この先だよ!
深い雪を踏みしめながら進むと、白いドーム状の巨大な建物が、木々の向こうにぼんやりと姿を現した
みんな、きっと喜ぶよ~!
ふっふーん、着いてからのお楽しみ――
それで、あなたたちの目的は何なのですか?
ずっと黙っていたSniper-PK43が突然口を開いた
うーん……実はナナミにもわからないんだよね~
……この会話もなんだか聞いたことがある感じがします
迷わず行こう、行けばわかるよ!ナナミ、もう全身に力がみなぎってるのがわかる!
その可能性もあるね。この時間線をずっと長く旅してきたけど、こんなこと初めてだから
多分そうだと思う……「食いしん坊」が演算するために必要なアルゴリズム、段々減っているのを感じるもん
派生する情報量が減って、世界線が収束しているから、処理する情報量も減っているんじゃないかな……
雪に覆われた森の片隅では、木々の間から数匹の小動物が頭を覗かせている
指揮官!見て!栗鼠がいるよ!
久しく人間を見たことがないのか、栗鼠たちは人間が何かを知らない様子で、首をかしげながら不思議そうに近付き、この奇妙な組み合わせの一行をじっと観察していた
カワイイね~……指揮官、触ってみたら?
栗鼠は驚いたようだが、逃げることはなかった
指先に伝わる細く柔らかい毛の感触は、「演算」の世界とは思えないほどリアルだ
ナナミの記憶モジュールに触れた瞬間から、自分の意識は完全に華胥との接続を断たれている。ここは……本当に「演算」が作り出した世界なのだろうか?
その疑問を聞いたナナミは首を横に振った
ナナミにもわかんない
演算を始めた時は、ただ指揮官と人類を助ける方法を探したかっただけ。でも、時間の渦に巻き込まれてからは、何もわからなくなったの
理論上では、ここはナナミがシミュレーションした空間のはず。でも……
ナナミがシミュレーションした空間だけじゃないかな
「これは……『未来』ってプレゼント」
こんにちは!私のことはナナミって呼んでくれていいよ
ここはどこなのです?
デロリアン·ディスカバリー号、星の大海だよ!
以前ビアンカの遡源装置内にあった、異重合の欠片を覚えているか?
「鍵」です。「招待状」を開くための、新しい「鍵」
これもセージ様が残したメッセージです
どうしたの?指揮官
えっ……
ナナミは少しためらってから振り返り、目が合うとパッと明るい笑顔を見せた
それはナイショだよ、指揮官。誰かに聞かれちゃうから
ナナミと一緒に行こうよ、今度はナナミに任せて!
もうすぐ着くよ!ほら!
待ってください。まず侵蝕体かどうかを確認してから……
違うよ!あれもナナミの友達だから!
ナナミはタタッと駆け出し、嬉しそうに手を振った
ヤッホー!雪たま!
ようこそ!ラブハートコミュニティへ――
おや?お客様、なぜ私の名前をご存知なのですか?
フフン、ナナミは天上天下唯我独尊、全知全能のナナミ様だから!
な、長いお名前ですね……ここは、それほどたくさんのお客様はお迎えできそうにありません……
もう!これはただのニックネームだよ!
こちらの方は……人間でいらっしゃいますか?
不器用なロボットは突然緊張し始めた
こ、こんにちは!人間でいらっしゃいますか!ようこそ!
ここラブハートコミュニティは、人間のために作られた心温まるコミュニティです!あなたがここに入居する最初の人類です!ようこそ、歓迎いたします!
私にもわからないのです……突然雪が降り始めてから、地上の人間はだんだん少なくなりました
外はとても冷えますから、とにかくまずは私たちが内装を手掛けたコミュニティの中へどうぞ――
雪たまはぎこちないながらもキビキビと動き、一行を後方の白い建物へ案内した
それでは、ラブハートコミュニティの歓迎式をお楽しみください――
外よりは多少は暖かい程度の室内では、数体のロボットが不器用に列を作り、さまざまな「歓迎」の動作を披露した
ジャ、ジャジャーン――ようこそラブハートへ!
わあ!すごい、すごい!
ナナミに合わせて拍手しながら、周囲の環境を観察する
これが、かつてナナミが経験した「出来事」なのだろうか
建物内のホールはモデルルームのように装飾され、ホールの中央に設置された巨大な機械からじんわりと暖かさが伝わってくる
後方の壁に雑な落書きがぼんやりと見えるが、「ラブハート」というカラフルな文字だけは、辛うじて読み取ることができた
ああ、あのカラフルな文字ですか?
私も覚えていません。確か、ある日訪れたお客様が、人類がもっとしっかり機械生命体の「心」を感じられるように、と仰って描いたような……
そのお客様は、「人類はきっとここに戻ってくる」とも仰っておられました……
うーん、誰だったのでしょうか。不思議なことに、データモジュールにその記録がないんです……
思い出せないなら、もう考えなくていいじゃん!それより、ケーキがあったんじゃなかった?
ええ、ございますよ!ラブハート特製ケーキをすぐにお持ちしますね……
コミュニティのリーダーはあたふたとバックヤードへ向かい、ナナミは早くもホールのソファにふんぞり返って腰を下ろしていた
えへへ~
彼女は答えず、満面の笑みを見せただけだった
本当によかった。これで、彼らの願いをひとつ叶えてあげられたことになるもんね
でも、「私」がここにいないんなら、どこにいるんだろう……この時間は……
端末を呼び出し、ナナミは何かを計算しているようだった
あちゃー!まずい、もう航空研究所に着いちゃうよ……
大変、大変!間に合わなくなっちゃう~!
灰色の髪の少女はソファから飛び上がり、指揮官を引っ掴んでバタバタと扉を飛び出した
あっ――お客様!ケーキをまだ召し上がっていませんよ――
また今度食べに来るね!バイバイ、雪たま!バイバイ、スナっち!
不思議そうな様子の機械体を残し、ナナミと人間の指揮官は広々とした雪原を駆け抜けた
いつの間にか空はすでに明るみ、大雪は後ろに置き去りにされたようだ。前へ前へと走り続ける道の途中で、空は澄みきった青空となった
指揮官、危ない!
雪に覆われていた石につまずき、雪の上に派手に転んでしまった
天地がぐるぐると回る感覚が収まったあと、雪まみれの目をこすって目を開けると、頭上には鮮やかな青空が広がっていた
……本当だ!
雪がキュッと押し潰される音が聞こえた。頭を巡らすと、隣でナナミが横になっていた
近くでよく見ると、ナナミの機体にまた新しい傷が増えている
ん?これ?大丈夫だよ、他の世界線でできた傷だから
意識に影響するだけで、ナナミの最強機体に影響はないよ!
大丈夫だよ!ナナミ、全然痛くない!
もちろん平気!
雪の上をごろごろと転げ回りながら、ナナミは「えへへ」と笑い出した
ナナミ、今度の旅はひとりぼっちじゃなくて、本当に嬉しいんだ!
……ずっと指揮官と一緒にこんな旅を続けられたらいいのにな!
あ、うん!ナナミもわかってる、それはムリだってこと。こんな空間に長く留まると、その影響で指揮官の意識がモヤモヤになっちゃうからね
楽しい旅なら、そんな前提の上に成り立つべきじゃないし……
……
リーフの白夜機体の実験、失敗したの。でも人類はずっとやり続けたけど、エネルギーの消耗が激しくて、地球おばあちゃんは不機嫌になっちゃって
それから、人類が「崩壊」って呼ぶ大きな変動が起きて……極寒が訪れた
これはただの演算ではなく、フォン·ネガットが言っていた異重合塔のある「層」のようだ
もし自分があの時目覚めず、リーフを目覚めさせていなかったら……
でも、この全ては実際には起きなかったんだよ。ここはただの「演算」の世界だからね、指揮官
人類の未来はここで終わらないし、指揮官とナナミの未来もこんなところでは止まらない
ナナミは体を起こし、座り直した
ナナミと一緒にこれからも行こう、指揮官!
ナナミ、もうわかったの。これからどの道を進めばいいのかって!
ナナミと指揮官の旅はまだこれからだー!
全てが終わって、嫌なことが全~部なくなる日が来たら、ナナミ、絶対に地球で指揮官を捕まえちゃうから!
その時は、ナナミと一緒にまた旅をしようね!
寒い冬は終わり、春が訪れる
世界も、元の姿に戻るだろう
ナナミの後について小道を行くと、建物の傍らに立っている昔のナナミの姿が見えた
お疲れさま――
ナナミは過去の自分に寄り添い、彼女の両手をギュッと握った
これからは、ナナミと指揮官に任せて
流れゆく世界線は回収され、断ち切られ、新たな空間が再び開かれる
時間はひとつの大河のように集まり、次第に収束していく
幕が上がり、一切の出来事が始まっては消えていく
指揮官の意識海をアンカーポイントとし、それを頼りにナナミは人間の指揮官と一緒に、現れては消える空間を駆け抜けていった
IF――
異合の森は抑制されることなく拡大し、地球全土を覆い尽くした
グレイレイヴンは全員が救援任務中に赤潮の中で消息を絶った
その世界のナナミは、指揮官を救い出せず、足下の岩に赤潮が迫るまで、そこに長い間立ち尽くしていた
最終的に、彼女は機械教会を率いて地球を離れた
IF――
空中庭園はデータウォールを突破したあと、正体不明の激しい攻撃を受けた
その攻撃に耐えきれず、空中庭園は地上に墜落した
ナナミは、コレドールが何かと融合し、地表の大部分を占拠していくのを目の当たりにした
人類の生存圏は次第に狭まり、最後は全てがパニシングに呑み込まれた
IF――
指揮官が異重合塔に入ったあと、空中庭園は宇宙航行の旅に出た
長い年月がすぎ、機械教会の宇宙船は偶然、見覚えのある巨大構造物に遭遇した
さまざまな種類の信号を送信したが返信は一切なく、ナナミがようやく空中庭園に入った時には、そこはすでに無人の幽霊船と化していた
これは、ナナミが見た全てでもあるし……
起こり得る「未来」の結末でもあるの
灰色の髪の少女は、幕の向こうで絶えず変化する光景を静かに見つめていた
心配いらないよ、指揮官。ナナミがずっと側にいるから
それに……
世界の真実は、これだけじゃないの
ナナミたちは、もっともっと遠い場所まで遡らなくちゃ
そうしないと――■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
信号が遥か彼方の深宇宙でこだました
IF――
異重合塔の赤い光がついに世界全体を覆った
ナナミは機械体たちを引き連れて急いで宇宙へ飛び立ったが、彼らの宇宙船がどこまで航行できるのかは誰にもわからない
IF――
赤い海は地球全体を呑み込み、戦争に参加した人は誰ひとり生き残れなかった
地上に居場所などなく、ナナミは太陽系を離れるしかなかった
IF――
IF――
262537412640768743個の世界。限りなく整数に近付くが、決してその向こう側には到達しない
これらはナナミが昔に経験したことだけど、これでもまだ全部じゃないんだ
そんな悲しい顔しないで、指揮官
ナナミ、こんなことが起こらないようにするから
シッ……
ナナミは唇に指を当て、舞台を見るよう合図した
よかった、まだ全てに間に合う……
彼女の声はとても静かだった。その指先がゆっくり下がるに従い、「舞台」上のモノクロの場面が1コマずつ静止しながら流れた
それは、どうやら葬儀のようだった。多くの人々が集まり、誰かの犠牲を悼んでいる
遠く離れたところで、ナナミは黒い傘を差しながら群衆の外側に立っていた。彼女の表情ははっきり見えない
今日ここに集まったのは、地球に多大な貢献をした人物を悼むためです
偉大な指揮官は、不可能と思われた勝利を数え切れないほど手にし、人類のため、そして空中庭園のために尽くしました
皆で偉大な指揮官に哀悼を捧げましょう――
空中庭園の偉大な戦士、グレイレイヴン指揮官に――敬礼
あの時のナナミは、ほんの少し出遅れちゃったの
でも、今度は絶対に遅れないから大丈夫だよ、指揮官