は、早く起きて……呪いが……もうそこまで来てる!
早く、早く起きてってば……間に合わなくなる……!
クソッ!なんでこんなに爆睡してんだよ!?
朦朧とした意識の中で騒がしい声が聞こえ、体が激しく揺さぶられた
目を開けると、視界に飛び込んできたのは見慣れたシステム通知ではなく、ふたりの護衛の焦った顔だった
早く起きて逃げろ!すぐに城を出ていけ、魔王様の命令だ!
「あれ」がもうすぐ来る……おい、これを持っていけ!お前の「村に伝わる至高の剣」だ!
護衛は叫びながら、以前取り上げられた武器をこちらに渡した
説明は後だ!
護衛の叫び声で、この牢屋が奇妙な変化を遂げていることに気がついた
不気味な影が四方の壁を流れ、生きているように蠢いている。その異様な動きに、敏感な神経が微かな圧迫感を覚えた
観察する暇もなく、蠢く黒い影が四方八方から押し寄せてきた。影に呑み込まれた空間には、歪んだ空気だけが残されていた
影は素早く押し寄せ、瞬く間に先頭の護衛の腕に絡みついた
……***!クソッ!!
**は一体何なんだ……うっ……!
即座に「村に伝わる至高の剣」を再び握り、護衛にまとわりつく影を断ち切った
ザザ――!
警告、キャラ設定の崩壊行為を検知しました
違反行為を複数回検知しました。強制実行プログラムを起動します
自動的にシナリオを補完。自動ガイドがオンになりました
システムが一瞬止まったのかと思った次の瞬間、データが勢いよく脳内に流れ込み、記憶の隅々まで覆っていく
勇者は呪いの赤い薔薇を持って魔王の大広間に向かい偽りの想いを打ち明けて魔王の信頼と好感度を勝ち取ったその後魔王でも解けない呪いを誘き寄せ跡形もなく引き裂いた……
その後勇者は初心者村を出て数多の困難を乗り越え龍王を倒して龍骨を手に入れ龍宮城を爆発して時間逆行術を習得し上下三界を制覇し頂点に上り詰めたがある雪の夜……
万物を制した勇者は荒れ果てた古城にやってきて赤い薔薇が咲き乱れる花園を見て魔王を騙した記憶が甦りあの傲慢で横暴な魔王の心に傷を残したことを……
おい!どうした!?
はぁ!?
護衛は思いっきりこちらの顔をビンタした。重い一撃で脳内のシステムが何度もちらつく
*&*(%)/~*@)@#!――#*(~&¥(*!@*/*/!
――システム更新のアンカーポイントを確認しました。城の大広間
護衛に助けてもらったお陰で脳内の混乱が解消した。我に返って護衛を二度見し、すぐに彼らを引っ張って走り出した
おぞましい影の正体を考える暇もなかった。昨日まで見ていた光景は今や完全に変わり果てていた
石壁も装飾品も、全て影に蝕まれていた。寒気が襲い、走りながら胸に吸い込む空気さえも内臓を蝕む――この状況で、魔王はどうなったのだろう?
の……呪いの……せい……
あの薔薇の花びらが、全部散ったら……呪いが発動する……この城が全部、消える……
あなた、命が惜しくないの?その薔薇を持ってたら、魔王様が怒――
「薔薇」が私にとって何を意味するか、私の部下から教えてもらわなかったの?
ああ、そうだ!数年前、魔王様は赤い薔薇の呪いを受けたんだ!だから薔薇をあんなにも憎んでる!
でも呪いが発動するのは今夜0時のはずだ!何でもう発動してるんだ……まさか、魔王様は昨日薔薇を受け取ったのか!?
全部、消えるって……魔王様が言ってた……
怖い、すごく怖い……あの影に食べられたら、痛いのかな……
絶対お前のせいだ!狡猾な人間め!
反論しようとしたが、先ほどシステムが暴走して大量のゴミシナリオを書き出したことを思い出し、黙ってしまった。確かにこの状況は自分が招いたものかもしれない
その時――後ろから迫ってきた影がこちらに追いつき、もたついていたふたりの護衛に襲いかかった
チッ!しつけぇな……何でお前は狙われないんだよ!
あ、兄貴……兄貴の体、もう……
影はふたりを深く絡めとり、どれだけ斬りつけても追い払えなくなっていた
本当に「光に護られてる」のなら……魔王様を助けにいってくれねぇか?
そりゃ……
ティクノスは突然、意味深な視線を送ってきた
あんな嬉しそうな魔王様を見るのは、久しぶりだったからな!
心配いらない。私たちは魔王様の護衛だから、絶対に逃げきってみせ――うわぁぁぁぁぁ……!
手を差し出したが、ふたりの護衛の姿が少しずつ透けていく――そして完全に影の中に溶けていった
全てが虚無に帰し、何もかもが蠢く影に消えていく
城はもはや元の姿を留めておらず、前に進む道は蠢く影で埋め尽くされていた
思わず数歩下がったが、影は這うように迫ってくる。影に近い腕は骨を刺すような寒気に包まれた
ほんの一瞬迷ったせいで、武器をしっかりと握り直す間もなく、寒さで動けなくなってしまった
同時に、システム音声が再び響いた
強制修正を行います
徐々に息苦しくなってきた。全身が暗い沼にはまっていくかのように、何もかもが停滞し、固まっていく……
意識が粘つく冷たさに蝕まれる前に、何かに腕を力強く掴まれた
…………
……やっぱり、こんな結末は許せないわ
ザシュッ――
聞き覚えのある声が混沌の障壁を突き破り、曖昧になりかけていた意識が再び鮮明になった
燃えるような赤い光が目の前の暗闇を貫いた。風になびく赤い髪が際立っている
必死に心を落ち着かせ、目を凝らす――目の前に立っていたのは、魔王ヴィラだった
興奮したのも束の間、すぐに魔王の体に影の跡があることに気がついた
警告、シナリオから逸脱しています。即時修正を行います
全身に激痛が走り、こちらの体も溶け始めた。そして魔王は――
こちらの腕を力強く掴み、抱き寄せた
……どうして、あなたじゃなきゃ駄目なの?
彼女は嘆くようにそっと呟いた。その声は彼女らしくなかった
外にいる「猿」たちはずる賢く進化したようね。何百年経っても「人間時代」の唯一の生き残りを見逃しはしない
まあいいわ、私は昔からあいつらに目の敵にされてるし……でも、今回はとうとう私を怒らせたわね
やっぱり何もわかってなかったのね、お人形さん
彼女はこちらをしっかりと抱き締め、影が全身に広がってもなお離そうとはしなかった
彼女は頭を下げ、額をこちらの眉間に当てた。まるでこの瞬間を肌にしっかりと刻み込むかのように
……可能ならもう一度私とリンクして、[player name]
数百年という悪夢を、ようやく誰かと分かち合える日がきたのよ
刺すような感覚がシステムの混乱を押しのけ、まっすぐに頭の中に入ってきた
まるで懐かしい光のように――