バンビナータとの出来事を原稿に書けるはずもなく、結局、座談会の原稿を完成させることはできなかった
目に新しい光を宿した子供たちに、血と炎の物語をどう語るかで悩み抜き、ついには諦めることにした
幸いにも、座談会が始まる10分ほど前にシーモンがメモを書いてくれたお陰で、ひと言も話せないという最悪の事態は逃れることができた
ゴホン……これが終わったら、やっと次の仕事に行ける
入学式の原稿、もう忘れないでくださいよ。座談会みたいなリラックスした場はまだ適当に話をつなぐこともできますが、かしこまった式典となるとそうはいきませんから
その時、シーモンと自分はドミニク記念公園のベンチに座って、束の間の休息を楽しんでいた
こんな短い午後のひと時だけが自分のものにできる時間だった。準備室に戻れば、明日の入学式の原稿作成に追われることになる
?
なんでこんな非常事態に、そんな余裕をかましていられるのか……うぇ……
かつて、あるロマンティックな表現があった。詩はすでに世に存在するもので、詩人はそれを言葉にするだけであると
本当は書きたいことの大枠は決まっている。ただ、まだ何かが足りない気がするのだ。言いたいことが全部言える訳ではない上、どのように言えばいいのかもわからない
それはさすがに助けられませんよ……そんな重要な原稿を、明日、式の直前に書いてとか言わないでくださいよ
まぁとにかく、明後日になれば、全てが終わってることだし
疲れ切ったシーモンと自分を照らす太陽が、公園で遊ぶ子供たちを同じように照らしている
そうやって日が暮れるまで時間をすごした。徐々に人出が減り、子供たちは明日の約束を交わして別れを告げ、記念品やグッズを売る出店もいなくなった
シーモンと自分も公園を離れ、執行部隊のエリアに戻った。別れる直前まで、シーモンは必ず明日の原稿を書き終えるようにと何度も念を押してきた
気付けば、自分は何かの確証を得ようとするかのように、再びホワイトスワンの準備室の扉をノックしていた
どなたですか?
バンビナータ……の知り合いですか?
バンビナータは以前のように準備室の扉の隙間から顔を覗かせ、外にいる自分をまじまじと眺めた
[player name]?あなたは[player name]ですか?
バンビナータは、この名前を知っています。声も……聞き覚えがあります
なぜバンビナータが日記を持っていることを知っているのですか?
いえ……バンビナータが日記を見せたような気がします……
突然、バンビナータは扉の陰から手を伸ばし、こちらの手を握った
これは、あなたの感覚です。バンビナータは覚えています
バンビナータは、突然相手の手を握るのはよくない行為だと気付いたようで、素早く手を引っ込めると、扉を大きく開けた
ご……ごめんなさい、バンビナータは[player name]であることを確認したかったので、このような行動をしてしまいました
はい、バンビナータはあなたが[player name]であることを確認しました
バンビナータの記憶は24時間しかありません。あなたについての他のことは覚えていません
日記にあなたの記録があります。あなたを探して、お医者さんのところに行って、そして、またいつかの意味と、そしてお優しい――
そうですね……[player name]
バンビナータは微笑んだ。イタズラが成功した子供のような、どこか申し訳なさそうな笑顔だった
そして、その笑顔の背景であるホワイトスワンの準備室には依然として、バンビナータひとりしかいなかった
あの日、バンビナータと一緒に機体検査を終えたあと、ぱったりとバネッサと連絡が取れなくなった
士官学校に行くついでに、顔見知りの教官や指揮官にバネッサのことを訊いてはみたが、何の情報も得られなかった
ご主人様……バンビナータに連絡してきません。バンビナータからもご主人様に連絡が取れません
でも、バンビナータはここでご主人様の帰りを待ちます。ご主人様は数日で戻ると言いましたから
…………数日は……何日のことですか?
そうですか……
バンビナータはぼんやりした様子で準備室のソファへと歩き、コーヒーテーブルに置いてある日記を抱えた。広い準備室の中で、華奢な体が更に儚く見える
バンビナータはここで待ちます。全て、ここに記録すればいいんです
[player name]、ご主人様、全て、記録すればいいんです
もう、帰ってしまいますか?
全ての疑問に、きっと答えがあるはずだ――
えっ!?
彼女の顔に一瞬、驚きの表情が浮かんだが、すぐに落ち着いて、元の機械的な無表情の状態に戻った
そ……その要求に……バンビナータはどう答えればいいのかわかりません……
[player name]はご主人様のお友達なら……いいえ!お友達ではありません
ご主人様の同意がなければダメです。でも、ご主人様はバンビナータに検査についていくように命令されました
あ……ダメということはありません
バンビナータが自問自答する声はどんどん小さくなり、頭が低く下がっていき、ついには顔が見えなくなった
バンビナータは自身の考えや判断を日記に記録しない。彼女に考えや判断が存在するのかどうかも疑問だ。だが自分がバンビナータのあの日に関する記録を読むと——
……
日記……第225号……
過去のことは覚えていません、でも記録を読みました。ご主人様、そして[player name]、病院、そして巡回スタッフについて
午後5時43分まで、待機状態です
午後5時43分、誰かが扉をノックしました。扉の外の人は自称[player name]、声に聞き覚えがあります
でも確証がありません。バンビナータは[player name]という名前しか知りません。だから確認のために、バンビナータは[player name]の感触をチェックしました
[player name]であることを確認しました
[player name]はご主人様のことを訊きました。[player name]はご主人様のことが気になっているみたいです。バンビナータもご主人様に会いたいです
でもバンビナータにはわかりません。ご主人様に連絡しましたが、連絡が取れませんでした
だからバンビナータはご主人様の帰りを待ちます。ご主人様は必ず戻ってきます。なぜなら、以前の記録にこう書いています:
「待機しておけ、数日で戻る」
ご主人様はそう言いました
ご主人様は嘘をつきません。だから数日で戻ってきます
それから、[player name]がバンビナータに、ご主人様の準備室でしばらく休憩してもいいかと訊きました
バンビナータは答えられません。なぜならバンビナータはご主人様に代わって判断することができないからです
でもその前に、ご主人様が[player name]と検査に行くように命令されました。つまり、ご主人様は[player name]を信頼しています
バンビナータはご主人様の判断だけを信じます。だからご主人様が[player name]を信じるなら、バンビナータも[player name]を信じます
でもこのような判断を、バンビナータがご主人様の代わりにしていいのでしょうか?
自分だけで判断するのはよくない、この考えは正しいのでしょうか?
バンビナータは判断しました。[player name]はご主人様が座るソファに座りました。このことはご主人様に怒られるでしょう。でもバンビナータは記録します
[player name]を信じます。バンビナータはそう判断しました
「もし今日の経験を全て日記に書くとしたら、バンビナータはどのように書くの?」
奇妙な質問です。[player name]は記憶を失わないのに、なぜ日記を書く必要があるのでしょう?
バンビナータは日記を[player name]に見せました。バンビナータはこうやって日記を書いています
「シンプルだね……でも、バンビナータの書く日記は、過去のことじゃないみたい」
物事が起きると、バンビナータはそれを記録します。記録すると、また次のことが起きます
バンビナータは過去のことを考えません。なぜなら過去が今に取って代わることはないからです
バンビナータは未来のことを知りません。だから未来のことは考えません
[player name]は何も言いませんでした。何か考えているようです。ご主人様もよくそうしています
[player name]は日記を書くことについて話しました。[player name]もバンビナータみたいに今日のことを日記に記録するのでしょうか?
「バンビナータは知りたいの?」
知りたいかどうかではなく、ただ[player name]が日記について話したので、バンビナータは訊ねました
[player name]が何も話さなくなりました。バンビナータは何か間違ったことを言ってしまったのでしょうか?
[player name]はまだ何も話しません
しばらく経っても、バンビナータはずっと[player name]の側に座っていました
「ありがとう、バンビナータ」
[player name]は考えごとをやめると、そうバンビナータに言いました
バンビナータは何もしていないのに、どうしてバンビナータにありがとうと言ったのでしょう?
[player name]は首を振って、紙に言葉を書きました
「明日、会いに来るね」
紙にそう書きました。[player name]は、これは[player name]とバンビナータとの約束と言いました
その後、[player name]が出ていって、準備室でまたバンビナータはひとりぼっちになりました
バンビナータは今日の出来事を全て書いたので、明日のバンビナータはこれらの記録を見ることができます
これまでの記録はバンビナータのことだけでしたが、今日は違います
孤独です