Story Reader / 叙事余録 / ER08 追憶のピリオド / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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ER08-23 赤子

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グレイレイヴン指揮官の懸念はもっともだった――サソリの怪物を倒したあと、バンジは比較的清潔そうな場所を見つけて横になった

誰かが研究所の信号遮断を解除したため、長い間放棄されていたこの研究所は、完全に人々の目に晒されることとなった

バンジは上の砕けた万華鏡を見上げた。彼の端末に、次々とストライクホークの内部チャンネルからメッセージが届く

……皆も来たんだ

近くまでやってきているストライクホークだけでなく、バンジはグレイレイヴンの3人のメンバーのことも考えていた

前にほんのちょっと指揮官を借りただけで、すごく心配されたっけ……

今回はどうなるかなあ……

それから、あなた……

ふわ……何か?

僕たちの指揮官を――

うん、わかってる

それでもリーは、最後まで言い切った

……僕たちの指揮官を、よろしくお願いします

バンジは目を閉じた。機体が軽くなったように感じる

ハハ……今回は僕が守られたみたいだ

意識海は指揮官の支援を得て、過剰な情報を抱えたまま枝をついに伸ばし、果てしなく広がる意識海の先へと成長していった

過去は一旦清算され、未確定だった選択の全てに答えが出た

……

少し眠ろうかな

研究所全体が崩壊して沈んでいく。地面と巨大なサソリもともに、赤潮に呑み込まれていった

体の中に封じ込められていた記憶の欠片たちは、すでに虚無の終点へと向かっている

希望に満ちた伝送もなく、痛みを伴う実験も、もうない――皆、自分たちが本来行くべき場所へと戻るだけ。ただそれだけのことだ

人として生まれてからこれまで、バンジは初めてかつてないほど気持ちよく眠れた気がする

バンジ、眠ってないのがメルヴィ先生にバレたら、願望カードを取り上げられちゃうよ

「スズメ」の言葉を聞いて、病室のブラインドの前に立っていたバンジは少し不機嫌になった

僕が大きくなったら、願望カード没収の決まりなんてなくすよ。もらったものは自分のものだ、取り上げるなんてダメだよ

どうして毎晩寝ないのさ?すごく眠そうにしてるのに

……

悪夢を見るんだ

どんな悪夢?

えっと……よくわからない

バンジは考えながら、指でブラインドの羽根をこすった。隙間からは、星でいっぱいの人工天幕が見える

夢のことを思い出すだけでも、彼には苦痛だった

注射器、試験管、巨大な機械、血まみれの実験室、山と積まれた死体……

それが何を意味しているのか、彼にはわからなかった。母には教える時間がなかったらしい

彼はそれを忘れたいと心から願っていた

メルヴィおばさんが言ってたんだ、忘れるのが一番だって

大人になれば、子供の頃の記憶は忘れられる

――好きなものだけを選べばいい。そう、悪夢は忘れ、美しい地球の思い出だけを残せば

僕はむしろずっと覚えていたいな。もし足を切断する前のことを忘れちゃったら、歩く感覚がわからなくなるだろ?

……

今の記憶は君にとってそんなに大事じゃないってこと?そんなに忘れたいの?

「スズメ」がそう口にした時、バンジの動きがピタッと止まった。爪がブラインドに引っかかり、不快な音を立てた

あんな記憶……大事かな?

僕は悪夢を忘れたいだけなんだ……

僕は楽しい未来が欲しい。そしたらもう悪夢を見ないだろうし、周りにはたくさんの友達がいるはずだから

その時バンジはブラインドの隙間を通して、誰かがこちらへ歩いてくるのを見た

彼は振り向いてスズメを呼んだが、スズメの病床は空っぽで、彼の姿はもうどこにもなかった

バンジ?

コンコン

絶対にいるはずのない人が窓を叩いた

起きなきゃダメよ

バンジ

お母さん?僕……僕、寝てないよ

別のひとりが強引に万緒の横に割り込み、窓を数回叩いた

早く起きなさい、いつも遅くまで夜更かしして。まだ子供なんだから、そんな生活リズムじゃ大きくなれないわよ?

バンジ

……

窓の外にはどんどん人が集まってきた。青紫色の髪をしたペール、ケイローン教授、腕に投影装置を付けたトンプソンの姿も見える

いつの間にかバンジは窓に顔を押しつけ、彼らの姿をよく見ようと目を見開いていた

バンジ

出られないよ……

それに……出たくない

もう少しだけみんなを見ていたい……これからは、夢でも見られなくなるかもしれないから

大柄な影が近付いてきた。それは構造体で、彼は頑丈そうな腕を振り上げ、窓を「ガンガン」と叩いた。そのせいで部屋全体がミシミシと揺れた

チッ、こんなとこで寝やがって

構造体はしばらく窓を叩いていたが、諦めたようにため息をついた

俺にはこいつを壊せそうにない

他のやつに任せるとする

バンジ

誰に?

お前が望む未来にだ

シュトロールがそう言った直後、床が激しく揺れ、バンジは危うく転びそうになった

熱波が押し寄せ、病室の壁と窓を引き裂いた。バンジは目を細め、数歩後ずさった。幸いにもその閃光が彼の目を傷つけることはなかった

新しい光に目が慣れると――彼は病室の外の景色がまったく異なっていることに驚いた

見渡す限り、揺らめく戦火と舞い上がる灰しか見えない

しかし、その「未来」の廃墟には4人の構造体がしっかりと立っていた

最前列に立っていた白い構造体が彼に手を差し伸べ、何か呟いている

バンジ

……僕が望んだ未来だ

???

バンジ、バンジ!

彼は誰かに抱え上げられ、不安定に揺れる場所に下ろされたように感じた

この感覚には覚えがある。数年前、彼が廃墟から運び出された時の感覚によく似ていた

彼は十分に休眠し、呼びかけられてようやく、ゆっくりと目を開けた

……よかった……間に合った

……ん?

バンジ!起きんの、遅いんだよ!!

バンジの聴覚モジュールにうわんうわんと声が響いた。金髪の構造体が、バンジの顔についた灰が見えるほどの距離までグイグイと顔を近付けていた

カムイ……?

はーよかった、ビビったぁ!指揮官が「眠ってるだけ」って言わなかったら、隊長は何が何でもお前を空中庭園に運ぶって、聞かなかったんだからな!

バンジは体を起こして座り、周りを見渡した

夜は明け、輸送車は荒野を走っていた。彼らは後部の荷台に座っている。ストライクホーク全員と指揮官の視線がバンジに集まっていた

指揮官の話では、バンジは任務を遂行中に意識海に封じ込めていた記憶データを呼び起こされたらしい

ケッ、あいつが全部説明してくれたからいいが、そうじゃなきゃカムイがこの先何年も自分を責めてたところだ

だってさあ、意識海に問題って――やっちまった、あのスパイク付き枕か!って思うのは当然じゃん?俺、本気でお前の頭を壊したかと超反省したんだぜ!

……じゃああの枕に殺傷力があるってこと、知ってたんだ……?

そう言われたカムイはおかまいなしに、悲しそうな顔でバンジの体をしきりに確認していた

本当に大丈夫なんだな?絶対?

心配いらない、意識海がまだちょっと……ふらつくけど、それ以外は問題ないよ

バンジは頷いた

他にもあるかも。いつでもどこでも制御不能になって眠っちゃうとか

皆が「それはいつもだろう」という表情をしたのを見て、バンジは思わず付け加えた

本気だよ

一同、「これはマズイ」という表情になった

……空中庭園に戻ったら最優先でお前をスターオブライフに送る。綿密に検査してもらうからな

はぁ……わかりました

……ところで、他の人は?

新しい臨時拠点……?2カ所の保全エリアの避難作業はもう終わったの?

バンジは輸送車の後方を見つめた。背後では赤潮がすでに研究所を呑み込み、このまま人類の2カ所の保全エリアも呑み込まれるだろう

バンジは静かに振り向き、輸送車内の全員を見渡した

……

パニシングは生存の地を呑み込み、「過去」の多くのものを消し去るだろう――しかし人類は、新しい場所に新たな家を築き、人と人との間に新しい記憶を作る

人々は新しい臨時拠点に荷物や設備を運び、困難な再建期を乗り越える

そして彼らは新たにパニシング浄化塔を建設し、住居を建て……その時には、空中庭園からも構造体が派遣され、建設を支援することになるだろう

うん、行こう。新しい場所に

すっかり日が昇り、仮設の軍事用テントの内外はどこも忙しそうだった

幸い偵察員が早期に赤潮の異変を発見したため、今回の避難は比較的順調だ。財産の損失や、途中で異合生物の襲撃はあったが、それ以外に大きな問題は発生しなかった

大半の人々が、落ち着いた状態で新たな建設作業に取り組んでいる

――空中庭園に簡単な報告を済ませたあと、ようやくリーフの心配を受け止める時間ができた

左手は動かさないでください。そうです、そのままじっとしていてくださいね

傷が深いですね。普通の創傷ゲルでは応急処置しかできませんから、この方法で保護するしか……少し痛いかもしれません、指揮官

そう言い終わると、リーフは手早く腕に医療用の包帯を巻きつけた。巻きつけられた包帯が傷口にジェルを押し込み、ズキズキと「焼けるような感覚」が広がる

ごめんなさい、指揮官……少しだけ我慢してください……

……指揮官、強がらなくてもいいんですよ

……あの時、私が指揮官のお傍にいられたらよかったのですが

リーフが少し落ち込んでうなだれた

避難グループを連れて避難していたリーフは、夜明けには指揮官の避難グループと合流予定だった。だが夜明け前、指揮官が新たな任務中に行方不明になったと知らせがきた

リーフは胸に不安を抱えたまま全員を避難させると、最大スピードで支援に駆けつけたのだった

ストライクホークと一緒にいる指揮官を見て、その両手をしっかり握りしめた時、ようやく少女の表情が少し和らいだ

ルシアはまだ空中庭園ですが、指揮官が無事に戻ったという知らせを聞いて安心していましたよ

ロゼッタさんとバンジさんが一緒にいてくれてよかった……

指揮官!

テントの中に飛び込んできたリーの視覚モジュールは、入口に座るふたりを瞬時に捉えた

バンジとリーフが傷口を丁寧に処置してくれたとはいえ、その体に残る器具の跡やアザを目にしたリーは、眉根をぎゅっと思いきり寄せた

……

リーの無言の視線がテント内の空気を重くした。その雰囲気を和らげようと、彼の手をポンポンと軽く叩いた

数えきれないほど肩を並べて戦ってきた隊員たちの、自分に対する思いはよく知っている。だからこそ「自分自身を大切にする」という信条を大切にしている

……おわかりならいいんです、指揮官

今回はこの研究所が昇格者と離反者の「旧」拠点だったからまだいいものの、もっと危険な存在と鉢合わせていたら、こう簡単にはいかなかったでしょう

バンジは詳細な任務報告をするだけでなく、記憶データの抽出に協力する必要がある――赤潮が研究所を呑み込んだ今、バンジの「記憶」は、過去の出来事の確実な証拠だ

バンジのことを思い、グレイレイヴンの皆の目は自然と、軍用テントの隅に向いた

……

ストライクホークは外で支援中ですし、バンジさんはここで休ませてあげてください

こんなに人が出入りして、彼は全然起きないんですか?

リーはそう言いながら横に体をずらし、箱を運ぶ構造体に道を譲った。軍事用テントの中は騒がしく、構造体や医師たちが忙しく行き来している

バンジについての会話の半ばで、入り口から胸が張り裂けそうなほどに激しい赤ん坊の泣き声が響いてきた

ねえ、また泣き出しちゃったよ!?

しっかり抱け、生後間もない赤子を落とすようなやつはうちの隊にいらん

ヤダ、出ていかない!ホワイトスワンに残るんだから!

赤ん坊の泣き声と涙声の少女と一緒に、腕組みをした銀髪の人物が入ってきた

おや、首席殿のご臨席か

うわあっ――ホンモノのグレイレイヴンだ!

……ホワイトスワンの新人の方ですね

リーフの言葉を聞いて、皆の注意はバネッサの後ろにいる派手な髪の構造体に向けられた

彼女は手をバタつかせる赤ん坊を抱いたまま、思わずリーフがたじろぐほどに近付いた

やほやほ~!もう新人じゃないよ!あなたがリーフね?バネッサから聞いてたんだよ!すっごい綺麗な襟、何の素材使ってんの?ボタンもキラキラだぁ……

泣いて涙目になっている赤ん坊も小さな手を伸ばし、リーフの服のボタンを掴もうとした

あ、あの……ええと……

レイア、みっともない真似はよせ。どこかでおとなしく待機していろ

バネッサは手近な椅子を引き寄せると、側に座った

我々は190号保全エリアの住人を拠点に連れていった直後、君やあの臨時メンバーたちの救助に向かわされた。空中庭園に戻って、作戦報告書にこの件を追加する必要がある

で?君は皆をこれほど働かせて、ご自身はそんなザマか。一体どんな「輝かしい功績」を挙げたのか聞かせてもらいたいものだな

赤ん坊

うええええええん……

バネッサが更に言いかけた長ったらしい講釈を、赤ん坊の泣き声が遮った

放っておけ、あの赤子をどうしても助けると泣き喚いたのはあいつだ。自己責任だ

レイアが数日、面倒を見ているせいか……性格が似てきやがった。ガムみたいに、誰かにくっついていないと気が済まないらしい

赤ん坊

わああああ――ヒック――わあああん――!!

……レイア、少し静かにさせられないのか?

バネッサが何度注意してもレイアは動かず、大声で反論した

できるならそうしたいですよ!お腹はいっぱいだし怪我もしてない。どうして泣くのかわかんない!!

そんなこともできないのか、無理ならあいつと代われ

えーっ、バンビナータならまだしも、彼女だけはダメですって。子供が泣く度に自分のせいだってうじうじして、最後には絶対自分の首をくくっちゃうもん

ホワイトスワンは長らく少人数のままだったが、最近のある訓練活動中、彼女たちの小隊が再び構造体3人になったらしいと、あちこちで噂になった

もちろん、そのニュースを伝えた人も聞いた人も全員が驚いていた

もう抱っこしてらんない!!この子、ずっと暴れるんだもん!!

騒がしさの中でバネッサは目を閉じた。ハッキリと「頭が痛い」という表情を浮かべている。彼女との付き合いは長いが、こんな表情を見たのは初めてだ

リーフも少し敬意を込めてレイアを見ている

赤ん坊はレイアの腕の中で魚のように身をよじっている。保全エリアで十分な栄養を摂っていたようで、脚の力がとても強い。自分でおくるみから抜け出しそうなほどだ

僕が見るよ

白い構造体がいつの間にかふらっと皆の背後に現れ、赤ん坊に両腕を差し出した

ふわぁぁ……まだ寝てないよ。僕に任せて、新生児科で働いてたこともあるし

わあ、救世主!ありがと~!

バンジは赤ん坊を手慣れた様子で受け取った

「爆弾」が引き取られたのを見て、バネッサの顔色が少しよくなった

本題に入るぞ

先ほどまで我々はロゼッタと一緒に行動していた。当初の計画では負傷者を連れて新しい拠点に向かう予定だった

道中は順調とはいえず、こちらの輸送車は襲撃を受けた

バネッサは少し冗談めかした笑みを浮かべた

怪我は特にない、これ以上はな

君の運がよかったということか……大事件が起きたかと思って来てみれば、皆がそんな軽傷で騒いでいるとはな。それなら放っておいてもすぐに治るんじゃないのか?

まあ焦るな。私が計画を変更して、前もってロゼッタに研究所の実験データと資料を空中庭園に送らせた。地上で甘い汁を吸おうとする者が群がってこないようにな

今頃、空中庭園は上へ下への大騒ぎだろう

それに……バンジの記憶データもかなり重要だと聞いた。なのに、ふたりともまだ空中庭園への帰還命令を受けていないだろう?

隠したり、利用したい者が誰なのかは今はまだわからない。しかし……誰が時間を稼いでいるのかはともかく、周りに多くの精鋭構造体がいるなら問題は起こるまい

さて、首席殿の華麗なる生還劇は確認できた。もし死にでもされていたら、これ以上の厄介事は御免だ

バネッサは彼女なりのささやかなお祝いの言葉を残し、レイアを連れて立ち去ろうとした

……感謝なら、あの構造体にしろ。彼が赤潮の動きをいち早く察知していなければ、私も君も保全エリアで全滅したかもしれない。そうなればその後の出来事もなかった

パニシングの脅威で消えた居住地が多すぎる。私は空中庭園で育ったから、地上に来るまで想像もできなかったことがいくつもある

自分のことをあまり語らないバネッサだが、この日は珍しく言葉を紡いでいた

恐らく、彼も何かの災害をきっかけに地上のことを深く理解したのだろう

ふっ……あのうるさい赤ん坊のためにここまでやるあの姿を見れば、察しはつくがな

バネッサの視線を追って見てみると、行き交う人々の向こうで、今も赤ん坊をあやし続ける白い構造体が見えた

~眠れ、眠れ、可愛い子

~夢の中、揺れるお船でひと時の平安を

~ゆっくりゆっくり大きくなりましょう

バンジがそっと赤ん坊の頭を支え、優しく揺らしながらあやすと、甲高い泣き声は次第に静まっていった

ぱたぱたと動く手にバンジは黙って顔を寄せ、小さな手にバイオニックスキンを触らせた

ほどなくして赤ん坊は構造体の胸の中で安心したように眠りについた

バンジの意識海の中で見た過去の出来事を思い出し、せっかくのひと時の平和を邪魔してはいけないと、そのままにしておいた

すみません!ちょっと通してください!

――数人の構造体がテントに駆け込み、隅の方で箱をひっくり返し始めた

薬はどこだ……あれ?確かにここに運んだはずなのに……

慌てなくていい。薬に足が生えて逃げたりしない、君はそっちの棚を探して。僕はこっちを探す

若く落ち着いた構造体が、赤ん坊を抱いているバンジの傍らを足早に通りすぎた。彼は木箱の中を探し、また体を起こして反対側へ行こうとした

おっと、すみません。踏んでしまうところでした!

大丈夫、でももう少し声のボリュームは下げて

バンジの腕の中にいる赤ん坊を見て、構造体はパッと口を手で覆った――しかしバンジが顔を上げた瞬間、彼は目を大きく見開いた

……

…………

ん?

……医者のお兄ちゃん?

若い構造体はそのまま勢いよくバンジの前に膝をついた。信じられないといった様子で、声が震えている

ネイサンです……お……覚えていますか?

……

バンジはうっすらとした面影しか見分けられない顔をじっと見つめた。数年前のあの夜明けに戻ったような気がする

硝煙と廃墟の中で倒れた彼は、昇る太陽を絶望しながら眺め、最後の願いを口にしていた――ひとりでも救う、ひとりだけでもいいから、と

もしあの時、あなたが僕たちに薬をくれなかったら……僕たちを拠点から救い出してくれていなかったら……今ごろ僕は……

ネイサンは興奮を抑えながら話していたが、バンジはただ呆然と彼を見つめ、抱いている赤ん坊をあやす手も止まっていた

この子は190号保全エリアから連れてきたんですね?僕が引き受けます。僕はあそこの駐屯構造体なんです

そこまで話して、バンジはようやく我に返って頷き、赤ん坊をネイサンに託した

……ああ、頼むよ

ネイサンは赤ん坊のおくるみをしっかりと巻き直した。小さな花柄の船が、再び揺れ始める

~眠れ、眠れ、可愛い子

~夢の中、揺れるお船でひと時の平安を

~ゆっくりゆっくり大きくなりましょう