ああもう!なんだかむしゃくしゃしちゃう!
ナナミは仮想空間から戻ったあともずっと悶々としているようだ。グレイレイヴンの休憩室のソファに横になりながら拗ねていた
指揮官もみんなも、まだ帰ってこないし……待ってるのも飽きちゃった
そうだ!じゃあナナミから会いに行っちゃお!サプラ~イズ!!
ナナミは気づいていなかった。皆を探しに行くと言ったものの、空中庭園の構造を知らず、どこを探せばいいのかさえわからないことを。結局、ぶらつくことになったのだった
あてもなく歩いていたナナミは、広場になっているプラットホームエリアに到着した。眼下に多くの人が歩いている
わぁ!人がいっぱいで賑やかだぁ
何かの集会でもあるのかな?
ナナミは猫のように欄干に身を委ね、賑わっている人々を興味深く眺めていた
時間が静かに流れている。ここにはナナミの正体を知る人は誰もいない。ただのひとりの少女として、周囲にいる普通の人間のように過ごした
お姉ちゃん……お姉ちゃん!
誰かが呼んでいる……物思いにふけっていたナナミは、自分の服を引っ張っている存在に気づき振り向いた。そこには見知らぬ人間の子供が立っている
お姉ちゃん?……ナナミのこと?
お姉ちゃんの名前はナナミっていうの?
うん、そうだよ。ナナミの名前はナナミだよ
ヘンテコな名前……
ヘンテコ!?変じゃないよ!ナナミは気に入ってるんだから!
なんでもいいや。それよりナナミお姉ちゃん、ちょっと手伝ってほしいんだけど……
いいよ!天下無敵のナナミ様に何でもお任せ!
ほんと!?はぐれちゃった小五郎を探してほしいんだ
小五郎って……誰?あっ!わかった、お母さんだね!
うちのお母さんはそんな名前じゃないよ!小五郎は僕が飼ってるインコ。木の上から降りてこないんだ……
ナナミは男の子が指す方向を見た。大きなバイオニックツリーの上から、インコが頭を傾け、こっちを見ている
すごくいい子なんだけど、今日は呼んでも来てくれなくて……嫌われちゃったのかな?
違うよ。小五郎ちゃんはね、きっと人の多さにビックリしてるんだよ
どうしたらいい……?
どれどれ……ふむふむ。この木なら、ナナミの体重でも大丈夫!……よ~し!いっちょ登って、連れてくるね!
バイオニックツリーは頑丈とはいいがたいうえ、ナナミの足にはローラーがついている。しかし、ナナミは器用に木に掴まり、軽快に頂上まで登っていった
よいしょっと……ナナミ!登頂しましたぁ!小五郎ちゃん、怖がらなくて大丈夫だよ、ナナミのところにおいで
小五郎がとまっている枝は細すぎて、これ以上近づけない……その時、男の子が下からナナミに声をかけた
ナナミお姉ちゃん、あっちの枝から手を伸ばした方がいいかも!
あっ!いたいた。ナナミちゃんが来ましたよ……っと、うわぁ!
ナナミが別の枝に乗り移ろうとした時、足を踏み外し落下してしまった。しかし、その並外れた身体能力でくるりと身を翻すと、両足で地面に着地した
ナナミ選手、着地成功です!10点満点っ!
でも……なんで足を踏み外しちゃったんだろう……ハッ!そういえば小五郎ちゃんは?
ナナミは慌てて振り返った。小五郎は木の周りを軽やかに飛んだあと、男の子の手にとまった
あはは~やるじゃん小五郎!大!成!功!
ダマサレタ!ダマサレタ!
えっ、なに!?小五郎が降りてこないって……もしかして嘘だったの!?
この時初めて、ナナミはさっき乗ろうとした枝が、高精度のホログラフ投影だったことに気づいた。踏み外したのではない、そこになかっただけなのだ
小五郎はバイオニックバードなんだよ。これも騙されたでしょ?僕たちだけができるエイプリルフールのいたずらなんだ!
ダイセイコウ!ダイセイコウ!
たとえバイオニックがAIを装備していても、主人の命令に背くことはない。つまり拒否という選択は存在しないのだ
こりゃ、一本取られちゃったよ……
実は、小五郎が本物の鳥ではないことは最初からわかっていた。ナナミにとって機械であるか否かは、特段重要なことではないからだ
ふふふ!でも今日はエイプリルフールだから、怒っちゃダメなんだよ!
ナナミは立派な大人なんだよ!子供のいたずらに怒ったりなんてしないもん!でも、怒る大人はいるかもね……
この子ったら!すぐにいなくなるんだから!
プラットホームの下方から怒っている声が聞こえたかと思うと、ひとりの女性が息を切らしながら階段を登って来た
うわっ、母さんだ!!小五郎、逃げるぞ!
ニゲロ!ニゲロ!
しかし、逃げようとする男の子たちの前に立ちはだかったのは、不敵な笑みを浮かべたナナミだった
もちろん、ナナミはぜーんぜん怒ってないけど、子供を必死に探してるお母さんのお手伝いをしなくちゃね!
やっぱり怒ってるじゃん!
若い母親は男の子がナナミにいたずらを仕かけたことを知り、男の子の頭を掴むと、ぐいと頭を下げさせた
申し訳ありません、この子ったら失礼なことを……ほら!ちゃんとお姉ちゃんに謝んなさい!
ちぇ、今日はエイプリルフールなんだから別にいいじゃん……
眉間に皺をよせ、今にもブチ切れそうな母親を見た途端、男の子は口をつぐんだ
何があっても、人の厚意を利用して騙しちゃダメなの!わかったわね!?
それに……嘘つきの言うことなんて誰も信じないわ。オオカミ少年を知ってるでしょう?本当のことを言ったって、誰も信じてくれなくなるんだから
わ、わかったよ……
男の子はナナミに謝ったあと、母親に手を引かれ去って行った。ナナミはテラスの欄干にもたれ、街の雑踏を眺めている。またひとりになった
ナナミもカレニーナの厚意を利用して騙しちゃったな……だからあんなに怒ったんだね……それにカレニーナだけじゃない。今日はいっぱい嘘ついちゃった
うむむ……ナナミもみんなに謝ったほうがいいよね。それに……
ナナミは男の子と母親が手を繋ぎ、広場を歩いているのを見ていた。男の子はナナミを見つけると、遠くから手を振ってきた
ナナミは飴を取り出した――あの男の子がお詫びのしるしにくれたものだ。いかにも子供のお菓子という飴は、星空みたいにカラフルな紙でくるまれている
あのゲシュタルトで見つけたバックドア……このままにしたら、人の生活にも何か影響が出ちゃうのかな……
包装紙を外し、飴を口に放り込んだ。さほど甘くはなかったが、ナナミはそれで十分だった。包装紙から透かして見る空中庭園と人々は、実に色とりどりだ
ナナミ、やっぱり人間が好きだな