Story Reader / 本編シナリオ / 33 光追う錆夜 / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
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33-21 再び「誕生」す

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薄暗い拠点の中に、純白のマントを纏った女性が入ってきた

……お久しぶりですね

彼女の視線は、小さな生命の木の下に置かれた赤い卵に向けられた

突然来てごめんなさい、どうやらあなたは<phonetic=異重合塔>鍵</phonetic>を手に入れたようですね

ええ、彼女はまもなく孵化します

紡錘形の「卵」がゆっくりと、人間の心臓のように脈打っている

今回の鍵は、あの指揮官の……娘にあたるの?

どちらかというと、より本人に近いでしょう

入れ込むのは大変でしたよ。記憶と意識は欠如しているし、他人の欠片も混ざっていましたから

ふむ……

これなら、十分「復路の切符」と呼べそうですね

…………

男性は微かにため息をついた。現状にあまり満足していないようだ

意識海が安定さえしていれば誰だって鍵の核になれたのに……なぜあの指揮官にこだわったのです?

彼女の質問は、フォン·ネガットだけに向けられたものではないようだった

私には力の代償を知っている者が必要なのですよ

<phonetic=変動>鍵</phonetic>は単なる道具ではありません。彼女にも自我がある。何度も何度も同じ結末を迎えるのは地獄の責苦のようなもの。誰もがその苦痛に耐えられる訳ではありません

人は自分の力に気付いた時、その力で個人の欲望を満足させようとするものです

それがどんな結果をもたらすかは、私もあなたも何度も目にしたはず

彼も同じように脈動する「卵」に目を向けた

この指揮官だけが……

最も完璧な「<phonetic=変動>鍵</phonetic>」になれる。ただ、残念なことに……

「指揮官」本人を「鍵」として手に入れるのは、決して簡単ではない。それに……

代行者はうつむき、手の平を見つめた

数え切れないほどの輪廻の中で、彼は命を懸けてやってきた。しかし、結果は期待したようなものではなかった

以前、「指揮官」本人を「鍵」として使おうとしてみましたが、結果は思わしくありませんでした

私が求めているのは「未来」であって、彼らと一緒にハッピーエンドなお遊びをしたいわけではありません

そうですか……

あなたとあなたが見つけた新しい鍵が、今度こそ無事に扉を通るといいですね

フォン·ネガットの含みのある視線に気付き、イシュマエルは言葉を濁して説明した

私はこれらの展開が消し去られることを望んでいるわけではありません。むしろ、「ルール」が破られるのを見たいのです

ですから、「昇格者」であれ「人間」であれ……あなたたちの行動を邪魔するつもりはありません

人類とパニシングの争いのことを言っているのであれば、私はどちらが勝とうと気にしません

…………

あなたは生きていた頃よりずいぶん退屈な人になりましたね。教授……もう過去とはほとんど別人のよう

まだ、あれらの「声」と融合しているのですか?

…………

彼は無意識に仮面に手を触れ、一瞬動きを止めたあと、その言葉を否定も肯定もせず黙認した

あなたはもう、自分が誰だったのかを忘れかけていますね。 もしあなたが今、時間のループから離れる力を持っていたとしても、過去のあなたはもうあなたではない

「鍵」を手にしたとして、最後に訪れる結末について考えたことは?

イシュマエルは探るような視線を代行者に向けた

それは重要ではありません

男性の声は揺るぎなく、イシュマエルの言葉に動揺する様子はなかった

結果がどうであろうと、私の初心はまったく変わっていません

あなたにとっても、その方が「退屈」せずに楽しめるのでは?

ふたりは黙り込み、会話はそれ以上続かなかった

「ドクン――ドクン――」

「卵」の鼓動がますます速くなった。まるで、殻を破ることができない雛鳥がもがき、出口を見つけられずに暴れているかのようだ

おや……「自分」を見失いましたか?

彼女はマントをふわりと広げると、卵を抱えた

彼女に名前をあげたらどうです?情報を注ぎ込めば、もっと早く孵化すると思いますよ

そうですね……

彼女は奇妙な笑みを浮かべた

[player name]はどうかしら?

「ドクン――」

「卵」の殻に細かいヒビが入った

まったく笑えない冗談ですね

孵化しようとする卵をじっと見つめながら、漆黒の人物はしばし考え込んでいた

カイウス――彼女が自分で自分に名前を付けるまで、これを仮の名にしましょう

静寂の中で、「卵」の殻は次第に砕け落ちた――

……ここにいましたか

何か声が聞こえたのか、彼女は納得したように微笑んだ

なるほど……

小さな生命の木の中で、<phonetic=カイウス>異合生物</phonetic>はゆっくりと目を開けた

なるほど、これが……あなたたちの選択

…………

代行者は孵化した異合生物をじっと見つめ、何か考え込んでいるようだった

どうしました?嬉しくないのですか?

まさか……あなたが望んだ結果ではないと?

イシュマエルは割れた「卵」から幼い異合生物を抱き上げ、彼女を優しくマントで包み込んだ

……これは、少し私の予想を超えていますね

彼の予想とは異なり、目の前のカイウスは明らかにより完全な形をしていた……

フォン·ネガットは黙り込んだ。この出来事が彼の計画にとって、いいことなのか悪いことなのか判断がつかない

意識が安定しているのは、不安定であるよりもずっといいことですよ

鍵はかなり完成に近付いています……もしかすると、彼女は本当に完璧な「復路の切符」になれるかもしれませんね

腕の中のカイウスを見つめながら、イシュマエルは幼い異合生物の額にかかる髪をそっとなでた

あなたの期待通りの結果だったのなら……

ついでに、あなたが以前立てていた計画が何だったのか、教えていただけないかしら?

…………

金色の瞳に感情は見えず、フォン·ネガットは一瞬間を置き、ゆっくりと口を開いた

私は、カイウスを連れて異重合塔に入るつもりです

彼は記憶を何度もたどりながら、その「計画」を探し続けていた

ドミニクの計画は夢物語にすぎません。私たちが知っているように、汚染模倣因子を完全に封じ込めることは不可能です

<color=#ff4e4eff>根本</color>から問題を解決しない限り、この全てを打破することはできません

異重合塔に入って……その後は?

それは、私にもわかりません

異重合塔の中が今どうなっているのか、教えてはくれないのでしょう?

イシュマエルは礼儀正しく答えた

申し訳ありません。確かに、それは教えられません

異重合塔内部はあまりにも混沌としています。あの構造体によって反転させられたあと、私にはそこで一体何が起きているのか推測すらできません

もしかすると、交錯する黄金時代かもしれないし、赤潮に呑み込まれた空間かもしれない。あるいは……

異重合塔に入った瞬間、新たな文明の訪問者と鉢合わせる可能性もある

ですが……鍵がより完全なものになったのはいいことです

イシュマエルがカイウスをフォン·ネガットに託そうとした時、彼を見た青白い人形がふと、眉をひそめた

…………

イシュマエルは、カイウスをマントごとフォン·ネガットに渡し、小さく笑った

ほぼ完璧な復路の切符……今回は成功するかもしれませんね

……ふっ

華奢な人形を受け取ったフォン·ネガットは、持てる力の全てを注いで孵化させた「鍵」に視線を落とした

彼女が意味するのは、一度だけの勝利ではない……

彼が時間ループから完全に抜け出せるかどうかの通行証でもある

彼はこの時間ループを、あまりにも長い間ひとりで歩み続けてきた。自分の最初の姿さえ忘れてしまうほどに……

もう、どれくらい経ったのか……

具体的なデータをお教えしましょうか?

……いえ、結構。本当に知りたいわけではありませんから

腕の中の人形を見つめながら、彼は珍しくノートに頼ることなく、更に昔の記憶を思い起こした

もしも今回、本当に成功できたなら……

彼は昔の故郷に帰り、自分の道を取り戻せるかもしれない……

彼はもう失敗に倦んでおり、二度と間違えたくはなかった

そろそろ時間ですね。あなたの選択もわかったことですし……

では、これで失礼します

現れた時と同じように、イシュマエルは突然ふっと姿を消した

しばらくすると入り口から惑砂が入ってきて、フォン·ネガットに向かって首を振った

さっきの女の人、どこから帰ったのかわかりませんでした

そうですか

彼は、特に驚きはしなかった

彼女……孵化したんですね

惑砂は男性の腕の中にいる異合生物に気付き、恐る恐る近付こうとした

カイウスと名付けました

カイウス……

カイウス

…………

青白い人形は無表情のまま、目の前の代行者を見つめていた

あなたの名前は……カイウス

フォン·ネガットは小さな人形にぎこちなく声をかけた

…………

彼女に意識は残っているんですか?

それはわかりません

代行者はため息をついた

彼女の完成度は、私の想像以上です。もしかしたら、何か想定と違う出来事が起きたのかもしれません

でも、孵化のプロセスは完璧だったし、異常なデータの検出もなかった……

惑砂は、カイウスを凝視した。彼女は……あの卵から孵化した「子供」なのだ

恐らく……その何かは、私たちが気付かない場所で起きたのでしょう

深い金色の瞳が、小さな異合生物を見据えている

あなたは、何者なのですか?

カイウスより更に高みにある「視線」が、この一切を見つめていた

奇妙な黒い影が片隅でぶつぶつ呟く断片的な言葉が、意識海に次々と流れ込んでくる

カイウス……異合生物……卵……

散り散りの記憶が徐々に戻り、世界はまるで繭の糸をほぐすように自分の目の前で本来の姿を現していく

イシュマエルの言葉の通り、フォン·ネガットはカイウスの意志を完全に支配することはできなかった。「彼女」の全ては、自分の制御下にあるようだ

あるいは……

「あなた」は「あなた」です

「あなた」が真の「カイウス」になれば、あなたはカイウスの全てを支配します

あなたの「視線」は、カイウスを超越しています

あなたの「視線」はここだけに存在しているわけではない。ですから、フォン·ネガットはあなたの思考を操ることはできません

あなたは、何者なのですか?

フォン·ネガットはカイウスの無表情な瞳から何かの手がかりを見つけ出そうとするように、単刀直入な質問を執拗に繰り返した

何か、覚えていることは?

グレイレイヴン……空中庭園……[player name]……

彼は、ひとつひとつ言葉を口にしながら様子を窺った

小さな異合生物はどの言葉にも反応を示さず、本物の人形のように、その表情は少しも変わらない

本当に意識はあるんでしょうか?

フォン·ネガットの表情が翳っているのを見て、惑砂は少しためらいながら、そっと訊ねた

これまでの実験体を考えると、記憶を注ぎ込まなければ、彼らが「思い出」を持つことはありませんでした

ですから、彼女に自我の意識はないはずです

…………

彼は首を振った

彼女はあまりにも「完全」すぎます。こんなにも「指揮官」の記憶を融合した異合生物が、本当に何も覚えていないとは、信じがたい

あの時……クローンの指揮官は、本当に何の異常もなかったのですか?

…………

惑砂は海底で起きた出来事の全部を思い返した

異常はありませんでした

全て先生の計画通りに進みました。逃げ出した実験体も、シーニンフによって全部回収されました。ですから、異常なんて……

ゆりかごはずっと安定しています。どのデータにも問題はありません

ボクは、彼女の卵が生まれる瞬間をこの目で見ました

惑砂は確信を持って全て説明した

…………

漆黒の男性は考え込んでいた

カイウスにまったく記憶がないとは信じられなかったが、今のところ彼女に異常な兆候は見られない

先生、これからどうしますか?

少年は顔を上げてフォン·ネガットを見た

……もう時間がありません

彼は赤い人形を抱き上げた

異重合塔で変動が起きている。恐らく……その「異常」がこの世界に気付いたのでしょう

異常……

次の計画を始めなければ

異重合塔は層が幾重にもなった結晶体に包まれ、「復路」はすでに消えていた

彼は、このループの中にあまりにも長く囚われている。この時間ループを打ち破るしか道は残されていない――

最後の<phonetic=カイウス>希望</phonetic>を胸に抱き、フォン·ネガットは拠点を後にした