山の頂に花畑が広がっている。そよ風が花の波をふわふわと揺らす
この時代に、こんな穏やかな光景を見ることができるとは思わなかった
セレーナからの手紙を手に、約束の場所に着いた。しかし約束の場所にいるはずの人物に会えないまま、長い時間がすぎていった
朝、出発する際に臨時任務の集合指令のようなものが聞こえてきた。おそらくセレーナもそのメンバーに含まれていたのだろう
通信アプリを開く前に、端末に表示された臨時任務の通知を目にした。やはり、リストにセレーナの名前がある
空中庭園の決定事項には逆らえない。たとえそれが誰かの特別な日であっても、ルールは絶対だ
理由がわかった今、かえって不安はなくなった。ゆっくりと花の海の中に入っていく
穏やかな花の香りに誘われ、少しずつ瞼が閉じていく………
指揮……
指揮官?
謝らなければいけないのは私の方です。こんなに待たせてしまって、申し訳ありません
首を振りながら、セレーナの伸ばした手を取って立ち上がった。その時初めて、空の色が変わっていることに気付いた
臨時任務の場所がこことは逆方向の保全エリアで、それで……うっ
手を離した時、力加減がコントロールできなかったらしい。セレーナは低く押し殺したような呻き声を上げた
その時セレーナの左腕に、花と葉で作られた花輪が巻かれていることに気付いた。その下から循環液が滲み出ている
いえ……大丈夫です
セレーナは負傷した腕を隠すようにして体の向きを変えた
いいえ……お約束でしたから
帰りの便の中で、ずっと端末を見つめていました。約束に間に合わなかったと怒っていたり、もう帰るというメッセージが来るのではないかと
でも……何のメッセージもなくて、逆に私は少し慌ててしまいました。もしずっと私を待っていてくださったのなら、当然お怒りだろうと心配になったんです
そして冷静に考えてみると、あなたが何も言わずに立ち去った可能性もあることに気付いて……更に怯えました
セレーナは少し目をそらしたが、それが申し訳なさゆえなのか、恥ずかしさゆえなのかはわからなかった
だから花の海で眠る指揮官を見た時、私は……心の底から安堵したんです
あなたは私を待ってくださった。私の誘いを受けてくださり、ここを離れなかった。あなたは、私を置き去りにしなかったんです。ずっとここで待っていてくれた……
まるで琴の弦をはじいたように、私の全ての不安は穏やかに消えていきました
セレーナは両手をこちらの手に重ねて、10本の指を絡ませてきた
私……まだ戻らなくてもいいでしょうか?指揮官。もう少しの間、わがままを聞いてください
帰りの機内でずっと考えていました。今日は、指揮者にとって特別な日です。だから、あなたをダンスにお誘いしたいと
セレーナのささやかな願いはメロディーのように、風と花の合奏に溶け込んだ。まるで舞台上でクライマックスへと向かう伴奏のようだ
少女に導かれて、思わず体が動いた
指揮官……指揮官……
そっと抱き合った瞬間、セレーナは目を閉じた。耳元にある彼女の唇が僅かに動き、熱い吐息がかかる
少しだけ体を離すと、少女は目を開けた。その流水のように濁りのない瞳は、心の琴線を震わせてくる。まるで彼女の言葉にならない想いに心が応えるかのように
――指揮官、私がそっと呼ぶのが聞こえますか?
――指揮官……指揮官……
――私の声は好きですか?
こちらが口を開く前に、セレーナはもう答えを聞いたかのように再び目を閉じ、微笑んだ
風と花がふたりを包み込み、ダンスのステップは絡み合い、影はもつれ合って互いを追いかける
月明かりが消えてなくなっても、ダンスは終わらない