Story Reader / 本編シナリオ / 37 厄夢の淵に眠る / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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37-11 覆われる闇

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深く暗い鉱坑の中、天井から滴る水が岩に当たり、ポタポタという音を立てていた

子供を失った母親と、指揮官を見失ったリーフが、ともに手探りで前へと歩いていく

どうしてアシュリンが……鉱坑の中にいるとわかったのですか?

モリノアはそっとため息をついた

午後、いつも通りに医務室へ向かいました。その道は何度も通り、時間も計算しています。午後2時30分頃ならアシュリンは家の前でひとりで遊んでいますから

私……本当はこの機会に、アシュリンと少し話そうと思っていたんです

でも今日の午後、彼女の家の前を通った時にはアシュリンはいなくて……養父母の仕事場にも探しに行きましたが、彼らにも会えませんでした

保全エリアのパトロール兵が、朝の6時か7時頃、アシュリンと養父母が一緒に保全エリアを出て、鉱坑の方へ向かうのを見たと言っていて……

とても心配になって、ずっと後を追いかけて……そしたらついさっき、あなたに会ったんです

合理的なルート、すらすらとした論理的な理由。少なくとも今のところ不審な点は見当たらない

リーフは目を伏せ、慎重に問いかけた

ここに来るまでに、何か突発的な出来事はありましたか?

思いがけないことならいくつか……突発的な出来事と呼べるのは、多分崩落だけではないでしょうか?

私が入った時、鉱坑の中で爆発音を聞きました。でもそれは地震による岩層の摩擦音かもしれません

鉱坑にあまり詳しくないので、判断は怪しいですが。理由がどうあれ、いくつかの分かれ道は埋まってしまい、迂回しながら探すしかありませんでした

……あちらへ連れていっていただけますか?

もちろんです

モリノアはリーフについてくるよう合図し、ある分かれ道へと歩き出した

アシュリン……聞こえたら、返事をして……

彼女はなおもそっとアシュリンの名前を呼び続けている

アシュリン……あの女の子は、あなたが助けたあの赤ちゃんですか?

はい……そうです

モリノアは低い声で答え、その声は坑道の中ですすり泣きのようにしんみりと響いた

アシュリンを見つけた時、彼女はとても小さな小さな、ただの赤子でした

資料によると、人は皆「名前」を持つべきだと

私はもともと、自分の名前を彼女に与えようと思っていたんです。でもこのコードネームの「意味」を調べたら、どうやら赤ちゃんに贈るにはふさわしくないようでした

資料庫に僅かに残っていた本を隅々まで調べて、この名前を見つけたんです……

Aisling

舌先で転がすように、優しくその名を口にしたモリノアの表情は、暗い鉱坑の中でも穏やかなものになった

彼女はひとつの未来図であり、夢であり、そして救済でもあるんです

モリノアは、明らかに崩落してから間もない分かれ道の前で足を止めた

……着きました、ここです

彼女は埋まってしまったもう一方の分かれ道の入り口を指し示した

ここから調査を始めようと思っていましたが、この坑道に入った途端、小規模な崩落が起きました。仕方なく、ここを迂回することにしました……

アシュリンはこの分かれ道の先にいるのでしょうか?

彼女は確かな答えが欲しいと渇望するように眉を曇らせた

確かなことは言えませんが……アシュリンは指揮官と一緒にいるはずです

もし前の「幻境」が、彼女が推測したあの「地震」から始まったのだとすれば――

煙と塵を舞い上がらせながら、分かれ道の入り口を覆う砕けた岩と土をかき分ける。リーフは目を細め、岩壁に沿って手探りで進んだ――

……間違いない、ここだわ

彼女は馴染みのある三角形の模様を手で探った

指揮官――そこにいらっしゃいますか?

岩の隙間に近付き、低く呼びかけた

坑道の天井から落ちた巨岩が道を塞いでいる。巨岩の隙間の先からは微かな反響しか聞こえない

坑道に沿って、その先へ進んでいったようです

この坑道の奥には、ローデンツ小隊が設営した安全区域がある。連絡が取れず、更に地震で出口がわからない状況なら、指揮官は子供の安全を考えた行動を取るはず

この坑道を塞いでいる岩をどかしますか?

モリノアは、すでに岩をどかそうと手をかけていた

私に任せてください……

モリノアに下がるよう合図し、鏡輪を静かに抜き出すと、リーフは一気に力を爆発させた――

うっ……

飛び散る破片と衝撃波にモリノアは後ずさり、目を細めてその後ろを見やった。道を塞いでいた巨岩は大小さまざまな石くれとなって砕け、地面に転がり落ちている

すごい……

大したことではありません……早く行きましょう、指揮官と子供を見つけることが先決です

地震はこの坑道に大きな影響を与えていた。もともと通行できたいくつかの分かれ道が、崩落した巨石で塞がれてしまっている

しかし幸いにも、指揮官とアシュリンはそれらの分かれ道の先にはいなかった

岩壁に新たな目印の痕跡を見つけ、リーフは心中密かに安堵した

アシュリン……聞こえたら、返事をして……

モリノアは依然、小さな声で呼び続けていた

アシュリン……アシュリン?

彼女の呼び声が突然焦った口調に変わり、モリノアは走り寄って地面から何かを拾い上げた――

……靴?

リーフの視覚モジュールはいまだにややぼんやりしているが、物の輪郭から、それが何かを見分けた

これは私がアシュリンのために作った靴……アシュリンはきっと近くにいます

モリノアの手には、7、8歳の子供が履くような小さな靴が握られていた

すぐにわかりました……これは彼女の靴です。彼女の靴は全て私が作ったものなんです

私は彼女の母親にはなれないけど、でも何かしてあげたいといつも思っていて……

何といっても……彼女をこの世界に連れてきたのは私ですから

モリノアは何かとても美しい思い出に浸っているかのように、そっと目を閉じていた

私は「目覚めた」あと、漫然と鉱坑の中をさまよっていました。ここを出ようと決めたまさにその時、突然赤ちゃんの泣き声が聞こえてきて……

鉱坑の入り口で、アシュリンを見つけたんです。彼女はとても小さくて、とても柔らかくて、まるで夢のように美しかった……

彼女は粗末な外套に包まれ、しかも裸足でした。私は鉱坑の中で見つけた材料を使って、彼女に靴を作ってあげたんです

私は彼女を抱きしめながら、368保全エリアまでずっと歩いていった……

368保全エリア

368保全エリア

モリノアは両手の機械骨格を隠すようにして赤ん坊を抱き、この貧相な保全エリアへと入った

縁起が悪い……また子連れの女か

門の前に立つ中年男性は、地面にペッと唾を吐いた

どこから来た?

……鉱区から

チッ、また逃げてきたのかよ

男性の顔に苛立ちが見えた

先に言っとくが、今どきどこにも食い物なんかないからな。子連れには少し多めに補給があるが、それ以外の分は自分でなんとかするこった

ええ……わかりました

もういい、さっさと身分証を持って、中に入れ

モリノアの腕に抱かれた小さな赤ん坊をちらりと一瞥し、男は眉をひそめながら、身分証をモリノアに投げ渡した

育てられないなら言え

……努力します

機械体の彼女は、そもそも食物や水を必要とせず、人間とともに暮らす必要もなかった。しかしアシュリンのために、彼女はこの場所に留まることを決意した

こうして彼女は368保全エリアに留まることになった

それから……彼女を引き取った家族は、あまり優しくなかったんです。靴はすぐに擦り切れてしまうのに、次第に家族は彼女に靴を作ってあげようともしなくなりました

私は定期的に鉱区を通り、後ろにある森から素材を集めて靴を作り、保全エリアの子供たちに分けてあげていました……

この靴も、特別に彼女のために作ったものです

綿の屑がはみ出した靴の甲には、更に硬い革が張られていた

彼女は歩く時、いつもこちらの足を少し傾けてしまうので、毎回彼女に渡す靴には、必ずこの部分に革をもう1枚縫いつけていました……

彼女を愛しているんですね

……そうですね、もしこの感情が人間の社会関係の中で「愛」と定義されるのであれば

じゃあ……なぜ彼女を養子に出すことにしたんですか?

モリノアは唇を噛みしめ、しばらく沈黙した

それは……私が彼女に「人間」の愛をどう与えればいいのか、わからないからです

機械体は彼女に人間の温もりを与えることができず、赤ん坊の成長に必要な栄養を考慮することもできなかった

私はナニー型機械体ではなく、パニシングの爆発後、ネットに接続もしていません。手元にあるのは初期設定のプログラムと、システムに付属する数冊の辞書だけです

赤ん坊の感情は至極シンプルで、彼女が大声で泣いた時、私はどうしていいかわからず、その「空腹」の感情を呑み込もうとしました。でもそのあと……

彼女は「食べ物を求める」ための泣き声を失ってしまいました

…………

赤ん坊にとって、これは間違いなく厄介な事態だった

土砂降りの雨が保全エリアの粗末な金属の屋根を叩きつけ、轟音が響く雨の夜

モリノアはふらつきながらその保全エリアの住人の扉を叩いた

すみません……深夜にお邪魔してしまって……

……用があるなら早く言え

男は眉をひそめ、彼女の背後を見た

アシュリン、アシュリンがなぜかわかりませんが、ずっと泣いているんです。彼女の体がとても熱くて、私はどうすればいいのかわからなくて……

……ったく

男はレインコートを掴み、彼女に続いて暴雨の中へ飛び出した

言わんこっちゃない……あの子はお前が拾ったんだろう!アンタの様子じゃ、子供を育てるなんぞムリだ!まるでどこからか逃げてきたお嬢さんみたいだしな……

……ご、ごめんなさい……

…………

雨の中モリノアの家に飛び込んだ男は、さっと手を拭くと、アシュリンの額に手をあてた

……熱がある。大人用の解熱薬しかないが、とりあえずこれを飲ませよう

男性はポケットから薬を取り出し、細かく割ったうちの一片を指で潰して水に溶かした。そして慎重にアシュリンの口に注ぎ込んだ

解熱薬が効き、アシュリンはすぐに泣きやんだ

わ……私、彼女を危険にさらしてしまったのかも……

…………

中年男性は大きくため息をついた

アシュリン、アシュリン……私はどうすればいいの……

モリノアは絶望的な思いで、質素な揺り籠の中の赤ん坊を見つめた

…………

モリノアのすすり泣きの中で、中年の男はしばらくためらったあと、ゆっくりと口を開いた

保全エリアの後方に……ある夫婦がいる

3日前、夫婦の8歳になったばかりの子供が前回の異合生物の襲撃で亡くなったんだ。彼らは家にこもって泣き続け、ようやく外に出てきたところだ

もしアンタさえよければ……この子を彼らに育ててもらうこともできる。彼らも子育ての経験があるわけだし……

遠くの雷の音が耳を震わせた

もしそう決めたら、いつでも呼んでくれ

なんたって……これもひとつの命だからな

そして、私は保全エリアのあの夫婦に彼女を預けました

私は「アシュリン」という名前を彼らに告げませんでした。持っている心理学資料には、もし彼ら自身が名前を与えれば、子供への感情がもっと深まると書かれていましたから

でも結果は……明らかにそうではなかった

人間の心理は、やはり心理学の本ごときで簡単に定義できるものではないのですね

モリノアは道を塞いでいた石を押しのけ、頭を振った

アシュリンを彼らに託した時、実はすでに彼らの感情に気付いていたんです……

純粋な「喜び」ではなく、何か変な……他の感情が混ざっているような感じがしました

私は、彼らが子供を亡くしたばかりで、感情が不安定になっているのだとばかり思っていましたが、今思うと……

もしかしたら、単に追加補給が手に入ることを喜んでいただけかも――

リーフは眉をひそめ、心の中で密かにモリノアの先ほどの説明を整理していた

もし彼女の意識海に残っている記憶に間違いがなければ……

少なくとも2カ所、このモリノアと保全エリアの「モリノア」の説明が異なっている

保全エリアのモリノアは、数年前に鉱坑に物資を探しに行った時にアシュリンを見つけたと言っていた。だが今回は「鉱坑から脱出する時に見つけた」ことになっている

保全エリアのモリノアは、あの夫婦の子供は「鉱坑に落ちて死んだ」と言っていたが、今回は「異合生物の襲撃で死んだ」に変わっている

子供の死因は記憶のズレによるものかもしれないが、アシュリンの年齢は……

意識海の中は混乱し、時折、震えるように走る鈍い痛みが、彼女の思考を妨げていた

疑念を押し隠しながら、リーフは静かに問いかけた

もしアシュリンを見つけたら……また彼女に新しい里親を探すのですか?

彼女が打ち砕いたあの幻境の中では、モリノアは彼女と指揮官にアシュリンの面倒を見てほしいと一途に願っていた……

ああ……もちろんしません

モリノアは小さく笑った

もう人間を信じられませんし、これからも信じることはないでしょう。アシュリンは私の側に置いておきます

モリノアは、前の幻境とはまったく異なる答えを返した

もし人間が彼女を育てたくないのなら、私が代わりに育てるまで

彼女が欲しいものは、私が手に入れられる限り、全てを彼女に与えます

私は……もう、アシュリンにこれ以上どんな傷も負わせたりしません

モリノアの口調は毅然としたものだった

そうですか……

闇に包まれた鉱坑の中、リーフは向かいに立つモリノアを静かに見つめていた

アシュリンは……今年、何歳になりましたか?

――何かのメッセージを受け取ったかのように、蜘蛛は自ら編んだ網に足をかけた

呼びかけに応じるように、何体かの異合生物が密やかに鉱坑の奥深くから這い出してきている

……どうして急にそんなことを?アシュリンは今年7歳で、まだ8歳にはなっていませんが……

モリノアは困惑したようにリーフを見つめた

でも、先ほど言いましたよね……アシュリンはあなたが「目覚めた」時に拾ったと

――蜘蛛の巣が絡み合って震えながら、何か未知の信号を発している

あなたが「目覚めて」から……もう8年以上経っているのでは?

ああ、多分私の記憶チップ、少し調子が悪いんです。最近はよく……

……指揮官!?

モリノアへの疑念を一旦脇に置き、リーフは端末を高く掲げて通信を繋いだ

指揮官!今、どこにいらっしゃるんです?

異合生物?

端末の投影を見るに、指揮官はその子供を連れて走っているらしい

位置を共有していただけますか……?

画面の向こうの指揮官が足を止めた。あの人あの人は怪我をしているらしい、顔に血の跡がある

指揮官……お怪我は?

通信は途切れがちで、相手が何を言っているのかまったく聞き取れない

……指揮官……ご心配なく……

必ず見つけ出します……

すぐに合流しま――

通信はプツッと切れた

どうなってるんです?アシュリンは……あなたの指揮官と一緒にいるんですか?

ふたりふたりは一緒にいて、指揮官は怪我をしたようです……

リーフは眉根をぎゅっと寄せ、端末を繰り返し調整しながら、指揮官の正確な位置を特定しようとした

それほど精密でもない地図上に、指揮官の端末を示す緑の光が一瞬だけ点滅し、すぐさま消えた

しかしリーフは進むべき方向に問題がないことを確認できただけで十分だった

リーフ

ふたりふたりは脱出する道を探しています……一刻も早く指揮官を見つけなければ

端末をしまうとリーフは足早に進んだ。モリノアも急いでリーフの後に続く――

「アシュリン」が実際は何歳なのかという問題は、どちらももう口にしなかった