間は少し驚いたように端末を下ろした

あーあ、どうやらまた「リセット」されたみたいね

まるで遠くからの呼びかけを聞いたように、ヴィラはふと動きを止めた

……

だが、瞬間的なその違和感はすぐに意識海の奥へ沈み、彼女は特に気にも留めなかった

なかなかやるじゃない。あなたの端末に記録してあった情報?見せて

それもあなたたちの学校の規則?私はあなたの見守り役なのよ。その私にも見せられないっていうの?

繰り返すけど、上層部は「指揮官と構造体の連携戦術」を本格的に考えてる。だから卒業試験を受ける指揮官見習いを構造体が支援してるの。私もそれで配属されてる

だから私にも情報を閲覧する権利がある……って、何よ、その目……私には閲覧権限がないとでも?空中庭園はいつもそんな風に構造体を扱うわけ?

じゃあ、あなたが寝てる間に、私が力ずくで奪ったら?

……はいはい、「指揮官の絶対的権利」ってやつね

ヴィラはベッドの脇にある椅子に座り、リンゴの皮を剥き始めた

そんなことにこだわっても面倒くさいだけだし、どうでもいいわ。昨日あなたに約束したでしょ、現状についてもっと説明するって

じゃあ、その傷の原因から

ヴィラの視線がちらりと人間の脇腹に向けられた

あの時、私もあなたも実戦試験中で、ちょうど本隊と合流しようとしていたの

でも、どういうわけだか突発的事態が発生して、異常に活性化した侵蝕体が実戦訓練用の基地の防衛ラインを突破し、更にその近くのふたつの保全エリアまで襲った

私たちはファウンスの部隊とはぐれ、あなたは保全エリアの避難誘導を手伝ってる最中に重傷を負った。私はあなたの命が最優先だし、危険な場所に留まるしかなかった

そしてやむを得ず……テスト用の素材を使った

そう。私たちの実戦任務の回収対象だった新型修復素材よ。テスト段階だけど、パニシングの侵蝕をかなり「食い止める」と予想され、更に人体への親和性も高い

将来的に、防護服や手術時の修復素材として、優れた素材になるかもしれない。簡単な説明だけど、これだけでも、どれだけ貴重なものかは想像できるでしょ?

そうよ、とても貴重なものだったの。本来なら、私たちはその素材を次の基地まで運んで、試験任務を完了するはずだった。でも、今はこの通り……

本来なら、私たちはその素材を次の基地まで運んで、試験任務を完了するはずだった。でも、今はこの通り……

ヴィラは人間の脇腹あたりの服をめくった。包帯で覆われた傷口が空気にさらされる

侵蝕体に貫かれたこの大きな穴を、私が「そんなに貴重な」テスト素材を使って、塞いであげたの

でも、罪悪感を感じたり怖がる必要はないわ。傷が回復次第、あなたも素材もまとめて上に引き渡す。空中庭園の専門家たちがちゃんと取り除いて、適切な処置をする

ヴィラは首を振った

さっき、あなたも外部と連絡を取ろうとしていたんじゃない?病室に入った時に見たわ。で、誰かと連絡はついた?

でしょ?この辺り一帯の通信信号が全部影響を受けてる。あなたが無理なら、私だって同じ

だけど、いいニュースもあるわ。重要な情報をひとつ手に入れたの――空中庭園の臨時接続地点の座標よ。そこに行きさえすれば、何とかなるわ

そう言ってヴィラはマークした地点を指差した

り·ん·じ、って言ったでしょ?この付近で侵蝕体の異常活動が発生したから、各エリアの配置も色々変わってるのよ

(嘘だけど。そこは黒野の地上拠点のひとつ。私は何としてもあなたを連れ帰って、素材を渡さなきゃいけないの。じゃなきゃ上に報告できやしない)

どう?丸3日かけて、現状を把握できたかしら?

動けるようになればすぐにこの臨時医療拠点を離れるわ。今回の侵蝕体の行動は何か異常だし、まだ拡大する可能性もある。もしここにまで影響が及べば……

ヴィラはそれ以上言葉を続けなかった。しかし、ふたりに残された穏やかな時間がそう多くないことは明白だった

いいわ、伝えるべき重要なことは全部言ったし……そうだ、リンゴ、食べてみる?

ヴィラはリンゴをひと切れ差し出した

この数日、食べ物を受けつけなかったわよね?私がリンゴを齧るのを見る度に、食べたくてたまらないって目だったわ。まあ、そんなことはメモしてないでしょうけど

まだ食べられないなら……これなら大丈夫かしらね?

彼女は果肉を軽く絞り、人間のひび割れた唇の上に1滴、甘雨のような果汁を垂らした

人間が思わず唇を舐めるのを見て、ヴィラも小さく微笑んだ

その顔、包帯グルグル巻きね……[player name]、あなたにもコードネームをつけてあげましょうか?

「ちびミイラ」か「ジャンボミイラ」ね、どっちがいい?

え?気に入ったの?だったらどっちも呼ばない

「指揮官ちゃま」にするわ

でも、今のボケーッとした状態にはあまり似つかわしくないわね。頭にまだ少し不調があるってこと、忘れないでよ

いっそ「指揮官ちゃま」にしましょう。はい、それで決まり

……

「指揮官ちゃま」はヴィラとの会話ひとつひとつを丁寧に記録していた

こうして、毎日記憶が「リセット」される日々が更に3日続いた。そして今日――

回復はとても早く、もうベッドの手すりに掴まって立ち上がれるほど回復していた。ヴィラですら予想していなかったほどの早さだ

しかも今日、記憶は、地上に降りた時点に戻ることはなかった

今日は私のことを覚えてるなんて、驚きだわ

彼女を見つめるその目つきから、ヴィラはうっすらと顔をしかめて眠る自分の姿が大体想像できた

そうね、構造体でも悪夢を見る

もともと大した違いなんてないわよ。皆同じように生きてるだけ。そんな質問が出るってことは、今まであまり構造体と接してこなかったのね

……この話はもういい。ほら、おねだりしたら、ちょっとだけ果物をあげるわよ

ヴィラは再びリンゴ切り分け、差し出した――人間は、少しなら食べ物を口にできるようになっていた

記憶を維持できる時間が長くなってきたわね。脳内の血腫が少し改善されてきた証拠よ。いい兆候だわ

感謝されるのは当然よね。それより、体調が安定してる内に、もう一度あの時に何があったのか思い出してみたら?

ヴィラは僅かに探るような眼差しを浮かべた

まあ大丈夫よ、前と同じだわ

ヴィラはホッとしたように小さく息をついた

じゃあ、自分の話はどう?私はあなたのことをあまり知らないしね、指揮官ちゃま

そうね……ファウンスでの生活や、周りにいる教師や友人……そんな感じのことよ

記憶はあまり残っていないが、この1週間近くのやりとりは全て、人間の端末にありのまま記録されていた

端末を手に握っていると、この数日間、構造体から受けた心配りや丁寧な看病が感じられるようだった

少し考えたあと、ある節目を選んで話すことにした

……

病室の窓の外の太陽は次第に高くなり、それに合わせて床に映るふたりの影もゆっくりと位置を変えていった

人間は地上に降りたあとの記憶を失っているだけでなく、それ以前の記憶もところどころ抜け落ちていた

しかし何度か会話を重ねる内に、ヴィラにもファウンスでの学生生活の様子が大体わかった。いつも成績が2位だという銀髪の少女の話すら、しっかり把握したほどに

あなたたちは本当に運がいいのね。地上は大混乱なのに、空中庭園では少なくとも、平和な成長の土壌がある。「空中庭園」……やっぱりあなたたちは「温室育ちの花」よ

じゃあ、私は「その日を楽しみにしてる」って言えばいい?

他人の評価なんてあまり気にしないことね。この世界は、偏見がなくなったりはしない……パニシングが人類を滅ぼしでもしない限りはね。アハ

私?

……

リンゴを咀嚼していたヴィラの動きがふと止まった

その時、彼女の記憶は何年も前にまで遡った。まだ構造体になる前……士官学校を卒業する前の、自分自身へと

彼女の脳裏に浮かんだのは、ベッドに座る自信家で奇妙なり老人だった。彼は彼女の経歴の話を鼻で笑い、こう言った――「作り話だろ?」

あの頃の彼女と、今、目の前にいるこの指揮官は、実のところ何の違いもない

どちらも鋭敏さと情熱を持っている。だが彼女のそれは、2160年以降、パニシングがもたらした冷たい雪と非情の中に埋もれてしまった

彼女が瞬きをすると、老いと醜さを帯びた幻は消えた。目の前には軍事学校に通う「新世代」の人間が座っており、好奇心に満ちた目で彼女を見つめているだけ

ヴィラは、「作り話」すらできなかった

アハ……

ヴィラは口を歪め、いつもの皮肉めいた笑みを浮かべた

なるほどね……私があなたに「興味」を抱いたのは、それのせいみたい

何でもないわ。聞きたいなら、話してあげる。あなたも自分のことをたくさん話してくれたし、情報交換ってことで