Story Reader / 本編シナリオ / 33 光追う錆夜 / Story

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33-27 懲戒者

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ニュース

報道によれば、星系研究所はついに「仮想コード粒子」と呼ばれる物質を発見したとのことです!

こちらの名称では一般的に伝わりにくいため、星系研究所による検討の結果、この物質を「0号物質」と命名することが決定しました!

それでは、星系研究所の所長をお招きして、この奇跡的発見についてお話を伺いましょう!

コホン……皆さん、こんにちは。星系研究所所長のスールトンです

仮想コード粒子は、「0号物質」と正式に命名されました

これは、当研究所のイシュマエル研究員率いるチームが発見した特殊な物質で、現在も検証中です。詳細な特性については、我々の第1研究チームが引き続き研究を進めています

しかし、すでにひとつ確かなことがあります――それは、この物質が原子状態の「生命」を複製できるということです

つまり大型で安定した……簡単にいうとホログラムのシミュレーションゲーム機のようなものです。この「0号物質」により、いずれ我々の全文明の保存が可能になります――

会場に、聴衆たちの歓声と拍手が響いた。それは星系研究所のためでもあり、彼らがまもなく乗り出す新たな航海へと送られていた――

ああ……所長、また0号物質をダシにして研究費を取る気だわ

…………

確かに研究は進んでるけど、このままで本当に大丈夫なのかしら

…………

ねえ――イシュマエル!私の話、聞いてる?

あ……ごめん、別のことを考えてた……

どうしちゃったのよ、もう――

イサは立ち上がり、心配そうにイシュマエルを見た

ラハイロイ教授がいなくなってから、ずっと心ここにあらずって感じね

教授が心配なのはわかるけど、皆もずっと頑張ってるじゃない

課題を始めた時からずっと上の空だし、0号物質を見つけた今でもまだ上の空よ――

一体どうしたの?前はこんなことなかったのに……

わからない。ただ、すごく不安なの……

イシュマエルは子機の画面上を絶え間なく流れるデータをじっと見つめながらも、焦燥感にかられ、ソワソワと服の裾をいじった

所長がもう結論を出したじゃない。0号物質があれば、熱的死を乗り越えられるって。何がそんなに不安なのよ

イシュマエルは本当によくやったわ。たった5標準年でその解決方法を見つけたんだから……

イサはイシュマエルを励まそうとした

少し休んだ方がいいわ

ここ数日、ずっと子機を見つめっぱなしでしょ?最初の生命複製の結果を待ってるの?

そうよね。なんたって、生命を複製するんだものね……

イサは憧れるように頬杖をついた

ああ、なんて偉大な命題なの……私もあなたたちのプロジェクトチームに入りたいな。でも、どうしても教授が許してくれないの……

窓の外では、幻日が地平線の下に沈んでいた。自然形成された星など、もうほとんど空で光っていない。時間を刻む星時計がゆっくりと重々しく、現在の時刻を告げている

……あの星、光ってる

あの星は……最後の主系列星よ

薄明るい光が残る空に、自然形成した最後の星が浮かび、静かに瞬いていた

えっ……学者たちが主系列星最後のエネルギーで、新しい小惑星を作ってるんじゃない?あの人たちいつもそうでしょ、今に始まったことじゃないわ

でも、あれは最後の星よ……

イシュマエルはため息をついた

彼女は所長たちが0号物質の実験を続けるのを止めようとしたことがある。そもそも0号物質の発見そのものを隠そうとすらしていた

しかし、惑星コンピュータは全てを忠実に記録し、あらゆる実験記録を正確に同期し、星系研究院の中枢装置へと報告していた

0号物質が「情報」を複製できると判明した時、所長は狂喜乱舞し、すぐに大小さまざまな記者会見を開き、この吉報を銀河全体に伝えたのだった――

所長、やはり0号物質には問題があると思います……

ん?もう、君のこの標準年度の貢献褒賞金は申請しておいたが……

褒賞の話ではありません、所長

0号物質がこれまでに示している特性は、完全に無秩序そのものです。これは本当に危険です……

ハハ……無秩序が危険だということくらい、私も当然わかっている

所長は子機での煩雑な事務作業からようやく顔を上げた

だが、世界には希望が必要だ。文明は保存されなければならない――我々に残された時間は、あと5標準年だけなんだ、イシュマエル

それに、もう試したじゃないか。0号物質は確かに我々の文明全てを複製できる

無機物から、有機物、建築物、植物、更には――「生命」までも

ですが今、それが生み出す情報はどれも無秩序な増殖を繰り返していて……

無秩序も一種の秩序だ。もしかしたら、まだ我々がこの物質が持つ法則を見つけていないだけかもしれん。これは新発見の物質だ。分析に十分な時間が必要なんだ……

さあ、話は終わりだ。インタビューが控えているんでね。よければ君も、解説のために参加するかね?

…………

いえ、遠慮しておきます

彼女は無力さにそっとため息をつきながら、部屋を出て扉を閉めた

それ以降、故意かどうかはさておき、所長はイシュマエルを0号物質の主要研究チームから外した。実験データの同期の閲覧権限だけに制限したのだ

それは実質的に彼女から実験における全ての権利を奪い取ることと同じだった。しかし幸いというべきか、イシュマエルも実験を続ける意欲をとうに失っていた

イシュマエルは、ラハイロイがかつて行っていたタイムワープ機の研究に没頭し、自ら孤立するかのように、単調で面白みのない情報実験作業を繰り返した

***権限認証成功***

***標準時間7873/15/05***

0号物質**実験**▅▅物質複製**複製成功***

***標準時間7873/17/25***

0号物質**実験**▅▅物質複製**複製成功***

***標準時間7873/21/25***

0号物質**実験**実験体A21S5複製**複製成功***

…………

定期的に子機から送られてくる0号物質の実験報告を読んだイシュマエルは、心配そうにその内容をじっと見つめていた

彼女は何度も0号物質の性質を計算し直したが、いまだに検証「結果」は得られていない

「宇宙回帰モデル」のカウントダウンは、刻一刻と進んでいる。彼女は何度もタイムワープ機で実験体を「未来」に送り出そうと試みたが、結果はいつも同じだった

まさか……0号物質の出現は、本当に熱的死を乗り越える方法なのだろうか?

***標準時間7875/21/25***

0号物質**実験**実験体C65B8複製**複製成功***

***標準時間7875/21/25***

0号物質**実験**実験体C94C3複製**複製成功***

子機は、複製成功の情報を無情に吐き出し続けていた。この実験はほとんど失敗することがなかった

第1研究チームの指導のもと、彼らは0号物質の性質を更に深く掘り下げ続けた。複製、保存、浸透性……

0号物質で複製された最初の生命は、物質のコアに入ることに成功した。彼らは霧のような「形態」で0号物質から再び現れ、会話や交流、全ての生理的な活動を行えた

0号物質内部に入った生命によると、彼らは物質の内部では、肉体ではなく「心」という形態として存在したという

0号物質は生命の真の本質を複製することができる。これから人々は0号物質と宇宙の深部へと旅立ち、無用の肉体は惑星に捨て置くことになる

0号物質に入ったあと、人々の心は銀河全体に広がり、宇宙に存在する全ての光を見ることが可能だ。人々はより高次元の、新たな「生命」へと進化するのだ

星系研究院による反復検証の結果、彼らは0号物質こそが熱的死を乗り越える「答え」であると結論づけた

研究者たちは、これこそ文明が次の段階へ進むための「道標」であると信じていた――彼らに残された時間はもう僅かだった

「宇宙モデル」のカウントダウンは、あと3標準年しか残されていない

志願者を複数回に分けて0号物質に生命を送り込み、拒絶反応が起きないことを確認した星系政府は、最大動員を行って0号物質に入ることを奨励し始めた

イシュマエル――

どうしてまだここにいるのよ。今回の進化リストに、あなたの名前は載ってないの?

イサが扉を押し開け、2枚の申請書を振り回しながら駆け込んできた

……名前は消したの

えっ――!?どうして!

イシュマエルの名前がなかったから、わざわざ研究所の特殊ルートの申請書を持ってきたのに――

イサは眉をひそめ、意味がわからないというようにイシュマエルを見つめた

話してよ、今度は何を心配してるの?ラハイロイ教授のこと?それとも……あの「最後の星」?

ごめんね、イサ。メールで説明した通り――

メールは読んだけど、やっぱりあなたの口から聞きたいの

……ごめんなさい。私にはどうしても、0号物質が最終的な解決方法だとは思えないの。あなたには「進化」してほしくない

毎日、子機が複製データを送ってくる度に、その法則性を計算しているけど……私たちが知っている「法則」と呼べるものは、一度も現れていない

あれは無秩序そのものよ――

イシュマエルは焦ったように子機から全部の記録を取り出し、イサに見せた。そして、理解してもらえることを切望するように彼女を見つめた

所長も言ってたわ。確かに0号物質にはまだ法則性が見つかっていない。だけど……

でも、第1研究チームはすでに実証したわ。複製された「生命」には生物としての特性がある。彼らは、ただ生存方法を変えただけだって

私は……これは確かに一種の生命の進化形態だと思うの。前に所長の理論講義でも教わったでしょ?

生命がより高次元へ移行すると、宇宙磁場に入ったり、機械生命になったり、電波の形で存在したり、あるいは新たな存在方法を発見する可能性があるって――

0号物質は正しい方向かもしれないのに、どうしてそれを認めようとしないの?

…………

指先が微かに震え、イシュマエルは力なくうなだれた

彼女が153本の論文で自分の考えを証明しようとも……どれだけ多くのデータで0号物質の危険性を示そうとも……一介の研究員の話に耳を傾ける者はいなかった

文明の存亡と燃え尽きそうな恒星を比べた時、恒星を選ぶ人などいない

そして彼女を信じる者もいない

イサも……0号物質に入る準備をしてるの?

……うん。ごめんね

私の家族も教授も皆、0号物質に入る準備をしてる。私たちは第2陣の予定だけど、今回の進化リストにあなたの名前が載ってなかったから……

…………

イサは気落ちしたようにため息をつき、申請書をテーブルの上にそっと置いた

申請書を置いておくわ。お願いだから……もう一度よく考えてみて

イシュマエルが再び窓の外をぼんやりと眺め始めたのに気付き、イサは頭を振りながら部屋を後にした

第2陣での「進化」生命たちは、何の問題もなく0号物質に入った

***標準時間7879/21/25***

0号物質**実行**D15B03複製*名前*マイXアール**複製成功***

***標準時間7879/21/28***

0号物質**実行**D32J12複製*名前*イサ**複製成功***

……

短い「適応期間」を経て、星系研究所は他の人々が0号物質内の生命を訪問することを許可した

いくつもの申請手続きを経て、イシュマエルはようやく0号物質内のイサと話す機会を得た

……イサ……イサなの?

白くぼんやりとした霧の塊を前にして、イシュマエルはどう接すればいいのかわからず、戸惑っていた

…………

朧げな霧が人の形を描き出し、彼女のよく知るイサの姿がうっすらと見えた

こ……こんにちは……

ハじめまして、みたいな言い方ね。ふふ、いつからそんな他人行儀になったの?傍から見たら、他人同士に思われるわよ

霧はイシュマエルをそっと抱きしめるようにふわりと波打ったが、すぐに自制するように0号物質の霧を収めたガラスケースに戻り、イシュマエルの服にすら触れなかった

0号物質は……本当に「正しい方向」なの?

ヤっぱりその話なのね……イシュマエルも早くおいでよ。前にも言ったでしょ、もちろん0号物質は正しい進化の方向だって……

クればわかるわ。私も、ここに来て初めてわかったの。0号物質内こそ、生命が生存するのに最も適した場所なんだって

ニげようのない熱的死やエントロピー増大とか、一切考えなくていいの。ここには危険も脅威もないもの

ゲーム機のホログラムみたいなもの、って所長が言ってたけど、本当にその通り。イシュマエルも、早く申請してこっちに来るべきよ

テっきり、イシュマエルもいずれ考えを改めて来るとばかり……こっちに来ればまた私たち、前みたいに一緒に……

…………イサ

イサは「よくわからない」というような表情を浮かべていた。その顔は、まだこちらで生活していた頃とまったく同じだった

……あなたの御霊が、四翼のホワイトレイヴンとともに羽ばたかんことを

霧で形作られた人の姿は、静かに消えていった

面会時間終了です。0号物質は多数の生命を複製したばかりなので、インターバルが必要です

…………

0号物質には調整が必要なんですか?

もちろんです。0号物質は新しい物質であり、多くの生命体を同時に複製して内部に取り込んだあとは、一定の調整期間が必要となります

監視役の研究員は、堅苦しい口調で淡々と説明した

イシュマエルは顔をしかめ、どこか不気味なこの場所から足早に去った

宇宙モデルのカウントダウンが依然として続く一方で、星系政府が主導する移行計画は順調に進められていた

第1陣の実験体たちに始まり、続く第2陣では研究者たちが0号物質に入っていった

一部の研究者が0号物質の中でも意識を保ち、以前と同じように研究や対話を行えることが確認されたあと、移行する人々が第3陣、第4陣と続き……

星系の約20%の生命体が、すでに0号物質の中に入った

イシュマエル?

小さなノックの後、トウ·3T型がイシュマエルの研究室に入ってきた

これは……0号物質の規則性を計算しているのね

ご、ごめんなさい……でも、どうしても計算できないんです。どうしても……

床一面に散らばった紙が、ここでどれほど激しい「戦い」が繰り広げられたかを物語っていた。イシュマエルは部屋の中央に座り込み、最後の1枚の紙を虚ろに見つめていた

その紙にもやはり無秩序な数列が記されている

0号物質は絶対的な無秩序の物質よ。私も惑星コンピュータで何度も計算したけれど、結果は出なかったわ

でも、「進化」はまだ続いているんですよね?

一方で、0号物質を監視する子機は途切れることなく、1行また1行と「データ」を印刷し続けていた。規則性のある生命が、無秩序の循環の中へ次々と送り込まれていく

…………

私も、未知の物質の中にむやみに生命を複製して送り込むことには賛成できないわ。ただ……

彼女は片側に置かれたタイムワープ機に触れながら、突然話題を変えた

ラハイロイからまだ連絡はない?

……ありません

タイムワープ機はずっとオンライン状態にしていますが、あれ以来、ラハイロイ教授の子機は一度も接続していません

まるで……教授なんてそもそも存在していなかったみたいに

彼女は後続の無数の時間記録を調べた。情報は複雑に入り乱れ、彼女が一番求めている人物からの内容は、ついに見つからなかった

トウさん……あなたも0号物質に入るんですか?

……まだ入らないわ

あなたに会いに来たのは、第1研究チームが新たな問題を発見したからなの

0号物質が外部へ伸び始めたの

最初は、0号物質を保存している容器の縁から、小さな白い霧のようなものが外に伸びただけだった

第1研究チームは、すぐさまそれを徹底的に調べ、それが単なる0号物質の余剰物質であることを突き止めた

むしろ、彼らは喜びに湧き立った。それまで自己複製や成長ができないと思われていた0号物質に、ついに成長の兆しが見えたのだ

……でも、0号物質は無秩序なんじゃ……

そう、0号物質は無秩序よ。その繁殖の仕方も同様だった……

穏やかだった0号物質は無秩序な繁殖を始め、狂ったように成長を続けた

最初はガラスの培養皿の中だけだったのが、その後、部屋全体に広がり、ついには研究所の一角を占拠するまでになった――

まるで牙を剥いた巨大な獣のように、0号物質は容赦なく、全てを好き放題に貪り始めた

0号物質は無秩序に成長し……腐食の特性まで現れたんだ……

す、少しでも、生命体や物質に触れた瞬間、すぐに呑み込んでしまう……

そんなはずないわ!0号物質は進化のためのステップなのよ……

おい!急げ!早く救え!彼を引っぱり出さないと――!

無秩序な発展、無秩序な特性……「進化」させているんですね、自分自身を

待ってください――

0号物質の「複製」プロセスを記録し続ける子機が、ゆっくりと新しいデータを吐き出した

***標準時間7880/23/03***

0号物質**誕生****成功***

0号物質は……「新たな生命」を創造している

星系政府は、それでも0号物質を推奨し続けていた星系研究所の所長を逮捕した。緊急措置としてトウ·3T型を新所長に任命し、全力で問題の解決を試みた

しかし、発展の方向性がまったく「未知」である物質に対しては、誰もが手をこまねくしかない

複製された生命たちが0号物質の霧の中に現れることは二度となかった。0号物質の中心部で完全に眠りについたように、彼らの生体波動は感知できなくなっていた

同時に、0号物質の中で新たな意識がひっそりと誕生していた――

……私たちは、暫定的にそれを「懲戒者」と名付けることに決めたわ

研究所内で、トウは連日の疲れを少しでも解そうと、こめかみを揉みながらため息をついた

懲戒者……

ええ……

0号物質が現れたこと自体が、この文明に対する「懲罰」なんじゃないかしら?

次の段階へ進むためのステップだと信じていたのに、まさかこんな破滅を招くなんて……

……すみません、私が……

あなたが謝る必要なんてないわ。本当に謝るべきは、私たちの方よ

あなたはあの時、何度も警告してくれたのに……私ですら、その警告を軽視していたわ

…………

トウは大きくため息をついた

熱的死は訪れなかった。0号物質は確かにそれを食い止めることには成功した

情報の増大も止まり、これまでの予測通り、大部分が0号物質に複製された。だが……

それは、別の「災厄」の到来を告げるものだったようだ

虚空の中で青白い人形は翼をたたみ、無表情のまま四翼の白い鴉が刻印された重厚な本をめくっていた

それは、当初の想像以上に時間を要するものだった

ピンク色の髪の女性が静かに傍らに現れ、無感情にページをめくるカイウスを見つめていた。その表情には、言葉では言い表せない何かが浮かんでいた

彼女は自分の「文明」が覗き見されていることに怒るわけでもなく、ただ静かにカイウスの側に佇んでいた

カイウスの声が辺りの静寂を破った

…………

そうです

四翼のホワイトレイヴン文明で「0号物質」と名付けられた物質こそ、別の形態のパニシングです

「懲戒者」とは、四翼のホワイトレイヴンの文明に属する「0号代行者」のことです

…………

私の観測では、「偉大な存在たち」の……

いわゆる「選別」に、明確なルールはありません

透き通るような白い瞳に一瞬困惑の色が浮かんだが、それはすぐに消えた

世界の意志には逆らえません。たとえ四翼のホワイトレイヴンのような繁栄を極めた文明でも、最終的には熱的死へと帰する運命なのです

仮にあなたが異重合塔内の全ての情報を吸収し、本当に時間を異重合塔が降臨する前に戻せたとしても……

人類文明の終焉を更に早めるだけかもしれません

宇宙は必ず熱的死に呑まれる。恒星も、やがては消滅の道をたどるのです

全ては塵に帰ります。どれだけ足掻こうとも、結末はどれも同じ……

…………

0号物質……あるいは、地球におけるパニシングの性質を考えれば、全ては赤潮か白い霧に覆い尽くされたはずだ

イシュマエルもまた、白い霧のような0号物質の中に呑まれ、全てが「扉」の向こうへ連れ去られるはずだった

なのになぜ……イシュマエルは生き延びられた?

そしてなぜ、彼女は0号物質を利用し、宇宙全ての文明を封じることを選んだのだろう?

…………

イシュマエルは小さくため息をついた

知識欲が旺盛ですね……

すでに歴史となったことですから、教えても問題ないでしょう……

彼女は分厚い本に向かって軽く手を振ると、ページがパラパラとめくれ、あるページが開かれた

古びた本のそのページには、血の色と混じり合った浅灰色の文字が記されていた

四翼のホワイトレイヴン文明は、懲戒者の大鎌から逃れることができなかった

0号物質の白い霧を掃討する作戦中、白い霧は実体化し、0号物質の中で生まれた「意識」が殺戮の刀を振るった

意識は容赦なく文明に属するもの全てを刈り取り、宇宙の終わりは単なる熱的死だけではないことを告げた――

少なくとも、四翼のホワイトレイヴンにとっては

研究所で、イシュマエルは慌てふためきながらやってきた研究員たちを見ながら立ち尽くしていた

彼らは、彼女とトウ·3T型が改造したタイムワープ機を運んでいった

新しい名前をつけなきゃね

ラハイロイタイムマシン、とか?

面白くないですよ、トウ所長……

ああもう。ラハイロイは以前からあなたのことを心配してたわ。若いのにいつも生真面目すぎるって……

トウはため息をつき、機械に向き直った

じゃあ……「時間平面の破壊及び空間定位回帰装置子機」にしましょう

……長すぎます

短くすればいいのよ。引き続き、子機はタイムワープ機子機、本体はタイムワープ機本体ってことで……

…………

さて、とりあえず話はここまでよ

私は第1陣の先遣隊の登録状況を見てくるから、あなたは0号物質の動向を見張っていて

呼びやすい研究所のコードネームが必要ですね……

…………

背を向けたトウは一瞬足を止めてそのまま去っていったが、遠くからトウの声が聞こえてきた

コードネームは……モズよ。モズ研究所

既存の武器や手段では0号物質に効果がないとわかると、残された生命たちはトウの指揮の下、タイムワープ機で「過去」に戻り、全ての出来事を変えようと試みた

タイムワープ機は急遽改造され、最初の先遣隊たちはタイムワープ機子機を装備し、タイムトラベルに踏み出した

彼らは0号物質の出現時期を「開始年」、四翼のホワイトレイヴン文明が終焉に向かった時期を「終結年」と名付け、危険を顧みず何度も歴史を修正し、文明を救おうとした

しかし、誰ひとり成功しなかった

0号物質と「懲戒者」の出現は、必然であるかのように

彼らの戦争はただ懲戒者を巻き込み、白い霧を血に染めていくだけのものになっていた

四翼のホワイトレイヴン文明は、ここで終焉を迎える運命だった

トウ所長……253番の情報を受け取りました

……内容は?

253番は……1標準年前に死亡していました

……彼の御霊が、四翼のホワイトレイヴンとともに羽ばたかんことを

254番と255番はすでに出発しました

3標準日後に私も出発します。順調にいけば、7標準日後には戻る予定です

……ええ

256番先遣隊員が遠ざかっていくのを見送りながら、イシュマエルは目を伏せた

先遣隊が……またひとり犠牲になったのですか?

……ええ、253番が……

名前はイール·2·シス。ボラー星の前の移民で、恋人がいました……142番先遣隊員です

…………

これで先遣隊員はもう253人目。残された任務を遂行できる時間跳躍者も、もう多くないわ……

イシュマエルは子機の記録簿を開き、イール·2·シスという名前の後ろに、そっと「死亡」の文字を記した

星系の生命はどんどん減少しているわ……

「懲戒者」はあちこちで命を刈り取っている。懲戒者は0号物質が誕生したあとの、どの時間点にも現れることができた

先遣隊の時間跳躍者たちのほとんどが「懲戒者」の手にかかって落命した。今、各時間の層に存在する「モズ」研究所の時間跳躍者は、恐らく100人にも満たない

吸収した「情報」が増えるにつれ、「懲戒者」には何らかの意識が芽生えたようだ。必死に巨木を揺さぶろうとする虫たちを、自らの意志で追いかけ始めた……

私は次の先遣隊に志願し、時間跳躍者になります

…………

トウは困惑しながらイシュマエルをじっと見つめた。トウは何か言いたげに唇を動かしたが、結局何も言わなかった

……わかったわ

登録しておくわ。あなたは……367番目の時間跳躍者よ

再び子機の画面が開かれ、イシュマエルの情報が先遣隊時間跳躍者の名簿に入力された

研究所の段階で0号物質の出現を阻止しようと試みたけれど、すでに何度も失敗しているの

0号物質が一度でも出現すれば、必ず誰かがその研究を推進し始める

所長を交代させても、別の指導者が0号物質の出現を推し進めるし、研究チームを入れ替えても、別のチームがこの研究課題を引き継ぐわ

だからあなたの任務は、0号物質が出現する前の時間に戻ってラハイロイを見つけ、彼女が0号物質の研究を始めるのを阻止すること

ラハイロイ教授が0号物質の研究を始めるのを、阻止する……

できる?

……やります

イシュマエルは、迷うことなく静かに頷いた

…………

トウは複雑な表情でイシュマエルを見つめていた

これは戻れない道になる可能性が高い。ねえイシュマエル、まだ、最後の選択の機会は残されているのよ……

何かしなければならないんです

私は0号物質の研究推進を止めることもできず、研究者たちが0号物質の中へ生命を次々と複製するのも止められませんでした

すでにこうなってしまった以上……私は、何かしなければならないんです

無意識にテーブルの上を見たが、いつもイサが甘い飲み物で満たしてくれていたカップは、もうそこにない

……あなたの出発は3日後よ

モズ研究所

また新たな時間跳躍者たちを送り出すと、研究所内は僅かなスタッフが歩き回るだけとなった

トウ·3T型はタイムワープ機本体の傍らで、自らイシュマエルの目標地点を調整していた

準備はできた?

……はい

少女は落ち着いた様子で子機を調整していた

……無事に帰還することを願っているわ。四翼のホワイトレイヴンのご加護を

タイムワープ機本体が起動し、仄かな青い光が液体のようにイシュマエルの体を包み込む。視界は虚無の中に沈み、胸を押されて後方へ押し流されるような感覚があった――

うぐっ……

神経中枢から眩暈や不快感が湧き上がり、イシュマエルは無意識に身に着けている子機を押さえた。次の瞬間、彼女は恐怖に目を見開いた――

タイムワープ機子機の側面に、「刻印」が刻まれるように、1行また1行と文字が現れた――

▅イシュマエリ――

――失敗は、避け、られない

教授……ラハイロイ教授!!

果てしない時空のトンネルの中で、彼女は師の影を捉えたような気がした

それが本当に見えたのかどうかはわからない

ふいに……彼女は全てを理解した

なぜ教授が熱的死の概念を送ってきたのか

なぜ教授が「情報を捕捉する機械」を通じてしか情報を送れなかったのかを――

――▅▅▅月▅▅時、▅▅▅宇宙▅▅▅滅びゆくのを見た

なぜ教授のタイムワープ機子機が完全に断絶し、なぜ教授が完全に消えてしまったのかを――

――▅▅▅月▅▅時、データフロー▅▅▅逆転できない▅▅▅

――▅▅▅月▅▅時、▅▅▅▅▅その▅▅▅▅来た▅▅▅▅▅▅▅▅

彼女の師――ラハイロイは、まるで幽霊のように無限の空間へ追放されていた

イシュマエリ、熱的死の仮説は現実となった――

そのメッセージの後半部分は、宇宙の「法則」によって制約され、送信されなかった

イシュマエリ、熱的死を、探っては、いけない

失敗は、避け、られない――

イシュマエルは、まるで全て自分とは無関係の話であるかのように平然とした表情で淡々と語った

ただ、青さを失った瞳の中には、拭いきれない微かな悲しみが凝縮していた

カイウスは無表情のまま本を見つめていた

それから……

0号物質は時間跳躍者の足取りを追い続け、文明は苦痛の輪廻を何度も経験することになりました

赤潮が異重合塔を通じて拡大するように、0号物質も四翼のホワイトレイヴン文明のタイムワープ機本体を侵蝕しようとしたのです

そして、0号物質が装置の法則を掌握したあと、猫が鼠を追うように、無数の時間跳躍者たちがあらゆる時間の隅から見つけ出されました

そして……

イシュマエルという名の少女は、悪夢のようなループの中でどれだけの時間を生きてきたのかもわからなかった

彼女は何千、何万回もの輪廻を経験し、数え切れないほど牢獄から逃げ出した

そして最終的に、0号物質が全てを呑み込む直前、彼女はついに▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅▅……0号物質の「権限」を掌握したのだった

あなたが見た通りです……

私は自分の「文明」を亜空間――あの扉の向こう側の世界に置いた。そして、彼らが以前のように生きられるようにしたのです

そして私は……0号物質の特性を借り、「意志」に選ばれた「門番」となりました

今、あなたに教えられるのはここまでです

イシュマエルは曖昧な笑みを浮かべ、真実か嘘かもわからない言葉を口にした

いいえ……この「物質」は、誰かが「作り出せる」ものではありません

カイウス汚染やパニシング、あるいは熱的死のように、これは宇宙の意志……「偉大な存在たち」が、回収や選別のために用いるひとつの手段にすぎません

この災厄を乗り越えれば、「偉大な存在たち」に一歩近付き、より多くの知識を得ます。それができなければ、星の海へ向かうためのチケットは手に入りません

私が教えられることは全て話しましたよ、[player name]

彼女は微笑みながら、青白い人形を見た

そうだとしても、あなたはなお……頑なに自分の文明を救おうとするのですか?

カイウスは無限の因果の糸を束ねるのをやめなかった。正確にいえば、この「物語」を聞き始めてから今までずっと、カイウスはこの「行為」を繰り返していた

最初、ここに「イシュマエル」を投影として置いたのは……ただ面白そうだったからです

こんなに複雑で小さな世界を見るのは、本当に久しぶりでした。でも、その後に……「あなた」を見つけたからです

あなたには、私の仲間になる素質があると感じました

森の中はとても暗い。そんな状況で、私はいつだって盟友を求めています……あなたたち人類がそうするように

…………

カイウスの動作を見て、イシュマエルはそれ以上何も言わなかった

とっくに覚悟はできているのですね

人類が求めるものはいつだってとても単純だ。しかし、今の状況下では、その希望は途方もなく難しいものになっている

どんな姿になろうと、どれほどの力を得ようと……

<phonetic=[player name]>自分</phonetic>の想いが変わることはない

自分は……皆とともに、家に帰る