空中庭園司令部中央棟·外部、23:23
用事を済まし、司令部から帰る途中のことだった。急に目の前が真っ暗になり、強い力で首を掴まれる。そのまま道端の街灯まで引っ張られてしまった
あなた、どうしてもおとなしくしていられないようね?
首もとにヴィラのナイフが突き付けられている。刃の冷たさと、彼女の指先にこもる強い力が伝わってくる
どうやら躾が必要なようね
首のナイフが更に強く押しつけられる。圧迫感に呼吸が阻害され……目の前の構造体の瞳が、まるで紅く光っているような……それから、狂ったような笑み……
今更許しを乞おうっていうのかしら?
残念だけど……余計興奮するだけだわ!
腕を上げてヴィラの肘を叩き落とし、素早く距離を取る
まだとぼけてるの?いいわ、単刀直入に言いましょう
私のこと調べてる、でしょう?
認めるのね?
噓つきは大嫌いよ
ヴィラはナイフで攻撃してきたが、間一髪のところでかわし続ける
はあ?ふざけないで。本当にどうしようもないわね
……
ヴィラの語気が一層剣呑になり、手の動きもますます凶暴になる
だから何?私をどうしようというの?
ハッ……この私が苦痛を感じ続けるために、そんなモノに頼る必要があると思って!?
戦場の状況がどれだけひどいものか、あなたはまったくわかっていない!
そうかしら?仲間が目の前でバラバラになって、侵蝕体に食われるのを何もできずに見続けたことは?
何をどう努力をしても阻止できない絶望を経験したことは?
……死を経験して、また生き返ったことはあるかしら!!
ヴィラの攻撃が激しさを増す。逃げる場を失って壁に押さえつけられてしまった
兵士は皆、麻痺している。戦場に出た瞬間から、魂のない肉の塊も同然よ。グレイレイヴン指揮官、あなたは精鋭を抱えているんですもの、真の戦争の姿なんてわかりっこないわ!
……戦場ではね、歯を食いしばって耐えるか、死ぬかのニ択しかないの
私はただ、選択肢のうちの一方をマシなものにしているだけ
……アハ、アハハハ……
……指揮官、あなたって本当に天然なのか、バカなのか……
教えてあげましょう。たとえ構造体であっても、簡単に負けを認めるような行為は恥以外の何物でもないわ
戦場に生きることのみが、苦痛を感じさせてくれる
……笑える。あなたに正誤を教えられる筋合いはこれっぽちもないわ――
他人の生き死にに興味なんかないわ!私の任務さえ邪魔してこないなら――
再度ヴィラの腕を叩きつけ、ナイフを滑らせる。すぐさま距離を取って、片手でヴィラの腕を掴み、もう一方の手でナイフを思いっきり叩き落とした
ガチャン――
ナイフは地面に落ち、派手な音が鳴る
ヴィラの両手を掴んだ。彼女にとっては予想外の展開らしく、眉を少し釣り上げて、こちらを見つめている
あなた……いつまで私を掴んでいるつもり?
両手が解放されたヴィラは、自らの首に手を当てた
釣られてこちらも首に手を当てる。……冷たい。どうやら出血しているらしい。だが、多少のしびれはあるものの、痛みは一切感じない
ヴィラが本気でかかってきたら、生身の自分では相手にもならなかっただろう
あなたのような天然モノとはまるで話がつうじないんですもの……。今のはちょっとした挨拶代わりよ、グレイレイヴン指揮官
ヴィラは有無を言わせない威圧感をもって、一字一句をはっきりと告げた
私のプライベートを、詮索しないこと
……あら、そう。ならあなた自身をパッキングして、私の部屋まで送り届けてくださる?
なら余計な詮索はしないことね。無知なおバカさん
……ふうん、巻き込まれるのはご免というわけね?
あなたの名前を取引に使ったなんて、最初からデタラメよ
まさか、本気にしてたの?
可愛いらしいことね
こちらが翻弄される様子に、ヴィラの機嫌は急上昇した。ご機嫌で頭を叩いてくる
いいわ、許しましょう
あなたの名前は取引に使っていない。わかったら、さっさとお帰りなさい
それから、ちょっとしたTIPSよ。二度と私を覗き見しないことね。次はこんな簡単には済まないわよ
ええ、そうよ
そう言いながらヴィラは思わしげにこちらを見つめ、急に目を細めた。どうやらまた何か思いついたようだ
……気が変わったわ
明日のこの時間、C実験棟のF23-C04まで来て頂戴
……C実験棟の実験室はどこも現在使われていない。キーカードなしでは入れないはずだが
来ればわかるわ
ヴィラは意味深にそう言うと、そのまま去っていった