安全区域から離れた場所で、フォン·ネガットは孵化したカイウスを連れ、異重合塔の痕跡を探していた
カイウスが生まれ、漆黒の代行者は農夫が収穫し忘れた芋を土から探し出そうとする子供のように、地球の奥深くに「隠された」異重合塔を執拗に見つけ出そうとしていた
しかし、彼が成功しなかったのは明らかだった
……先生のご指示通り、すでに何カ所も探しました
カッパーフィールド海洋博物館の地下3階……あの場所はもうビアンカという構造体に破壊され、見る影もありません
海洋博物館近くの小島も――ビアンカとグレイレイヴン指揮官が去り、パニシングの痕跡は残っていませんでした。先生がセンを培養するために残した赤潮も全て蒸発しています
プリア森林公園跡も――すでに廃墟となり、何もありません……本当に何もないんです
ウィンターキャッスルもパニシングが集まっている兆候は一切ありませんでした
フォン·ネガットは特に反応することなく、静かに遠くを見つめていた
……赤潮の方で、異合生物の状況に進展はありましたか?
もし異合生物が「進化」を続けられるなら、「異重合塔を召喚する」役割を担えるかもしれない
……いいえ
異合生物の進化は一時的に停滞しています。ボクよりも上位の存在が異合生物たちの成長を制御しています。恐らくあの「コレドール」という少女が
その少女は、かつて彼が記録していた状態とは異なっている。外見に違いはないが、以前のような強大な力が失われていた……
ますます激しくなる世界の変動も、決してよいニュースとはいえない
では、塔が降臨しない問題の原因は一体どこにあるのだろう?
カッパーフィールド海洋博物館の事件が起こったあと、彼は「塔」の中の自分と完全に連絡を絶たれてしまった
この世界がより高次元の視線に気付かれないよう、「塔」の中の自分は常に慎重に情報を送っていた。だがそれゆえに今の彼はこの世界に対する掌握を失い、劣勢に立たされていた
彼はまるで巨象に触れて形を探ろうとする盲人のように、なすすべなく手探りでこの世界に触れている……一体誰が「未来」を改変した?
彼はグレイレイヴン指揮官に探りをいれたが、この件について、指揮官は本当に何も知らない様子だった
彼はルナの行方も探した。だが、ルナはいまだに昇格ネットワークの結晶に囚われたままだ。ましてや、彼女は人類文明のために自身を犠牲にすることなどしない
では、この全てを裏で操作しているのは誰だ?
代行者はしばらく考え込み、ありそうな「答え」を推測したが、やはり何の手がかりも思いつかなかった
コレドールは数日前に重篤汚染区域に入りましたが、その後の動向は察知できていません。ですから……
彼女のことは放っておけばいい
今の彼女は赤潮によって孵化したただの異合生物にすぎません。気にする必要はありません
……わかりました、先生
少年は代行者の後ろに付き従い、伝え終えていない情報を報告し続けた
空中庭園の方は……
フォン·ネガットは記憶の中からなんとかその名前を思い出し、ふと足を止めた
ドミニクが封じていたあの汚染模倣因子か……
どうやら、ドミニクの計画も失敗したようですね
封印や逃避は、もともと汚染に抗う手段にはなり得ない
長い沈黙の後、惑砂は顔を上げて代行者を見つめた
……先生?
ここを離れるおつもりですか?
ええ、いずれ。ですが、今ではありません
少なくとも、唯一の
青白い小さな人形がフォン·ネガットの腕に抱えられていた
少し遠出しなければなりませんね
しばらく沈思黙考していた彼は、すぐに決意を固めた
何が何でも、塔を見つけなければならない。塔さえ見つければ、復路の切符を持って塔に入り、全てを終わらせることができる
なぜかはわからないが、今回の「復路の切符」はほとんど完璧に近い。だが、それでも塔がなければ、全ての計画は絵空事に終わるだろう
彼はこのループの中をあまりにも長い間、孤独に歩き続けてきた。だからこそ、唯一の終点を見つけなければならないのだ
次はあなたが私の代わりにルナを訪ね、彼女の手先の昇格者になるといいでしょう
ルナを頼れば昇格者の地位を保ち続けられるだけでなく、必要な時にはリリスに干渉できるようにもなりますから
さあ、ルナのところへ行きなさい、惑砂。これは最後の任務です
この件が終わったら自由にすればいい。自分のやり方で死を求めるか……生き続けるか
ローズがまだ生きている可能性があると知った以上、それを確認するまではひとまず生き続けます
フォン·ネガットは最後の別れの挨拶として、惑砂の細い肩を軽く叩いた
これが彼らにとって最後の「別れ」になるかもしれない
重篤汚染区域周縁に広がる森では、12月の寒風に吹かれて草木がざわめいていた
指先が端末の上を滑り、暗号化されたファイルを開く――アシモフと自分が記録してきた出来事が、さまざまな色の線で結びつけられている
「招待状」は「異重合塔」を開くために使われ、フォン·ネガットは「異重合塔」を探し、ドミニクは「異重合塔」の霧域に姿を消した……
全ての変化は「異重合塔」が降臨しなかったことから始まっている
もし仮に、本当に誰かが――それがたとえ自分自身であれ、未来で「塔」の降臨を改変したのだとしたら、それは一体いつ降臨するのだろう。未来を改変した者の目的は何だ?
「未来」が変えられたあと――「現在」では一体何が起こるのだろう?
思考の中の霧は、糸をほぐすように少しずつ晴れていきつつあるが、まだ全てを理解するには至っていない――
前回会ってからずいぶん経つね。お久しぶり、グレイレイヴン指揮官
月光はさえざえと澄み渡り、他に光源がなくても近付いてくる昇格者の姿がはっきりと見えた
ロラン……
リーは警戒してさっと武器を構え、近付いてくる昇格者に狙いを定めた
おっと、早まらないでよ。敵意はないんだから――誠意をもって取引に来ただけだ
自分はまな板の上の鯉だぞというように、ロランは両手を挙げて武器を持っていないことを示した
まあそう焦りなさんな、グレイレイヴン指揮官
彼は親しげな笑みを浮かべながら、ある時間点を告げた――
それは、「ゲシュタルトの中から黒い星が現われた時間」とほぼ一致していた
これは「昇格ネットワークが異常を起こした時間」――私たちが同じ出来事を話していると仮定すればね
ああ、実はね
親しげな笑顔の下に押し込めていた一抹の焦りが、ついに隠し切れず顔をのぞかせた
少し前、昇格ネットワークに異常が発生し、ルナ様が完全に閉じ込められてしまった……
うっ……
無数の引き裂かれるような苦しみを経て、ルナを捕らえていた長い束縛はついに終わりを迎えた
結晶でできた鎖が砕け散ると同時に、彼女の力の大部分が失われた
……ルナ?
昇格ネットワークに繋がっていなくても、彼女はすぐにルナの様子がおかしいことに気付いた
……セレネだわ
それは以前彼女が切り離した、「ルナ」のノイズだった。このノイズが切り離され、自分のもとから徐々に離れていったあと、ロランはその存在を「セレネ」と呼び出した
こっちに向かってきてる……もう、すぐそこまで来てるわ……
昇格ネットワークは最も強大な代行者だけを支えるだけで、それがルナかどうかなど気にすることはない
昇格ネットワークが変動を起こした瞬間に、ルナはセレネが自分の意識から離れたことを察知した
それは昇格ネットワークの忠実な操り人形だ。セレネと空中庭園の「黒い星」が融合しようものなら、昇格ネットワークは間違いなくルナを見捨てるだろう
私が彼女を食い止める
わ、私も……
臆病な人魚も、木立の後ろで身をすくめながらおどおどと手を挙げた
無駄よ……彼女は私の力を呑み込んでしまう
ルナの顔は真っ青で、宙に浮いていることすらできなくなっていた
セレネと「黒い星」が融合した短い時間で、昇格ネットワークはルナのものだった代行者の権限を奪い取り、セレネに授けていた
では、次に我々は何をすれば……?
……赤潮を
月光に導かれるようにルナは身を屈め、窪みに集まった赤潮を両手で掬い上げた
パニシングに囚われていた時、赤潮の影を見たの
その時初めてわかったわ。赤潮の本当の役割は、昇格ネットワークの中に保存された「情報」を受け継ぐことだったんだと
そうして初めて、地球の「情報」をより完全な形でパニシングの中に満たすことができる
だけどルナ、一体どうやって赤潮の力を得るつもり……?
「卵」よ
赤潮の中のパニシングを感じながら、ルナはそれらの声に耳を澄ませるように目を閉じた
で、でも、時間が足りません、ルナ様。もうすぐ、彼女が来るんじゃないんですか?
赤潮の中の情報は混乱してるだけで、無秩序なわけじゃない。もし、赤潮の意志をコントロールできる協力者を見つけられれば、成功率はもっと高くなるはず。でも……
もう、時間がないわ
少女の金色の瞳がそれほど遠くない方向に向けられた。彼女にはわかっていた。意識から切り離されたあの「ノイズ」が、自分に向かって凄まじいスピードで近付きつつあることを
この世界に存在できる「月」はひとつだけだ
……最短の時間で、十分な力を得るためにはこうするしかない
青白い指の隙間から深紅の液体を滴らせながら、彼女はぐっと手を握りしめた
ロラン、グレイレイヴンを探してきて
グレイレイヴン指揮官ですか?
ええ、何とかして指揮官をここに連れてきて
ルナはよろよろと足をもつれさせながら、自分が囚われていた場所へ戻った
私はパニシングの結晶を利用して赤潮に接続し、赤潮の中の力を吸収する。そして選別を通じて、私の代行者の権限を取り戻す
その間、意識海を安定させるためにはグレイレイヴン指揮官の助けが必要なの
承知しました
明確な指示を受け取ったロランは、ためらうことなく身を翻して立ち去った
姉さんは、ラミアと一緒にどうにかして赤潮を私のところまで導いてほしい
地面を流れる赤潮の細い流れをパニシングの結晶へ導きながら、少女はゆっくりと深紅の泥沼の中へ沈んでいった
私はここで……赤潮に浸るわ