イシュマエルは研究員の作業服を脱ぎ、テーブルの前に座ると、窓の外の満天の星空をじっと見つめた
空いっぱいに散らばる星々の光は、一等星でさえその星々の輝きを覆い隠せないほどだ。壮大な曲線で形作られた建築物が立ち並び、星明かりの中で輝いていた
少女は約束の時間が来るのを待っていた――
あっ、もう行かなきゃ
時を計るための星が天で数度瞬き、約束の時間が訪れた
<b><ud><color=#34aff8ff><link=19>子機</link></color></ud></b>から催促の通知音が聞こえ、イシュマエルは子機を操作して設定した座標をゲートに入力した
ゲートが小さく鳴り、イシュマエルは安堵したように微笑み、部屋の扉を開けた。今日は研究所の仲間と、都市のレクリエーションエリアに行く約束をしていた――
扉を開けた少女は、高層ビル群が虫のように小さく見えるほどの、高度数十kmを超す宇宙域に姿を現した。防護シールドが音もなく展開し、主人を守っている
あら……
うーん、空間ワープを使うの久しぶりだけど、それにしてもどうしてこんな扉を開けちゃったのかしら
ワープに失敗した少女は少し悔しそうな様子を見せたが、すぐに正しい座標を設定し直した
今度は扉を開く前に、研究所の仲間の声が扉の向こうから聞こえてきた
四翼のホワイトレイヴンのご加護を――イシュマエル!また待たせたわね!
黒髪の少女は笑いながら軽く文句を言い、イシュマエルを扉の向こうから引っ張り出した
ちょっと座標を間違えただけよ……残業が長引いたせいで、ぼんやりしてたみたい。イサが来るのが早すぎるの
フン、だからって関係ないわ!今日は奢ってもらうからね?そういう約束だったでしょ!
はいはい、いいわよ。ちょうどボーナスも出たばかりだし……
少女たちは街の中で笑いながらふざけ合っていた
最高の時代だった。彼らの文明は星の海のごとく輝き、彼らは宇宙という光り輝く舞台に立っていた
彼らは熱恒星のエネルギーを蓄え、無尽蔵ともいえるエネルギー源を持っている。空間物理を活用して瞬時に転送地点を特定し、他の都市や星間へ移動できた……
彼らの文明の足跡はすでにこの星系全体に広がっていた。そして彼らは、更に深く遠い未来と、謎めいた「時間」を探求するための航海に乗り出そうとしていた
やっぱりイシュマエルたちの教授って太っ腹よね~。こっちはボーナスなんて全然くれないんだから
またそんな甘いもの飲んで……気をつけないと病気になるわよ
大丈夫
イシュマエルはそう言ってカップの中の飲み物をかき混ぜた。イサは呆れたように小さくため息をつき、突然何か思い出したかのように話し始めた
そうそう、聞いた?あの話……
イサは神妙な顔をして声をひそめた
あの話って?
知らないの!?本当に残業ばっかりしすぎなのよ……
それがね……私たちの研究所で、すごく変な記録をキャッチしたの……
イサは周囲をキョロキョロと見渡し、誰もこちらに注意を払っていないのを確認すると、更に声をひそめて話し出した
前に……研究所で奇想天外なことばかり考えてる人が、すごく奇妙な装置を作ったって話、覚えてる?あの、ずっと未来や過去の「<color=#ff4e4eff>情報</color>」をキャッチできる装置のこと
あの装置、データフローをほとんど占有しないし、停止もせずにずっと置かれっぱなしだったの
でも数日前、誰かがその装置が何かをキャッチしたことに気付いたらしいのよ……
真っ黒の画面に怪しい緑色の光が点滅し、大量のデータが流れている。捕捉された「情報」はまるで虫のように、画面の特定情報を保存するデータキャプチャに格納された
それで……どんな情報をキャッチしたの?
それが、たった3文字だけで……
熱的死、って
黒髪の少女は淡々とその3文字を口にした
…………
その「情報」について、研究所ではどう見てるの?
うーん、いつも通り皆バラバラね。色々な意見が出てる
本物だって信じてる人もいるわ。「無数光年彼方から伝わってきた情報」だとか、「災難の予言」だとかなんとか
でも、それはデマだ、研究所の監視子機を徹底調査しろって言う人も。悪意のある人が、皆を怖がらせるためにイタズラ目的で忍び込んだのかもって……
イサはどちらの意見にも関心がなさそうに、口をすぼめた
熱的死……
イシュマエルは眉をひそめた。彼女にはこの情報の出現は、そんな単純な話ではないように思えた
ちょっと、何よその顔。急に戻って残業するとか言わないでよね?
イサは警戒するようにイシュマエルの腕を掴んだ
……そうじゃない。ただ、今ふと私の教授が言ってた話を思い出したの
イシュマエルは、イサを安心させるようにポンポンと彼女の肩を叩いた
そうね、ラハイロイ教授の研究テーマって時間と熱的死だったわね……進捗はどうなってるの?教授の宇宙モデルはまだ完成してないの?
宇宙回帰モデルを作り、熱的死に関する情報を補完するんだっけ……うーん、どうにも信じられないわ……
私にもわからない。最近、教授は忙しいし、進捗のことは何も聞いてないの。それに、私が徹夜で仕上げた論文の返事もまだもらってないし……
でも……もし、もしもよ、熱的死が本当だったら……私たち、どうなるの?
うーん……
イサはモグモグと食べ物を噛みながらしばらく考えていたが、諦めたように首を振った
この情報が本物で、四翼のホワイトレイヴンのご加護があったとしても……熱的死が本当に訪れたら、私たちに何ができるっていうのよ?
誰だって知ってることよ。熱的死は宇宙の終焉。エントロピーの増大を逆転させるなんて不可能だわ……
あっ……ごめん。別にイシュマエルたちの研究をバカにしてるわけじゃないの。ただ……
少女は困惑したようにイシュマエルを見つめていた
正直、あの時どうしてイシュマエルが人気分野の星間探査を選ばないで、時間と熱的死のテーマなんか選んだのか、理解できない
だって……あれには本当の「答え」なんて、ないんじゃないの?
……私にもよくわからないけど、あの時は純粋に興味があっただけかも
ピンク色の髪の少女は、卒業したばかりの頃の考えを思い出そうとしたが、当時のことをどうしても思い出せなかった
なぜそのテーマを選んだのか……前に宇宙が熱的死に包まれ、全てが死ぬ光景を夢で見たから?研究プロジェクトを選ぶ時、壇上で発言するラハイロイ教授に惹かれたから?
恒星が永遠に燃え続けることはできないように、情報を逆転させることはできない
だからこそ、私は「時間と熱的死」の分野を深く研究しています
私の目標は<b><ud><color=#34aff8ff><link=20>宇宙のマクロモデル</link></color></ud></b>の構築です。宇宙が周期的に繰り返し回帰する現象をシミュレーションし、熱的死の解決方法や、情報の逆転の可能性を探求します
いつの日か――私は時間を越えて熱的死の解決方法を見つけ、星空の果てを目にすることでしょう
彼女は入学説明会での教授の演説を、今でも覚えている
壮大で衝撃的なテーマの後に続いたのは、幻想的でロマンのある天の神話だった
…………
ちょっと……ねえ!どうしたの、またボーッとして
まあいいわ、退屈な話はもう終わり!
それより、最新の惑星観光を見た?昨日、パンフレットを送信してあげたでしょ。次の休暇で一緒に旅行しようって約束だったじゃない
あ……ごめん!今見る!
慌てて子機を開いてメッセージを確認すると、惑星観光のホログラム映像が飛び出した。快活なバーチャルツアーガイドが、さまざまな星の特徴を朗らかに説明する
反重力のボラー星は、空に浮かぶ海水が雲を包み込み、モア星では地面には一面真っ白な岩が広がり、人気小説「灰色の星の伝説」のドラマのロケ地です
エンデュミオン星は……安定した二重星系に位置し、ひとつの恒星を主星として公転しています。もうひとつの恒星は遠いため、この星にはほとんど影響を与えません
しかし、それが夢のような景色を生み出しているのです――
あっ!イシュマエルもエンデュミオン星に行きたいの!?
パンフレットを覗き込んだイサは、イシュマエルの指が止まっているページに気付いた
うん、教授の友人がこの星に住んでるから……
へえ、それはいいわね!でも、エンデュミオンはかなり大きな星よ。満喫しようと思ったら、数日の休みくらいじゃ足りないわ
本当に行ってみたいなぁ。エンデュミオンは、銀河系で一番美しい夕陽なんだって……
次の長期休暇で行こうよ
はぁ、そうね。いつかチャンスがあるわ……
少女たちは、あの謎の情報のことをすっかり忘れ去っていた
これは文明の最も輝かしい時代だった。彼らは時間の制御を除いて、あらゆることを成し遂げ、更に遠くの宇宙空間を切り拓こうとしていた――
熱的死はただの仮説だ
それは虚構に存在する
遥か彼方の災難にすぎない
本当に訪れることはない
熱的死はただの仮説です。しかし、私たちはまもなく「時間」をコントロールできるようになります
研究所の前では研究員たちが黒山の人だかりを作り、ラハイロイの最新研究発表を待ちわびていた
私たちはすでに時間旅行の可能性を実証しました
彼女が背後の幕を引き開けると、巨大な機械が現れ、人々の間にどよめきが広がった
時間旅行が……本当に実証されたのですか?
これまでに、私たちは何度も検証を行ってきました。多くの先遣隊員がこのタイムワープ機を使い、他の「時間」へ進む、あるいは戻ることに成功しています
彼らは事前の約束通り、異なる時間に十分な証拠を残し、このタイムワープ機の有効性を証明してきました
中年の女性は手に持った投影を次々に映し出した。数十億年前の岩壁に刻まれた研究所のロゴ、歴史上の人物が亡くなる場面に意図的に現れた先遣隊員の姿、そして更に……
事前に設定されていたこの瞬間に、タイムワープ機子機に導かれた先遣隊の隊員がゆっくりと本体の側に姿を現した
私は通信子機の概念を応用し、中枢装置を使ってアンカーポイントを固定しました。子機はデータフローにリンクし、本体は惑星コンピュータを基に動作します
固定された時間点をアンカーできれば、子機がデータフローのリンクを利用し、先遣隊員を指定時間点に送ります。帰還時間点がズレないよう本体が強力に固定します
具体的な使用概念については、ここでは明らかにできませんが……
しかし……こんな機械を作ったところで、何ができるのですか?
研究の加速?空間ワープ?そんなものは、我々の文明にとって、実質的な意味があるとは思えません
ご質問ありがとうございます。それが今日の発表会でお伝えしたい、ふたつ目の内容です……
中年の女性は、まもなく実現する「夢」を思って微笑んだ
私は、時間旅行機を使用する初めての学者として、時間旅行を始めます
学者であっても、歴史の流れは変えられません。何ができるというのです?
私が向かうのはもちろん過去ではありません。私が目指すのは……
未来です
彼女は、自身が数十年にわたって心血を注いだ成果を見つめていた。その瞳にはまるで我が子を見るような、誇りに満ちた輝きがあった
熱的死の研究はイシュマエルが引き継ぎ、宇宙モデルの構築と検証を続けます。そして、私は……
未来へ踏み出し、時間延長の可能性を探求します
私は、未来の技術と観測された情報をメッセージとして送り返し、それを利用して宇宙モデルを改良します。そして熱的死の解決方法を見つけ、この難題を克服します
その場に、ラハイロイの話を真剣に受け止める者が誰ひとりいなかったのは間違いない。彼らは、それをただの「絵空事」だと感じていた
歴史のパラドックスに縛られ、誰も過去や未来へ行くことを安易に試そうなどとは思わなかった
ほぼ無限の寿命を持つ彼らにとって、時間旅行機は「旅行」を楽しむ新たな娯楽にすぎなかった。それを使って本当に何かを成し遂げられると信じる者などいない
研究所
3日後
研究所、3日後
時間旅行機の発表に対する熱気は一時的に収まり、僅かな主要研究員たちだけが忙しく時間旅行機の調整を行っていた
……本当にご自身で行くんですか?
イシュマエルは教授の指示に従い、機械のデータフローを調整しながら、すでにタイムワープ子機を装備した教授を心配そうに見つめた
当然でしょ……前に言ったことを覚えてる?
真理は、自分の目の中にしか存在しないの
ラハイロイは、夢に満ちた瞳を輝かせた
まだ少女だった頃……よく想像したものよ。時間の果てには一体何があるのかって
エントロピーの増大による熱的死なのか、それとも別の空間?あるいは……もしかして伝説の神々?
彼女は、「心配ない」というようにイシュマエルの肩を叩いた
これはとてもいいチャンスなの、イシュマエル。私は未来で更に多くの知識を得るわ。そしてタイムワープ機を使って、その知識をここに送り返し、あなたに託すわ
文明は恒星のエネルギーだけに依存して存続できないわ。星々が消えて宇宙が消滅する時、熱的死は必ず訪れる。私たちは……この災厄を乗り越える方法を見つけなければ
はい……わかっています。ただ……
心配しないで。まだ読んでいないあなたの論文は、私の旧友に渡しておいた……あなたも知ってる、トウ·3T型よ。彼女が研究所に戻って、一緒に課題を進めてくれるわ
……論文のことを心配しているわけじゃないんです
イシュマエルの真剣な表情を見て、ラハイロイは仕方なさそうに笑った
あなたって子は……ちょっとした冗談にも気付かないんだから。まだ若いのに、そんな難しい顔ばかりして
今生の別れみたいな雰囲気はやめてちょうだい。この実験はとても安全なの。そうね、私が……長い旅行に行くと思ってくれればいいわ
未来でまた会えるわ。その時は、一緒にボラー星へ行って、特産の「天空魚」を食べに行きましょう。いいわね?
……はい
少し潤んで赤くなった目を擦りながら、イシュマエルは無理やり笑顔を作ってみせた
調整完了、座標位置のアンカーが終了しました――
準備完了です!
じゃあ、出発するわ
また会いましょう、イシュマエル
タイムワープ機子機の装備を再調整し、ラハイロイはイシュマエルに微笑んだ
さようなら……
淡い青い光が液体のように溶け、ラハイロイを包み込み――
彼女はその場から姿を消した
その日以降、全てが通常通りに戻った
イシュマエルはラハイロイ教授が残したデータフローに基づき、彼女の未完の実験を続けていた
彼らは壮大な宇宙モデルを構築しようとしていた
宇宙が無限に膨張し、収縮する回帰のプロセスをシミュレーションする
そして、熱的死が訪れる時間を推定し、情報逆転の法則を逆転する可能性を探ろうとしていた
日々は一日、また一日とすぎていった
最初、時折ラハイロイ教授からいくつかの情報が送り返されてきた。何でも、非常に遠い未来に到達したらしい
ラハイロイは、途切れることなく宇宙モデルに関する推論を送り返してきた
彼女は「未来」で、より多くの確かなデータを観測している……
――▅▅▅月▅▅時、すごく不思議な体験だわ
――▅▅▅月▅▅時、詳しい説明は省くけれど、本当に面白いわ。あなたも見に来るべきね
――▅▅▅月▅▅時、「宇宙モデル更新第487情報ポイント推論」
――▅▅▅月▅▅時、まさか……こうなっていたとは思わなかった
――▅▅▅月▅▅時、「宇宙モデル更新の逆アプローチ」
だが、しかし……
ねえ、イシュマエル!
黒髪の少女は窓枠をコツコツと叩き、自らの来訪を知らせた
……もう食事の時間?
彼女は無意識に子機を見たが、子機からは何の通知も鳴らず、窓の外にある星時計の光もまだぼんやりしている
そうじゃなくて、新しい変なニュースを手に入れたの
どうしたの、ボーっとして……まだ教授のことが心配?自分の体も心配しなきゃダメよ!
扉からそろりと入ってきたイサは、イシュマエルのカップに飲み物を注ぎ足した
うん……教授が持っている子機は、まだタイムワープ機に接続されてるけど、教授からのメッセージはもうずっと届いていないの
ラハイロイが送る情報のお陰で、宇宙モデルは徐々に完成に近付いていた。だが彼女からの連絡が長らく途絶えていることが、イシュマエルを不安にさせていた
もしかしたら……家族の方には連絡が入ってるんじゃない?
……そうかもしれない
しばらく気遣わしげに考え込んでいたイシュマエルは、タイムワープ機がラハイロイの情報を受信していないことを再確認すると、イサの方を振り返った
まだ食事の時間じゃないのに、どうして抜け出してきたの?
それは……
腕を組んだイサは頭の中で激しく葛藤しているようで、コロコロと表情を変化させた。そして、しばらく経ってからようやくゆっくりと口を開いた
まあいいか。やっぱりイシュマエルには教えるべきね。私の教授から「イシュマエルの精神状態が不安定になるかも」って、心配して口止めされたんだけど……
私も……ただの偶然だとは思うの。でも……これを見てくれる?
イサは子機から1枚のメモを映し出した
未来や過去の「情報」をキャッチできるあの機械のこと、覚えてる?
機械があの情報をキャッチして以来、私の教授は定期的に機械をチェックさせてたの。そうしたら昨日、機械がデータフローから新しい情報をキャッチしたのよ……
原則的に機密扱いだけど、その情報の中にあなたに関する内容が出てきたの。あなたも研究所の一員だし、共有しようと思ってこっそり持ち出して見せたんだけど……
…………
そのメモを見て、イシュマエルは驚愕した
イシュマエリ、熱的死の仮説は<color=#ff4e4eff>現実</color>となった――
この情報……これを受信したのはいつ?
データキャプチャがキャッチした時間だと……昨日の標準時間23時3分ね
…………
昨日の標準時間23時3分――確かにタイムワープ機に一度、微細な波動が伝わってきた……この「情報」と関係があるのだろうか?
……やっぱり私は偶然だと思うの。猿だって十分な時間を与えれば、タイプライターで惑星の本をタイプできるんだし。しかもあなたの名前が間違えてる
彼女は「イシュマエリ」という部分を指差し、首を振った
恐らく、あの機械が自動で演算して、最近のデータフローから抽出したデータを基に、これをシミュレーションしたんだと思う……
間違いないわ
イシュマエルは驚くほど冷静だった。彼女はこの特殊波動のデータフローの特性を記録し、周辺の関連情報や全ての資料をアーカイブに保存して、ゆっくりと振り返った
私の名前をそう綴るのは、ラハイロイ教授だけ
「イシュマエリ」ってね
…………
どんなに荒唐無稽な仮説を立てても、「熱的死の仮説が現実となった」ことを証明することはできなかった
イシュマエルはあちこち奔走し、ラハイロイ教授の旧友、トウ·3T型という名の学者の協力を得て、時間の大河の中から次々と断片的な情報を拾い上げていった
――▅月▅時、私は「<color=#ff4e4eff>未来</color>」に到着した
――▅月▅時、ある種のルールによる制限があり、私は多くの情報を残せない。それは「神」?「宇宙の法則」?
――▅月▅時、▅▅▅宇宙▅▅▅滅びゆくのを見た
――▅月▅時、データフロー▅▅▅逆転できない▅▅▅
――▅月▅時、▅▅▅▅▅その▅▅▅▅来た▅▅▅▅▅▅▅▅
――イシュマエリ、熱的死の仮説は<color=#ff4e4eff>現実</color>となった――
ラハイロイ教授が未来で残した情報が次々と現れる一方で、教授の子機とタイムワープ機本体との通信は完全に断絶した――
彼女は消えてしまった。どれほど遠いのかもわからない「未来」で
無数の証拠を目の前に突きつけられ、星系研究所はこの恐ろしい事実に直面せざるを得なかった――
熱的死の仮説は、現実となった
熱的死なんてありえません。我々にはまだ無数の恒星があり、宇宙は無限に広がっているんですよ。全てを消耗し尽くす日なんて、来るはずがない!
しかし、生命の繁殖速度はどうだ?
医療が十分に整備され、生命はほとんど老化せず死ぬこともない。ある一定のスパンで、我々の生命の数は星ひとつを埋め尽くしてしまう……
今では最も居住に適さないボラー星でさえ、移民を受け入れ始めている。このままでは、我々はいずれこの星系全体を埋め尽くすことになるだろう
まだ次の星系があるし、広大な宇宙だって残っています。我々はこの星の資源を使い切るのに数万年を費やし、今では、自ら新しい星を作り始めるほどなのに……
しかし、我々がこの星系を探索し始めてから、まだ2000年足らずだ
今では、毎年他の惑星への移民に必要なエネルギーを、ひとつの恒星から10%程度のエネルギーを搾り取って捻出している
これが、100年、300年、500年と続けばどうなる……
それともこのまま何もせず、熱的死が訪れるのをただ待つつもりか?その時が来れば宇宙は完全に消滅してしまう――燃え尽きた蝋燭のようにな
…………
激しい議論が一時的に硬直し、室内は静まり返った
……それでも、熱的死が訪れることはありえないと思います。ラハイロイひとりの主張だけを根拠に、これほど大々的にこの分野の研究を始めるなど考えられません
だが、これが現実になることは明らかだ
高位の所長は苛立たしげに手を振った。これ以上この話題を議論する気はないようだ
ラハイロイが送信してきた多数の情報はすでに証明されている。曖昧な部分があったとしても、情報の信憑性を確認するには十分だ
更に……これらの情報を受け取ったあと、イシュマエルとトウ·3T型が、ラハイロイの残した宇宙モデルを完成させた
宇宙モデル?
ラハイロイが、最初に研究していたテーマを覚えているか……?
宇宙のマクロ回帰モデルを構築し、熱的死の解決方法と、情報逆転の法則を逆転する可能性を模索するというものだ
所長は眉間を揉みながら、イシュマエルに説明を続けるよう促した
私たちは、ラハイロイ教授から何度も送られてきたデータと情報を利用し、以前から存在していた宇宙回帰モデルの欠陥を補完しました
複雑な情報がオフィステーブルの前に投影され、一連のパラメータが次々とスクロールされた
この宇宙モデルは、熱的死を計算するために作られたものなので、最初から「カウントダウン」が表示されています
宇宙が収縮周期に入り始める――つまり熱的死が迫った時、この宇宙モデルは自動的に「カウントダウン」を開始します
以前、宇宙モデルが未完成だった時には、「カウントダウン」を記録する欄がずっと文字化けしていたんです。ですが――
数日前、教授から送られてきた情報のお陰で、このモデルの最後の欠陥を埋めることができました
少女の顔は青ざめていた。情報を投影している今も、長い1列の数字が止まることなく減少し続けている
<color=#ff4e4eff>10</color>……標準年後
し、しかし、なぜこれが本当だと確信できるんだ……?
……これに気付いたあと、私たちはいくつか実験用資材を申請しました
ピンク色の髪の少女は不安そうに唇を引き結んでいる
私たちは、カウントダウンで示された10標準年後以降に彼らを送り、最も単純なボタンで情報を送り返せる仕組みを設計したんです
ですが今のところ、タイムワープ機には一度も情報が返送されてきません
イシュマエルは目を伏せ、一連の情報を投影した
10標準年後に送られた旅行者は、タイムワープ機本体との接続が完全に断たれます。その断絶前に現れた情報波動は……ラハイロイ教授のものとまったく同じでした
彼らは「壁」にぶつかったのです
熱的死、という名の――
…………
深紅の数字はダモクレスの剣のように、全員の頭上で不穏な音をたてながらぶら下がっている
旅行者たちは何の情報も残しませんでした。彼らに何が起こったのか推測することさえできず、このデータから分析するしかありません……
これまで、彼らはこのような壮大な命題について、真剣に考えたことはなかった
茫漠たる宇宙で恒星のエネルギーが尽きるなど、どうしてありえようか?
たとえ主系列星を絞り尽くしたとしても、まだ他にも多くの星がある。晩期巨星に閃光星、不安定な脈動変光星などさまざまな変光星……
これほど豊富な資源がある上、彼らは大型の恒星核吸引機を稼働させ、自らの手で小惑星を作り出すことすらできる……そんな状況で、熱的死が訪れたりするだろうか?
しかし……次々と送られてきた情報の検証結果は、さまざまな角度からラハイロイの仮説を裏付けていた
…………
どうするおつもりなんですか?
ラハイロイの研究を続ける
所長はイシュマエルに説明するよう示した。イシュマエルは眉根を寄せ、不安げにラハイロイの研究について説明し始めた
ラハイロイ教授は……以前、宇宙には「情報」を保存できる何らかの物質があるのではないか、という仮説を提唱しました
この「情報」を媒介とすれば、私たちの文明をその中に保存し、別の形で宇宙の熱的死を乗り越えられるかもしれない、というものです……
教授はかつてこの研究を「熱的死を乗り越える」ための予備プロジェクトとしており、別の研究チームが継続的に研究を進めています
初期段階として、私たちは仮説の存在を検証し、物質理論の計算を通じて結論を出すに至りました。次は……
星系研究所はすぐに特別研究チームを編成し、ラハイロイが進めていた研究を引き継いだ
巨大な探査装置が次々と建造され、最も大きなものは小惑星全体を占領するほどの規模だった
彼らは最大限の資金と資源を投入し、夢物語のように思えるその物質を探し出そうとした
わぁ……
すごいじゃない……
イサは、一新されたイシュマエルのラボを見て感嘆の声を上げた
この物質質量計測器、私の教授がずっと申請してるけど、まだ手に入らないのよ。なのに、ここじゃ3台も同時に稼働してるなんて!
ああっ!それにこれ!この子機で監視してるのって、惑星に設置されたって噂の引力物質探査機でしょう!?
イサは興奮した表情で、子機の画面に流れる情報を見ていた
スゴイじゃない。いつかあの惑星に行って、噂の引力物質探査機をこの目で見てみたいわ……
ねえ、どうしたの?嬉しくないの?
イサは肘でイシュマエルを軽く小突いた
うーん……
イシュマエルは、ラボの新しい機器をさほど喜ぶ様子もなく、子機が受信する情報を難しい顔で見つめていた
なんだか、不安なの
不安?何が?
たくさんの人があなたの課題を手伝ってくれて、最新の高性能な計測器があるのよ。しかも資金も際限なし。こんなの、最ッ高じゃないの――
イサは言葉を引き延ばすように言いながら、傍らの椅子に腰かけた
でも……こんなにたくさんの資源を費やすなんて
ここ数回の実験では、引力物質探査機を1回起動する度に恒星のエネルギーの10%程度を消耗してるのよ
「情報」は減るどころか、むしろ急速に増加しているわ
……もう星がふたつも消滅してしまった
…………
上層部の人たちは、この件について何も知らないの?
この件について、提案はしてみたんだけど……
イシュマエル、理解しておきたまえ
星系研究所の所長の声は、落ち着きながらも、反論を許さない重みがあった
我々の文明が今日まで発展してこれたのは、数十万年もの積み重ねの成果あってのものだ
それは眩い灯台のように、宇宙の中で絶え間なく光を放ち続けている
我々の文明は今、最も繁栄している時期にあり、この星系、この宇宙をほぼ完全に解明したといえる。我々は更に深く遠くへ進むべき段階に来ているのだ――
ここまで来て、恒星のひとつやふたつ、心配する必要はない
所長は、大柄なその背を窓に向けた
恒星ひとつが燃え尽きることよりも、「今の全てを守る」ことを考えなさい
「我々の文明を守り」、熱的死を乗り越えることを
どんな代償を払ってでも……我々はこの文明を守り抜かなければならない
所長は窓の外の星時計にチラリと視線を向けた
…………
うーん……そう聞くと、物凄いプレッシャーね……上層部に睨まれながら仕事するなんて御免だわ
それだけが理由じゃないの。どうしても、こんなことすべきじゃないって感じが取れないの
そりゃそうよ。情報は逆転できないものよ。零れた水が器に戻せないのと同じでね
そう悩まないで。こういうことは全部、上層部に任せればいいんだから――
よし!退勤時間よ!
イサは元気よく椅子から跳ねるように立ち上がった
さ、街に出かけましょ!
あっ、ま、待って……
イサに腕を引かれ、イシュマエルはラボの灯りを消しただけで、慌ただしくその場を後にした
薄暗いラボの中では、大型装置がゆっくりと規則的に光を点滅させていた――
▅イ▅▅シュ▅マエリ▅▅―― ▅探索▅▅▅▅しては▅▅▅いけない▅――
膨大な資源を消耗する実験の中で、宇宙の恒星は次々と燃え尽きていった
星系研究所の人々はこの事態をまるで気にしていないようだった。この銀河が消滅しても、次の銀河がある。宇宙は広大無辺だ。彼らはそんなことで悩んだりはしない
星系探査チームは、まだ他の宇宙からの情報を持ち帰っていない。最後の主系列星が燃え尽きる前、イシュマエルが率いる実験チームは、ついにその特殊な「物質」を発見した
それは、必然的に起きたかのような偶然だった
定例の情報記録と整理を――
***権限認証成功***
***標準時間7871/22/15***
引力物質探査機が▅▅物質を圧縮
***実験失敗***
***標準時間7871/22/18***
引力物質探査機が▅▅物質を圧縮
***実験失敗***
***標準時間7871/22/21***
引力物質探査機が▅▅物質を圧縮
***実験失敗***
…………
失敗記録……22時15分、失敗記録……22時18分、失敗記録……
一連の失敗記録が子機に表示されていたが、イシュマエルは落胆していなかった
科学研究というものは、地道な試行錯誤の繰り返しだ。成果を得られることは稀であり、ましてや今探しているのは、そもそも存在しない仮想物質とさえいえる――
***標準時間7871/<color=#ff4e4eff>23/03</color>***
引力物質探査機が▅▅物質を圧縮
***実験成功***
引力磁場が***<color=#ff4e4eff>仮想コード粒子</color>***を捕捉
23時3分……記録…………成功……?
イシュマエルは目を見開き、子機に高速で記録されるデータフローを驚愕しながら見つめた。信じられない思いでその真っ赤な【実験成功】の4文字をじっと凝視し続けた
そんな……嘘……
こんなものが、本当に存在するなんて……
ラボの中では、実験用子機が全ての情報を高速で記録し続けていた。真っ赤な文字が画面上で何度も点滅している
***標準時間7871/23/03*** 引力物質探査機が▅▅物質を圧縮***実験成功*** 引力磁場が***仮想コード粒子***を捕捉