小柄な影が塔内の壁に激しく叩きつけられた。ビシビシという細かい破裂音とともに、蜘蛛の巣のような亀裂が広がっていく
ル……シ……ア……!
低く掠れた声が絞り出されるように喉から漏れた。余裕を失ったコレドールは、襲いかかるルシアを冷酷な瞳で睨みつけた
少女が手を挙げ、赤潮が首をもたげようとした瞬間、別の力がそれを強引に叩き落とした
…………
シュッ――!
赤潮の妨害がなくなり、ルシアの刀がコレドールの体を深々と斬り込んだ。強大な運動エネルギーが、かろうじて態勢を維持していたコレドールごと地面に叩きつけられた
お前たち……この……朽ち木め……
なぜおとなしく……私の計画に……従わない!?
不明瞭な言葉を低く呟きながら、コレドールは地面に飛び散った赤潮の中で再び立ち上がった
ルシアは小さく頷き、刀を構えて一気に目標へと切り込んだ。同時に、カイウスもそこへ全力を注ぎ込む
ふ……
コレドールも怯むことなく逆に突進してきて、再び激突しようとした。しかし次の瞬間――
交差するフィールド障壁が突如現れ、その中にコレドールをしっかりと閉じ込めた
あまりにも完璧なタイミングだったため、コレドールは狙いを変える間も、身を翻して逃げる間もなかった
フォン――
鋭い刃が体を突き刺し、冷たい感触がコレドールの口から出かかった低い叫びを掻き消した。同時に、彼女の残り僅かな命の灯も吹き消した
ガハッ――
コレドールは顔を上げ、苦痛に顔を歪めた
ルシアはその様子に一切ためらうことなく、手に力を込めると刃を更に深く突き刺した
これこそ、あなたにふさわしい結末です
コレドールは首を傲然と上げ、一切反応しなかった。その視線はルシアを越え、異重合塔へと向けられている。霞みつつある瞳に、ある種の執念が見え隠れしていた
……結末?
朦朧とする意識の中で、忘れていたいくつかの場面が、走馬灯のように彼女の視界に突き刺さった
……
どうして……?
砂塵に覆われ、朽ちた墓標が無数に立つ大地。その荒野を歩く少女の瞳は疑念をはらんでいた
彼女に「放浪者」と呼ばれる者が、最後の選択を行った
全てが手に入るのが明白なのに、どうして最後の最後に諦めるのですか?
……結局、最後まで「私」には理解できませんでした
これらの光景は誰の記憶だろう?最初のコレドールのものだろうか?
なぜこんな時に思い出すのだろう……?
……ふ……どうでもいいことです
再び我に返ったコレドールは、険しい表情のルシアを見つめながら、突然口角を上げて笑みを浮かべた。その微笑みと歪んだ顔に、安らかさと狂気が宿っていた
私にふさわしい結末……ルシア、知っていますか?人間が物語を書くにあたって、何度も使い古された定石というものがあります。その中のひとつが……
重要な登場人物が舞台を去る時は平凡であってはならない、というものです
……!?
叫び声よりも速かったのは、コレドールの異変だった
ドォン!――
突然途切れた言葉の直後、激しい轟音が続いた。コレドールの小柄な体から、一瞬で恐ろしいほどの力が迸った
指揮官っ!
爆発の中心にいたルシアは激しく吹き飛ばされた。彼女の体は崩れ落ちる瓦礫を次々と砕いて後方へ吹き飛んだが、脚部の噴射装置が作動し、空中で姿勢を立て直した
しかし、異重合塔全体は止まることなく揺れ続け、まさに塔の外のフォン·ネガットが警告した通りのことが起こっていた
亀裂は燃える導火線のように瞬く間に四方へ広がり、止めようのない崩壊が始まった
終わりのない混乱の中、コアを抱えたカイウスが赤潮に飛び込んだ。体はほとんど溶けかけている
その姿が消えた岸辺で足を止め、ルシアも側に降り立って赤潮を見つめた。コレドールが操る無数の赤い蝶たちも、まるで魚が水へ還るように赤潮の中へと消えていく
フォン·ネガットもすぐさま赤潮の側に駆け寄り、全力でカイウスの形態を維持しようとした
塔内の絶え間ない揺れは、まるで戦鼓を打ち鳴らしているようだ。代行者の足下の赤潮もそれに伴って沸き立っていた
1分、2分……崩壊の中で待つ時間はひときわ苦しい
絶望に呑まれそうになったその時、鮮やかな赤い霧が空から突然の豪雨のように降り注いだ。奇妙な手がフォン·ネガットの手をしっかりと掴み、そして――
無数の瞳を宿した羽根が、粉々の意識を支えながら、ついに赤潮の中から浮かび上がった
カイウスです
彼女は何も言わなかった。しかし永遠とも思える静寂の中で、自らの成功を言葉もなく宣言していた
体はコレドールとほぼ同じ大きさで、青白い頬には赤い涙が流れ続けていた。彼女がこの瞬間、引き裂くような苦しみと痛みをどれほど抱えているのか、誰にもわからない
これで完成です
フォン·ネガットは背後のふたりに向き直った
しかし彼が動くよりも先に、ルシアはハッとしたように一瞬動きを止め、素早く刀を抜いて代行者に刃先を向けた
そう緊張しなくていいですよ。弱みにつけ込む趣味はありません
その言葉が通じるのは、まだあなたに利用価値を見出している指揮官だけです
…………
これ以上無意味な言い争いを続けたくないのか、彼の視線がルシアからこちらに向いた
カイウスと融合することが、今のあなたにとって最善の選択です
0号代行者が起こした爆発で、塔が危険な状態に追い込まれました。要は、彼女の復讐ですね
あなたも、この全ての結末を理解しているはずです
…………
フォン·ネガットはしばらく黙り込み、うんざりしたように首を振った
結局、武力で合意を得るしかないのか……
あなたは繰り返される輪廻が、私の目を曇らせていると考えている。だが私から見れば、あなたこそ過去の勝利に囚われ、本当の危機を見落としているのでは?
彼はカイウスの肩に手を置いた。フォン·ネガットの手から金色の光が輝き、異重合塔の最深層を覆いつくした
正しいかどうかは、生き残ったものが証明するでしょう
塔の揺れは<phonetic=カイウス>0号代行者</phonetic>の権限によって一時的に止まった。周囲はフィールド障壁で構築された眩い幻影に包まれた
私たちの戦いで、これ以上塔に傷を増やす必要はありません
穏やかな口調とは裏腹に、怒涛の気迫がこもった力が押し寄せてきた