Story Reader / Affection / ネイティア·亡詩·その4 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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ネイティア·亡詩·その4

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朝の光がようやく地上に届き始め、街はまだ完全には目覚めていない。ホワイト博士との再会まで、あと1時間だ

端末でネイティアから届いた集合場所を確認していると、青紫のスカートの裾が背後にそっと近付いていたらしい。不意に、うなじにひやりとした感触を覚える

振り向けば、黛色の髪の女性が陽だまりの中で微笑んでいる。まるで今首元に触れたのは別の人だというように、いたずらっぽい笑みだった

おはよう、カラスさん、ぐっすり眠れた?

睡眠中は自己修復に最も大切な時間。忙しい中でもしっかり休息をとる秘訣が、執行部隊にはあるんでしょうね。今度教えてもらわないと

それは緊張のせい、それとも……?

彼女はこちらのこめかみ辺りをそっとなでながら、安心させるためか優しさを多分に含んだ声で言った

「事件に巻き込まれて大変ね」よりも、私はこう言っておくわ。「もう少し、一緒に頑張りましょう。そうすれば、安心して眠れる日がきっとくるから」って

ここを待ち合わせ場所にしたのは、店先で話すためじゃないわ。中へ入りましょう

扉を開くと、まるで甘さで満ちた小さな湖に足を踏み入れたようだった。小麦粉を焼く、安心感を誘う香ばしさ。キャラメルとバターの香りが空腹の来客を優しく包み込む

こぢんまりとした店内には3つのショーケースが並んでいる。その上に花柄のブリキの缶がずらりと並び、それは昨日ネイティアが語ってくれた缶によく似ていた

しっかり栄養補給してこそ、全力で仕事に臨めるものよね?

トレイを手に彼女の後をついていく。彼女は迷いなく菓子を選び、ふたりは窓際の木のテーブルへ腰を下ろした

黒羽のスカートを纏った構造体は両手を組み、肘をついて顎を指に乗せた。こちらがフォークで切り分けたアップルパイを口に運ぶと、期待するような視線を向けてきた

パイ生地はしっとりしていて厚みがあって、シナモンは使っていない。形も味も、空中庭園でこのタイプのアップルパイを出すのはここだけよ

これはカヘティのアップルパイのレシピなの

店主は空中庭園生まれでもなければ、母親の故郷のカヘティに行ったこともない。私のことも知らない人……このパイを食べて涙をこぼした時、静かに共感してくれたの

構造体の生命維持に食事はいらないけど、その味は私の記憶を繋ぎ、時と人とをひとつに繋いでくれる……

彼女は手を伸ばし、指先でこちらの唇をなぞるようになでた。残っていた小さなパイ屑をそっと拭い取ってくれる

これで、あなたもこの味の記憶の一部

あなたと一緒に味わいたいものはこれだけじゃないわ。これからも、たくさん……楽しみにしてて

そう言って笑いながら、彼女はショーケースの缶を指差した

それと……さっき見てたでしょう?昨日、思い出したの。レノアがいつもデスクに置いていたアーモンドクッキー、ここのものだったわ

運命って、偶然を惜しまないものよね

ホワイト博士への手土産にひとつ買っていきましょう。時に昔の記憶は、新しい情報よりも心を動かすものだから

人の心ほど掴みどころのないものはないわ。でも、だからこそ……やってみる価値はある

時間にはまだ余裕があり、落ち着いて朝食を終えることができた。支払いのためにふたりでレジへ向かい、銅のベルを鳴らす

すると、背の高い店主が小麦粉を顔につけたままで、ショップカーテンをくぐって現れた

ごちそうさまでした。アップルパイ、クロワッサン、クリームホルン、それとアーモンドクッキーを1缶、テイクアウトで

それから、詰め合わせのクッキーも1缶。これは私の家に配送して

店長は頷いたあと空き缶を持ってくると、菓子用のトングをふたりに手渡した

ネイティアはトングを2、3回カチカチと鳴らし、クッキーのケースを開けた

詰め合わせは自分で好きなものを選べるの。私のティータイムの味、あなたに任せるわ

ふふ、そう言うと思った。あなた専用のティーカップも活躍できる――本当は、もう少し後で話すつもりだったんだけど

ブルーベリー、チョコレート、レモンバター……色とりどりのクッキーを選んでいくうちに、缶がいっぱいに満たされた

壁に寄りかかる構造体の視線がそっと注がれていた。その表情は、朝の金色の光に溶けるように柔らかく、満ち足りたものだ

これで準備完了ね。じゃあ、あの複雑な心境の証人さんに会いに行きましょうか

周囲に人がいないのを確かめると、ネイティアが1歩近寄り、こちらの腕にそっと手をかけてきた。そのまま店のドアを開く

ドアベルがチリンと鳴った瞬間、彼女の頬に仄かな紅が差しているのが見えた。彼女はただ無言で、腕を組む手にそっと力が籠る

ホワイト博士の家

空中庭園

家の主人がドアを開けた瞬間、ネイティアと無言で視線を交わした

面前の男性の眼の下には濃いクマが浮かび、呼吸は荒く重かった。眠れぬ夜をすごしたのが一目瞭然だ。彼は目を細め、我々の背後をきょろきょろと見回すと低い声で訊ねた

尾行はないだろうな?

いないわ。安心して。このエリア一帯の監視カメラは、私の補機がコントロールしてる

ああ、入ってくれ

カーテンが閉ざされた室内は薄暗く、陰鬱な空気が漂っていた。ホワイトはソファに深く腰を下ろし、肘を膝に置いて俯いたまま、向かいの席を手で示した

手に提げていたクッキー缶をそっとガラスのテーブルに置く。金属がガラスに触れるカチンという微かな音が、彼の意識を現実に引き戻した

ホワイトは缶の柄を見るやいなや息を呑んだ。両手を震わせながら、ゆっくりと組み合わせている

……この缶、あの店のだな。レノアは……いつもこれを買っていた

ネイティアは何も言わず、ただ静かに例のシークレットドキュメントの投影を出した

血走った彼の目に、自分自身の名が映る

「私は涙を矢に鋳て捧げ、決意の時を待つ」……暗号まで、詩にしたのか

あるいは、彼女は詩のような正義を求めていたのかも。生きているうちに叶わなかった理想を、死を目前にしてなお諦められなかった

レノアは、最初にあなたをこの「正義の天秤」に置いた。最後の瞬間、彼女がまず思い出したのは、きっとあなたね

ホワイトは組み合わせた手に額を押しつけてうなだれていた。必死に頭を支えているかのようだ。長い沈黙が流れ、ようやく顔を上げた彼の目には悲痛と恐怖が滲んでいた

もし……もし天秤に錘を乗せても、ちゃんと傾かなかったら?

レノアはもう死んだんだ。俺たちが何をしても彼女は戻らない。もし敗訴すれば、彼女の名誉は?論文から名前を消され、狂人だ、裏切り者だと罵られるかもしれない……

そして俺自身も、ヴァルデン教授によって研究の未来を潰される。俺の夢も、俺を誇りに思っている両親の想いも、全てが……

結局、俺のどんな選択も「間違い」にしかならないのか?

重苦しい沈黙が、部屋を覆った

……

膝の上に置いたネイティアの手に力が入っている。語られる言葉は全て真実であるがゆえに重い。しかし、彼女はその重さに屈しなかった

これらの痕は、何かを握っていれば弱みにはならない。端末だったり、武器だったり、あるいは……誰かの手だったり

栄光は人を盲目にし、濃霧は人を迷わせる。だが、自分の心を信じて進む道は、狭くとも確かな道だ。研究所で道が交わるよりずっと前から、彼女と自分はそのことを知っていた

それぞれの戦場で、迷い、苦しみ、代償を払いながら、星の夜を駆け抜けてここまできた。そして今、肩を並べて立っている――この絆は、他の誰にも理解できない

だからこそ、黄金の大樹が燃え上がる下でも、火の雨が降る空でも、狭い会議室で数人を前にしても、自分とネイティアの選択は常にひとつだった

黒い羽のスカートの構造体は自分を見つめた。ふたりの理想主義者はお互いの手を強く握り合った

栄光は人を盲目にし、濃霧は人を迷わせる。だが、自分の心を信じて進む道は、狭くとも確かな道だ。研究所で道が交わるよりずっと前から、彼女と自分はそのことを知っていた

それぞれの戦場で、迷い、苦しみ、代償を払いながら、星の夜を駆け抜けてここまできた。そして今、肩を並べて立っている――この絆は、他の誰にも理解できない

だからこそ、黄金の大樹が燃え上がる下でも、火の雨が降る空でも、狭い会議室で数人を前にしても、自分とネイティアの選択は常にひとつだった

黒い羽のスカートの構造体は自分を見つめた。ふたりの理想主義者はお互いを見つけた

ホワイト博士、これはあなたとレノアの約束。外野の言葉は時に傲慢で、時に残酷なだけよ

あなたの心。それだけが、この問いに答える資格を持つ

1日、1週間、数十年、この苦しみは癒えないかもしれない。でも今、あなたはそのリストに目を向け、対峙しようとしている。それは、心が答えを出した証なのかもしれないわ

ネイティアの視線を受けながら、机の上のクッキー缶を手に取ると、そっとホワイトの前へ差し出した

過去からの甘い香りが、部屋中にふんわりと漂っていく

……

憔悴した男は視線を落とし、缶の中のクッキーを見た

彼は身体を震わせながら手を伸ばし、缶から1枚のクッキーを取って口に運んだ。目を閉じ、静かに咀嚼する

疲れ切った頬を涙が伝う

やっぱり美味い

彼は赤くなった目を手の甲で乱暴にこすり、決意を込めたように、はっきりとした口調で言った

申し訳ない。君たちを追い返したこと、本当にすまなかった……あれは、ただの八つ当たりだった

どうしても思い出してしまったんだ。もしあの時……俺が、この指揮官のように、強く勇敢に彼女の隣に立っていたら……

彼女があんな風に孤独にならずにすんでいたら、ひとりで命を絶つことはなかったんじゃないか?

彼は深く息を吸い、軽く首を振った

全てが遅すぎる……彼女にはもう追いつけない。でも挑むことすら諦めたら、俺はきっと一生、自分を許せないままだ

当時、彼女からあの数字の羅列をもらった時、それが「遺言」だなんて思いもしなかった

彼は襟元からペンダントを引き出し、中から1枚の極小のチップを取り出すと、こちらに手渡してきた

チップを端末に挿入し、データを読み取って解析する。ネイティアの赤い瞳が、画面に映し出された数字の列に向けられている

この形式、桁数、そして命名規則……これは、実験サンプルの番号ね

レノアの告発メッセージにはロット番号しかなかった。でも「個別の識別子」が手に入ったからには、特定個体をダイレクトに追跡、回収できるわね

……つまり番号は他にもある

私たちの推理は合ってるわよね、ホワイト博士?

ああ、その通りだ

実は俺と他の連中には秘密の通信グループがある。レノアの事件の直後に作ったんだ。彼らを説得してみるよ。皆……あまりにも長く黙りすぎた

科学理事会の安全総監が、彼に向って深く頷いた

ご協力ありがとう。証拠の回収は、私たちに任せて

ネイティアがサンプル追跡システムを起動し、素早く番号を入力した。自分もホワイト博士も思わず息を呑んで、結果を待った

マップが表示されると、ネイティアは腕を組んで唸り声をあげた

なるほど……悪い知らせと、いい知らせがひとつずつね

悪い方から。サンプルが保管されている実験エリアは、過去の襲撃事件で封鎖されている。しかも最近、機械体の暴走警報が出ていた

彼女の目が細まり、冷気を帯びた声が部屋を満たす

でも、この警報の件は誰かが握り潰したのね。科学理事会には届いていない

ふふ、監察院の四半期報告書も、書きがいがあるってものね

そしていい知らせは、こんな危険が潜むエリアに、ヴァルデンだって簡単に立ち入ることはできないはずってこと

いつものチェスの「定番プレイヤー」なら、コストだの調整だの理由をつけて責任をなすりつけ合い、この事件は体制の迷路で跡形もなく消えていたでしょうね

さすが、カラスさん。じゃあ、本物の爪を彼らに見せてやりましょう

黒い羽のスカートの構造体が立ち上がった。その口元の笑みは鋭さを増している

でも、危険地帯に踏み込む前に……

ちょっと私についてきて。安全総監から相棒への「全·面·的·セキュリティアップグレード」よ