Story Reader / 叙事余録 / ER09 昏曙の学影 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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ER09-17 告別の定め

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戦いは終息に向かい、講堂の外壁が打ち砕かれ、ユウカはその向こう側の教室に転落していった

一面の花びらに取って代わったのは、薄暗く光のない古びた空間だった

埃まみれで荒れ果て、活気も失われている

ここはかつて、生徒たちが放課後に課外学習をしていた場所だ

数十年の時が経過し、残されているのは皆が逃げた時に置き去りにされた文房具だけだ

コレドールから与えられた力を全て使い果たし、ユウカは自分の血だまりの中に倒れていた

早乙女ユウカ

八咫ちゃん……

夜明けの光がこの空間に降り注いでいたが、ユウカを照らす前に、その光が突然翳った

まるで夢から覚めたばかりかのように、彼女は迷いと困惑を抱えながら辺りの様子を見回した

しばらくして彼女は何かを理解したようで、再び八咫に目を向けた

早乙女ユウカ

よかった……逃げられたんだね

少女はホッとしたように微笑んだ

……!

八咫は鼻の奥がツンと痛み、思わず目を閉じた

あの時へと時間は遡り、息が詰まった

彼方から掠れた必死な声が、途切れ途切れになりながら訴えかけてくる

「逃げて、八咫ちゃん!」

あの声にすぐに反応したお陰で、八咫は全てが荒廃した終末の中、最後のひと筋の希望を掴むことができたのだ

「よかった……逃げられたんだね」

八咫は目を開いた。複雑な感情が胸の中で渦巻いている

八咫

逃げるとか逃げないとか、まだそんなこと気にしてんの?こんなに何年も経ってんのにダサイなあ

早乙女ユウカ

昔だけじゃない、今もそうよ

目の前の少女は静かに八咫を見つめていた。瞳に宿っていた執念や狂気は、赤潮の力とともに消え去っていた

八咫

今もって……どういうこと?

早乙女ユウカ

八咫ちゃんが私の意識投射から逃げられて、私は嬉しいよ

八咫は何かを悟ったのか、一瞬体を震わせた

今、目が覚めたわけじゃないんだ。今までのこと、全部覚えてるんでしょ……

そうだよ、八咫ちゃん。どれも全部覚えてる

意識投射をしたことも、八咫ちゃんを赤潮に誘ったことも

ユウカはのろのろと答えた。赤い瞳には、言葉にならない哀しみが揺らめいている

そんな……赤潮に意識海を圧迫されたから、コレドールに操られてたからだって……そういって私を騙すことだってできるのに

私はユウカを信じたい。むしろ、そっちが事実だって信じたかった

確かに、赤潮は私の意識海を圧迫した……だとしても、意識投射は私が自分の意志でしたの

でもそれをしても、ユウカの意識海や、支配された人たちに苦しみをもたらすだけなのに?

最初は違った。最初、パニシングが爆発した時は

ユウカはうつむき、静かにため息をついた

私が意識を失っても、パニシングに虐殺された人々が私の耳元で悲痛に叫び、怒り、苦しんでいたの……

だから、私は皆が苦しまずに死んでいけるように、全力を尽くしてその人たちのために美しい夢の世界を作った

先生の夢と同じように、人類の意識をひとつに繋げて、皆に幸福をもたらすためにね

ね?意識投射も、全部が全部悪いものじゃないでしょ?

…………

知ってる?八咫ちゃん

早乙女ユウカ

パニシングが爆発したあの冬、アジサイ島に大雪が降ったんだよ

高いビルも、枯れた花々も……全てが真っ白な雪に覆われた

空と大地の間には、私ひとりしかいなくて……どこへ行けばいいのかも、何のために歩くのかもわからなかった

私はあの大雪の中を、ずっとずっと歩いた……数日?数カ月?数年?……時間の感覚なんてなくて、ただひとり孤独に歩き続けたんだ

呼び覚まされるあの日まで

八咫ちゃんなら……わかるよね?人類を救うだとか、皆の意識を繋いで幸福をもたらすとか……そんなんじゃなかった

救いを求めてたのは、ずっと私ひとりだけだったの

ユウカ……

他人の苦しみを取り除くための意識投射なんて、救いへの願いの代償でしかない

少女は再び顔を上げた。長い黒髪が肩を滑り落ち、両手の指に絡まって垂れ下がった

彼女の笑顔は儚く悲しげだった。ユウカのそんな表情を見たくなかった八咫は思わず顔を背けた

……だけど、赤潮の力で意識投射を行っても、どうやったって苦しみは消えない。それどころか――

投射された対象が侵蝕されることになる、そうでしょ?

……

赤潮を受け入れるということはつまり、あれの意志を受け入れるということ

赤潮は私の執念をどんどん激化させて、それを利用して自らの力を拡大していった

ユウカ、どうして……

どうして赤潮を受け入れたのかって?

違う、私が訊きたいのはそんなことじゃない

だって、あの大雪の中で、私はあまりに孤独だったから

わかってる

もう一度生きたい、誰かと一緒に。ただ願いはそれだけだったの

そんなの、ずっとわかってた!

ユウカの傷口から循環液が流れ出し、静かに命のカウントダウンが始まっていた

なんでよ……最後は死に向かうしかないの?他に方法はないの?奇跡は、なんで起こらないの……

彼女は覚悟を決めていたつもりだったが、それでも肯定的な答えを求めずにはいられなかった

そうね……所詮は借り物の命だから。返す時が来ただけだよ

残酷な現実が最後の儚い望みを打ち砕いた。その心の痛みのせいで八咫は息ができなくなった

血だまりの中の少女は、ただ静かに八咫に向かって微笑んでいる

そんな悲しそうな顔しないで、八咫ちゃん

また会えただけで、私、とっても嬉しかった

どうして……

喉が渇いて掠れ、声にならない

どうしてやっと会えたのに、また別れることになるの?

どうして全力を尽くしたのに、こんな結末になっているの?

どうして、こんな私に優しくするの……?

辛辣な嘲笑でもいい、絶望に泣き喚いたっていい、悲痛に叫んででも――何だっていい。ほんの一瞬でもいいから、私を罵ってよ

だって、私はユウカを救えなかったから。私がこの手でユウカを殺したんだから

私はいつだって弱くて、無力だ……

八咫ちゃん?

私は……

今こうして八咫ちゃんに会ってやっとわかったよ……意識投射じゃ、人と人は繋がれないんだって

どれだけたくさんの人と意識を繋いだとしても、私はずっと孤独を感じていた

赤潮の力が消えない限り、私は解放されなかったし、私たちは真の再会も果たせなかった……

これって、全力を尽くして初めてわかったことでしょ?

だから八咫ちゃん……どうか自分を責めないで

八咫はがっくりとうなだれ、体の震えを止められずにいた

それでも、アンタは行っちゃうんだね……

そうだね……私の命はそもそもずっと前に終わっているはずだった

今ある命は、ただのオマケだよ

心残りがあるとすれば、八咫ちゃんにお別れができてなかったことだけ

八咫は、跪いている少女をじっと見つめた

お別れ――八咫は口を開きかけたが、すぐにまたぎゅっと唇を噛み締めた

これまで何度もユウカに「またね」と言ってきたはず。なのに、今日はどうしても言葉にできない

覚えてる?前に、私はひとりひとりの願いを夢として紡いだでしょ

夢の中で、ある人は士官に昇進し、ある人は英雄になった。軍服を脱ぎ捨てて平凡な日々を過ごす人もいたよ……

そして八咫ちゃんは、御園学院にいた

……御園学院の夢が、どうしたの?

……

最高の夢が過去にあるなんてダメ……未来にあるべきだよ

……!

ユウカは名残惜しそうに周囲を見回し、八咫もその視線を追った

古い教室、新しく芽吹いた草花、全てが昔のようで、全てが明日へ向かっている

八咫ちゃん、私、もう時間がないの……

私はここに残るけど……八咫ちゃんは、前に進まなきゃ

少女の声は柔らかく繊細で、彼女自身の命とともに遠くへ消えつつあった

すごく寒い……

何かを掴もうとするように、ユウカは懸命に虚空へ両手を伸ばした

ユウカ、ユウカ!

また雪が……降り始めたんだ

ユウカの両手がパタリと力なく落ち、体は前のめりに倒れた

!!

生と死の距離は、常に遥か遠いものだ

ほんの僅かな距離にいても、手が届かぬほどに

八咫が駆け寄ってユウカを支えようとした時、別の人物がユウカを支えた

……先生

八咫がレイカの出現に驚いたのと同時に、ヴァレリアからの通信が接続された

八咫、生きてるならすぐに撤退して。赤潮がもうそこまで迫ってる

赤潮が?まだ止まってないの?

まだよ。だけど、シヴァとシュエットの意識海は正常に回復した

変だな……ユウカの力はもう消えたはずなのに?

赤潮の女がユウカに残った力を回収しようとしているのよ……

レイカはゆっくり跪くと、ユウカを自分の体にもたれさせた

だったらなおさらここにいたらダメだよ!赤潮が迫ってるのに

八咫、これは私にとって最後の実験なの

先生、いい加減にしなよ……ユウカはもう死んじゃうんだよ!?

……

美しい夢を作り出せるユウカが、なぜ苦しみ続けるのかわかる?

ユウカが意識投射を使って、他人に幸せを与えたからだよ

ユウカにそうさせたのはアンタでしょ?今更、ザケんな!!

レイカは真剣な顔で八咫を見つめた。その瞳に僅かな葛藤があった

夢を紡ぐ者自身は、夢を見られないのよ

……!

「救いを求めてたのは、ずっと私だけだったんだ」

これがプロメテウスよ

意識投射――人類同士の意識を交流させ、全ての人に幸せをもたらす実験……

だけど、その実行者だけは絶対に幸せになれないなんて……おかしな話だと思わない?

八咫は目を細め、その華やかな服装の女性を頭から足先まで眺めた

ユウカは何十年も眠ってたんだ。アンタはユウカじゃないのに、どうしてユウカの気持ちがわかんのよ?

レイカは、自分たちを照らす日光を受け止めるように手を伸ばした

私に訊いたわよね、なぜ苦労してまで構造体になったのか、と

それは……意識投射実験を続けるためよ

八咫はレイカを凝視した。心の中に渦巻いていた怒りが次第に消えていく。彼女はうっすら答えを悟ったことで、もう問いかけようとはしなかった

ユウカが休眠させられたあと、アンタは自分自身を意識投射の実験体にした……

だから、意識投射がどれほどの苦しみをユウカにもたらしたか、知ってるんだ

いいえ。私が感じたものなんて、ユウカが感じた苦しみからすればほんの些細なものよ

レイカは自分にもたれかかる少女を見つめた。彼女は目を固く閉じ、静かに命の終わりを待っている

大勢の人のために美しい夢を作り出したユウカ自身は、ただの1度も夢を持てなかったわ

これが最後の実験よ。私が実行する単独対象への意識投射

八咫は深く息を吸い込んだ。赤潮の唸りはすでに耳に届いている

先生……

彼女は再度説得しようとして、結局諦めた

現実には英雄なんていない。だから私がこの子のためにヘラクレスになって、あの大鷲を射ち落とすわ

地震に動じることなく、レイカは穏やかな口調ながらも毅然と言い放った

……頼んだよ

八咫はもう一度ユウカを見てその姿を心に刻み付け、ヴァレリアのいる座標へと駆け出した

荒れ果てた教室を後にした時、意識海の中で、遠くから声が響いてきた

またね……八咫ちゃん

うん……

彼女もその声に小さく応えた

またね……ユウカ

八咫は振り返ることなく、前を向いて走り出した