その1枚の写真は、運転手を過去へと連れ戻した
エドワード様はこの記念館に長く滞在した。あの頃、ずいぶん思いつめておられる様子だった。どうも、何か手に負えない問題に直面していたらしい
ドールベアの指先がきゅっと丸まり、顔を背けた。運転手の静かな声に動きを止めている
あの物理学者が何をした人かは知らんが、記念館から出てきたらエドワード様は少しだけ元気になっていたな。それで、こう言ったんだ……
この偉大な科学者は穏やかな性格だった。無謀なことは絶対にせず、自分に才能があるとも思っていなかった。大樹のように長い時間をかけて養分を吸収し、考えを熟成させた
それでも彼は、その生涯で時代を変える礎を確かに築き、後に続く者たちに新しい世界の扉を開いたんだ
私は神に選ばれた天才なんかじゃない。野心も立派な理想もない。ただ人を失望させたくなくて一生懸命に、誠実に生きようとしているだけだ
本当は今の安定した暮らしを壊したくない。子供たちとただ部屋でのんびり過ごしていたいだけだ
でも変革はもう始まってしまった。それなら、我が子たちのために新しい扉を開けてやりたい。私が行かなければ、誰が彼らの前に立てる?
当時はな、世の中がもう滅茶苦茶で……俺自身もちょうど父親になったばかりでさ。正直、しんどかったよ
でも……ノルマン様が言ったように、才能がなくても大樹のように、誰かのために立ってないと生きていけなかったんだ
できないことを……どうして無理してやらないといけないの?
えっ?
ほんと、バカみたい
何かに気付いたように、運転手はドールベアの顔と髪色をまじまじと見つめた
もしかして……
……さっさと積み込んじゃって
少女はくるりと背を向けて立ち去った。輸送隊の人に弁解する間もなく、慌ててドールベアの後を追った
彼女が向かったのは、すぐ近くの10-43号倉庫だった。もはや著名な物理学者プランクの姿とは判別できなくなった落書きの前に、彼女は立っていた
あの人のことを思い出したのは久しぶり。彼は……ほんと、世界一バカな父親だった。騙されやすくて……
いつも利発で機敏な顔に、少し諦めたような笑みが浮かんでいた
本当にバカだった。私はただの子供で……何が好きかなんてわかるはずなかった。ただ、何をやってもそれなりに上手くできた。器用なだけだったのに
その口元の微笑が静かにほどけ、少女は静かにため息をついた
幼なすぎた。自分が何をしてるのか、なぜそうしてるのか、わかってなかった
ノルマンの誇りとか一家の希望とか、天才と呼ばれるだとか、そんなのどうでもよかった。私が気にしていたのは父と祖父からの称賛、それだけ
でもあの時の私には、あの目が輝いてた意味がわからなかった
見えない抱擁のようにそっと、優しい視線でドールベアの身体を包み込む
父と一緒に音楽を聴くよりも、祖父の側で、いずれ自分が受け継ぐことになる……ノルマンの栄光を聞くのが好きだったの
その栄光が、父の命を奪うまでは
父が亡くなる前、私の才能は一家の誇りであり、私が愛される理由だった……でも……死は正直な友だったわ。取り繕った幻想を全部剥がしてくれた
ノルマンでは、才能はただ「使える」ことの証明にすぎない。「見てもらう価値がある」っていう、呪いの首輪みたいなものよ
長い間、私は自分の才能が憎くてたまらなかった。それが私を利用し、私を傷つける理由になるから
でも、私はそれから逃れられなかった。今でもね
多くの人にとっては、家族は「力の源」であり、「温かい港」らしいけど……
彼女は「ノルマン」という単語を口の中で何度も反芻し、苦々しい表情で飲み下した
この世には……本当に不味いものがたくさんある。でも、それを飲み込めさえすれば、何もわからない子供でも……「使える大人」になれる
何の前触れもなく、開かれた心がこちらへ差し出された。華やかに装飾された傷跡は、ただ完全に壊れていないという点で、世にも珍しい宝物のように見えた
あの洒落たクラシックカーは、物資を積みに積んで隙間という隙間まで押し込み、威容を失って交差点に力なく止まっていた
ためらった末、運転手はそっと歩み寄って1枚の写真をドールベアへ差し出した。エドワード·ノルマンと肩を並べる、かつての彼自身の写真だ
もう出発だ……これをどうかお納めください、お嬢さま。ずっと気付かず申し訳ありません
あなたが持ってて。大事に保管してたんでしょう、あなたにとって大切な思い出のはずよ。私の記憶データには、写真よりずっと鮮明な彼の顔が保存されてるから
……申し訳ありません、俺――
謝る必要なんかないわ。あなたは何も間違ってない
でも、きっとエドワード様は……この写真を娘さんの手元にって思うはずです。ほら、俺はまだ社員証も持ってるんです。どちらも、俺にとっては大事な記念だ
え?もちろん……大事な記念だから
ノルマングループで働いていた日々は、俺の人生で一番安定して順調な日々だった。だからどうしても……手放せなかった
世の中がどんどん悪くなっても、あの頼りなさそうなレオナルド様が、俺らみたいな者になんとか仕事を回してくれた
だから、俺は今でも信じてる……これから生活は必ずもっとよくなる。お嬢さま、本当にありがとうございます
予想通りの感謝の言葉を聞きながら、そっとドールベアの肩に手を置き、優しくポンと叩いた
こちらがそんな質問をした意図を、ドールベアはとっくに見抜いていたようだ。彼女は少し不満げに唇をすぼめた
誰かのお陰じゃない。あなたがずっと必死に生きてきたからこそ、運命はあなたに報いた。最初からあなたは「価値のある」人だったのよ
さあ、任務に行って。あの保全エリアの人たちはこの薬を待ってるんだから
エドワード·ノルマン氏に、あなたと一緒に自由に駆け回ってもらえばいいわ。誰かを助けて回れる人生……きっとあの人は本来、そんな生き方を望んでたはず
運転手は迷いながらも、最後には写真を手にしたまま立ち去った
さっき……もしかして、慰めようとしてくれてた?
まさかとは思うけど……私がまだ、こんなことで悲しむと思ってる?
ないわ。指揮官、私はもう、ちゃんと受け入れてるの
私はこれからも一生、自分の才能を頼って生きていく。家族を守るためにも、仲間と戦うためにも。それが、私にとって一番信頼できる力なんだもの
もう、自分と喧嘩しないって決めたの。変なこだわりはうまく飼いならせばいい。ある意味、これが「大人になる」ってことなのかもね
でも、ありがとう。少なくともひとつわかったことがある。ノルマンという名前が……誰かを幸せにしていた時代が、本当にあったんだって
頭を冷静に保って、自分にできることをやって、皆を大事にして、もちろん自分自身にも無理をさせない……
そうすれば、父はもう心配しないはず
あの小さかったクリスティーナが一体どうやって一歩一歩成長し、今のドールベアになったのだろう
兄や妹にも話せなかった不安や恐怖は、誰に打ち明けたのだろう
あの長く暗い時間の中で、涙をこらえる術をいつ覚えたのだろう
もう自分を嫌ってない?それなら、今の自分のことは好き?
君は、本当に大人になれた?本当に、癒されているの?
お茶目なドールベア、好奇心旺盛なドールベア、ちょっとひねくれたドールベア……
「ドールベア」の名の下に隠れたクリスティーナ、君は本当に大丈夫なの?
少女は一瞬、驚いたように瞬きしたあと、そっと隣にある肩にもたれかかった
大丈夫。今、とっても幸せよ、指揮官
そう言って、少女は横にいるこちらをまっすぐに見つめてきた
指揮官、誰にもちゃんと言ったことないけど、私はね……今の生活、すごく気に入ってるんだ
保全エリアから数台の輸送車が走り出ていく。高速で回る車輪が、エサをついばむ白い鳩たちを飛び立たせた。羽ばたきと風の共鳴が、まるで自由そのもののように響いている
その瞬間、ドールベアはようやく、彼が本当に自由になったのだと感じた
白い鳩……
飛ぶ音……すごくいいサンプルだわ!録音して、今度の新曲に使おっと!
今回の音楽フェスには持っていけないけど、空中庭園に戻ったらブラッシュアップするわ。今回の旅は無駄じゃなかった
いつもの毒舌を吐くでもなく、ドールベアは自分の腕を抱いて、目元の微かな陰を隠すように、頭の中で代案を組み立てていた。たとえそれが慰めの代わりだったとしても
電解液をドールベアの手の中に押し込むと、管理センターへ向かって走り出した
意識海の奥深くで再びハンマーが重く落ちてきた。ドールベアは思わず、その人の手を掴もうとした。行かないで、と
けれどその腕は虚しくすり抜けた。とっさに手首を掴む暇もなく、ただその背中が遠ざかっていくのを見つめることしかできなかった
ドッドッドッ――
視界に波紋が広がる。歪んだその中に、またディアベアがドラムを雑に叩きながら姿を現して、頬杖をついて人間の消えた方向を見つめた
あっさり音楽フェスを諦めたけど、それってらしくないよね?
うるさい……
はっきり言ったらどう?ほんとは行きたくないんでしょ?空港で監視カメラ壊したり、今回は車をさっさと貸し出したり……
電解液を飲みたいだけのくせに。戯言はいいからさっさと飲んで消えなさいよ
ディアベアはむすっとした表情で、この機体が一番好きなさくらんぼ味の電解液をひと口ずつゆっくり飲み始めた
なんかさ……不安なんでしょ?でもどうして?指揮官がなんとかしてくれるから、私たちは喜ぶべきじゃないの?
知ってるでしょ?私はあんたの意識の投影だって。自分を騙すことはできないよね?
答えがわからないことを、どう「騙された」って判断するのよ
ふたりの仔熊はそれ以上言葉を交わさなかった。空になった電解液の缶が乾いた音を立てて転がる頃には、ディアベアの姿は静かに消えていた
予想通り管理センターは大忙しで混雑していた。台風接近の影響で輸送任務は大幅な見直しを迫られ、輸送力の不足も著しい
南へ向かう全ての輸送任務を確認し、心の中である計画が固まった。念のため、管理センターの紹介で経験豊富な輸送隊隊長の意見も仰いだ
この輸送ルートの中継を利用して、コンステリアに行きたい?どれどれ……
遠回りだけど、理論上は行けるな……あっ、でもこのルートは台風の影響範囲内だ。急ぐのかい?もしかしたら、予定通りにはいかないかもしれない
なら、うちの隊で使ってるルートブックを持っていくといいよ。公式じゃないし、今は使えない情報も含まれてるけど、道の状態が詳しく載ってるから
いやいや、もともとは保全エリアがそちらの車を借りたんだから。少しでも恩返しができれば嬉しい
心の荷がようやく降りた。途中で終わりかけた旅が再び始められるチャンスを得た。ドールベアの瞳がまた輝くと思うと、帰り道の足取りも軽くなる
旅の再開だ。鳴きやまぬ蝉の声の中で車のエンジンが唸り、道路は灰色のリボンのように曲がりくねって、彼方へと続いていく
つまり私たちが83号保全エリアに物資を届けて、そこで新たな物資を積んで、85号保全エリアへ……そこで車から降りる?残りは徒歩ってこと?
ドールベアは輸送隊がくれたルートブックを確認している。彼女の声はくぐもっていて、全ての音がかろうじて口から漏れ出すように出てきた
彼女は再び前列の人間の服装を見た。輸送任務をより効率的に遂行するため、相手はすでに動きやすい服に着替えていた
後部座席で逆さに座っていたドールベアはわざとらしくため息をつき、姿勢を正した。背もたれに引っかけて揺らしていた足を、きちんと座席の下に収めている
これでいい?
構造体だし、車ごと谷底に突っ込んでも私は無傷よ。ついでにあなたもなんとか助けられるかもね
つい苦笑いを浮かべながら首を振った。やはり、この旅でのドールベアはいつになくテンション高めで、やたらとはしゃいでいる
ふーん……えっ!?
予想通りドールベアはすぐに反応し、あの夏に中止された計画を思い出したようだ。彼女は運転席の背に身を乗り出し、その時にピンクの髪の毛がこちらの肩に垂れた
以前「水泡に帰した」コンステリアの夏の夜の旅。シーソルト漁村を訪れる計画だった
それって……あのシーソルト漁村?
そう、ついでに見に行くのも悪くはないかな……別に楽しみってわけじゃないけど
配慮に気付いたドールベアの瞳がきらりと輝いた。すぐに後部座席へ戻り、何事もなかったようにルートブックをめくり始める
ルートブックなのに風景写真多くない?道路、丘、夕焼け……しかも構図もなかなかね。今時の輸送部隊の運転手って写真技術も必須なの?
軽口を叩きながらも、少女はこっそり前の座席に座るこちらを見ていた。口元に、抑えきれない笑みが浮かんでいる
その言葉に反応して、ドールベアの肩がほんの僅かに、得意げに揺れた
いいわね。そのために面白いポーズをたくさん考えておくわ
「どうでもいい」ような口ぶりだが、座席に添えた指先は楽しげなリズムを刻んでいた。その様子を見て、自然と顔がほころんだ
ふたりを乗せた車はまっすぐに目的地へと向かう。すぎ去る景色は、風の中で過去へと流れていった
このままどこまでも走っていけそうな錯覚。秩序を超えて、自由へ飛び立てるような気がした
……ちょっと外の空気を吸うわ
ドールベアが手を伸ばし、サンルーフを開ける。風が草の香りを運び、彼女は慣れた手つきで屋根へとするりと抜けた
車の上に降り注ぐ陽光とそよ風。ドールベアは初めて全身の細胞が自由を謳歌する感覚を覚えた。ふと端末を開くと、指揮官からいつの間にか音のサンプルが送られてきていた
白鳩が飛び立つ時の羽音――そのサンプリングを曲に加えた瞬間、次々に浮かび上がるインスピレーション。ドールベアの口元から軽やかなハミングがこぼれた
(ハミング)
その旋律が車内へ流れ込み、こちらの指先もつられるようにリズムを刻む。そっと録音ボタンを押した
窓の外で景色は後方へと流れていく。リズムの変化に合わせて、ドールベアの足が楽しげに揺れる。いつの間にか、彼女は運転席の真上に座っていた
ちょっと!びっくりするじゃない!
小魚のようにビクンと跳ねた少女は、慌てて窓辺で揺れていた足を引っ込めた
何に?あなたのこと?
晴れやかで挑発的な笑みを浮かべた美しい顔が、運転席のサイドウィンドウにぬっと現れた。逆さまにぶら下がっていなければ、さぞ目の保養になったに違いない
安全走行のため、ゆっくりと車を停めた
陽光が少女に金色の縁取りを与えている。ピンク色の髪は垂れることなく、絹のようにしなやかに弧を描いていた
確かに構造体にとってはさほど危険な行動ではないのだろう。しかし、ドールベアのテンションの高さに一抹の不安が募る
真剣な表情でドールベアの瞳を見つめた
……
まるで、燃えさかる火種が意識海に投げ込まれたようだった。そのひと言で、思考がぐらりと沸き立つ
ドッドッドッ――
どうした……って、えええ?なんで私たち逆さまで車にぶら下がってるの?
ディアベアは初めての「逆さま登場」というスタイルを満喫していた
ドールベアの髪がふわりと空中に舞う横で、セカンドペルソナは帽子が落ちないように慌てて押さえていた。その拍子に、ドラムが思いっきり頭にぶち当たった
ちょっと、ここどこ?まだ地球?あんたはなんで髪が下に垂れないの?ちょっとコレ、ニュートンへの冒涜でしょ!
{226|153|170}~
どうやって髪型をキープしてるの!?風もないのにどうなってんの?ニュートンはいなくなっても物理法則は永遠のはずよね……
普通逆さになったら、髪の毛ってお化けみたいに……
お化け?あんたのセンスってどうなってんの?
ドールベアはいつものように、もうひとりの自分のセンスをバッサリ切った。だが、ディアベアが見えていないはずの人間も同じ疑問を抱いていた
現実に意識を戻したドールベアは、指を鳴らした
髪だって機体の一部よ。だから演算で制御できるの。普通は誰もわざわざやらないけど
人間の瞳がまたも心配を滲ませたその瞬間、ドールベアはハッとして体を起こし、屋根に座り直した
ざわついていた意識海が、少しずつ落ち着いていく
細やかな演算制御って、実は高度なスキルで……
車内は静まり返った。ドールベアは目を伏せるとため息をひとつついた。深海から忍び寄る不安の影が、心の奥でざらつく
自由の風が去ったあと、彼女の身体に纏わりつく規則が再び重くのしかかる
(……余計なこと、しちゃったかも)
(……嫌になる)
あの騒がしいぬいぐるみが消え去ると、車の屋根には奇妙な静けさが漂った
一番厄介なのって、隠してたはずの自分が無意識に出ちゃうことよね……
私……
ドールベアはこめかみを指で押さえた
制御を失いかけてた……感情ってホントに厄介だわ
構造体は心臓があるはずの場所を軽く押さえた
その時、サンルーフが開く音がした。指揮官がさくらんぼ味の電解液を持って上がってきた
意地っ張りな少女に呼びかけても、不機嫌な後ろ姿は微動だにしない
言っとくけどあの程度の演算制御、なんてことないから。私にとっては軽い準備運動レベル
ドールベアがどんな人物であるべきかなどと意図的に決めつけるつもりはない。ただ、彼女が自分のしたいことをする時、何の負担も感じることなくさせてあげたかった
だからこそ、時折起こる小さな「脱線」のために安全な空間を作ろうと思っていた
言葉が終わる前に振り向いたドールベアは、驚きで目を見開いた
ドールベアが振り返った
ニッコリ笑って、手にした2本の紐をひらひらと揺らして見せた
ドールベアの返事を待たずに彼女の後ろに座ると、指で少女の髪を優しく梳いてふたつに分け、制服から取った房飾りの紐で毛先を結んだ
構造体の少女は首を横に振った。ドールベアの意思を理解し、彼女の後ろに座ると指でその髪を優しく梳いてふたつに分け、制服から取った房飾りの紐で毛先を結んだ
風が彼女のこめかみの細い髪を揺らす。ドールベアはその仕草の特別さに気付いたように、小さく頷いた
彼女の後ろに座ると、指で少女の髪を優しく梳いてふたつに分け、制服から取った房飾りの紐で毛先を結んだ
(こんなのって……いいの?)
揺れる長い髪は、この理解によってようやく本当の居場所を得た
私……
まるで危うい渦に包み込まれたように、理性がその甘美な混乱へと追い詰められ、降伏を迫られていた
パンク寸前だったドールベアの頭は、瞬時に冷静さを取り戻す――
指·揮·官?それって、遠まわしに面倒くさいって言ってる?
「恐ろしい」仔熊が牙を剥いて飛びかかってきた。失言してしまった身としては、両手を上げて降参するしかない
ドールベアはこちらの背中に覆いかぶさり、いくつもの「不平等条約」を無理やり締結させられてしまった
楽しげな笑い声の裏、ドールベアの胸にはひっそりと不安が残っていた。安定して制御され、秩序が保たれた世界が、彼方へ遠ざかっていくような気がしたのだ
境界の内は理解可能な世界だ。境界線の外側は理解できず、定義できず、触れることもできないのだった
