Story Reader / 本編シナリオ / 31 メタモルフォーゼ / Story

All of the stories in Punishing: Gray Raven, for your reading pleasure. Will contain all the stories that can be found in the archive in-game, together with all affection stories.
<

31-29 メタモルフォーゼ

>

代行者の手はゆっくりと垂れ下がった

彼が戦闘続行が不可能になっても、鋭い棘は執拗に彼を追い続けた。まるで長年にわたり自分たちを阻んできた宿敵を、どこまでも永遠に追い詰めるかのように

人の形をほとんど失いかけた彼は、体を貫く棘の間で少しだけ身をよじらせ、途切れ途切れに声を絞り出した

フォン·ネガット

……それでも私は警告します……カイウスと融合することが、唯一絶対の解決策だと……

とはいえ……あなたたちは聞き入れないでしょう……

もし……頑なに自分が正しいと言うのなら、塔を離れて去りなさい

異重合塔内の裂け目と崩壊は……私とカイウスが引き受けます

コアは……あなたたちが持っていってください……

カイウスは出口を維持するため尽力するでしょう……

フォン·ネガットは崩壊する塔の中で、数秒沈黙していた。最後の言葉を口にする気力も尽きたようだ

フォン·ネガット

ですが、覚えておいてください。異重合塔の崩壊はもう……非常に深刻だ……

私と……カイウスは……何があろうともこの異重合塔を封鎖するつもりです……

そちらが成果をもたらさないのなら……私は絶対にあなたをこの塔に入らせない……

フォン·ネガットは微塵も期待していない様子で冷笑した。それより先に自分は死ぬと決めつけているかのようだ

……さようなら……次に会う時は、多分、本当の敵同士だ

カイウスは異重合塔コアを宿した「鍵」を手渡し、フォン·ネガットの側に戻ると、手を振って別れの挨拶をした

行って。塔の崩壊で全ての道が塞がる前に

はい

カイウスはふたりが手を取り合い、険しい近道へと駆け出す様子を見送った

希望に向かって駆け出すふたりの背中が完全に見えなくなると、カイウスはようやく視線を戻し、すぐ側にいる瀕死の代行者に向き直った

……もしルシアを異重合塔から連れ出して戦いを始めていれば、戦わずして勝っていたはず……

どうしてそうしなかったの?

それでは塔を守る者がいなくなり、更に危険になるだけでしょう

……それだけの理由?

あるいは、疲れたのかも

あのふたりが自分たちの正しさを証明し、私をこのループから解放してくれるなら、願ってもないことですよ

あなたが解放されることはない……もう少しの間自我を保つために、私にはあなたの助けが必要

カイウスは高濃度のパニシングを使ってフォン·ネガットの前に浮かび上がり、次の動きを示すように両手を広げた

…………

異重合塔内で戦うと決めた瞬間に、異合生物になる覚悟はできていたはず

……ええ……もちろん

フォン·ネガットは喘ぎながらも嘲けるように笑った

どうせ、ここに残された身だ……

一緒に地獄へ

フォン·ネガット

……もう、地獄にいるのでは?

カイウス

…………

消えることのない憎しみを抱えたまま、彼女は代行者のボロボロになった無残な体を抱きしめた

壊れた自分とともに、長く続くことになるであろう極刑を、そうやって彼に贈った

異重合塔は危険な状態にあり、激しく震動していた。壁が次々と崩れ落ち、長きにわたる苦難が崩壊とともに消え去っていくようだ

前方に立ちはだかる障害はことごとく砕け散り、果てしない苦痛の果てから希望へと続くひと筋の道が、真っ直ぐに伸びている

帰ろう……帰ろう……!慣れ親しんだ全てのもとに。平和だった暮らしに戻ろう

ルシアの足取りは驚くほど自分とシンクロし、大地を踏みしめる音はまるでふたつの心臓が共鳴しているようだ

彼女とともに長い道を駆け抜ける。まるで死など一度も経験したことがないように。そして再び塔の出口へと近付いた

終わりの見えない旅路が、ついに終点にたどり着いた。光はすぐそこだ

敵はすでに制圧し、体には僅かな軽傷しかない。入ってきた時のようにふたりともいつも通りだ

異重合塔のコア、そしてこれまでに得た全ての情報、未来への道を切り拓く全てが、ポケットの中にしっかりとしまわれている

そしてルシアが隣で、自分の手を握りしめている。この先、一生離すまいとでもいうように、しっかりと

この時、この瞬間、長い闇夜がようやく明け、黎明を迎えた――

はい、行きましょう。指揮官

背後の数えきれない苦難が崩れて落ちていく

前方には全てがある

異重合塔の恐怖が体から去っていった。逃げ延びて力が抜けたのか、疲れも押し寄せてきた

――ついに終わった

久しぶりの風の感触はどこか知らないもののように感じられたが、幸いすぐ傍らに、いつもの彼女の温もりがある

振り返ってその名前を呼ぼうとした。これまで、どの任務の終わりにもそうしてきたように、心からの喜びを込めて

しかし、その呼びかけは途中で止まった

…………

その手は突然自分の手を離れた。ルシアの体はまるで風化した旗竿のように突然崩れ落ち、彼女は片膝を突いた

彼女の温もりはあっという間に消え去り、無数の亀裂と腐蝕の跡が機体全体に広がっていく

異重合塔の中であれほど頑丈だった体が、今、塔内の構造と同じように瞬く間に崩れ去っていく

私……

あわてて彼女に手を差し出したが、ルシアはそのほとんどの力を振り絞って、ひび割れていく腕を僅かに持ち上げるのがやっとのようだ

それ見て、迷わず彼女の手を引き寄せ、彼女の体を支えようとした

その時、露出したΩコアがみるみるうちに暗くなり、ひび割れ始めた

瞬時に手を伸ばして剥がれ落ちていく破片を掴もうとしたが、その破片は指先でもろくも崩れ去ってしまった

動けないルシアを抱き上げて彼女を助ける方法を探そうと、焦りながら視線を四方に走らせ、ふと周囲の異変に気付いた

見渡せばそこは廃墟ばかりの荒野だった。灰色の空気中には、幕を焼き焦がす火の粉のような深紅の光が漂い、両目に焼きつかんばかりの現実が広がっていた

かつて見た塔の外の風景とはまるで違う。携帯していたパニシング検知器が激しく数値を変動させ、最終的には驚異的な高さで静止した

どこ……だろう……と……

彼女は溺れる者が流木を掴むようにこちらに掴まりながら、なんとか立ち上がった

幾多の戦いをくぐり抜けてきた光紋刀はもはやボロボロだったが、それでも地面にしっかりと突き刺さっている。ルシアは刀を杖代わりに、ひとりでよろめきながら進む

溺れる者が死の深淵から這い上がろうと必死にもがく姿は、かつて自分が死の淵にいた時や、彼女が赤潮の中から立ち上がった光景と同じだった

すぐにここを離れないと……パニシング濃度が高すぎます。それに、Ωコアがもう……

はい……わかりました……

ルシアはこちらを振り返り、虚ろに笑った。しかしこの励ましの視線がかえって胸に突き刺さる

不安が恐怖に変わり、心の中がざわつき始めた

――本当に救援を見つけられるのか?

フォン·ネガット

万が一荒廃した時間や世界にたどり着き、異重合塔も崩壊し続けて戻れなくなった場合、あなたはどうするのですか?

かつて聞いた警告が再び頭の中に響き渡る

どこか感じていた違和感が、心を引き裂き始めた

――なぜこんなことになった?異重合塔のせいか?誓焔機体の負荷のせいだろうか?

…………

――こんなことにはならないはずだった

こちらの動揺を察してか、ルシアは震える手でそっと肩を叩いた

指揮官……

ここを……離れなければ……

彼女は再び数歩進んだが、やはり歩くことができず、武器を杖にして必死に体を支えた

ルシアは小さく頷き、支えられながらも自分の力で前進し続ける。彼女はどんな代償を払おうとも、決して危険な場所に留まらせるようなことはしない……

胸が締めつけられるような痛みに襲われ、口の中には生臭い鉄錆の味が広がった

あの時ルシアが霧域に迷い込まないよう、コアを彼女に託した。そしてフォン·ネガットを脅し、「夢渡る橋」を使わせてルシアを救い出した

限られた選択肢の中で、最も希望のある道を選んだはずだった。それなのに、なぜこうなってしまったのだろう?

反転異重合塔内の時間の流れは、外と一致していません

――輝いていた希望は、蜃気楼のように崩れ去った

…………

誓焔機体がどれほど完璧でも、果てしない戦闘やこれまでのΩコアの消耗には耐えられない

霧域を出たあとの彼女に本当に異常がなかった訳ではない。異重合塔とコアによって出現が遅れていただけだ

もし異重合塔を離れたら――これまで一度も塔を離れていない――もし、塔を離れてしまえば……

いつの間にかルシアは次第にこちらより遅れ始めた。彼女は後方を守ろうと、手で体を押し出すようにしながら、一歩ずつ前進していた

背中に伝わる力が消えた。だがもともとその力は微々たるものだった

ルシアは手を下げた。彼女の指先が背中から腰元へ滑り落ち、掴まる場所を見つけた

――彼女は再び自分の手を持ち上げ、力一杯しっかりと握りしめた

傷ついた機体で一歩を踏み出し、彼女はなんとか距離を埋めようと必死に足を進め、自分の傍らへ戻ってきた

わかりました……

行きましょう……支援を見つけ、あなたが安全な場所にたどり着くまで……

ルシアと支え合いながら、人影ひとつない廃墟の中、長い旅路へと歩み出した

ひとりは瀕死の構造体、ひとりは軽傷ながらも侵蝕された人間だ

呼びかけ、探し求めながら荒野をあちこち彷徨ったが、人の気配は一向にない

正午から夜更けまで歩き続け、身を寄せ合って浅い眠りを取った。そして明るい月の光の下で再び出発し、夜明けの光が降り注ぐまで歩き続けた

幸い、自分の傍には彼女がいて、彼女の側には自分がいる。そうでなければただひとりの孤独な生だ。それは往々にしていずれ死を迎えることになる

ルシアを支えるエネルギーも、終わりのない絶望の道中で尽きかけている。彼女は次第に口数が少なくなり、ただ静かに前方や、自分を見つめたりするだけだった

彼女に残された果てしない苦しみと破損の傷痕――そして治まることのない痛み。感覚がまだ残っている限り、その全てが彼女にとって苦難となる

ルシアに痛覚モジュールをオフにするつもりはないのかと何度も訊ねた

彼女は一貫して拒否した。彼女は、痛みを感じることで自我を保ち、意識リンクしているこちらへの負担も軽減できる、と言っていた

機体の損傷はもはや取り返しがつかないほどで、この状態で意識海に再び問題が発生すれば、事態が悪化するのは明白だ

ルシアは足手まといになるまいと必死だった。こちらができることは、僅かな希望を胸に抱き、ひたすら前進し続けることだけだ

欠けて散らばっている道標を頼りに、ふたりは空っぽの小さな街へと足を踏み入れた

ルシアは無言で頷き、新たに探索を始めるのだった

傷ついた身体は極度の疲労に追い込まれ、寒風の中で両脚はほとんど感覚を失っている。それでもなお胸の収まらない激痛が、自分を前へ前へと駆り立てた

無人の住宅をいくつも探索し、近くを徘徊する異合生物を撃退し、不気味な影が彷徨う中で身を潜めながら進んだ

見つかるのは使い物にならないものばかりだ。賞味期限切れの缶詰、老朽化した電子パーツ、そして空の血清

街の中心部を通り抜け、病院に足を踏み入れたところで、ようやく1台の通信装置を見つけた

通信装置

ジジ――ジジ――

ジジ――――この通信を聞いている全ての生存者へ。パニシングは地表で徐々に拡大中です。あなた方のいる場所は安全ではありません

速やかに最寄りの基地または支援部隊に連絡を。通信装置を短3回、長3回、短3回の順でスイッチを切り替えれば、信号を検知した者があなた方の位置を特定します

繰り返します、この通信を聞いている全ての――

信号を送り続けて10回目で、放送が途絶えた

通信装置

ジジ――ジジ――

ジジ――――こちらは北極航路連合所属の支援部隊メンバー、エマ·カッパーフィールドです。あなたの位置を特定しました。生存者は安全に注意し、体力を温存してください

繰り返します。こちらはエマ·カッパーフィールド――

エマ……

ルシアは逃れられない運命のループを嘆くように、弱々しく笑った

ええ……でも、ともかく救援は見つかりました

空気中の塵を通り抜けた陽光が、彼女の輪郭を柔らかく包み込んだ

浮遊する塵を見つめながら、ルシアはふと穏やかな微笑みを浮かべ、振り返って自分を見た

指揮官……

あなたと一緒にいられて、本当によかった……

――そんな遺言みたいなことを言わないで

支援部隊の救援車が小さな街の近くに停車した

夢の中で見た女性が約束通り現れ、最初にルシアの状態をチェックし、応急整備を施した

よくないです。Ωコアの過負荷は不可逆的なもので、すぐに機体交換の必要があります。彼女の旧機体は残っていますか?新たに適応させていては間に合いません

アシモフ……

…………

彼は、もういません

エマは俯き、この数年で起きた出来事を語り始めた

あなたとルシアが戻ってきたことも、私には信じられないくらいです。ですが……事実です

あなたが異重合塔に入った時から、すでに30年が経過しています

これを……

彼女は手に持っていた収納箱をくるんでいたチラシを剥がすと、差し出してきた

その黄ばんだ紙には見覚えのある文字が並んでいたが、その情報は理解できても到底受け入れがたい内容だった

おふたりが出発してから最初の3年はまだ、状況は悪くありませんでした。でも5年目には異災区の問題がやはり爆発してしまったんです

この30年で人類の防衛線はどんどん後退し、今では北極航路連合が地上最後の砦です

彼女は悲しげに首を振った

空中庭園はすでに地球軌道を離れ、新たな居住地を求めて宇宙へ旅立ちました

グレイレイヴンは……リーとリーフは、未来を探すという願いを叶えるため……宇宙船に乗り込み、宇宙の深部へ向かいました

――それはグレイレイヴン共通の願いだ

その他の問題については、バネッサに訊いてください

……ええ、数少ない生存者です

エマが端末を数回タップすると、端末から人影が浮かび上がった

…………

互いの視線が交錯し、沈黙が漂った

目の前の人物は記憶にある姿と大きく異なっている。しかしその馴染み深い面影は、まさに彼女当人である事実を明確に示していた

その挨拶に30年もかけたのか、[player name]

今回こそ、君は死んだと思っていたんだがな

なぜか、彼女は微かに声を詰まらせた

ルナは、君は必ず戻ると言っていた

そうだ。今の状況では彼女がいなければ、北極航路連合も持ちこたえられなかっただろう

……鴉羽機体?

……目の前にひとりいるぞ、エマだ

…………

静かにしろ。その質問に答えられる人物を探している

バネッサはそう言いながら、すっと手を上げた。ぼんやりとした映像越しに、機械構造がうっすらと見える

……もうかなり前になる。ホワイトスワンが再編成され……最後に生き残ったのは私ひとりだ。その後、私は構造体に

今はスカラベ小隊の隊長だ

犠牲になった。そのことはまた後で話す

バネッサは腰を下ろし、イライラしたように耳元の髪をかきあげた

よく聞け。希望は薄いが、今ふたつの方法がある

ひとつめは、エマの物資輸送車で北極航路連合に来ることだ。構造体整備ができる者も設備も、全部そこにある

今の地上の状況では、そこへ着くのに最短でも14日はかかる。それまでルシアが持ちこたえられるか?

エマに問いかけるような視線を向けたが、彼女は首は振った

…………

バネッサの言葉が、フックのように刺さり全身の力を奪い去った

思わず椅子の背にもたれかかる。言葉を絞り出すのがこれほど困難になる日が来るとは、思いもしなかった

鴉羽機体を探すことだ

その言葉の直後、通信装置が突然音を立てた

??

見つけた。エマ、東へ2614km走れば、旧駐屯地にたどり着けるよ

アシモフ先生は行く前に鴉羽機体をここに残していってる。ただ……

ロサの話を最後まで聞け

映像越しの少女は、すでに構造体の体になっていた。記憶の中にある無邪気でそそっかしい姿に比べ、今の彼女はうんと冷静で、いささか冷酷にも感じる

ロサ

鴉羽機体を保管する倉庫は、一度駐屯地ごと赤潮に呑み込まれてる。赤潮が引いたあとに資材回収に行ったけど、鴉羽機体についての情報はなかったわ

運を試してみる?

……どうする?

もちろん

その言葉を聞いて、エマは頷いた

乗ってください、急ぎましょう

藁をも掴む思いで、ルシアを支えながらエマの物資輸送車に乗り込んだ

幸運を祈る

[player name]

のろのろと顔を上げると、ぼやけた視線のバネッサと目が合った

ともあれ、よく戻った

バネッサはそう言って通信を切り、通信チャンネルにはロサだけが残された

ロサ

はい、指揮官

ロサ

わかりました

窓の外では車の速度に合わせ、荒野が後ろへ後ろへと流れていく

旧駐屯地の情報や過去の情報が、ロサの澄んだ声とともに次々と頭に流れ込んできた

リーは異重合塔がもたらした裂け目を修復し、自分とルシアが同じ時間に塔へ入るのを見届けて、リーフと再び塔への進入を試みた。だが全てが徒労に終わった

コアを失ってもなお塔内で苦刑を受け続ける代行者は、何人たりとも塔への進入を許さなかったのだ

ストライクホークはクロムとバンジだけが残り、カムイは調査任務中に行方不明になった。カムイを探しに行ったカムも二度と戻らなかった

ケルベロスは避難したが、マーレイは病没していた。バロメッツは避難任務の際に後方を志願してそのまま全滅。現在、基地にはスカラベと支援部隊の隊員が残るだけ

…………

次第に意識がぼんやりし、まぶたが重くなり、車窓の外の景色がぼやけ始めた

はい

彼女の手はすでに少し冷たくなっていた

祈るように囁く内に、久しぶりに暗闇の抱擁に包まれた