Story Reader / 本編シナリオ / 37 厄夢の淵に眠る / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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37-10 重苦しい濃霧

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368保全エリア

早朝

368保全エリア 早朝

「あらゆる創作は最も基本的な概念に着眼しなければいけない。ストーリーの着地点は人物に十分に沿ったものでなければ信憑性がない」

リーフはテーブルの側に座り、端末で掲示板のスレッドを読んでいた。ふとあるタイトルが彼女の目に留まったが、逆に注意力がそがれてぼんやりしている感じがした

うーん……

最近は似たような内容ばかり読んでいる気がする……昨日も……

昨日も……昨日って何を読んでいたっけ?

思考はふいに現れた空洞に落ち込み、リーフは一瞬、昨日のことが完全に思い出せなかった……

コンコンコンッ――

小動物がガサゴソ動くような、微かなノックの音が聞こえた

?!!

リーフは驚いて顔を上げ、扉を見た。その動きで、コーヒー2杯を手にテーブルの側まで来たこちらもびっくりしてしまった

リーフ?

あ……あ!すみません

こちらの心配そうな視線にしばらくぼんやりしていた彼女は、はっと我に返り扉に駆け寄った。扉の外に、青色の長い髪の少女がおずおずした様子で立っている

扉を開けたリーフを見て、彼女はそっと果実を差し出した

おは……よう!

少女が微笑むと、リーフも笑顔でしゃがみ込み、果実を受け取った

おはよう。わざわざありがとう、アシュリン

でもね、毎日毎日ずっと……届けに来なくてもいいんだよ?

リーフはアシュリンと一緒に過ごした時間を思い返し、しばらくためらったあとでそう言ったものの、彼女の意識中では微かな動揺が広がっていた

アシュリンを助けてくれたお礼、新鮮な果実……あげる

アシュリンは頭を振り、更にコクコクと頷くと、身を翻して走っていった

ねえ!待って……

言い終わる前に、少女は反対側へと走り去っていた

声をかけたが間に合わず、リーフは仕方なく果実を持って部屋に戻り、すでに仕事を始めているこちらの横に果実を置いた

アシュリンがまた来たの?

彼女には何度も……何度も伝えているのですが。それでも来るのをやめないんです

指揮官はまだお仕事ですか?

うん。鉱坑での任務記録を整理してる

鉱区任務記録……それは例の鉱区での異合生物掃討のことでしょうか

リーフはやや不審そうに近寄ってきたが、端末の画面をスリープモードにして、リーフから少し離れた

本任務の再評価の必要があると思って……

鉱坑内の異合生物を支配する大型の異合生物が現れたのではと疑っていた。端末を閉じると、真剣に鉱坑での「異常」を分析し始める

リーフの動きがしばらくの間止まった。そして話を続けようとしたタイミングで、ちょうどそれを遮る形になった

……モリノア?

こちらの視線の先をたどってリーフは振り返った。先ほどアシュリンがいた場所にモリノアが立ち、リーフに手を振って挨拶をした

リーフさん、おはようございます

木々の影が揺れ、枝葉の隙間からこぼれる陽光がモリノアの体を照らしている。リーフの意識が徐々に目覚め、彼女は僅かに目を細めた

モリノアと一緒に保全エリアを散策し、世間話をしながらふたりは中央広場に向かっていた

……教えてくださった医療技術はとても役に立ちました。そのやり方を携帯しやすい冊子にまとめようと思うんです。そうすれば彼らの外出時の安全性も向上しますし

……そうですか?お役に立ててよかったです

リーフは保全エリアの遥か向こうを眺めた。幾重にも連なる山々を濃い霧が覆い、天と地の境界線を曖昧にしていた

……この話にあまり興味がありませんか?

……興味がないわけじゃないんです。ただぼんやりしてしまって

私はてっきり……この知らせを聞いたら喜んでもらえると思ったのですが

……もちろん嬉しいです。さっきは少し他のことを考えていて……

リーフは視線を戻し、モリノアに向き直った

もう私のことを怖がってはいないんですね

…………

お会いしたばかりの時、あなたは率直な対応でしたが、私や指揮官と距離を置こうとしていました

えっと……それは……よ……よくなかったですか?

てっきり……私たちの関係性がアシュリンによって……

どこかかみ合わない雰囲気のまま、ふたりは中央広場にやってきた

人々が広場のあちこちに集まっている。その中に見慣れた青い髪の小さな人影が見え隠れしていた

その様子を見て、モリノアは何歩か足を踏み出し、遊んでいるアシュリンを遠くから見つめながら話題を変えた

……何度も言うようですが、アシュリンを助けてくれたこと、本当に感謝しています

あの時、あなた方がいなかったら……

あの時……

リーフは彼女が口にした言葉をすかさず捉え、復唱した

……え?

会話が中断され、モリノアは一瞬ぽかんとした。彼女は振り向き、困惑したようにリーフを見た……

あの時、私と指揮官がいなければ、アシュリンは鉱坑の中で消えていました

え……ええ、何日か前にあなた方に助けてもらえていなかったら、彼女は鉱坑の中で死んでいたでしょう……

ですから……その何日か前って、一体いつのことですか?

…………

アシュリンを保全エリアに連れ戻してから、何日経っているんですか、モリノア?

アシュリンのために新しい里親を見つけると言っていましたよね。「里親」の……状況がどうなっているのか、お訊きしたいのですが

リーフの口調から徐々に温かみが失われていく

ごめんなさい、あなたの言いたいことがよくわからない……あまり機嫌がよくないみたいだけど……

アシュリンがいい子にせず、あなた方を怒らせました?

アシュリンは何も関係ないんです。モリノア

誰かに指揮官を隠されて、すごく不愉快なんです

リーフは先ほどテーブルの側でぼんやりした状態になってから今まで、体内の感知モジュールを繰り返し調べ、何度も何度も些細な違和感を洗い出していた

曖昧になっている時間、終わりのない秋、そして……

リーフは目を伏せた

……何を言っているかさっぱりわからない。リーフさん、どこか具合でも悪いのですか?

あなたたちは本物そっくりの姿を作り上げました……私でさえほとんど騙されたほどに

リーフは何かを思い出したように、微笑みを浮かべた

でもあれはあの人あの人じゃない。グレイレイヴン指揮官ではありません

そう言い放ったあと、リーフの顔から笑顔が消え、能面のような顔で目の前のモリノアを見据えた

言ってください、あの人あの人は今、どこにいるんですか?

坑道

時間不明

坑道 時間不明

坑道は蛇のようにぐねぐねと曲がりくねっている。端末の照明は前方を小さく照らすことしかできない

私たち……今……どこにいるの……?

怯えたような声が側で切れ切れに聞こえている。頭を上げて周囲を警戒しながら、傍らにいる子供の頭をなでた

子供をなだめながら角を曲がるとナイフを取り出し、壁に目印となる跡を残した

ナイフを使う間、腕にしっかり巻かれたベルトがブラブラと揺れた。無意識にその半分になったベルトに目が吸い寄せられ、少し前の記憶が湧き上がった

数時間前、ふたりが少女を連れて鉱坑を出ようとした時――

岩穴の中から、雷鳴のような鈍い音が轟いていた

この前の爆発によって引き起こされた誘発性の地震なのか、鉱坑は断続的に揺れ、何度か岩層が割れる音が聞こえてきた

うっ……

リーフはこめかみを押さえ、足を止めた

リーフの乱れた意識海を落ち着かせようとしていた時、脳に針が刺さったような痛みが走った。目の前の眺めがだんだんと分離し、また重なり合う

鉱物なのか、あるいは異合生物による影響なのかを判断する余裕もなく、強引に上着のベルトを引き抜いた

指揮官……?

ベルトのもう一方は自分の腕にしっかり巻きつけた。こうすれば、ふたり同時に思考の混乱が起きても、はぐれることはない――

だ……大丈夫?

アシュリンがおどおどと服の裾を引っ張り、記憶の中にいたこちらを引き戻してくれた

半分にちぎれたベルトは自分の腕にしっかり巻きついているものの、その先にリーフの姿はない

突然、脳に激しく刺すような痛みが走ったせいで、体がふらつき、危うく地面に倒れ込みそうになった

!!!!

ねえ……どうしたの?

リーフとはぐれてから、何かがずっと指揮官の意識を、あるいは、あの人あの人とリーフの間にあるマインドビーコンを……攻撃しようとしている

こうした攻撃を何度かされたが、結局はこちらの防衛線を突破できなかったようだ。気がつけば岩壁に手をつき、体を支えながら立ち上がっていた

子供を連れて慎重に前に進みながら、全ての分かれ道にリーフと自分用に目印となる痕跡を残していった

368保全エリア

早朝

368保全エリア 早朝

リーフは木陰の下でモリノアをじっと見据えていた。モリノアは長い間黙り込んでいたが、口元が次第に不気味な弧を描いた

バレてたの……

じゃあここも……もう用なしね

声は掠れては歪み、まるで魂を失った人形のように、モリノアの体はリーフの目の前で一瞬にして崩れ落ちた

それも偽装した人形……

足下の土がドロドロと腐り始める。深くて底が見えず、今にも地面の全てを巻き込む渦巻のように――

リーフはとっさに宙に飛び上がった。空が鏡のように砕け散る――

――!

意識海に異様な響きがこだまする。何よりも先に、鉱坑の低く唸るような音が聴覚モジュールに流れ込んできた

リーフは暗闇の中でハッと目を覚ました。指揮官は側にいない。地面が僅かに揺れているのは、地震のせいなのかもしれない

目に映るのは漆黒の鉱坑と、水を滴らせる鍾乳石や不気味な光を微かに放つ鉱物、そして巨大な蛇のように曲がりくねる深淵だった

――彼女はいまだ鉱坑にいた

意識海から断片的な痛みが伝わってくる。記憶は何千何万の瞬間に剥がれ落ちては、また再構築することを繰り返していた

そして、それらはある時点の記憶となって静止した

彼らはそこに寝転がって……何をしてるの?

子供は死がどういうものか理解できないらしい。彼女は不思議そうに地面に横たわるふたりの大人を見つめ、なぜ彼らが起きて歩き続けないのかを考えているようだ

多分……とても眠いのね。きっとそのうち起きるわ

リーフはしゃがみ込むと子供をなだめるように抱きしめ、血まみれの死体を見続けることがないよう、彼女の視界を遮った

指揮官、この子を連れて次の分かれ道まで先に行ってもらえませんか?

ここを片付けたら、すぐ合流にいきます

岩穴の中から、雷鳴のような鈍い音が轟いていた

あの時から始まっていた……

リーフはいまだに感知モジュールに残る違和感を何とか安定させ、端末を取り出して指揮官に通信を繋ごうとした――

ピッ――

端末は力の抜けたような呼び出し音を発したきり、完全に途絶えた

端末での通信を諦め、リーフは目を閉じて思考を意識海に沈め、指揮官のマインドビーコンを捉えようとした……

うっ……

視覚モジュールが激しく揺れた。周りの全ての景色が無数に重なり合い、ぼやけた影になる

その状況に、リーフは意識海内での操作をやめざるを得なかった

彼女は坑道の壁に寄りかかりながら、視覚モジュールの揺れを調整しようとした。だがふと手の平が壁に触れた時、不自然な痕跡があるのに気付いた

!!!

これは……指揮官が残した目印!

「ここから入って」を表す三角形の記号がゴツゴツした岩層の表面に刻み込まれている

ここから引き返し、次は……次の目印は

更に進むと、彼女が「養父母」を埋めた分かれ道にたどり着いた――臨時で封鎖された分岐に異常はなく、彼女が離れた時のまま落石と泥に覆われている

そのあと――

岩壁を探っていたリーフは、突然聞こえた呼び声に足を止めた

????

アシュリン――

……モリノア?

視覚モジュールは意識海に干渉されていたが、聴覚モジュールは正常だ。リーフにはこの声の持ち主が誰なのかすぐに聞き分けた――

なぜ彼女が鉱坑の中に……?

まさか、私はまだ「幻境」の中にいる?

リーフは息を殺しながら、ゆっくりとモリノアの声がする方向へ歩いた

アシュリン……ここにいるの?アシュリン?

モリノアが焦ったように、深い坑道の中を歩いている。異合生物を驚かせるのを恐れたのか、彼女は声を低く潜めながらアシュリンの名前を呼んでいた

……アシュリン?聞こえる……私の声が聞こえる?

彼女はこの坑道に詳しくはないらしい――たった20分の間に、彼女はこの分かれ道まですでに3、4回引き返しては、ほとんど毎回、他の分かれ道に迷い込んでいた

リーフは暗がりに身を潜め、鉱坑の中を行きつ戻りつしているモリノアを注意深く観察した

彼女はモリノアを信用していなかった

背後でどんな人物、あるいはどんな異合生物がこの幻境を操っているにしろ、モリノアをよく知り、彼女を幻境における重要な人形にすら仕立て上げている……

このことは、モリノアがまったくの無実ではないことを表している

ただ……

リーフは心の中で思案していた

視覚モジュールに問題がある。今「迷子」になったのは意識海の波動のせいなのか、それとも鉱坑の地形が本当に変わったのか、いまだ確信できない

通信の問題も解決しないままで、指揮官に連絡できずにいる。指揮官のマインドビーコンを捉えるために意識海を整理し直そうにも、時間がかかりそうだ

この状況なら誰がこの鉱坑に現れても、局面が打破されるかもしれない――彼女は指揮官と合流しなければならない。この危険な幻境で指揮官をひとりにさせるわけにはいかない

アシュリン……いるの?

そう遠くない鉱坑の中で、モリノアは悲しみに暮れる亡霊のように、深い坑道を彷徨いながら、その子の名前を繰り返していた

…………

再び視覚モジュールを強制的に調整すると同時に、戦闘モジュールには異常がないことを確認し、リーフはそっと声をかけた

モリノアさん……ですよね?

誰!そこにいるのは誰!

モリノアは怯えて後ずさり、壁に張りついた

私です、リーフです

リーフは分かれ道の暗がりから姿を現した

あなたの声が聞こえて……

……よかった!あなただったのね!

リーフだとわかると、モリノアは飛び上がらんばかりに喜んだ

あ、あなた、アシュリンを見かけなかった?

アシュリン……

ああ、あなたはまだ彼女の名前を知らなかったっけ……

彼女の目に浮かぶ焦りと誠実さは、偽りのようには見えなかった

ええと、そう、あなたたちがお粥をあげて、助けてあげた少女のことです。覚えています?青く長い髪で、金茶色の目をしたあの女の子!

……彼女はアシュリンという名前なのですか?

ええ、これは……これは私が彼女に名付けた名前なんです

彼女を引き取ったあの家族は、そう呼んだことはありませんが。これは……私たちふたりだけの秘密なんです

彼女は悲しそうに微笑んだ

でも……私はまた、彼女を失いかけているみたい……