Story Reader / 叙事余録 / ER06 薄明射す闇塔 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
<

ER06-5 命の天秤

>

――誰かいる!

銃弾はいつだって音よりも速い。物音が聞こえた瞬間、ブリギットはすぐにハイドを庇ったが、彼はかすり傷を負ってしまった

うっ……ああっ!

タタタッと走る足音が聞こえ、ブリギットは後を追おうとした。だが相手は明らかにここの地理に詳しいようで、暗い坑道内を難なく走り去っていった

すぐに避けたお陰で、致命傷ではありませんね

ジョリーンはハイドの新たな傷口に簡単な応急処置をしながら、眉をひそめた

研究員ひとりの命まで狙うなんて、一体何が目的なの……

あなたは本当にただのノルマンの研究員?どうして狙われるの?

この坑道の下には一体何があるんです?本当にいくつかの「タンタルラボ」があるだけ?

執拗に襲撃されるこの複雑な状況に、彼女は疑念を抱かずにはいられなかった

更にいえば……両親の死も、この「研究員」を襲った者と関係しているのではないだろうか?

――あなたの言う通り、あなたが「何年も前」からノルマン鉱業で働き、コンスタンティン鉱場で研究を続けていたのなら……

前回の、あの何度かの坑道崩落事故は……

本当にただの崩落事故?

彼女は、疲れた様子の目の前の男性をじっと見据え、その表情から答えを見つけようとした

私はただの研究員なんだ、何も知らない……

傷がずっと痛むせいか、研究員の状態はあまりよくなさそうだ

ブリギットが求める「正しい答え」を何とかひねり出そうとするように、彼の目はせわしなく泳いだ

坑道の崩落が本当に起こったのであれば、彼らが……

自分の不利になることをトロイが言ったのではないかと危惧するように、男性は用心深い目でトロイをチラリと見た

トロイは悠々と腕を組み、探るような彼の視線を鼻で笑い、無視した

何かを……処理するためとか

ようやく頭の中で筋が通る説明を見つけたのか、ハイドのたどたどしい言葉は次第に流暢になっていった

君も知っているだろう、我々はTa-193コポリマーの研究を行っている。だ、だが時に、実験にはパニシングが関係する……

研究中に予期せぬ産物が発生し……うん、それがパニシングに侵蝕された場合は、現場で処分するしかない場合もある……とはいえ、それは機械体や動物に限ったことだ

我々は決して……決して違法な実験を行ったことはない。我々研究員にそんな権限など……

彼は精一杯の愛想笑いを見せた

フン

他のラボの進行状況は不確かだが、もしかすると一部の崩落は「予期せぬ産物」を処分するためだったかも……

その事故で地下に入った救助員は?彼らは今どこにいるの?

ブリギットは冷静を装いながら前方で道を探していたが、僅かに声が震えたことで、彼女が本当は何かを強く気にかけているのがうかがえた

救助員……ああ、そうそう、救助員!

一部の救助員は無事外に出たようだが、一部は救助中、軽度のパニシング侵蝕が見られたんだ。わ、我々は彼らを下層付近のラボで保護している!

ここはノルマンの鉱場だから、当然ノルマングループの顔に泥を塗る訳にはいかない。彼らをしっかり治療してから、送り出すつもりだ……

君も知っての通り、今の状況では外に出ても血清がほとんどない。パニシングに完全に侵蝕されてしまったら、外に出たところで死を待つだけ……

ブリギットが気になっているであろう点に気付いたハイドはペラペラと話を続けた

だから、まずはここを……そうだ、早く外に出なくては

外に出たら詳しい地図を描くよ。彼らがいるラボは隠されているんだ。その時は私の権限カードを渡すから、君たちは彼らを助けにまた戻ってくればいい……

……フン、地獄に長くいすぎると、人間らしい言葉すらまともに話せなくなるのね

……トロイ教官?

トロイは小さく独り言を呟いたが、ブリギットは敏感にその言葉を聞き取った

ご想像にお任せするわ、ブリギット

でも少なくとも今は、私はあなたの敵じゃない

彼女は説明する気もさらさらなかったが、ブリギットと敵対するつもりもなかった

……それは何よりですが

次々と問題が起こった上に、偶然にも両親の失踪に関する「情報」を得て、ブリギットの心は混乱していた

ブリギットはハイドの言葉に潜む矛盾に気付いてはいたが、制御できないある思いが、論理の矛盾を打ち消そうとしている

どうすればいい……?ハイドの言葉は本当なのだろうか?信じるべきはハイドか、それともトロイ?

今回の出来事を除けば、トロイは支援部隊の教官であり、多少怠惰なところはあれど「いい人」といってもいい存在だ

しかし、なぜその「いい人」が研究員に銃を向けていたのだろう?

研究員ハイドは……一見ただの人に見えるが、言動には怪しい点がある

彼は本当に単なる研究員だろうか?あるいは、彼は何か知ってはいけないことを知ったために、あれほど多くの人から命を狙われた?

トロイは、自分は敵ではないと言った。じゃあ……本当の「敵」は誰?

――危ない!

銃弾が空を切る音が響いた。またしても明らかにハイドを狙った襲撃だ

このままじゃマズい……あいつらは私たちより抜け道に詳しい。私たちじゃ捕まえられないわ

彼女はすぐさま自分なりに判断をした

ジョリーン、支援部隊の本隊と合流できるまでどのくらい?

マークと痕跡から判断して、約10分の距離よ

坑道内の状況は不明だから、おおよその時間だけどね……でも、方向は間違ってない

地上に戻るならどのくらい?もしこのまま地上に出られたら、誰かが迎えに来てくれるかもしれない

今の坑道内の状況だと、地上に戻るのは10分以上はかかりそう。具体的な時間は推定できないわ

うーん……やっぱり先に支援部隊本隊との合流を優先した方がよさそうね。あれだけの隊員がいれば、研究員ひとり守るくらい問題ないはず

ジョリーン、方向を修正して先導して。トロイ教官はジョリーンの後に続いてください

念の為、彼女はハイドをトロイの後方に配置した。ハイドとトロイの具体的な関係が不明瞭な今、リスクを冒したくはない

武器を手放しても、構造体ならただの研究員を殺すくらいは容易い

両親の失踪の件が絡んでいるため、彼女の思考は混乱していた。もし正しい「判断」ができないなら、適切な人に委ねるべきだ

これから彼女が負うべき責任は、彼らを無事に支援部隊と合流させ、安全に空中庭園へ連れ帰ることだ

慎重というか軽率というか……私がジョリーンを突然襲うんじゃないかって心配はないの?

?!

教官はそんなことしないでしょう

考えを整理すると、ブリギットの足取りは軽くなった

ハイドを殺そうとする理由が「ムカつくから」だったとしても、ジョリーンにムカつく理由は何もないでしょう?

へえ?本当に?確信してるんだ?

ええ、あなたはそんなことをしない人だと確信してます

……

前を歩く青い髪の構造体は黙り込んだ

道中、ジョリーンは無言でひたすら一途に前方を探索した。支援部隊が残した位置マークによれば、前方には「橋」があるはずだった。しかし……

彼らの前に橋はなかった。小石がザラザラと無限の深淵に転がり落ちていく

そんな……連絡橋が爆破されてる。きっとあの人たちがやったのね……

地図を見てみるわ

端末の地図を開くと、険しい坑道の様子が映し出された

この道なら向こうに繋がっているはず。こっちに行きましょう、さあ急いで

だが、彼女たちが警戒を強めて移動速度を上げたとしても、暗所では敵が優位だった

地図の指示では、前方にある危険な吊り橋を渡れとある。グラグラ揺れる古い吊り橋は、長い間使われていないように見えた

わ、私が先に渡ります

問題がなければ、この吊り橋を渡れば支援部隊と合流できます……

彼女は恐る恐る足を踏み出した。幸い、ノルマングループはいい材料を惜しみなく使ったらしい。長い間メンテナンスされていないようだが、ふたり分の重量なら耐えられそうだ

トロイとハイドが前後になって橋を渡り、ちょうど真ん中に差しかかった時、異変が起こった

どこからか爆弾が投げられ、橋の中央に落ちてしまったのだ

トロイ教官!

ゴホッ……ゴホゴホッ……

――た、助けて!!!助けてくれーっ!!!

巨大な爆発音が響き煙が消えると、吊り橋から突き出した橋柱に、切れたワイヤーがかろうじて引っかかっている状況だった

そのワイヤーの一方にはハイドが必死にしがみついており、もう一方にはトロイがぶら下がっている

ジョリーン……ジョリーン!

ゴホッ……叫ばないで。爆発の衝撃で気絶してるだけよ

爆発の瞬間、バカ真面目に私を引っ張ろうと駆け寄って破片が当たったみたい。しばらくは気絶したままでしょうね

吊り橋はゆらゆらと揺れ、支える力の限界がきたといわんばかりにギイギイ軋んだ。爆発で相当なダメージを受けたのは明らかだ

……【規制音】、ますます天秤っぽくなってきたわね

ほんと、サイアク。私ってどうしていつも天秤にかけられる側なの?いつになったら選ぶ側になれるんだか……

教官、頑張ってください!

まずは生存者の状態を確認。ハイドは……大声でわめいているから問題ない

教官は……少し表情が暗いけど、それはいつものこと……

ジョリーンのバイタルをチェック、生存を確認……

次の任務は、ワイヤーに掴まっている教官とハイドをどうやって助けるか……

甘い考えは捨てて、ブリギット。あなたはひとりしか選べない。この橋もじきに崩れるわ

私はあなたの敵じゃない。ハイドを諦めなさい、彼はもう終わりよ――

私を助けろ!頼む、助けてくれ!!救助員の行方なら知ってる!私はTa-異形コポリマーの専門研究員だぞ!私は役に立つ!死にたくない!死にたくないッ!

私の研究はまだ未完成だ。死ぬ訳には――

黙って!

私はそんな選択はしません、トロイ教官

ハッ……彼があなたの両親を殺した犯人かもしれないのに?

違う――私じゃない!

もし彼が犯人ならここを出てから、然るべき報いを受けることになるでしょう

支援部隊に処刑する権限はないし、救助員にもない

支援部隊と救助員に共通する使命は――如何なる希望も捨てないことです!

彼女は装備の登攀フックを頑丈そうな岩にガッチリ引っかけ、何度か引っ張って安全を確認すると、ふたりがぶら下がるワイヤーの方へ思いっきり飛んだ――

…………はあ

トロイはため息をついた

ブリギットが近付きつつある。しかしトロイは公私ともに、ハイドを生かして逃がす訳にはいかない

悪いわね……ブリギット

私、あなたの性格は好きだった。もっと早く出会えれば、いい友人になれたかも……

……何を言って――

ハイド、こっちに手を伸ばして――

構造体のトロイは、まだある程度動けるはず。まずはハイドをロープで結び、ブリギット自身の体重を利用して、反対側にぶら下がるトロイを安全な位置まで引き上げれば……

「バンッ――」

突然、弾丸がブリギットの耳元を掠め、助かったとばかりに喜んで手を伸ばしていたハイドに命中した

――!

ブリギットが猛然と振り向くと、トロイはハイドを撃つためにワイヤーから手を放していた

彼女は空中でブリギットに向かって「さよなら」というように手を振った

――駄目ッ!

トロイの行動はまったく理解できないが、彼女は瞬時の判断で、救助員と支援部隊の基本的な任務を厳守した――

如何なる希望も放棄せず――

彼女は足のスラスターを最大出力にしてトロイの服の端をギュッと掴むと、底無しの深い立坑で、唯一安全そうな足場に向かって力いっぱい放り投げた