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ER12-3 冷めゆく沸騰

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2160年12月20日

その夜、空には雪が舞っていた

ヴィラは雪の中を歩き、軍区病院の扉をくぐった。帽子を脱ぎ、つばに積もった雪をそっと払う

今夜の彼の様子はどうです?

ちょうど夕食を終えたところよ。相変わらず食欲はあまりないわね。いつも目覚めたら食事をして、眠って、窓の外を見るだけ。ひと言も話さないわ

へえ……まだ話そうとしませんか

容体はもう完全に安定しているし、もう退院を考えてもいい頃なんだけど……あなた、まだここで彼の監視を続けるの?

今のところ、移送に適した場所が見つかっていませんし、移送前に彼と一度は話をしておいた方がいいので

ヴィラは帽子を胸に抱えたまま病院の奥へと向かい、「監視対象」となっているヘインズの個室病室の窓の前で足を止めた

部屋にいる中年の男性の回復状況は良好そうだ。ただ、全身が溶けたような凄惨な傷跡だけが、起きた出来事の残酷さを物語っている

彼はベッドに腰掛け、窓の外の景色を眺めていた。その視線の先に何があるのかは誰にもわからない

あの火傷の痕を見ると、どうしても不快感を覚えるの……本当にここまで自分を傷つけられる?復讐や誇示のために、こんな怪我を負ってまで自ら炎に焼かれるなんて……

ヴィラは無言のまま自分の腕にある同じような火傷の痕をそっとなぞり、隣にいる医師を横目で見た

ヴィラの肩に積もった雪はまだ溶け切っておらず、彼女の目には外から持ち込んできた冷たさが宿っている

いつか何かの目的を果たすために、これと同じような代償を払う必要があるとしたら……私もやると思います

……ダメよ、ヴィラ

ご心配なく、グウィネス先生。私は彼と同じようにはなりません

彼はこうなるまでに、その過程で多くの身勝手で独りよがりな選択をしてきたはずです。私はそんな愚かなことはしない。自分を「犠牲」にして、他人の命まで脅かすなんて

それに……容疑者に共感するつもりもありません

何か聞こえたのか、病室の中の男は扉の外の方に顔を向け、ヴィラをじっと見据えた

……

何か言いたそうね

ヴィラの瞳に僅かに浮かんだ興奮の色を、医師はしっかりと捉えていた

……私の知る限り、あなたの任務はここで彼を監視するだけよね?

私は……あなたは彼とあまり深く関わらない方がいいと思うけど?

医師は目の前のヴィラを見つめながら、隠そうともしていない彼女の鋭さを改めて痛感していた

それはまるで熱い雪の結晶のように稀少なものであり、同時に、何かの災いに出くわせば、そのまま溶けて「砕けて」しまいそうだった

医師はふっと不安を覚えた。ヴィラがこの容疑者と何らかの関わりを持ってしまうのではないか、と

彼女は手を伸ばしてヴィラを止めようとしたが、それより先にヴィラがさっとドアノブに手をかけた

ヴィラは医師の目の前で堂々と病室に入り、上着を脱いで壁のコートハンガーにかけた

……ヴィラ、やめて

ご心配なく。私も、彼のことをもう少し知っておきたいだけですから

カチャッ

ヴィラは医師を病室の外に残したまま静かに扉を閉めると、いつもの癖で鍵をかけ、自らを容疑者とふたりきりの空間に閉じ込めた

……また来たのか

男の声は酷くしゃがれていた。あの火災で、喉が焼けただれてしまったのだ

毎日顔を合わせてはいるけど……自分から声をかけてきたのは初めてね。何か特別なことでもあったの?

大したことじゃない、リンゴが食べたいだけだ。もう2日もここに置かれてるが、自分じゃ皮が剥けなくて食べられない

男性は棚の上にある果物皿を指差した

果物を食べるから他人に皮を剥いてくれだなんて、ずいぶん贅沢ね

ヴィラはベッドの側に腰を下ろし、腰に差した軍用ナイフを取り出した。そして見舞いに訪れた家族のように、鼻歌を口ずさみながら、のんびりリンゴの皮を剥き始めた

{226|153|170}~

何の歌だ?

自分で作った歌よ。気にしないで

……

ずっと君と話す機会を探していたんだ。火災現場から助け出してくれた恩人なのに、ちゃんとお礼を言うタイミングが見つからなくてね

わかるだろうが……火傷ってやつは本当に痛い。この2カ月、ずっとここで耐えるしかなかったんだ

男はヴィラの腕の火傷の痕を指差した。リンゴの皮を剥くために袖をまくったヴィラの腕には、特別な処置がされないままの痕が残っていた

君は、その痛みを知ってる人だと思う

ヴィラはちらっと男を一瞥したが、何も言わなかった。彼女はすっかりリンゴの皮を剥き終え、小さく切り分けて果物皿の上に積み上げていた

自分で取って

やっぱりだ。見ていてわかる。君は解体場の中に身を置きながらも、平気で豚や犬を切り刻む連中とは違う

アハハ……ただリンゴを切っただけで?以前は誰も手伝ってくれなかったの?

そうだ。立って歩く連中は皆、あっさり殺されるだけの愚かな家畜か、刃を研ぐ解体者のどちらかだ。ちょっと誰かを手伝うなんてことは、誰もしようとしなかった

あなたにとって、「黄金時代」はそんなに酷いものだったのね

君こそどうなんだ?茹でガエル理論みたいな状況に置かれながらも、私を理解しようとしてくれている。君も似たような経験があるからじゃないのか?

ヴィラは皿からリンゴをひとつつまんで口に放り込み、シャクシャクと咀嚼しながら、この探るような質問にどう答えるべきか思案した

自分のことに深入りされるのを拒むこともできる。だが、相手からもっと情報を引き出したい――彼女には話題が必要だった

私のことなら……

多分期待外れだと思うわよ。私はまだ若いし、人生経験もいたって普通。あなたが知ってる黄金時代の一般的な生活と、ほとんど変わらないもの

平凡な両親の下で普通に生まれて、普通に教育を受けた。少し成長して、進学先を選び……見ての通り、今この場所に来たというだけ

家族とは仲がいいのか?

ええ、とても。成長を見守ってくれたし、私の健康も気にかけてくれたわ。勉強の手助けもたくさんしてくれた

それは親として当然の義務じゃないか?

義務といえば確かにそうかもね。もっと丁寧にいえば……私の小さい頃、両親は朝早く起きて朝食を作り、学校に送ってくれて、夜は読み聞かせをしてくれたわ

髪を梳いてくれる人はいたか?

その質問に、ヴィラの反応はほんの一瞬――0.5秒ほど回答が遅れた

ええ、三つ編みもしてくれたわ

両親は、学校の教師と連絡を取り合っていた?

ええ、毎月、私の様子を話していたわよ

男は口を歪めて笑った

作り話だろ?

君は早くに家族を失ってるんじゃないか?やっとの思いで士官学校に入り、この道で食べていこうとした……それが当時の君にとって最良の選択だったのでは?

……

ヴィラも笑みを浮かべた

私を誘導尋問しようとしてるの?病室に閉じ込められているわりに、自信満々じゃない

詐称したことを反省しなくてもいい。どうせそんなものはすぐにバレる

貧乏人が金持ちの暮らしを想像しきれないのと同じように、君の話は穴だらけだ――

――愛された経験がないから

……

さっきから思っていたんだ。同類の人間なら、人混みの中でもひと目で互いを見分けられるもんだと

君と似たような経験をした友人がいる。聞きたいなら、そいつの話をしよう

男はヴィラの返答を待つことなく、勝手に身振り手振りを交えながら話し始めた

その話は確かに真実味があり、彼は30分も饒舌に語った――幼少期のいじめ、思い通りにいかない少年時代、無力感に満ちた青年期……それは不公平と恨みばかりの一生だ

…………あんな不公平な扱いをずっと我慢してきたっていうのに、歳を取ってからも、まだそんな仕打ちを受け続けるなんてな

ふぅん……「友人」がね

ヴィラはまたリンゴをひとかけら口に放り込んだ。早く食べなければリンゴがますます酸化してしまう

私が受けた偏見や不公平な扱いは、全てなくなると思っていた……私は当時最高のラボに入り、あの若くしてもてはやされていた小僧、リストンの下で研修していたからな

だがあいつは冷酷で情なんてなかった!自分の体を改造しておきながら、外ではまともな人間のフリで金稼ぎに必死だ。軽蔑していたが、結局はやつの下で働くしかなかった

私は「雑音」など無視できると思っていた。だがやつは私のところに来て私の成果を否定し、態度を非難し、更には私の実験サンプルまで全て処理してしまった……

ヴィラはリンゴを咀嚼するのをやめた

それって、違法に手に入れた遺体のこと?あなたはそれをどこから見つけてきたの?

貯めた金でルートを見つけ、サンプルを買ったんだ。なのに非道徳的だと汚名を着せられ、サンプルは全て没収だ。その上「生命への尊重は忘れてはならない原則だ」と宣った

進化を前にした時、真っ先に突破すべき障害が「原則」じゃないのか?

……

男はヴィラに承認を求めるように、少し興奮気味に両手を差し出したが、彼女はスッと体を引いてその手を避けた

仕事の中で心から愛せるものを見つけるのは幸運だ、あの成果やサンプルは私の最愛のものだった。それを、まさかリストンのようなやつに何度も何度も奪われるとは

あんなことをしたからには、彼らは必ずその代償を払わねばならない

だから私は、彼らにふさわしい報いを与えた……だが、リストンだけは……あいつがまだ残っている……

男の語った「物語」は、ヒルダが話していた情報とほとんど同じだった

ヴィラは黙って「聞き役」を演じていた。男がここまで饒舌に語るのは初めてで、まさか口を開いた途端、自分の動機も罪も全てぶちまけるとは思っていなかった

どうして?

……何がだ?

どうして突然、自分のことをここまでさらけだしたの?ヘインズ

ああ、その疑問はもっともだ――君は私を監視する立場にある。私が自分のやったことを話せば、その先にあるのは逮捕か死だ……

だが、将来どうなるかよりも、私は今この瞬間の理解の方が大事なんだ。君からの理解がね

認められるという感覚は、滅多に得られないものだからな

ただ認められたいというだけで?私が理解することと引き換えに、これほど価値のある自白を引き出すとは思わなかったわ

ヴィラは指先でトントンと軽く太ももを叩きながら、ふと、胸の奥の微かな焦りに気付いた――「何かおかしい」と直感した時、いつもこの感覚がある

彼女は果物皿の上の軍用ナイフをサッと拭って鞘に戻し、病室内を見回した。何の変哲もないテーブルや椅子、医療機器、施錠された扉、僅かに冷気が吹き込む少し開いた窓……

おかしい場所はどこだ?

窓……あなたはこの2カ月間、ずっと外を眺めていて、ほとんど口を開かなかった

何を見ていたの?

ヴィラは話しながら窓辺に行き、隙間から冷たい風が吹き込む窓を閉じた

数片の雪が彼女の手の甲にふわりと落ち、その冷たさはまるで彼女の警戒心を裏付けるようだった

ヴィラは窓の外の闇を見つめた。夜道の両側にある誘導灯以外、特に気になるような景色はない

特定の方向を見ていたわけじゃない。ある種の「未来」を見ていたんだ

ある種の「未来」?

いわゆる人類文明の命運を左右する技術の分岐点だ。「零点エネルギー」、あるいは「エデン計画」。君も聞いたことがあるだろう?子供ですら知っている偉大な計画だ

君は、零点エネルギーリアクターが点火された時、この世界にどんな変化が起こると思う?人類文明は……どんな未来へ進むのだろう?

新たな飛躍となるのか、それとも一気に滅亡へと突き進むのだろうか?

……

君は自分の目を自分で見ることはできない。どんな光が宿っているのかも知らぬままだ……だから、私が教えてあげよう

男はベッドからもがくようにして立ち上がった。実際、彼の体はまだ歩ける状態ではなかったが、それでも彼はその「滑稽な」行動をやり遂げようとした

彼は窓の方へと歩き、ヴィラに近付いた

君の目は野心に満ちている。かつての私とまったく同じだ。だから私には君のことがわかる

でも、君はまだ理解していない。人類はいずれ、野心という道の途中で息絶えることになる

私が見ていたのは、そんな「未来」だ……どの産業革命でも耐えがたい代償を伴ったように、零点エネルギーもまた、必ず人類に新たな生存的圧力をもたらすだろう

その新たな革命とともに「進化」しなければ、平凡な人類……家畜や犬たちは、その場に立ち尽くしたまま危機が襲いくるのを待ち、無残に殺されるしかない

ヴィラの指先が窓に触れた瞬間、彼女の視界は一瞬ぼやけ、外で赤い光がキラリと瞬いたように見えた

だから……君はその野心をしっかりと胸に抱いておくことだ。ほんの少しの進化を加えれば、君はあの川を無事に渡ることができる……

例えば、脆い肉体を捨て、その中に潜む劣悪な遺伝子を取り除き、代わりに……

あの実験体たちのような姿になれって?人間でも鬼でもない、見るにたえない化け物みたいな姿に?それとも、あなたのように自らの身を炎に投じろと?

ヴィラの胸の奥に焦りが急激に湧き上がった。それは、先ほど窓の外に見えた奇妙な赤い光のせいかもしれない

教えなさいよ。あなたのDNAが「ヘインズ」の記録と一致しないのはなぜ?どんな方法を使ったの?

これは、進化の選別におけるほんの一歩にすぎない。その気があれば、君にもできるはずだ

……おしゃべりはここまで

堂々巡りの会話を終え、ヴィラは扉へと向かった。さまざまな徴候が、彼女に今すぐ報告すべきだと決断させた

まだ実際の証拠こそないが、この男があのビルの災いの原因であることは確信できた

彼女はこの男には更なる厳重な監視が必要だと考えたのだ

そして病室の扉に手を伸ばし、立ち去ろうとした

――本当にその扉を開けるつもりか?

その時、腰元の通信機が突然ブーンと震えた。士官学校から最高レベルの招集命令が届いたのと同時に、病院内の警報が一斉に鳴り始めた

ウ――――――――

通信機の画面上の簡潔なメッセージからは、事件の詳細は読み取れない。状況は不明だが、緊急事態であることは十分に伝わった

まだ在学中の学生たちですら、前線に出る準備を求められるほどの――

何なの……!?

ヘインズ、ただちにベッドに戻りなさい。さもなければ、強制措置を取るわよ!

廊下から不気味な叫びのような声が聞こえる。ヴィラはサッと身を翻し、扉の脇に身を隠し、男が素直にベッドへ戻るのを鋭い眼差しで見つめていた

あなたの仕業?

まさか。今の私の状況を見ろ。こんな大規模な騒動を起こせるように見えるか?

さっき私が言ったことが現実になったんじゃないか?「人類はいずれ、野心という道の途中で息絶える」ってやつさ

……

遥か遠くにある未知の場所で、零点エネルギーが点火された瞬間を示唆するように、ヴィラの心の中で小さな考えが爆発した

それと同時に、外の廊下から悲鳴が上がった

キャアアア――ッ!

グウィネス先生!?

ヴィラはためらわずナイフを抜き、ドアノブに手をかけた。戦闘が近付いているのなら、彼女は外に出て前線へ行かねばならない

だが、外で「ドン」という鈍い音が響き、誰かが扉の前に倒れ込んだ。そして扉を固く塞ぎ、ヴィラを外に出るのを押しとどめた

出ちゃダメ……出てきちゃダメよ、ヴィラ……!

外で何が起きているんですか!?こんな厳重警備の軍事基地の側なのに!一体何が襲撃したんです!?情報をください!!

……多分、機械よ……機械が狂ってしまった

くっ……痛い……もうダメね……

怪我を?手を放して!ここを開けて!

窓からすぐに逃げて。人込みから離れるのよ……これは、何かの有害物質かもしれない……それ以外、私にも何もわからないわ……

最後にこれだけは聞いて、ヴィラ……どんな理由があっても、絶対に、絶対に……自分を軽々しく傷つけないで……

あなたはとても……キャアアアッ!

ヴィラは覗き窓に貼りつき、外を凝視した――それは想像を遥かに超える光景だった。グウィネスの言う狂った機械が赤い光を放ちながら、何度も彼女の体を切り裂いていた

先生!先生!!グウィネス先生!!

ハハハハハハ……ほら見ろ!君に先生は救えない!

――ッ!開けて!開けてってば!!!

遺体となったグウィネスは扉を押さえられなくなった。ヴィラが扉を押し開けようとした瞬間、外にいた狂った機械たちが襲いかかってきた

病室の扉はガタガタと激しく震え、今にも破られそうな勢いだ

数歩後ずさったヴィラの目には「信じられない」という驚きだけが浮かんでいた

窓……そう、窓から脱出するしかない!

ハハハハハ……

このバカ……死にたくなかったら、ついてくるのよ!

ヴィラは男の襟首をグイと掴むと、窓の方へ引きずって走り、肘で窓ガラスを叩き割った

風や雪が吹き込むのと同時に、赤い光を放つ狂った機械たちが病室の扉を打ち破った

行くわよ!

ヴィラは男の襟首を力任せに引っ張り、窓枠に引きずり上げようとした。だが、男はそこで抵抗を始めた

こんな状況で、どこへ逃げようっていうの!?

ハハハ……逃げやしないさ、振り返って見てみろ、一目瞭然だ

ヴィラは窓枠に片足をかけたままゆっくりと振り返り、病室内の光景を見た

そこには、いつの間にかナイフを自身の喉に向けている男の姿があった。それはヴィラの軍用ナイフではなく、以前から隠し持っていたらしい果物ナイフだ

男の背後には狂った機械が群れを成して迫っている――それは後に、「侵蝕体」と呼ばれるものだ

機械たちはグウィネスの返り血にまみれた姿で、目の前のふたりの人間に今にも襲いかからんばかりだ

ヴィラの大きく見開かれた目に、歪んだ光景が映った

男は自分の求めるものを、ヴィラの瞳の中に見たようだった。同じような歪んだ笑みを浮かべ、喉から最後の笑い声を絞り出した――この上なく満足そうな笑い声を

ヘインズ

見てみろ……人間の野心のなれの果てだ

君のその鋭い心も、必ずや悲劇の結末の中でへし折れるだろう

ヴィラ

――ッ、何を!!

侵蝕体の群れ

ギィ!!

ザクッ――

ほんの数秒が無限にも思えた……鋭い刃が火傷の痕だらけの喉元に深く突き刺さり、その刃から一片の血の花が綻んだ

吹き出した血がヴィラの頬を濡らしたが、その血の熱は吹き込む風雪にすぐさま奪われた

ヴィラ

……

…………

ポタッ

ポタッ

2160年、終末の幕は強引に引き裂かれ、散り散りとなってヴィラの目の前に撒き散らされた

飛び散る鮮血、割れた窓から吹き込む雪、群がる侵蝕体、そして満足そうに命を絶った死体

ヴィラ

………………

違う……こんなはずじゃ……ない……

何か熱いものが、風雪とともに冷めていった。それは17歳のヴィラだったのか、少女が抱いていた野心か。あるいは、ひとつの時代の輝きだったのかもしれない

2161年

2161年、港

低空を飛ぶ数羽のカモメが、慌ただしく準備を進める人々を見下ろしていた

これが最後の荷物だ。全部積み終えたら、もうこの港に戻ることはないんだな

パニシングがこの辺りに向かって拡大してるって話だ。ここもいずれ陥落するだろうな……一体ありゃ何なんだ?全世界の力をもってしても破滅を止められないなんて……

チッ、こんなクソみたいな世界、終わるなら終わればいいさ。どうにでもなっちまえ

責任者は最後の荷物を確認しながら、乱暴に画面にチェックをつけた

俺たちはまだ運がいい方かもしれない。こんな状況でも、あの役にも立たない品……廃棄された胚胎やらのサンプルを、どえらい値段で買い取ろうってやつがいるんだから

あのお偉いさんは、一体何に使うつもりなんだか……まあ、どうだっていいさ。とにかく俺たちは、指示通りにこの荷物を無事に指定場所まで届けりゃいいんだ

お偉いさんって?

黒野らしい

なんだ、驚くことでもない。金持ちの道楽ってやつだ

もうこの話はやめだ。予定通り出航できそうだ。あんたも一緒に船に乗るのか?

俺は乗らん。嫁と子供がこの街にいるんだ。あのクソったれなパニシングが街を呑み込むってんなら、家族と一緒に死んだ方がマシだ

……

そうだ、船に同乗するやつがいるらしい。今朝、港に来たそうだが……身元確認を入念にと、上からのお達しだ。また本社ビル放火事件みたいなのが起きちゃ困るからな

そいつの名前は?

確か……「ヘインズ」とかいったな。そうそう、ヘインズだ。もう来てるのか?

あんたの後ろにいる……そいつか?長いこと石段に座ってたぜ

責任者が怪訝そうに振り返ると、ちょうど目の前に中年の男の顔があった

カモメが旋回する中、中年の男は責任者に軽く頷いて挨拶をすると、再び出航間近の船をじっと見つめた

そいつ、今朝港に来て、荷物……あのサンプルを見て、涙をボロボロ流してたんだよ。「子供たちは絶対に見捨てない」とか……「最愛」だとかなんとか言ってさ……

頭がイカレてるんじゃないか?本当に上層部はあいつを船に乗せろって言ってるのか?

うーむ……

責任者は視線を落とし、男の足首を見た。そこには刺青のようなコードが刻まれており、その数字は確かに受け取った情報と一致している

間違いなく本人だ……まあ、科学者ってやつは常人とはちょっと違うもんさ

それに、もうおかしなやつだって別に構わんさ。この世界自体が狂っちまったんだ。おかしなやつがひとり増えたくらいで、何も変わらんよ

なあ!そうだよな、ヘインズ!

……

中年の男は再び振り向いた

さあ、船に乗れよ!子供たちをしっかり見守ってやれ!

……子供たちだけじゃない。あの中には、私自身の「存続」も含まれている。ちゃんと見守るつもりだ

何だっていいさ――さっさと乗れ、出航するぞ!