Story Reader / Affection / ヴィラ·灼魍·その2 / Story
勇者と魔王の結末は、そもそも最初から決まっていた
村を出た勇者の第1戦として、魔王は「障害物」にすらならない、経験値稼ぎのダンジョンでしかなかった
羽毛の柔らかさに包まれ、勇者は深い眠りに落ちたが、頭の中のシステムはずっと勇者のためのシナリオを進めるよう囁き続けていた
勇者は魔王城に攻め入りましたが、逆に囚われの身となりました
魔王を倒すには、まず好感度と信頼を得る必要があります
勇者は生まれながらに強大な力を持っているわけではないのです。たった1本の剣を携えただけの勇者は、村を出てすぐに魔王に襲われ、茨の園に閉じ込められました
勇者の才能はあらゆる闇の呪いを打ち破る可能性を秘めていますが、脆い肉体は鋭い茨や高くそびえる城壁の前では無力なのです
危機的状況の中、通常の作戦では魔王に勝てないと悟った勇者は、すぐに新たな方法を思いつきました
システムが「深呼吸」をした
――シナリオ通り、勇者は注意深く観察し、魔王を牽制する<color=#ff4e4eff><b>呪い</b></color>を発見しました
魔王の信頼を得た勇者は、華やかな城の舞踏会の最中に呪いをかけました。呪いは静かに広がり、魔王を深い闇へと呑み込んでいきました
悪をもって悪を制す――痛快な結末となるのです
勇者が夢の中で叫び声をあげそうになった時、鳥のさえずりが聞こえた
勇者が深い眠りから目覚めると、微かな朝の光と細かい初雪が窓から降り注いだ
ちょうどいいタイミングで、システム通知が表示された
メインクエスト目標更新：引き続き【魔王ヴィラ】の好感度を上げる 進度【進行中】 魔王好感度：-10 クリア目標：魔王好感度100 カウントダウン：40時間
目標とはほど遠い好感度の数値を眺めながら、頭の中で役に立ちそうな記憶を探した
そうだ……明日目覚めた時、真っ先に<M>彼</M><W>彼女</W>の顔が見たいわね
口先だけの薄っぺらい言葉じゃ満足しないわよ
まだ太陽が地平線に現れたばかりだ
ヴィラと会うまでにはしばらく時間があるはず
シナリオやゲームでよくある好感度を上げるための行動に倣って
彼女にふさわしい「プレゼント」を用意しよう
しかし「囚われの身」である自分に、何ができるというのだろう？
部屋の簡素な調度品を見渡し、窓の外に目を向けた。見渡す限り真っ赤な薔薇が咲き誇り、雪の中でひときわ眩しく輝いている
すると、扉の外から微かに口論が聞こえ、思考が中断された
バカ！こんなことで逃げるつもりか！？普段は兄貴とか言ってまとわりついてくるくせに、こういう時は逃げんのかよ！
もう決まったことだろ。俺は屋根裏部屋であいつの見張り、お前は薔薇園の掃除だ
私は庭で働くのに、兄貴はここで座ってるだけ、不公平
口答えすんじゃねぇ！兄貴の力を思い知らせてやらァ！
兄貴、やだ、殴らないで
一方的に殴っている者と、殴られている者――ふたりの護衛はこちらを見るとすぐに動きを止め、警戒しながら武器を抜いた
魔王様の命令だ。部屋から出ることは許さねぇ！
お前は引っ込んでろ
ダメ、隙を見て逃げるかも。だよね？兄貴
ティクノスが武器を持って近付いてきた
これは警告だ。隙を見て逃げようなんて、妙な考えは起こすなよ
は？……俺たちが何したってんだよ？
そう言って、言葉がたどたどしい護衛――12号を指差した
わ、私は魔王様に忠実。デマなんて、広めてない
そ、そんな……兄貴！
12号はパニックになって兄貴を見つめている。次に、毅然とした態度でティクノスを指差した
俺がどんな罪を犯したってんだ！？
はぁ！？俺が自分勝手だと？それに過ちって何だよ？
そのまま数歩下がり、開いている窓の下枠に飛び乗った。冷たい風に運ばれて雪が部屋の中に舞い込み、今、自分の体は雪の風に揺れている
おい！降りろ！何をするつもりだ！？
バカなこと言うな！（バ、バカなこと言わないで）
そのまま礼儀正しく敬礼をする
――
両腕を広げて、窓の外に向かって倒れた
捕まえろ！（は、早く捕まえて！）
うわあああ！
怪しい3人組が、城の廊下をコソコソと歩いている
薄暗い建物自体だけでなく、両側で厳重に警戒している視線からも、重苦しい雰囲気が伝わってくる
……とりあえずお前の言う通りにするけど、絶対に魔王様にバレんなよ！さもないと全員終わりだ！
この策士め……
たとえ一時的な「勝者」だとしても、勇者はこのように連行されることに不快感を抱いていたが――
<i>幸いにも、目の前に現れた美しい庭が心を和ませてくれた</i>
<i>爽やかな朝の光に照らされた城は、昨日初めて目にした時の陰鬱な印象はなかった</i>
<i>雪風の舞う空の下、鮮やかな赤い薔薇が咲き誇っている</i>
<i>勇者は優しく花びらの雪を払い、枯れた葉を切り取り、凍りついた花を手の平で大事に包み込んだ</i>
<i>どのくらい時間が経ったのかわからないが、手の中の花は体温のお陰で生気を取り戻した</i>
<i>勇者はそれを優しく摘み取った</i>
無駄なことはすんな。ここにある薔薇を1輪残さず全部引き抜いて踏み潰せばいい。こんな感じでな、わかったか？
護衛たちはそう言いながら、庭の薔薇を力任せに引き抜き、足下でめちゃくちゃに踏みつけた
つい先ほどまで薔薇が咲き誇っていた庭は、あっという間に護衛の暴力によって荒れ果てた
余計なことは訊くな。さっさと仕事しねぇと、魔王様に首をへし折られるぞ！
勇者は少し考えたあと、慎重に薔薇を懐へしまった
あなた、命が惜しくないの？その薔薇を持ってたら、魔王様が怒――
シーッ！さっさと仕事を終わらせて、<M>彼</M><W>彼女</W>を魔王様のところに連れていけ。余計なことは言うな
死ぬも死なねぇも、<M>彼</M><W>彼女</W>の勝手だ
護衛が小さな声で耳打ちした言葉を聞いて、勇者は踏み荒らされた薔薇園を眺めた。心に小さな疑問が湧き上がる
あっ……魔王様！（ま、魔王様！）
疑問を口にする前に、また見慣れた恐怖の表情を浮かべた護衛は後ろに向かって腰を曲げて敬礼した
勇者は振り返らなくても、彼らの「魔王様」が今、自分の背後に立っていることを察した
振り返ると、ヴィラの冷徹な顔が目に入る
いい度胸ね。ルールを守らない者はお仕置きされる決まりなの。あなたは、それを味わいたいのね
私の許可がない限り、部屋から1歩も出ることは許さないと言ったはずよ
魔王は勇者の言葉を聞いて、少し興味を示したように眉を上げた
またどんな小細工を見せてくれるのかしら？
……これが「プレゼント」？
しかし、薔薇を目にした瞬間――魔王の顔つきは再び冷ややかになった
彼女は一瞬で勇者に近付き、その手の動きを目で捉える間もなく、冷たく硬い感触が勇者の首筋に押し当てられた
視線で確認するまでもなく、それは鋭い短剣だった――刃先がゆっくりと肌を滑り、僅かな痛みを伴う感触が伝う
こんなものを私に贈るなんて……どういうつもり？
「薔薇」が私にとって何を意味するか、私の部下から教えてもらわなかったの？
彼女は勇者の耳元で囁き、足先でゆっくりと地面に落ちている薔薇を踏み潰した
勇者は、昨日の牢屋でヴィラとそっくりの「魔王」が自分に何かを囁いたような気がしたが、その時は理解する余裕などなかった
ならばこの機会に、もう一度確かめてみるまで
勇者は緊張しながら、手に持った薔薇を少し持ち上げた――かつて廃墟の中で高熱にうなされながら、人間が炎のような赤い髪を握りしめたように
……！
魔王の表情が僅かに動揺した
一瞬の沈黙の後、首筋の冷たい圧迫感が緩んだ――彼女は刃を下ろした
……あなたは自分の立場に自惚れているみたいね。これが最後の幸運よ
刃が人間の手を掠める――シュッという音とともに、勇者の手にあった薔薇はヴィラに切り取られ、彼女の指先に乗せられた
彼女は薔薇で頬をなぞりながら、目の前の人間をどう料理するか考えているようだった
地下牢に閉じ込めておきなさい。もう二度とその顔を見たくないわ
命令を冷たく吐き捨てたあと、彼女はこの騒動を終わらせるかのように、くるりと背を向けて去っていった
ザザ――！
魔王様を呼び捨てにするな！
勇者は追いかけようとしたが、護衛の武器に行く手を阻まれ、脳内のシステムがまた警告を発した
勇者の呼びかけを無視し、炎のような赤い姿は吹雪の中に消えていった
この試みは失敗だと思った。しかし、表示されたシステム通知を見て、人間は深い思考に陥った
メインクエスト目標更新：引き続き【魔王ヴィラ】の好感度を上げる 進度：【進行中】 魔王好感度：20 クリア目標：魔王好感度100 カウントダウン：39時間
メインクエスト目標更新：引き続き【魔王ヴィラ】の好感度を上げる 進度【進行中】 魔王好感度：20 クリア目標：魔王好感度100 カウントダウン：39時間
「好感度」の数値が数回点滅したあと、ゆっくりと上昇し、マイナス値から20に変わった
フン、滑稽ね
魔王は手に持った薔薇を見つめ、そして目の前にある「ガラスドーム」を見つめた
透明な黒魔法のバリアの中で、血のように鮮やかな赤い薔薇が月明かりに照らされていた
それはまさに自分の運命を握り、自分とこの城の終わりを告げるカウントダウンとなる忌まわしい「薔薇」だった
……目障りね
吐き気を催すような香りを放って、私を嘲笑っているのかしら。狂ったシステムさん？
ザザザ――
ッ……何？私があなたの用意したシナリオ通りに進まないのが怖いの？
魔王は意識海を刺激されて痛むかのように、手の中の薔薇を強く握りしめ、振り返って窓を開けた
彼女は手を高く掲げ、手に持っている薔薇を吹雪の中に投げ捨てようとした
激しい雪風が彼女の赤髪を巻き上げる。鮮やかな赤が宙に舞い、手の中の薔薇の花びらと見分けがつかなかった
しかし、魔王はゆっくりと振り上げた手を下ろした――彼女は、どうしても薔薇を捨てることができなかった
「赤い……炎みたいだ」
たとえ短剣が首筋に当てられようとも、あの人はこの言葉を口にした。ただ純粋に、1輪の花を捧げるというように
――しかし、その目に浮かんだ探りの色を見逃さなかった
私の指揮官サマは本当によく頑張って……うっ……！
彼女は何度もシステムのペナルティに挑み、意識海に痛みを感じると同時に勇者の言った言葉を繰り返し思い出した
「炎はここにある」
アハ……アハハハ……
彼女は諦めたように笑い出した
このたった1輪の薔薇でさえも、呪いを引き寄せることになるのかしら？
システムは答えなかった
もうどうでもいいわ。あなたも自分の死が近付いていることを知らないようね
魔王は突如踵を返して鏡に向かった。そして、勇者から贈られた薔薇を髪に挿した
鮮やかな薔薇が赤い髪に添えられ、輝かしく咲いている。勇者が言うように、薔薇の色は彼女の赤い髪にとてもよく似合う
そうね……魔王たるもの、呪われたものとともにあるべきなのよ
髪の間から花びらが1枚落ちた。羽のように軽やかに舞い落ちて、何の音も立てず、静かに床に横たわった
それと同時に、ガラスドームの中の<color=#Ff4e4eff>「あの薔薇」</color>――それもまた静かに1枚の花びらを落とした
魔王は下を向いた
<color=#Ff4e4eff>「あの薔薇」</color>には、もう花びらがほとんど残っていない。枝の下には幾重にも花びらが積もっていた
最後の1枚の花びらが落ちる時、魔王は城とともに虚無へと消え去る
物語は、あんな古臭いシナリオ通りに進むっていうの？私はそうは思わないけど
彼女は拳を振り上げ、再びガラスドームを叩きつけた――「魔王」になって以来、彼女は何度もこうしてきた
激しい衝突音と破裂音に伴って手に痛みが広がり、液体が流れ出る温かな感触が生じた
薔薇が閉じ込められたガラスドームは依然として無傷のままだ。しかし、隣の小さなテーブルは粉々に砕け散っていた
この物語が、私を失望させないことを願うわ
彼女は指先を唇に滑らせた。唇に血がつくと、すぐに温かくも甘い鉄の味がした
それから彼女は指を揃えて口に当て、口笛を吹いた
ピィ――――――ッ
ピィ――――――ッ
遠くまで響く口笛は冬の夜と雪を通り抜けて、地下牢のあの人の耳に届いた
湿った冷たい床に横たわっていた勇者は、口笛を聞いてゆっくりと目を開けた
意味不明な口笛が鳴り響いたが、システムは反応しなかった
魔王は笑いながら鏡の中を見つめた――形のない影が自分に向かってゆっくりと近付いてくる
そんなに焦らなくてもいいわよ
その時が来たら、私はちゃんと「あの呪い」と向き合うわ
