厳しい冬の中で時間がゆっくりと流れていく
山の頂に立つルナは、麓に広がる変異赤潮を静かに見下ろしていた
彼女には「見えた」。変異赤潮が、この地のものではない「新たな命」を孵化させているのを
彼女には「聞こえた」。静寂の気配を運ぶ風と、脈打つこの地のものではない鼓動が
新たな……0号代行者
……
雪の結晶がルナが伸ばした指の隙間をすり抜けていった。グレイレイヴン指揮官を救い出すよりもずっと前に、彼女は「それ」が成長しつつあることを感じ取っていた
異様な造形物が変異赤潮の中で形成され、山崖の下に身を潜め虎視眈々と機を窺っている
……なんて不快な気配なの
カイウスの姿はほとんど消え、次第に新しい0号代行者が具体的な姿になりつつある
原始的な欲望に屈し、そんなにも必死に私の力を貪ろうとして……
どうやら、<phonetic=0号代行者>あなた</phonetic>も大したことはなさそうね
ぬるりとした月光が崖を覆った
彼女の機体は赤潮の中で再構築され、赤潮に含まれるパニシングの力を吸収し、赤潮の権限の一部を掌握している……
だが古い法則では、新たな代行者を縛ることは不可能だ。変異した「パニシング」に対して、ルナにはなす術がなかった
新生の0号代行者はルナという「養分」を捨て置かない。赤潮の全ての権限を掌握しなければ、赤潮本来の意志――カイウスという名の少女に対抗する力を持つことはできないのだ
もし、新生の0号代行者がこの地域を完全に呑み込めば……
ルナは少し体を捻って背後に目を向けた。もはや「見えない」場所で、グレイレイヴン指揮官が雪原を必死に進んでいる
転機は必ず訪れる……必ず最適な解決策があるはず
ルナはグレイレイヴン指揮官から聞いた、機械体の少女の「言葉」をそっとつぶやいた
転機……
……ふっ
前に進む感じっていいものね、グレイレイヴン指揮官
彼女は目を伏せ、新たに生まれた異潮模造物を見つめた
彼女は長い間、ひとり孤独に冷たい山で彷徨い続けてきた
赤潮を抑えて人間たちが避難する時間を稼いであげてもいい。その代わり、姉さんが塔に入る準備ができたら、そこから持ち帰った情報を私にも共有して
彼女はすでに、昔の「取引」を果たしていた
反転異重合塔の情報を手に入れ、約束通り人類の最後の防衛線を守り抜いていた
ここから後は……
新しい取引になるわ
「未来」の希望と引き換えに、少し手を貸してあげる
寒風が枝先から月光を払い落とす。ここではもうルナの声は誰の耳にも届かない
もし、あなたが本当にその「特異点」を見つけられるなら……
人類が生き延び続ける限り……地球にはまだ何か新しい可能性があるかもしれない
彼女も地球で生まれ育った身だ。この星が異文明の赤潮に呑み込まれるのを見たくはない
彼女はできる限り持ちこたえて、人類を追い詰める赤潮を食い止めるつもりだ
ここからは……
彼女はたったひとりで自分の道を歩まなければならない
……幸運を祈ってるわ、[player name]
ルナは崖下へと飛び降りた
……
遠くの山の頂で静かに立っていたピンクの髪の構造体は、天地を呑み込む変異赤潮をじっと見つめていた
手にした本のページが風もなくめくられ、クルクル回るふたつのサイコロは、同じ数字の面を見せて止まった