ブブ――ブブブ――ブブ――ブブブ――
規則的なビープ音がトロイの混沌とした意識に突き刺さる。本能的に動こうとした瞬間、彼女の体は痛みに襲われた
うぅ……くっ……
トロイは苦しげに呻き、痛みに耐えながら動かない手を必死に動かし、ブリギットが傍らに残した端末に手を伸ばした
ピッ――
小さな音の後、端末が繋がった
ううっ…………
た……助け……
彼女を助けて……
…………
小さく不明瞭な言葉を最後に、端末の向こうからは何も聞こえなくなった
坑道外部
端末に向かって呼びかけたが、返事はない
準備はできています、指揮官
待て、オレたちも一緒に行く。ドールベア、どこにいる?
相手の信号源を特定しているところよ。鉱井を平原だとでも思ってるの?1、2の3でパッと特定できる訳じゃないのよ
またお前がひとりで冒険するってか?もうそんなこと言ってられる状況じゃねえだろ
鉱井ですでに2度の崩落があったんだ。その中には人為的なものもある。専門家の同行なしで無事に行って帰れると思ってんのか?
そいつらの任務範囲はどこまでだ?ブリギットとトロイはもっと下の地下にいるんだろ?
工兵部隊にも規則がある。今の状況じゃ、上層で支援部隊を救助するのが限界だ。更に地下に下りるのは無謀だし、オレの部下にそんなリスクを冒させるつもりもねえ
だが、オレならできる。ブリギットが困ってるのに、ここまで来て何もしないなんてあるかよ
通信端末のおおよその位置を特定できた。急いだ方がいいわね
私には地質学の専門知識はないけど、信号の波動と断続的な状態からしても、地下の状況は悪化しているわ
手早く荷物を点検し、準備を整えた工兵部隊のチームとともに、鉱井の奥深くへと進んだ
鉱井内部
ギィン――
刃が交錯し、ルシアが侵蝕体を斬り裂いた。覆われていたその下から構造体の姿が現れる
…………誰……だ……?
こっちだ!
カレニーナが呼ぶ前に、2名の隊員が駆け寄り、手慣れた様子で倒れている構造体を素早く処置し始めた
腹部に貫通創があり、バイタルサインは危険領域ですが、まだ助かる見込みはあります
あなたは傷の処置を。救急用品は3番パックに入ってるわ。私は添え木で固定する。隊長、私たちは先に撤退します
わかった。戻る時には他の隊員に、捜索は規則の時間内に従ってこの深さまでに留め、これ以上深く進入するなと伝えてくれ
ふたりの隊員は頷き、負傷者を担いで坑道の角を曲がって姿を消した
ふう……後はオレたちだけか
ドールベア、信号はどっちからだ?どこへ向かえばいい?
さあね
トールベアはキーボードに顔を埋めたまま、手を止めもせずに答えた
ハァ?
わからないって意味よ。鉱井内に設置された装置にハッキングはできたけど、崩落や戦闘での被害が多すぎるの。情報が混乱してるわ
おおよその方向はわかるけど、具体的にどう進むかは答えられない。私はここの設計者じゃないもの
それに今、たとえ設計者ご本人が来たってどう進めばいいかなんてわかりっこないわよ
ドールベアは不機嫌そうに顔を上げ、側面の壁を指差した
この方向で下へ進むとしたら、どうするの?ハンマーでぶち抜くつもり?
……ルシア、どうやって上がってきたか覚えてるか?
覚えていたところで無意味です。ドールベアの言う通り、多くの通路が埋もれたり、変わったりしていますから
残っている複数の正規ルートも、設備によって封鎖されている可能性がありますし、更に下層のアクセス権限は全て黒野に握られています
それに忘れないでください、私たちはすでに2度も行き止まりにぶつかっています
うっ……
まずはそうするしかないな
鉱井の更に深部
スケッチはある部屋の前で立ち止まり、扉をなでながら呟いた
監……何だったか……そう、監視室、そんな名前だ
ここ……ここにあるのか!?
ギギィ――ギギ――――
温和そうな大きな手に一瞬で力がこもり、金属製の扉が悲鳴のような音を立てて歪んだ
部屋に入ったスケッチだったが、目の前の光景は彼の記憶と似ているようで異なっていた。彼は一瞬ぼんやりし、意識も曖昧にぼやけていく
ディスプレイのような装置が彼の目に映った。彼は目当てのものを見つけたようで、その口調も確信に満ちていた
スケッチは拳を握りしめ、目の前の設備をすさまじい勢いで殴った
そう……そうだ、ここだ、ここが監視室だ!
ここにあるもの全部が証拠だ。残す訳にはいかない。ノルマンは潔白だ、汚れているのは黒野だけだ
これも……そしてあれも……
スケッチが低く唸りながら部屋で暴れている時、扉の外を人影が横切った
ブリギットは扉の上の保管室と書かれたプレートを見たあと、そっと頭を覗かせて室内のスケッチを見た
………………
――むっ!?
視線に気付いたのか、巨体が突然振り向いた。その勢いで、破壊された装置のパーツがバラバラになって吹き飛んだ
ブリギットはサッと扉の後ろに身を隠した。全身の各パーツが急速に稼働し始める
……ゴクッ……
彼女は身じろぎせず、無意識に唾を飲み込んだ
ん?ああ………………ネズミか
そう……そうだ、鉱井の地下にはネズミが多すぎる。人間の皮をかぶって、ノルマンに取りついて生き血を吸うやつらがな
しばし動きを止め、物音がしないことを確認したスケッチはゆっくりと向き直った。その混濁した目には憎しみが溢れ、ぶつぶつ呟きながら手あたり次第に叩き潰していく
これも汚い……!
ガシャン――
反吐が出る!
ガシャン――
ブリギットは扉の外から様子を窺い、足音をしのばせながら、一歩一歩部屋から遠ざかった
ある程度距離を取ったブリギットの歩調は急に速くなり、監視室へ向かって駆け出した
ふぅ……ふぅ……あいつ、マトモじゃないわ。彼が正気に戻る前に……
だが、彼女はだいぶ離れてから走り出したにもかかわらず、その足音が先ほどの部屋にまで響いてしまった
タタタ――
微かな足音の反響がスケッチの混乱した意識を叩き、彼の意識海が一瞬、クリアになった
巨体はピタッと動きを止め、ゆっくりと首を回して部屋を見渡した
違う……ここじゃない
巨人は部屋を出ると、目を細めて通路の奥の暗闇を見つめた
……あっちだな?