大統領休憩室
スーパー地球
22:18PM
カンパ――イ!
グラスが触れ合い、澄んだ音が夜に響く
喜びの詰まった勝利の1杯(注:実は低糖質かつノンアルコールのヘルシードリンク)を一気に飲み干した
まさか、皆があんなに街ブラの内容に興味を持ってくれるなんて。今日の配信も大成功だったね、レイヴンちゃんもお疲れサマ
またそんなこと言っちゃって~!Vieちゃん、嬉しくなっちゃう
じゃあ、今夜はどんなご褒美をあげようかな?
彼女は自分へのご褒美として、どんなサプライズをするか考え込んだ
決~めたっ
彼女は指をパチンと鳴らし、こちらの手を取ると、そのまま勢いよく扉の向こうへと歩き出した
「シュレーディンガーの猫」って知ってる?
ここはね、それよりも面白いの。600億匹のデジタルキャットが、喉をゴロゴロ鳴らしてるんだから!
蝶番が軋む音とともに、鉄の扉がゆっくりと開く。夜風が隙間から入り込み、彼女の柔らかな髪をそっと揺らした
目の前に広がるのは――どこまでも続く屋上と、静かに眠る街の景色だった
星と月の光に照らされ、無数の光ファイバーが石造りの地面を這うように伸び、いくつもの巨大なタワー型サーバーへと集まっていた
静寂の中、サーバー群の一部が時折淡い光を放つ。それはまるで、夜空の下で静かに息づく鼓動のようだった
Vieちゃんは後ろ手を組み、ゆっくりと夜の世界を歩き始めた。風に吹かれる彼女の黒いスカートが波打つように揺れ続ける
ここは、世界中のあらゆる電子機器が繋がる場所。全ての情報とデータがここに集まって、大統領の監視と保護を受けるの
そう言いながら、彼女は屋上の端に座った
まさか。面倒な管理なんて私がやるわけないでしょ。技術的なことは大抵「キミ」に頼んでるよ
彼女はこちらを見つめ、そっと隣を指し示した
彼女の隣に歩み寄ると、眼下に広がる街の小さな路地が視界に入った
夜の闇に包まれた世界は、足下に広がる夢のようだった
言葉を発した瞬間、彼女の尻尾がこちらの手首に絡みつき、強引に隣へと引き寄せられた
彼女は膝を抱え、静かにこちらを見つめていた
そよ風に揺れる長い髪は、銀の糸のように夜空を舞っている
……
彼女は深呼吸をして、そっと口を開いた
{226|153|170}~{226|153|170}~
美しい歌声が夜の静寂を切り裂き、耳に優しく響く
端末から微かなノイズが漏れ、それがまるで伴奏のように彼女の歌声に寄り添った
Vieちゃんは瞳を閉じ、降り注ぐ月光を浴びながら、心の中の旋律をこちらにそっと届けた
その甘く切ない歌声は冷たい夜風に乗って、眠れる街へと運ばれていく
ゆっくりと流れる時間の中、ピンク色の瞳がこちらを向いた。そこで初めて、彼女の歌がもう終わっていたことに気がついた
もう、ぼーっとしちゃって。聞き入っちゃった?ふふ、キミの心臓の音まではっきり聞こえたよ
彼女の声は柔らかく、まだ歌の余韻に浸っているようだった
これ、即興で作ったの。どう?
デビュー曲にしようと思って。明日の配信で皆に披露するの
ん~……
彼女は口を尖らせ、少し拗ねたように尻尾を小さく揺らした
キミから見て、Vieちゃんってどんな「キャラ」なの?
彼女は興味津々といった様子で顔を近付けてきた
なんとなくだが、この答え次第では彼女に散々振り回される未来が待っている気がした
小悪魔……それ、いいね。じゃあ、キミは悪魔と契約を交わした魔法使いレイヴンだね
彼女の頬に、ふわりと赤みが差した
えへへ……キミを初代スーパー地球褒め褒め大臣に任命してあげる
レ·イ·ヴ·ン·ちゃ·ん~?
この答えを選んだことで、これから5分間、自分がどんな目に遭うかは明白だった
これはまさに――予言の自己実現
すると彼女は横を向き、遠くのビル群を見つめた
しばらく沈黙が続き、やがて彼女は静かに口を開いた
……うーん。やっぱり、さっきの曲はちょっと普通すぎたかも。私の「特徴」が出てない
なんで、こんなメロディが浮かんだんだろ……
彼女は小さな声で、独り言のように呟いた
きっと、キミがずっと傍で私を見てるから影響されちゃったんだ。うん、全部レイヴンちゃんのせい
まあいいや。正式な曲は、さっきのをベースにもっとアレンジするつもり。もうちょっと「Vieちゃんらしい」ロックな感じにしないとね
もちろん。私にとっては、曲を作るのも歌詞を考えるのも一瞬のことだもん
彼女の尻尾が軽く揺れた瞬間――突如自分の端末から、まったく違う雰囲気の伴奏が流れ始めた
この2日間、彼女は何度もこのような能力を披露してきた。この「ホワイトボックス」の世界では、彼女は電子機器を自在に操り、データを自由に書き換えることができる
操る?それって……
彼女が尻尾を振ると、屋上のサーバー群からVieちゃんの声が響き渡った
こんな――感じ?
すると、遠くのビルに設置された巨大なLEDスクリーンが突如点灯し、幅10mを超えるスクリーンにVieちゃんの顔が映し出された
それとも――――こんな――――感じ?
わかんない。最初からVieちゃんは電子世界が発する「音」が聞こえてて、それを誘導して自在に変化させられるの
この力のお陰で、あのうるさい「大人たち」を倒して、戦乱や紛争のない世界を創ることができた
彼女は少しの間黙り込み、その質問には答えなかった
レイヴンちゃん、キミ……私に何か隠してるでしょ
彼女はこちらを見透かすようにじっと見つめ、心の奥の疑問を口にした
記憶を失ってない、よね?
ちょうどその時、手元の端末が急に点灯し、自分の返答を遮った
ごまかせると思わないでね。ここから、キミの過去と本当の声が聞こえてくるんだから
[player name]、キミは一体どこから来たの?
彼女は真剣な眼差しでこちらを見つめ、真実を求めていた
現実?じゃあ、前に言ってた「ジェタヴィ」って……
……
彼女は遠くの街を見つめ、こちらの答えに対してしばらく沈黙した
現実……って、どんなところ?
そんなにひどいの?うーんと……「大人たち」が世界を支配してるとか?皆、イヤイヤ働いてるとか?
それとも、くだらない理由でいまだに戦争を続けてるとか?
パニシング……
彼女は驚いた表情を見せた
キミは、そんな世界に本当に戻りたいの?
……バカ
そんなにひどいところなら、ずっとここにいればいいじゃない
彼女は手を伸ばし、暗闇に包まれた街を指差した
すると――広範囲のビル群が、夜に灯るキャンドルのように一斉に輝き始めた
ここには戦争も「大人たち」の争いもない。皆、自由に好きなことをして幸せに生きられる
彼女が腕をゆっくりと水平に動かすと、次々とビルの明かりが灯り、街全体が幻想的な光に包まれた
毎朝Vieちゃんがキミを起こして、一緒にデートして、美味しいものを食べて、ゲームをして……
夜になったら一緒に家に帰って、配信して、皆とこの幸せを分かち合うの
ほんの数秒で、彼女はこの世界に永遠に眠ることのない夢を創り上げた
こんな世界もいいでしょ?私は、キミを簡単に手放したりしないよ
だって、ふたりでいれば<color=#ff4e4eff>三次元病</color>はいつか消滅するから。そしたら……
答えようとした時、背後で何かがカサカサと音を立てた
最初はただの風の音だと思った
でも――
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*影*は突然後ろに現れ、飛びかかってきた
レイヴンちゃん、危ない!
彼女がこちらを突き飛ばしたのとほぼ同時に、自分は腰の武器を抜き、*影*の頭を狙って引き金を引いた
バンッ――バンッ――バンッ――
しかし、弾丸は*影*に触れた瞬間、まるで水の中に沈むように消えてしまった
戦場は静寂に包まれた。*影*の表面には黒いノイズが渦巻き、まるで煮え立つ泡のように脈動していた
*それ*はこちらの攻撃など気にする様子もなく、Vieちゃんに向かって体をひねった
ふざけないで!
彼女の手の平に無数の粒子が集まり始め、ジェタヴィの象徴たる武器の形になっていく
彼女は素早くそれを構え、至近距離の*影*に照準を合わせた
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しかし、それよりも先に*影*が彼女に襲いかかり、漆黒の口を大きく開いた
ガシュッ――
彼女の腕が一瞬で切断され、無数の光の粒子が飛び散った
くっ……レイヴンちゃん……!
揺らめく光の波紋が広がり、少女と*影*を徐々に包み込んでいく
捻じ曲がった光の中に飛び込み、なりふり構わず彼女の手を掴んだ
激痛が体中を駆け巡る。強い力が自分を引き離そうとしていた
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彼女の姿は見えず、かろうじて指先に残っていた温もりすら、ゆっくりと消えていった
全ての色が薄れていく
五感が全て遠のいていく
思考が体を離れ、虚無の渦へと落ちていく――
レイヴンちゃん……!