……
白い光が閃いたあと、目の前の世界は一変した。もはや古めかしい村も、闇に包まれた魔王城もない
世界観そのものが崩れたかのように、目の前に現れたのは小さな部屋――ベッドのサイドテーブルに置いてあるカレンダーが物語っていた。パニシング爆発の前だ
ここはバッドエンドよ
人間は突然背後から聞こえた子供の声に鳥肌が立った。振り返ると、よく知っている顔の小さな少女が立っていた――サラサラの赤い髪の少女だ
私のせいよ
赤髪の少女は抱えていた小さな犬のぬいぐるみを床に投げ捨てると、人間の存在を無視して質素で小さなベッドに戻り、無表情で掛け布団を耳まで引き上げた
あなたも隠れて。見つかったらしかられちゃう
あの疫病神を家に連れて帰るなと何度言えばわかる!やっぱり問題が起きたじゃないか!さっさとあいつをつまみ出せ!
あの子は私の姉の子よ!彼女には他に身寄りがないの!どこに行かせればいいのよ?児童院に入れろというの!?
俺の言うことが聞けないのか?どこでもいい!さっさとつまみ出せ!
ガシャン!
次々とグラスや皿が割れる音が聞こえ、続いて人が床に倒れる鈍い音、重苦しい声と肉体に打ち込まれる拳の音が響いた
ほら、あんな風にしかられる
叔母さんは私を引き取れない。たとえお父さんとお母さんのお金を全部あの男にあげたとしても、叔母さんは私を引き取れない
人間は少しよろめきながら膝をつき、洗濯で色褪せた小さな布団を捲ろうとしたが、中にいる少女によって力強く引っ張られた
最初から間違いだったの
布団の中の少女が突然力を緩めたせいで、人間はバランスを崩して後ろによろめいた――
ドサッ――
人間は真っ白な病室に落ちた。床一面のガラスの破片が手の平に突き刺さり、【??】が流れ出た
耳元に最初に聞こえたのは、嗄れた老人の笑い声だった
ハハ……ハハハハハ……見ろ、人間の欲望が招くのはこういう結末だ
お前がどれだけ抗っても悲惨な結末には逆らえず、運命に翻弄されるしかない――今日のようにな
ヘインズ!!
ザクッ――
ほんの数秒の出来事がとても長く感じられた。ヘインズの手にある刃物がヴィラの白いシャツに突き刺さり、刃口から血の花が咲いた
噴き出した熱い血はヘインズと人間の顔に飛び散り、そして押し寄せる吹雪に冷やされた
ッ……
今回、ヘインズは自分を刺さなかった。彼は更に狂ったようで、自分を逃がそうとするヴィラに刃を向けた
…………ガハッ
人間はすぐに駆け寄り、ヴィラの胸の傷口を押さえようしたが、鮮血は噴水のように湧き出ていた
激しい吹雪は、ヴィラの脇に置かれた追悼の白い花のように積もった。雪で血が薄められ、ピンク色に凍る
彼女が言っていた……これはバッドエンドだ。<b>このヴィラだけ</b>の物語だと
ああ、その通りだ。このバッドエンドでは、確かに彼女はピリオドを打つことはできなかった――こんな風にな
バンッ!
1発の銃弾が精確に扉の外からヘインズのこめかみに撃ち込まれ、彼は床に倒れた
鮮血と脳みそが人間の全身に飛び散る
倒れたヘインズは白目をむき、彼女の「バッドエンド」を見届けるように、死にかけているヴィラの方を向いていた
次の瞬間、完全武装の人たちが突入してきて、ヴィラを簡易ベッドに乗せた
駄目だ、心臓が刃物で貫かれてる。外のイカレた機械体たちを制圧できていない今の状況では、救命処置を行えない!
……いえ、ひとつだけ方法があるわ。あなたも知っているはず。その情報を掴んでいるでしょう?お願い、試してみて……
構造体改造を――
外の世界と、この「バッドエンド」――どちらが本当なのかは人間にはわからなかった
忙しなく往来する人たちは、部屋の片隅に視線をやることはなかった。人間はそこから簡易の手術台の上で行われる構造体改造手術の一部始終を見届けた
2160年、本来ヴィラが改造される日より少し前倒しとなった
次に来るのは何だろうか?
その後の運命の道筋は、人間が知っているものとそれほど変わらなかった。結局のところ、1歩ごとに似たような後悔を重ねていくのだから
地上部隊に所属していた時、麗酷は「無個性顔」の前で自分の腕を外した
黒野に入ったあと、麗酷は仲間である「ハチドリ」に左目の視覚モジュールを貫かれた
黒野を離れ、緋耀機体に変わっても、不運のスパイラルから抜け出せなかった
緋耀はロイドの綺麗な嘘にピリオドを打ったが、信者たちにこう呼ばれた
――「赤髪の死神」と
……そうね。この程度の思い出じゃ、物語を取り返しのつかない「バッドエンド」に導くことはできないわ
でも「バッドエンドにどうやってたどり着いたか」を議論する前に、もっと重要なことをはっきりさせておかないとね
物語の結末を「バッドエンド」に決定づけた鍵は、何だと思う?
あなたとは長い付き合いだし、その答えを知っているはず。もう認めていいのよ
ザバーン――
大きな波が魔王ヴィラの意識海に流れ込み、この孤独なふたりをより暗い深淵へと運んだ
あなたね……指揮官
波が引いたあとに現れたのは、昇格者と戦ったあとの「展望台」だった
あの日の朝の光を覚えている
鋭い犬歯が人間を傷つけ、ヴィラも歯を食いしばり、循環液が口角から流れ落ちた
人間の血と循環液がひとつの筋になって流れていく。この瞬間、それらはひとつに混じり合っていた
目の前の現実を見て、彼女は必死に皮肉な笑みを浮かべようとしたが、うまくできなかった
……私が「ごめん」って言うまで……ずっとそうしてるつもり?
……こんな時に、まだ綺麗事を言うの?……暴走した構造体を生かしておく理由がどこにあるの?
断ち切ればいいのよ。あなたまでこんな目に遭う必要はない……痛いでしょう?自業自得よ……
人間は黙ったまま、手を伸ばしてヴィラの唇に触れた。彼女の唇から滴り落ちる血が、重傷を負った手を伝う
それでも人間は震えながらヴィラの頬を包み込んだ
呼吸の度に、人間の胸から赤い筋が溢れた
……!
…………私ね……
……あなたを連れ出すわ
予想外にも、灼魍機体の暴走は極めて恐ろしい損失をもたらした。彼女は臨時任務に編入されたグレイレイヴン指揮官を「呑み込んだ」のだ
私はただ……あなたに生きていてほしいだけ……!
アハ……
私のせいよ
これが物語の分岐点ね。私はあなたにも災いをもたらした
その後の物語は退屈なまでに同じよ。あなたがいちいち振り返るまでもないわ。教えてあげる
メディアは公表しなかったけど、皆知ってる。自称「ロイド」の昇格者に挑んだあと、灼魍機体は暴走した……私は空中庭園の最も重要な指揮官のひとりを死なせた
グレイレイヴンで何か大変なことが起きたらしいけど、詳しくは知らないわ。黒野は空中庭園の議会や多方面に掛け合ったけど、私にふさわしい処分は見つからなかった
私は長い時間をかけて裁きを待っていたわ。その間にケルベロスの隊員は全員入れ替わり、他の小隊の知り合いもひとり、またひとりといなくなった
後になって知ったけど、空中庭園は新たな災厄を阻止するために奔走していて、私に構う余裕なんかなかったみたいよ
当時、私たちが阻止できなかったジーンバンクの異常な異合生物たちは、海流に乗って世界中に広がった……あなたに憧れているあの「イヴ」が連中のリーダーだった
異合生物が、弱い人間に取って代わったのよ
わかりやすく言うと、災いは平等に全世界を踏み潰した。そして「新世界」では、もはや人類が災難から逃れるために登る木はなかった
その後、私の過ちなんて問題にならないほど状況が悪化したわ。彼らは私を解放し、灼魍機体の力を発揮させた……戦いに専念して、できるだけ多くの敵を殺せってことよ
……でも、勝算なんてあるわけないでしょ?
ケルベロスの昔の隊員は全員戦死し、マーレイも死んだ
あなたはとっくに死んだけど、最後の数年で私が守ろうとした人たちも皆いなくなった
ヴィラは淡々と犠牲者の名前を列挙した。次々に読み上げられていく名前の数々……
そして、あの新生の「猿」ども……いえ、あの異合生物の連中は……
ヴィラは鼻で笑った
母体である「グレイレイヴン指揮官」に倣って、彼らが待ち望んだ人型へと進化を遂げて、この傷だらけの地球で「幸せな暮らし」ごっこを始めたの
彼らがあなたの感情を真似るのを見る度に、この世界はますます憎むべきものに思えた
まさに怒り、憎しみ、恨み……それらがあったからこそ、私は戦い続けることができた
私は世界の片隅で何年も戦い続けた。機体の中で絶えず湧き上がる憎しみを燃やし続けながら……そうやって今日まで生きてきたの
これが「魔王」の由来。私はこの世界の最後の構造体よ。残念ながら、人間はもういないわ
人間の全ての文明は、この金属でできた躯体の中にある
魔王の意識海で「人間」または「勇者」が最後の質問をした
これが、適当に作ったおとぎ話だとでも思ってるの?
真逆よ。これは運命の脚本家が発狂して、あなたのために特別に書いたダークなおとぎ話なの
ヴィラは手を伸ばし、漆黒の指先で「勇者」の眉間に軽く触れた
異合生物は「人間時代」の唯一の生き残りを解決するために知恵を絞って、ようやくひとつの素晴らしいアイデアを捻り出した
彼らはグレイレイヴン指揮官と同じ姿の人形を作り、それを「運命の人」と呼び、荒唐無稽な設定を付け加えた……
そして最後に「魔王」の城の前に送り込んだの
彼らはわかっていたのよ。あなただけが「魔王」を始末できる「至高の剣」であることを
私にできるのはここまでよ。この「意識リンク」の真似事も、私が自らパニシングに委ねたにすぎないわ
ええ。「影」だの「薔薇の呪い」だの……全てが私への最終通告よ。まあ、私はそれと何百年も戦い続けて、まだ生きているけれど
違うわ、見てわかるでしょ?あれは私がいつも側にいるうるさい連中を模して作った人形よ
退屈な毎日だもの。賑やかしが必要でしょ?
シー……
ヴィラは指を人間の唇に当て、自分の体に広がる「影」に目をやった
これ以上あなたとおしゃべりを続けたら、私は本当にパニシングに身を投じることになるわ。<b>あなた</b>の人形がどれだけ本物そっくりでも……全ては私の気分次第よ
それに……あなたを監視しているやつらは、かなり焦っているみたいね
警告、警告、警告、目標の追跡に異常発生
「システム」の警告音が絶妙なタイミングで勇者の意識に割り込んできた
これが私の物語の全てよ。お人形さん、お遊びはここまでね
さあ、村に戻って勇敢な勇者の旅を続けなさい
魔王は両手を勇者の胸に置き、そっと押した
さようなら