Story Reader / 本編シナリオ / 36 デイドリーム·ビリーバー / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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36-9 データ空間の亡霊

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「改良型浄化塔コア」を利用して作られた新型浄化塔が、空中庭園の管理下にある保全エリアへ徐々に導入された

だが、新型浄化塔といえど、パニシングの「完全浄化」は不可能だ

浄化塔がパニシングを追い払おうが、結局は安全区域以外の場所で再形成される――新型浄化塔がない場所では重篤汚染区域が次第に融合し、赤潮と多くの異合生物を生み出す

それらは、ゆっくりと進化を遂げつつあった

だが、空中庭園の者たちにその孵化し続ける災厄に目を向ける暇などない。権力者たちの視線は一斉に外から中へと移り、ゲシュタルトから漏れたある情報へと注がれていた

より正確に言うなら、その情報に添付されていたタイムスタンプに、だ

ゲシュタルト内に、このタイムスタンプに対応するものはないわ

背を丸めて椅子に座るドールベアは、振り返りもせず説明した。滝のように流れるデータと複雑なコマンドウィンドウが次々と現れては消え、彼女の両手は片時も止まることがない

……それなら、明日には執行小隊がこのバグが引き起こした空中庭園の混乱を処理する羽目になるでしょうね

これはバグじゃないわ。ある人がもう、そのタイムスタンプの時間帯を突き止めてる。私は運悪く、このタイムスタンプの初期座標を遡る任務を引き受けただけ

漏洩前には存在せず、遮断後も通常の手段では逆算できない――なら、出所は明白よ

画面がある瞬間で停止し、ドールベアがホッとひと息つくと同時に、ある通信ウィンドウが出現した。そのタイムスタンプにはこう書かれている――黄金時代

黄金時代からきたものらしいの。ドミニクが築き上げた0と1の深い要害、ゲシュタルト内のあの解読不能なデータウォールの向こう側からね

そう話しながら、ドールベアは途切れることなく明滅を繰り返す通信通知をチラリと見て鼻で笑った

この情報で議会は大騒ぎよ。世論、指令、要求、人情――あの議員たち、有害プログラム対策ソフトのバージョンよりも多い手段で、データウォールの隙間を私に探せって

それから自分たちの技術者を引き連れて、データウォールの向こうに踏み込もうって算段よね

自分がドールベアとリンクした時に見た光景を思い返す。ゲシュタルト内に存在した奇妙な空間――天地を繋ぐあのデータウォール……

無理でしょうね――私の判断では。でも残念ながら、一介のエンジニアの意見なんてお偉いさんは誰も聞いちゃくれないの

彼女は肩をすくめたが、視線は端末の画面を睨み続けている

会議記録を弄ぶあの連中、過去への妙な妄想に囚われているのよ。「この決議により人類の歴史は新たな時代、新たな章へ進んだ」と輝かしい文章を書きたがる……

その時、ドールベアは突然口をつぐんで眉をひそめ、データフローの1点を凝視した

シッ……静かにして

まだよ。でも……

彼女の指が飛ぶような速さで端末を叩き続ける――

3、2、1――

捕まえた。最後の座標よ

具体的な座標を端末に素早く入力し、アシモフへ送信し終えたドールベアがようやく振り返った。話は最初の話題へと戻る

座標、座標ね……ふん。最初にゲシュタルトに入った時は、そのアルゴリズムで逆元装置をアップグレードするだけのつもりだったってことを、もう誰も覚えちゃいない

「逆元装置のアップグレード」よりも、「逆元装置のプロトタイプ構造」や「黄金時代の財産」の方が、彼らにとってよほど魅力がある

ノルマン家はこの件にずいぶん協力してるのよ

その名前を口にしたドールベアは、軽蔑を隠さない呆れ顔を見せた

あの連中はゲシュタルトや第1リアクターからドミニクに関するものを掘り出そうと必死よ。だけど、彼らのナマズみたいに単純な頭では核心を掴めるはずがないわ

ゲシュタルトよ、ゲシュタルト

少女は目を細め、こちらを一瞥した

あの誤ったタイムスタンプの情報はゲシュタルトから放たれた……「ゲシュタルト」の狙いは一体、何……?

その問いの答えを知る者は誰もいなかった

ゲシュタルトは無言のままこの静寂の空間にそびえ立ち、ほの暗く冷たい光を放つだけだ

電子錠の解除音がこの静寂を打ち破った。濃いクマを目の下に浮かべたアシモフが部屋に現れた

情報の遡及は終わったか?

もちろん。私の能力をお疑いですか?

私と[player name]がゲシュタルトに浸入した時に突き止めたデータウォールの座標は――さっき送信した暗号化ファイルの中に全部入っています

何か新しい発見は?

何もありません。やはりあのデータウォールは、出現して以降、空間の中枢部分を断片的に封鎖しています。ほんの一部に隙間ができる程度です

全ての事象はそこから開けられるぞと告げているように見えますが――底層プロトコルを利用して乗っ取れば、ゲシュタルトのデータベースが保護プログラムを発動して損傷するかも

…………

ゲシュタルト基層データベースのコードは、すでに混乱の中で失われ、どの程度損傷するかは確かめられません。ですから――

ゲシュタルトの乗っ取りは、彼らが喉から手が出るほど欲しがっている技術を取り出せる可能性もあれば、ゲシュタルトの基層データベース全体を吹き飛ばす可能性もあります

彼らはもう、決断を?

ドールベアは珍しく不安げな表情になった

ゲシュタルトが具体的な演算をまだ行えない状態だからな。彼らは議会で評決を行い、このデータウォールを開くかどうかを決めるようだ

…………

エサと見ればホイホイ食いつく、頭がナマズの馬鹿ばかりね

議会の採決は、数人の技術者が反対したところで阻止されたりはしない

データウォールの開放を主張する科学理事会の学者たちは、逆元装置実験の時の安全措置に倣い、ゲシュタルト内に隔離エリアを設ければいいと考えている

全ての操作を隔離エリア内に限定し、予期せぬ事態が起こればすぐさま隔離エリアを放棄すればよい。そうすれば、ゲシュタルトの大部分のモジュールは保存できる、と

「黄金時代の果実」――すでに逆元装置の一部構造図を手に入れている以上、この大きく甘い誘惑に抗える者はいない

間違いなく可決される

ゲシュタルト

ニコラ総司令の提案への賛成率は52.8%、反対率は35.1%、棄権は12.1%です

提案は――可決されました

空中庭園の人々はこの果実を手に入れられるとあって、熱狂していた。議員たちは話題を更に盛り上げたかったのだろう。2日後に「データウォール」を開く運びになった

祝賀会に参加する気などさらさらなく、自分とアシモフ、そしてドールベアで科学理事会の研究室に籠り、「ドミニク」からの招待状を開く準備を進めていた

うん……よし、これでいいわ

奇妙な機械の上、最後の数個のネジをスパナで締め上げると、作業がうまくいったというようにドールベアはパンパンと手を払った

そこに座ってこれをつけて。私とアシモフが、「招待状」をこの「全感覚模擬装置」に接続する。そうすれば、あなたは「招待状」の中の情報を読み取れるはずよ

もちろんだ

アシモフは機器に接続している端末を確認しながら説明を始めた

俺たちは「招待状」の底層構造を分解した。ドールベアがコナンドラムデータロックを解除し、俺が残りの部分の解析を引き継いだ

そのコードは複雑じゃないが、配置が乱れて境界条件の判断が奇妙なんだ。俺は科学理事会の内部データベースで検索し、類似のコード配置を見つけた

それが「全感覚模擬装置」だ

そうだ

ナナミが書き出した複雑なもつれた毛糸玉のようなコードを見たことがあるが、そのコードはしっかりと機能した

「招待状」のコード配置は、「全感覚模擬装置」とほぼ同じなんだ

アシモフは最後にもう1度、端末に表示されたデータを確認した

彼女が以前、そこに保存していたいくつかの暗号キーをもとに試してみたが、危険性はない――だがな、この機械で体験するものがただの幻覚なのかどうかまでは保証できん

さあ、説明はもう十分ですって――とにかく、試しましょう

ドールベアはこちらを機械の前へと引っ張った

あなたが中に入ったら、私が適切な暗号キーを入力する。アシモフが常に機械の状態を監視して、問題が起きたらすぐに運転を停止する。大丈夫、安全は絶対に保証するわ

当たり前でしょ!何よ、その疑いの目は

さあ、入って!グレイレイヴン指揮官!

「招待状」の中のこの暗号キーは1回限りだ。もし中に情報があれば、必ず詳細に記録してくれ――

アシモフの言葉は、ヘルメットのフェイスマスクが下ろされると同時に、闇の中に消えた

目眩が襲ってきた

思考は空虚な宇宙の中にじわじわと染み込んでいくようだった。ただ自分の心臓の鼓動だけが静かに響いている

????

来たか

無機質な声が、漆黒の空間のあちこちから響いてきた

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君はようやく鍵を手に入れたが、「塔」はすでに成長を停止している

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気にする必要はない。■はデータ空間を彷徨うただの幽霊であり、もはや存在しない歴史の一部だ

■は「ゲシュタルト」に存在するドミニクだ

データは繋がっている。ここに現れたのは、■が異常を察知したからだ

君は鍵を手に入れたが、「塔」はすでに成長を停止している

……君は「時間跳躍者」なのか?この全ては、君が変えたのか?

…………

ドミニクは、こちらの疑念の中の真実性を探るかのようにしばらく考え込み、やがて再び口を開いた

では、「先遣隊」の行方は知っているか?

その言葉は一瞬、頭の中で花火のように弾け、すぐに消えていった。その僅かな光に照らされ、視界の先にいくつかの光景がうっすらと浮かんだ

白い霧に包まれた狂人がソファに腰かけ、自分の遺書を整理している

よし、これで君が処理できる汚染者は全て片付いた

フィールド障壁の防護服は返さなくていい。先遣隊へようこそ

今は▂▄▁大丈夫だといいが、グ▁▂▄▁教授

今の技術では限界があります。私の意識には大勢の人の声が混ざっていますが、それでも意識のデータ化は必要なプロセスです

あなたは0号代行者の権限後継者を探している。私も、権限を得れば何が起こるのか興味があります。そのためには人間の体から早く離れなければなりません

フォン·ネガット

あなたのその症状は……0号代行者の権限がもたらす影響に、よく似ています

もしあなたの中に私が探れない秘密はないのなら……それはつまり、あなたとカイウスは融合し、0号代行者に取って代わったということです

おぼろげな映像が次第に消えると、目の前に広がるのは、やはり何ひとつない漆黒の空間だった

ナナミが残した招待状だとしても、相手の正体はまだはっきりしない。そんな相手にこちらが掴んだ手がかりを正直に伝えるのは、賢い選択とはいえない

……まさか、「時間跳躍者」ではないのか?

だが、改良型浄化塔コアには、もっと遥か遠い未来からの技術が組み合わされたはずだが……

データの幽霊はぶつぶつとつぶやいている

……ドミニクは全能じゃない。ましてや、■はドミニクが第1リアクターに入る前に残した意識データにすぎない

本物のドミニクは、恐らくまだ「霧域」に存在している

第1リアクターにいるのは、「最後のドミニク」だけだ

これは複雑な話になる。■としても、どこまで話していいものか……

空気がしばし静まり、その後、空間の中の声はゆっくりと話し始めた

ドミニクは先遣隊を率いて異重合塔に入り、異重合塔コアを回収したあと、霧域に姿を消した

彼は「招待状」を通じてこの世界で「継承者」を選ぶ。「ドミニク」の身分を受け継いだ彼らは、意識海のより深層にある秘密を掘り起こし、パニシングを駆逐しようとしている

だが、ある時間点を境にドミニクの消息は……長い間、途絶えている

そのため、誰もドミニクの状態を正確に把握できない

霧域は「異重合塔」内にある空間のひとつだ

ずっと昔、ドミニクが、情報を受け取ることができる「霧域」の座標を残した

推演によると、その位置は「異重合塔」が降臨する位置のはずだ

今は異重合塔が降臨しておらず、当然「霧域」にも入れない

ゲシュタルトだ

異重合塔が降臨しないとわかり、■とゲシュタルトは推演を始めた。その結果、未来の何者かが時間を逆転させ、「異重合塔」の成長を止めたのかもしれないという結論に至った

■は先遣隊の「時間跳躍者」が成功したのだと思ったが……

相手の声は次第に沈んでいった

リーが超刻機体に交換した時、あの深紅の螺旋の塔を目にした。そしてそれよりも前に、フォン·ネガットも何度も「塔」に言及していた……

もしそれらの「塔」全てが異重合塔を指しているのだとしたら……

それは一体どのような存在なのだろう?

異重合塔……

相手は何かを懸念しているのか、少しためらいながら、のろのろと話し出した

■も多くは知らない。ドミニクが言っていたのは、その塔は災厄の到来を意味するということだけだ

それは次元を超越する能力を持っているらしく、「鍵」を使わなければ制御できないらしい

招待状はその一部にすぎない。それらの役割は、異重合塔コアを破壊し回収することにある……

それ以上のことを知っているのはドミニクだけだろう

「ドミニク」は小さくため息をつき、空間は再び沈黙に包まれた

いいや、完全にそうというわけではない。これらの情報は「おまけ」だ。異重合塔がまだ降臨していないことに気付いたからこそ、■はこの招待状により多くのデータを注ぎ込んだ

本来の招待状は、ただ「知識」を伝達するためのバトンにすぎなかったんだ

ドミニクが選別し、送り出す。その火種を受け取った者が新たな「ドミニク」となり、人間界に輝きをもたらすのだ

もっと遠い未来、彼らは皆、自身のデータをこの招待状に封じ込め、未来の「ドミニク」へと伝えていくことになる

だが、今……

君は新たな「ドミニク」になることを望むか?

電子の幽霊は冷静に、そしてゆっくりと重大な誘いの言葉を口にした

新たなドミニクとなり、歴史の依頼を引き継ぎ、新たな未来へ踏み出す――

だが自分の答えは――

迷いはなかった。慎重になったわけでも、責任を恐れたわけでもない。目の前の存在の話が真実だとしても、指揮官[player name]として応じようとは思えなかった

この時代にドミニクは必要だろうか?むしろ……

そして、遥か遠方より更に遠い彼方からやってきた存在を真っ直ぐ見据え、静かに口を開く

過去の遺志を背負い続けるわけにはいかない。苦境を打開する鍵は「今」にあるのだから

ああ……そういう選択なんだな?

最後のひと言は口にしなかったが、「ドミニク」は理解していた。空虚な暗闇に相手の声が響く。その声に未練や慰めはなく、ただ静かに頷いたようだった

まあいい、時間は残り少ない。この情報はすぐに消滅する

この招待状の下には、君だけが開けることのできる情報ブラックボックスが隠されている

最後に受信したドミニクの情報の座標も、その情報ブラックボックスに収めておいた

空間が微かに震え始めた

もう限界が近い……

そうだ

あの奥に封じられているのは、黄金時代の影だけではない。あまりにも時間が経ち、データウォールは摩耗してしまった。情報を意図的に解放しなくとも、いずれ崩れ落ちる

それが人類への最後のプレゼントだと思ってくれ

データの向こうに隠れていた人影はゆっくりと消え始めた

もう行くがいい

異重合塔は降臨しなかった。それなら……君たちには更にいい「未来」が待っているのかもしれない

あっという間に、暗闇の世界に静寂が戻った

科学理事会、閉鎖ラボ

科学理事会、閉鎖ラボ

「招待状」、「異重合塔」、「霧域」……

アシモフは、難解な単語をひとつひとつ端末に記録していった。彼はそれぞれの単語を線で繋ぎ、それらの関係を解き明かそうとしていた

なるほどな……大体わかった

まず「異重合塔」だが、これは災厄を象徴する「兆し」のようなものだ。その姿は――

それは、恐らく「始まりの人」と呼ばれるドミニクの時代から来たものだろう

異重合塔は次元を超越する能力を持つらしい――つまり、塔を通じて「時間」を越えられるということだ

異重合塔を制御するには「鍵」が必要で、その「鍵」の一部がお前の手にある「招待状」だ。もうひとつの部分については、まだわからん

お前が「見た」光景と「ドミニク」の説明、そして更に前のフォン·ネガットの話を合わせると……

「塔」に何をしたのです?

凡人の肉体で?塔に登る?そんなことは不可能です

異重合塔が降臨しないとわかり、■とゲシュタルトは推演を始めた。その結果、未来の何者かが時間を逆転させ、「異重合塔」の成長を止めたのかもしれないという結論に至った

■も多くは知らない。ドミニクが言っていたのは、その塔は災厄の到来を意味するということだけだ

それは次元を超越する能力を持っているらしく、「鍵」を使わなければ制御できないらしい

暗い部屋の中に、アシモフの声が低く響く

「異重合塔」は本来ならある時点で、この世界に降臨するはずだったのかもしれないな

超刻の機体交換の時に突然現れた「既視感」が、ふと脳内に蘇った――

あれがその時間だったのだろうか?あれが本来「異重合塔」が降臨するはずの時間?

それ以降、見えていた「既視感」は徐々に薄れ、実際に起こった出来事からも次第にズレていったように思える……

現れるはずのなかった球状の森や、偶然手に入れたシュトロールの遺書……

何らかの理由――

アシモフは端末の空白のドキュメントに疑問符をひとつ打ち込んだ

何らかの外的な理由で、「異重合塔」は降臨しなかった

フォン·ネガットは、お前が「未来」で何か細工をしたんじゃないかと疑っている。ドミニクもお前を「時間跳躍者」と思い込んだらしいしな

だとしたら、本当にお前が未来で何かをやった可能性があるんじゃないか?

複雑な方法を用いるまでもない。高濃度のパニシングだけで、体中が爛れてあっさり死んでしまう存在だ

多分、お前が変えたのは「未来」であって、「過去」じゃないからだ

お前が時の牢獄からセレーナを救い出す前、あの会議で起きた「戦争後遺症」を覚えているか?

あの戦争後遺症で起きたマインドビーコンの混乱……

もしかしすると、あれこそが「未来のお前」が戻ってきた時間点なのかもしれない

科学の範疇でなら、どれほど荒唐無稽な仮説も許されるってもんだ

アシモフは軽い調子で言うと、この話を終わらせた

いずれ時間が答えを出す

彼の顔は影に隠れ、声だけが静かに響いた

……そろそろ時間だ。まずは「データウォール」の検証から始めよう

「データウォール」の向こうに、本当に黄金時代の遺物以外のものが隠されているのかどうか……見せてもらおうじゃないか

科学理事会

実験場

科学理事会、実験場

ドールベア

プロトコルのクラッキング完了

アシモフ

ジャック開始

端末から投影された巨大なスクリーンは流れるように最新のプロンプトをスクロールし続けた。データウォールが1層ずつジャックされていく

ドールベア

――ジャック完了

ドールベアが最後のボタンを押した瞬間、ゲシュタルトの端末が数回点滅し、大量の未知の資料が滝のように溢れ、失われた無数の科学技術が端末内のメモリーに流れ込んでいった

研究員A

素晴らしい!!

ドールベア

待って――!あれは何!?

ゲシュタルトのデータウォールが開かれた瞬間、ホールは漆黒の闇に包まれ、スクリーンには真っ赤な警告だけが狂ったように点滅していた

空中庭園の床が、ゲシュタルトとともに揺れ始めた。合金外殻の下では深紅の稲妻が激しく暴れまわり、パニシングが溢れ出してくる

パニシングは内側へと収縮し、人間の眼球ほどの大きさの真っ黒な球状コアへと凝縮した

それはまるで光を呑み込む黒い星のようでもあった

……もうこの時間点に到達しましたか

暗闇の中に佇む女性は、そう言って大混乱が起きている方向を見つめた――人類は今まさに、爆発の危険とせめぎ合っていた

「過去」は変わらなかった。だから「今回」も、パニシングの到来は2160年12月20日から始まる……

異重合塔は降臨せず、昇格ネットワークは……

パニシングが地球に降り立った瞬間、それは地球文明の礎であるもの――情報に照準を合わせていた

そのため、パニシングは当時最大の情報媒体であり出力ポートでもあったゲシュタルトに、優先的に侵入した

パニシングがゲシュタルトを乗っ取れば、汚染模倣因子の特性を持つパニシングは十分な時間をかけて文字や言語にまで浸透し、いずれ地球文明の未来は完全に断たれていただろう

しかし12月20日に爆発が起きた瞬間、パニシングは本来持つべき特性を奪われ、「抜け殻」だけが残された――それが現在のパニシングだ

「抜け殻」のパニシングは長い時間の中で構造体や機械、人間を侵蝕し、地球の情報を自身に組み込み、徐々に地球「特産」のネットワーク――昇格ネットワークを形成した

黒い星はまもなく解き放たれる。それが昇格ネットワークと融合してしまえば……

異災区を失い、あなたはどんな手段で「セレネ」に対抗しようというのですか、ルナ?

彼女はすでに「セレネ」によって破壊されたA1空港を、はるか遠くから見つめていた

第1リアクター、都市深部

第1リアクター、都市深部

ここ……でしょうか?

緑色のフードをかぶった少女が図書館の近くに立っていた。彼女の側には淡い色の花々が咲き乱れている

彼女は足下にいる異合生物をそっとなで、その囁きに耳を澄ませた

少女は気配を消すように、この長い間荒れ果てたままの都市へひっそりと足を踏み入れた

ここは文明崩壊後の墓場だ

衰退し、隆盛し、また衰退する。それが文明の物語です

潮の満ち引きの規則には、いつも何かの兆しがある

図書館の壊れた大きな門の前で立ち止まり、彼女は巨大な守衛ロボットを見上げた

そして……この後は?私のシナリオはどうなるのでしょうか?

そよ風が草むらを吹き抜け、木の葉をサラサラと揺らしたが、彼女の問いに答える者はいない

……どういうことでしょう?まさか、私のシナリオは中断されてしまった?

この「セリフ」を、彼女はここで稽古するように何度も何度も繰り返してきた。だが、彼女の声に応える者は最後までひとりもいなかった

ああ……

コレドールはクランクアップ後の疲れ切った役者のように、酷く退屈そうに地面にしゃがみ込んだ

それで、この後は……?

なぜ誰もここに来ないのでしょう……私は何をすれば?

遠く離れた部屋の中では、慈悲者が地上の全てを見つめていた

ああ……まだあなたがいましたか

彼女は「赤潮」のページをめくった。しかし、「コレドール」の名前の下に書かれていた「0号代行者」という称号はすでに線で消されている

異重合塔は降臨せず、それによって0号代行者も赤潮の中のコレドールの体を奪うこともなかった……

それなら、自由に成長していけばいいだけ

もしかすると……あなたも新たな可能性を象徴しているのかもしれませんね