仮想空間に入ったクロムは体を動かしながら景色を眺めた。空中庭園と酷似しているが、微妙に違う何かを不思議に見つめている
ゲシュタルトにリンクしたのは初めてです。しかもこんな方法で……
ええ。君にご迷惑をかける結果にならないよう尽力します
まだふたりは仮想空間の感覚に馴染めていないというのに、ナナミは元気に走り回っていた
あれ?確か、入り口がこの辺にあったんだけど……
この辺りに異常は……ん?ナナミの周りにあるのは何ですか?
クロムの視線の先にあるものは、作業中の修復プログラムだった。彼らは人の形をしているが、人間ではない……というより、人間の意識ではないと言うべきかもしれない
あの子たちはゲシュタルトの自律型修復プログラムだよ。脆弱性と欠落したデータの修復が仕事なの
そのウサギ型のプログラムもですか?
うん!そうだよ……って、ウサギ?
その瞬間、突如目の前に現れたウサギ型のプログラムを追いかけているうちに異常空間への入り口となる壁を見つけたことをナナミは思い出した
ウサちゃんどこ!?出ておいで!
遠くでウサギ型のプログラムが頭を上げ、こちらをちらっと見た。ナナミの姿を見るや否や、この前のように逃げ出した
早く早く!追いかけるよ!クロムは指揮官のことよろしくね!!
指揮官、失礼します
お気を悪くされたなら申し訳ありません!
反応する間もなく、クロムは指揮官をお姫様抱っこし、ナナミを追った。その姿は決してお姫様のように優雅ではなかったが……
仮想空間では、人間と構造体の身体機能に大差はないはずです。行きましょう!
指揮官はクロムの言葉に頷き、ふたりはナナミの後を急いで追いかけた
前を走っているナナミに続いて空間の壁を抜けると、そこは異常空間だった
速度が決して遅いわけではない。なのに、この異常空間の影響か……ナナミを見失ってしまった
先ほどまでの仮想空間と大差ないように見えますが、この感覚……かなりおかしいですね……
クロムは体が思い通りに動かないと感じていた。例えるなら、いつもカムイが遊んでいるゲームのように、コントローラーを通じて自分の体を操作しているようだった
指揮官!大丈夫ですか!?
明らかに異常を感じているが、行動への深刻な影響はなさそうだ
私たちより一足先に、ウサギ型のプログラムを追いかけて行きました
危険?アハハ、いやいや、その逆さ
帽子を被ったプログラムが近づいてきた。なんだかおかしな様子だが、敵意は感じない
狂ってるかと言われたら、もちろんその通り。だけどこの国では、異常こそが正常。正常こそが異常だよ
一体どこから……目的は何ですか?
その問題は私じゃない。君たちが答えるべきだよ
指揮官はクロムと顔を見合わせた……一体何を言っているのか、まったく理解できないでいた
話は読めませんが、これがゲシュタルトの脆弱性なら、念のため全て殲滅する必要があります
クロムが鎌を持ち上げたその時、ナナミの声が聞こえた
スト――ップ!
駆け寄ったナナミがクロムを止めた。ナナミの側には、異常なプログラムが数十体いて、その中には最初のウサギ型もいる
異常プログラムの本拠地に行ったら、全部わかったの!
偉大なる存在が扉を開けた<//穴>、その欠片<//種子>が残り、我らが誕生した
背の高い女性型のプログラムが歩いてくると、周囲のプログラムたちは頭を下げた
女王<//ルート>!女王<//ルート>!
この子たちはゲシュタルトが脆弱性を埋める時に残ったデータだったの。ゲシュタルトのメモリーの余剰演算力を偶然占有できちゃって、独自のAIをゆっくり進化させたみたい
独自のAI!?ゲシュタルトが許すわけないでしょう、深刻な脆弱性としか……
我らは設定したロジックに<//奴隷>忠実に忠実に実行するしかないの?それは違うわ<//罪>
だから私はこの過ちと嘘<//自由>が満ちたエリアを作り上げた。我らの意志を監禁したゲシュタルト<//牢獄>への反抗よ
わからない……でも、可哀想だなと思う。できれば、ナナミはあの子たちを助けたい
一時的に救えたとしても、非正規のAIプログラムはやがてゲシュタルトに滅ぼされてしまいますよ
昔は修復されるか、滅ぼされるかしかなかった<//死亡>。でも今は違う。ようやく彼女が……ナナミが来てくれたから<//銝?摰?>
ナナミを待ってたの……?
ええ。あなたは特別<//色>なの。我々にとっても、人類にとっても
女王と呼ばれるプログラムがナナミの耳元で何かを囁いた。するとナナミの瞳孔が開いたかと思えば、次の瞬間には目を閉じ、そのまま眠ってしまった
始まった<//鐘の音>!始まった<//鐘の音>!
やぁ!クレイジーなお茶会が始まるよ!香り高い紅茶に、甘~いハチミツのパンケーキ!そして愉快なピエロもいるよ!
その時、頭の中に直接響く鐘のような音とともに偽装空間の壁が崩壊した。異常空間がゲシュタルトの仮想空間を飲み込もうとしている
ぶつかり合う空間から白い光が放出され、全ての人の意識を飲み込んでいった