村の花屋
夜
夜、村の花屋
花屋の外でしばらく待っていると、やがて、再び扉が開かれた
紫藤の長い蔓が狐の首にかけられた布飾りに通され、それが高く持ち上がって扉の外へと出る
狐はじっとしたまま前後の足をぶらんと垂らし、落ち着いた目のまま、蔓が自らを地面に下ろすまで動かないでいた
次の手順では縁結びの姫様の出番はありません、外でお待ちください
わかってます――
狐は小さな子供のように語尾を伸ばし、扉が再び閉まると、ふらふらとこちらの足下に寄ってきた
はぁ……紫藤道士は水臭くなりましたよ。新しい衣装を私に見せてくれないなんて
無理やりなんかじゃありませんよ!
あなたとセレーナがそれなりに親しい仲であるからこそ、夫婦を演じることをよしとしたのです。これは、とても大きな譲歩ですよ
でも、婚礼衣装まで紫藤道士のものを着るなんて!あまりにもやりすぎです
法術の助けがあれば早いものです
雲謁はそう言いながら首を伸ばして、見えない花屋の店内を何度か覗き込んでいた
見たいな……
……わくわくしないんですか?
狐はきょろきょろするのをやめ、首を傾げてこちらを見つめてきた
あなたたち、ちょっと変ですよ。こんなに重要なことを、そんなに気軽にしちゃうなんて
自分には無関係なのにわざわざ夫婦を演じるなんて。セレーナは自然体だし、あなたも何も気にしてませんよね
好きな人がまもなく婚礼衣装を着て現れるというのに、なんでそんなに平然としてるんですか
狐は少し考えてから、こちらの服の足下をカリカリと少し引っ搔いてきた。反射的に下を向いてしまう
狐は澄んだ純粋な瞳でじっと見つめ返してきた。その目から光がふわりと広がった瞬間、自分の意識が何かにそっと触れられたのを瞬時に悟った
すぐさま警戒したものの、雲謁は特に気にする風でもなく、水に濡れた猫や犬のようにブルルッと体を震わせた
あなたたちの関係を見ただけなので、ご安心を。見たのは記憶ではなく、縁だけです
手紙に始まり、才能を敬い、性格が調和し、品が紡いでいる
あなたたちの関係、ロマンチックですね……素敵です、想像以上に素晴らしかった
縁結びの姫を務めてからというもの、こんな関係性はほとんど見たことがありません
狐は頭を垂れ、何を考えているのかがわからない
ますます謎……
狐の頭をポンと軽く叩こうと手を伸ばした時、驚いたような呟きと、扉のギィィという開閉音が響いた
何をされているんですか?
顔を上げると、小屋から出てきたセレーナと視線がぶつかった
月光が彼女の眉と目元を柔らかく彩り、いつもは上品で清らかなその瞳に微かな艶やかさが加わっている。それは晩夏のアンニュイな感情を少しだけ想起させた
夜風が彼女の衣装をふわりと舞い上げ、袖口から雪のように白く細い手首が見え、あまりの眩しさに目が離せない
口を開こうとするも、言葉が照れるようにして唇の端で止まってしまい、どうしても出てくれなかった
ただこうして静かに向かい合っているだけで、言葉がなくても美しい瞬間だった
足下からの物音に思わず下を向くと、得意げに笑う狐の顔が目に入った
ほら、やっぱり期待してた!見とれていたでしょう?
本能的に否定しようとしたが、顔を上げた瞬間、あの水のように優しい瞳に視線が吸い込まれる
彼女は軽やかに半歩前に踏み出して軒の影から進み出ると、自らの姿を余すところなくこちらの視界に差し出した
言葉は発していないのに、まるで全てを語り尽くしたかのような時が流れた
神社の石畳の道
夜明け
夜明け、神社の石畳の道
狐はふたりを連れて山のふもとに到着すると、石畳が始まる場所で立ち止まり、少しためらいを見せた
……雲謁さん?
……大丈夫。ただ……ここに来てから、何を言えばいいのかわからなくなって
狐は何回かくるくると回ったあと、突然後ろ足で顎を掻いた
はぁ、もういいや。どうせ会わないと解決しないし、理由は着いてから訊けばいい!
セレーナ、道中で私が教えた法術の言葉を覚えていますか?完成させるには藤の葉を必ず使ってくださいね
そして[player name]
残りの法力を使ってあなたを変装させようと思ったのですが、あなたが変わりすぎていて
とても強い願力をその身に持っているようですね。彼岸での本当の正体が何者なのかは知りませんが、とりあえずそれらを全て目覚めさせておきました
少なくとも今夜、あなたは妖怪たちの目に特に目立ち、強く映ります。どうかバレないようにしてくださいね
じゃあ、私は隠れておきます。山に向かう準備を!
そう言い残して狐は一条の霧に姿を変えると、セレーナの腰に着けた仮面と一体化した
……
それを見たセレーナは振り返り、こちらと視線を交わしてそっと微笑んだ
妙な感じです。まるで伝説の中に足を踏み入れたような
私たちは妖怪で……本にあるような物語みたいに、これから神の披露宴を見に行きます
その仕草からそこはかとなく漂う、名状しがたい雰囲気を見下ろしながら、セレーナと一緒になってクスクスと笑わずにいられない
……!
セレーナは少し驚いた様子で、小さな笑い声がぴたりと止まった。それから唇をきゅっと引き結んで、こちらを軽く睨んできた
コンダクターは時々、意地悪をなさる……
わかりました、少しお待ちください
セレーナはそれ以上何も言わずに、石畳の脇にある最初の灯籠まで歩き、片手に藤の葉を持ち、もう片方の手でそれを押さえながら咳払いをした
客は山川より来たり、神社前で明かりを灯す――
姿を見せ礼を成す、楽に縁を繋ぐ――
その言葉を言い終えるとたちまち風が吹き、木々が揺れ出した
チリン――
聞き覚えのある鈴の音の中、どこからともなくふたつの人影が現れ、続いて輿が宙にふわふわと浮かんできた
縁結び神の下に仕える巫女です。賓客のおふたりにお会いできて光栄です
お名前を頂戴できますか
私は花の妖怪紫藤、こちらは連れ合いです
紫藤様でございますね
輿にお乗りください
セレーナと視線を交わし、手に手を取って一緒に輿に乗り込んだ
息を潜めて静かにしていると、ふたりの巫女は低い声で詠唱し、以前見たのと同じく輿は揺れながら山の中へ入っていく。その間ずっと互いに押し黙っていた
長い時間が経ち、目的地に着いたというように輿が着地した
礼は尽くせり、神社はそこに
賓客の方はどうぞご自由に、巫女はこれにて失礼いたします
輿の中でしばらく待って外が静かなのを確認してから、セレーナと一緒に外に出た
輿から降りると、輿はすぐに山風となって消えていった
時刻はもう早朝に近い。巫女が立ち去ると、夜空の下で山道の鳥居や森??の灯籠はひときわ静寂に包まれて見えた。あたかも、たった今の出来事が単なる妄想であったかのように
すごいですね……
コ·ン·ダ·ク·ター?
……
セレーナは深呼吸をして顔を背け、蚊が鳴くような小さい声で言った
我が伴侶よ、おふざけがすぎますよ
[player name]は、もう……
セレーナはぼやきつつもすぐに落ち着きを取り戻し、1歩前に踏み出すと、手中の藤の花びらが流れる光に変わった
まるで、考えるだけで何でもできるかのように、不思議な力が彼女の指先に宿っている
セレーナは地平線に現れた微かな光の線を見つめながら、手を伸ばしてひと捻りし、声を大にした
朝の光を少し拝借します
すると突然、空から光が降りてきて、横にある灯籠をぱっと灯した
その光は連なって蔓のように昇りながら、曲がりくねった長い山道を照らし出す
光を浴びた木々は瑠璃のような質感で、光と闇の境目にある石段にヒカリゴケが生え、彼女の指先から舞い落ちる藤の花びらは光の粒子と化していた
……
……コンダクター
セレーナは目の前の光景を見つめながら呟いた
セレーナは振り返って、小さく微笑んだ
光が彼女の頬に降り注ぎ、目の前の夜を打ち払って輝いている
この美しい景色を一緒に見てくれる人が、あなたでよかった……