明日のこの時間、C実験棟のF23-C04まで来て頂戴
行くべきか行かざるべきか……
ヴィラの言葉を思い出しながら思案しているうちに、実験棟の入り口に着いてしまった
約束の実験室。本来ロックされているはずの扉の指示灯が点灯している。表示は「使用中」……一歩進もうとした時、何者かの手によって口を塞がれてしまった
しっ!
目の前に、ヴィラの顔。そのまま実験室の中に引っ張り込まれる。薄暗い部屋の中に響く、何者かの声――
これで最後か?
いよいよ厳しくなってきたからな、これ以上は無理だ
チッ、声が大きいったら。バレたらあなたを押し出すわよ
そうでもなければ、私がこんなところにいるはずないでしょう
……とにかく、短期間だし、これが精一杯だよ
科学理事会の締め付けがきつくなってるんだ。どんどん手に入りにくくなってるし、値段も倍以上に跳ね上がってる
上もご苦労サマね。こんなことまで管理しているの?
それにしてもこの能無しども、たかだかそれだけのことで諦めるつもりなのかしら?
仕方ないな……とりあえず、今ある分は全部くれ
中にもまだある。取りに行ってくる
そして、足音が近づいてくる
落ち着きなさい。考えがあるの。見つかることはないわ
はいはい、聞こえてるわよ。落ち着きなさいよ、こっちには考えがあるの。見つかることはないわ
ヴィラは暗闇の中でこちらに目配せしてから、目線を外した。拘束された両腕も痛み出し、徐々に緊張が高まる
あれ……確かここに……
ああ、この下だな
足音は、ここまであと1mというところで止まった。それ以上は進まないようで、ひとまず安心する。男は懸命に品物を探しているようだ
準備はいいかしら?
吐息に乗ったヴィラのささやきが届く。その言葉の意味を理解する間もなく、思いっきり押し出されてしまった
そのまま見知らぬ男のうえに倒れ込む。横流し犯はかなりの衝撃をうけたようで、持っていた薬物を全て取り落してしまった
は!?なんでこんなところに人が!?……おい、そいつを捕まえろ!
目の前の男が叫び声をあげ、もうひとりの男は慌てて武器をこちらに向けた
何、何だ?どうしたんだ!
サイレンサー付の小銃の銃口が一斉にこちらに向けられる。緊張は最高潮に達した
畜生、いつからいたんだ!止まれ!!
待てよ!待てって!
あちこち駆け回った挙げ句、追手がついてきていないことを確認してから、ようやく足を止める。心臓の鼓動がうるさい。両手を膝の上につき、肩で息をするのがやっとだ
…………
へえ、なかなかやるじゃない。あなたを来させたのは正解だったわね
……昨日と同じ道だった。そして昨日と同じ街灯の下で、ヴィラが自分を待っていた
「お手伝い」のお陰で無事薬を手に入れられたわ。これで貸し借りはなしね
あら?命の恩人のことを忘れてしまったの?私の麻酔は安くないの、今回の返済分はこれでも割引してあげたのよ?
ヴィラは手中の薬物を振りながら、ひどく機嫌が良さそうだ
これはいただいていくわ。今夜のあなたとの「デート」、なかなか素敵だったわ
そう言って、ポケットから取り出した薬を見せる。ヴィラの驚いたような顔が小気味いい
あなた……
なるほどね。あなたを甘く見すぎていたようだわ。それで?いくら欲しいの?
手にあるそれ、売って頂戴って言ってるのよ
はぁ?
……私はそれほど忍耐強くないの。もう一度だけチャンスをあげるわ。値段を言わないなら、力ずくで奪うだけよ?
なんと言われようと結構。寄越しなさいよ!
聞こえてたでしょう?希少なのよ。少しくらいストックさせてくれてもいいじゃない!
とにかく、あなたになんと言われようと結構。早く寄越しなさいよ!
なら値段を言いなさいよ
……このッ!今すぐ殺してやるわ!人に気づかれる前にあなたの身体を切り刻む余裕があるかしら!?
なんと言われようと結構。寄越しなさいよ!
ヴィラは攻撃の姿勢をとる。こちらが持っているものを根こそぎ「略奪」するつもりのようだ
……そう
いいわ。人間ごときと争っても面白くないもの
たった1本だし、大したことないわ。あなたにあげる
うるさいわね……あなたって心底変わってるんだから……
まあ、それもありかもしれないわね
まああなたのような人、嫌いではないわ。引き続きその調子で頑張って頂戴