合流場所に到着してから、数十分が経った
食堂にいるのはまだ、自分ひとりだけだった
何度も端末を通して相手の状況を訊ねたが、返事はなかった
完全に音信不通になったことから判断すると、相手が何か危険な状況に陥ったことを疑うべきだろう
先にここから出て外部の救援を求めるか、それとも計画したルートを戻って相手を探すべきか?
しばらく考えて、結論を出した
ここから出口までまだある程度の距離があり、侵蝕体の数量は把握できないが、留まる時間が長ければ長いほど、相手が危険な目に遭う可能性が高くなるのは必然だ
それに、あの人にはこう言った――
会ったことがないとはいえ、ふたりの協力によってここまで来れたのだ。自分ひとりだけだったら、おそらく今よりもっと厄介な状況になっていただろう
あの人が危険な目に遭っているかもしれない今、ここを離れる訳にはいかない
相手と端末の中でやりとりした言葉が思い浮かんだ
「利用価値がなくなれば置いていかれる」――当たり前というような、とても言い慣れた口調だった
それで、更に放っておけなくなった
そこでようやく、相手の名前すら知らないことに思い至った
食堂にいたその存在は、暗い廊下を走っていく
上階では、灰色の人影がひっそりと後を追っていた
異なる色の瞳に映ったその相手は極度に疲れているようだが、銃を持つ手は揺らぐことなく、前進する足取りは一瞬たりともためらいを見せない
ロランは、予想外の事態についてのカウントをやめた。あの人間はここを離れると思っていたのだが
本当に驚いたよ、指揮官
裏切られた時、どんな反応をするのか……見てみたくなった
必死に助けようとしている相手が敵であるとわかったら……君はどんな顔をするんだろうね?
信頼してきた「仲間」に裏切られ、たったひとりでこの刑務所で死を迎える……そんな結末はグレイレイヴン指揮官にとって、一世一代の皮肉といえるだろうね
瞳に映る人間はなおも諦めずに前へと進んでいく。端末は新しいメッセージを受信し続けている
その人間が前進する方向はこの刑務所の中で最も侵蝕体が多いエリアだ。一度囲まれたら、ひとりでは絶対に逃げられないだろう
……
あーあ、面倒だな
「そこまで」
3つ目のエリアを捜索している時、だしぬけに端末がメッセージを受信した
「探しているものは、初めから存在しない」
「私は通りすがりの者だ。ひとりで解決できない問題を助けただけ」
「先ほどの者はあなたの敵。時間を節約してあげた」
「もっとはっきり言おうか?」
「もし、助けたい者が敵だったとして、まだ助けたいと思う?」
「そう、敵。でももう始末しておいた」
「会ったこともない見知らぬ者は信じるのに?」
「なぜそこまでする?」
相手がどんな目的でこんな質問をしてくるのかはわからないが、少し考えてから、端末に答えを送った
「見捨てないと誓ったから」
「あなたの言う通り、もし敵だとしても、助けるという決心は揺るがない」
「正しい判断だと信じている」
「もし敵であるなら、それは任務目標であることを意味する。なおさら捨て置く訳にはいかない」
ロランは一言一句返事を読み上げると、手の甲で目を覆い、こらえきれないというように声を上げて笑い出した
ハ……ハハハハハハハハハハ……!
彼は肩が震えるほどに大笑している
さすが……グレイレイヴン指揮官さまだ
まさか今になって……こんなハートフルな展開になろうとはね
まったく……ハハハ……
しばらくして、ロランはようやく笑うのをやめた
いや実に――面白いね。このままここで死なせるのは惜しくなったよ
最後の返事を送ったあと、端末の向こうの相手は再び沈黙に陥ったようだ
現状に対する疑問は尽きないが、ここで時間を無駄にする訳にはいかない
道の先にいるのは危険な敵か、それとも救出を待つ仲間か、自分の目で確かめるしかない
目の前は重罪人を収容するエリアだ。警備もより厳重で、看守型バイオニックの数も明らかに多い。廊下を塞ぐように4体の侵蝕体が徘徊し続けている。巡回任務中のようだ
周りを見渡し、そして真ん中の監房に目標を定めた
戦術リュックの中から曳光焼夷弾を取り出して点火し、角度を定めて投げ入れた。曳光焼夷弾は眩しい光の軌跡を描いて、監房の真ん中に落ちた
侵蝕体は激しく燃える炎の熱と光に引き寄せられて、一斉に監房の中に入っていった
今だ!
外骨格の力を借りて鉄扉を思いっきり閉め、全ての侵蝕体を狭い監房の中に閉じ込めた。彼らは曳光焼夷弾を取り囲んでいたが、すぐに武器を持ち上げて鉄の扉を無秩序に攻撃した
鉄扉が衝撃を受けながら警報を発している
施設が悪意のある攻撃を受けたことを探知しました
スキャン開始――看守型T8760、看守型T8761、看守型T8763、看守型T8764を確認しました
スキャンする赤い光が4体の機械を横切り、そしてこちらを照らし出した
見慣れない生物識別信号を探知、該当者の行為は刑務所管理条例に違反しています。強制執行システムを起動します
処刑目標を特定しました
胸に赤い点が照らされたのを見て、一瞬で嫌な予感がした
体が先に反応し、左後ろに一歩下がった。赤い点はすぐに追尾してきた。空気中の塵に反射して細い赤い光の筋が見える
光源をたどると、視線の左上に赤い光の塊があることに気づき、すぐさま銃を構え、その方向に向けて引き金を引いた
——!
聞き間違いでなければ、その時同時に2発の銃声が鳴った
目の前の処刑装置は銃声とともに破壊された。もう1発の銃声は自分の後ろから発せられたものだった
反射的に振り向くと、数10m後ろの物陰に防衛型機械の侵蝕体が立っていた
次の攻撃に移る前に、侵蝕体は投げ出されたような姿勢で前傾して崩れ落ちた
――その瞬間、倒れる機械の後ろに別の黒い人影を見たような気がした
しかし人影の顔をはっきり見る前に、何かが侵蝕体の手から転がり落ちたことに気づいた
それと同時に聞こえてきたのは、ピピピピというシグナル音――
――スタングレネードだ!
狭い廊下に轟音が響き渡った。燃え上がる炎は、閉じた瞼まで熱く感じさせるほどだった