最初の零点エネルギーリアクター!?ノルマン鉱業、ドミニク関連の重要情報を入手!
ヴィクトリア就任!取締役が「ヘラルド計画」を支持!ドミニクが生存している!?
はあ……
彼が椅子でぐるぐる回りながら退屈そうにしていると、テーブル上の端末がピピッと鳴った
ボス……ああ違った、元ボスだった
ハハッ、数日見ない内にずいぶんな出世だな。もう自分用のオフィスをもらったのか
当然。ここの福利厚生はあなたがボスを務めてたブラック企業とは段違いなの
彼女は悠々と椅子にもたれ、椅子の肘掛けを指先でトントンと叩いていた
やっぱり偉大なるクイーン、ヴィクトリアに敬意を表せば、こんな待遇が得られるのよね
勤務時間は9時~17時、週休2日制、残業代は通常給与額の3倍、年間30日の有給……これぞ生活よ
へえ……本当に高待遇だ
それで、前の約束はどうなった?
転職するにしても、最後の仕事はきっちり頼むぜ。立つ鳥跡を濁さずってな
あら?何かお約束してたっけ?
漫然としながらトントンと肘掛けを叩くトロイは、もう以前の「仕事」になどまったく興味がない様子だ
私の仕事はもうとっくに、ぜ·ん·ぶ他のセキュリティ顧問に引き継いだけど。どこに「最後の仕事」があるっていうの?
姉貴、そいつは薄情だなぁ――
さて、あと1分で退勤なの。休暇申請をしてるんだ
せいぜい奮起なさいませ、プリンス――レオナルド様
トロイは一方的に通信を切った
……転職して数日で、前のボスを嘲ることを覚えたか
フン、ボーナスの支給について俺がまだサインしてないことを忘れてるのかな
レオナルドは椅子に座ったまま自嘲気味に笑い、テーブルを不規則なリズムでトントンと叩いた
それはちょうどトロイが叩いたのと同じリズムだった
しばらく沈黙したあと、彼はやおら立ち上がってファイル棚に歩いていき、メモリーが挟まれた紙のファイルを引き抜いた
こんなところに隠してあったのか……
紙のファイルの内容を読んでいく内、レオナルドの表情は次第に曇っていった
空中庭園アーケード
トロイは奇妙な味の電解液を飲みながら、アーケードの街角にのんびりと座り、端末で受け取ったさまざまなメッセージを見ていた
帰還予定時間になっても……「ヘラルド」はひとりも輸送機に乗れていない?
輸送機に乗れる方がおかしいわよ――あんな場所だもの
ノルマングループの信用問題の危機……空中庭園の軍は第1リアクターがある地域へのノルマングループの強行進入に不賛成……
まだ声明を発表する時間があるなんて。どうやら「プリンス様」は多少は準備してたみたいね
でも、彼らもさすがに直接阻止はできないか。結局のところノルマングループだって表向きは、軍の調査への協力というだけ……
トロイは目を細めて辺りを見渡した。普段は人通りの多いアーケードも、今はほとんどの店が閉まっており、何人かが忙しげに歩いているだけだ
異災区の拡大が狂気をはらみ、空中庭園では休暇中の小隊までが総出で対応していた。普通の小隊は救援任務に派遣され、精鋭小隊は災害の「源」を探るべく異災区の奥へ向かった
変革の時ね
あの映像を手に入れて……あなたはどう使うつもりなの?
第1零点エネルギーリアクターから100km先、荒野
第2波の侵蝕体を掃討後、兵士たちはなんとかここにキャンプを設営できた
これでよし……しかし、静かだなぁ
ここは……前はたくさん人がいたはずなんじゃ?
第1零点エネルギーリアクターは、かつて人類文明の栄光の頂点を象徴していた
地上に立って星々を望みながら、人類は進化を渇望し、地球を新たな冒険へと導いた
零点エネルギーリアクターの巨大プロジェクトを中心に一連の研究所が建設され、研究員の需要に応じて、またその周囲に他の施設も造られた
図書館、食堂、学校、公園
ここは、零点エネルギーリアクターを中心に町として発展した
全てが順調に進展し、人類文明は星々へのチケットを手にしたかのようだった――
――再起動した機械が鮮やかな赤の警告灯を点滅させるまでは
聞いていないのか?……パニシングが爆発して以来、ここに生存者はいない
バラードですらここで命を落としかけたんだ……リーダーに遺書を書かされなかったか?
書くには書きましたけど、まさか本当に……こんなことになるなんて……
俺は生きて帰るつもりはない。あのクソッタレを阻止できれば、母さんが生き延びる可能性もある
俺が戻らなくても、彼らが母さんを安全な空中庭園に連れてってくれるしな
彼は冷静に自分の身の振り方を話した
地平線上にある街の輪郭が遠くから見える。その土地は不気味なほどの静けさに包まれていた
時間は一時停止したかのように、赤い薄霧が漂う空からこの世界をうつろに見つめていた
来ましたよ、ふう、間に合った。あっ、カードに外勤って打ってきたっけ……
ノルマングループの技術者と支援兵だな?こちらに集まってくれ
あとは科学理事会のメンバーだけだな……
私たちが最後じゃなかったのね?科学理事会の人は……
彼女が言いかけた時、遠くから輸送機のエンジン音が近付き、白衣を脱ぐ暇もなかったらしき科学理事会のメンバーが次々と降りてきた
こんな時にこの場所へ来るなんて
私がもしまたここに来るとしたら、それは人類の新たな旅立ちを祝う時だと思っていたのに……
新しい旅立ちにも何かしらの代償は必要なんだ。タダで食える飯なんてない
そもそも零点エネルギーのようなものを、そうやすやすと人類がコントロールできるはずがないんだよ
確かに、今回は零点エネルギーリアクター爆発を実際に観測できるいい機会ともいえるわね……
白衣の科学理事会のメンバーたちは、彼らの首席の指示に従って、すぐに数チームに分かれて整列した
すごい人数……科学理事会一部の全員が来てるの?あれは……ドミニク!?
他のメンバーと同じく白衣を着た首席は手配を終えると、兵士たちが集まる方へとやってきた
そんなに深刻な状況なんですか?科学理事会の首席まで……
設計者本人以上に零点エネルギーリアクターを理解する者はいない。これは全人類が全力を尽くすべき災害であり、私も例外ではない。ましてや傍観するつもりもない
……わかりました。では我々も任務の準備を始めます
いや、行くのは私たちだけでいい
科学理事会一部の研究員全員が街ヘ入って、第1リアクターの停止業務にあたる
そんな、我々は何があってもあなた方の安全を確保せよ、と命令を受けています!
安心していい。我々は犠牲を前提とした計画など立ててはいない
必要なのは車と十分なエネルギー、それから防護服だ
私たちの出発後、君たちは最低でも300kmは離れた位置に退避することを忘れないでくれ
リアクターの停止指示を書いた資料を託す。申し訳ないが、君たちには第2の防波堤を任せたい
我々が失敗した時は、君たちが第2陣の先遣隊だ
……わかりました
彼らは白衣の研究員たちが白い車に乗り込み、白い幽霊のように霧に包まれた地平線の向こうに消えていくのを見守っていた
白い帆船が深紅の海原を進んでいく
……俺たちも出発しよう
ドミニクの要求通り、残された者たちはただちに車両や輸送機に乗り込むと、街から遠く離れた場所を目指した
これが童話なら、結末はそろそろだ
英雄は旅立ち、ついには世界を救う。他の者たちは彼らの凱旋を待つ準備をするだけでいい
20分後――
軍の兵士たちとノルマングループの技術者たちは次々と撤退し、第1零点エネルギーリアクターから約280kmの地点に到着した
えっ?あなたたち、どうして止まるの?
隊長、更に後退しますか?
ちょっと待とう、彼らのことが心配だ
この距離じゃ……まだ安全とはいえないのでは?首席は300kmは離れるように、って言ってたし
……いや、待とう。この距離なら彼らが戻ってきても、すぐに対応できる
うーん……首席の言うことを聞いといた方がいいんじゃ……
ノルマングループの他のスタッフもその場で待つことを決めたようで、トロイはのろのろと自分の車に戻った
こんな時に自信過剰で動いたっていいことないのに……
ねえ、あなたたち、本当に行かないの?
ひとりのノルマングループの研究員が「行け」というようにイライラと手を振った。彼らはすでに機器を設置し始め、第1リアクターの内部の状況を遠距離で観測するつもりらしい
じゃあ、遠慮なく行かせてもらいますけど……
彼女は車のエンジンをかけた
28分後――
第1リアクターから280km地点
車両の簡易警報機が猛然と鳴り出し、その鋭い電子音が空気を切り裂いた
これは……パニシング!!濃度超過――
戻れ!すぐに車を出せっ!!
一瞬のうちに、パニシングの濃度を観測する全ての機器が狂ったように死神の到来を告げ、最も後方の車両からはすでに悲鳴や絶叫が聞こえ始めていた
第1零点エネルギーリアクターを中心に、肉眼でも見える衝撃波が空気を一気に震わせ、瞬時に彼らの位置にまで到達した
[ザザ――]救援1番隊――救援1番隊![ザザ――]応答せよ!応答せよ!!
救援2番隊![ザザ――]状況を報告せよ!状況を報告せよ!!
科学理事会一部[ザザ――]研究員、状況はどうなった!?[ザザ――]
けたたましく鳴り響いている車両の無線も、次第にかすれていく
どれだけ通信で問いかけても、遠く離れた指揮センターからは何の返答も返ってこなかった
科学理事会一部![ザザ――]救援部隊を――
――救援要請!救援要請![ザザ――]1号リアクターへ救援を――
通信はブツリと切れ、スピーカーからは何の音もしなくなった
――バカッ!
トロイは第1リアクターから約300kmの位置に到着していたが、彼女の車両に搭載された監視機器はまだ激しく鳴り響いていた
アクセルを踏み込むと、エンジンは耳障りな音をたててフルパワーで一気に加速した。彼女はこれまでにないほど集中し、前方の地平線をじっと見つめていた
これは死とのレースだ
後方が喧騒から静寂へと変わった時、彼女は振り返ることなく、先ほどあの場に留まった人々の運命をはっきりと悟った
そして、あの首席と科学理事会の人たちは……まだ生きているのだろうか?
いや、あり得ない
パニシングの監視機器の悲鳴はようやく止まり、トロイは高い場所から第1リアクターのある辺りを見た
記録映像の最後に映っていたのは、薄い霧に覆われ、静かに佇む遠くの街と高層ビルだった
再び死の静寂がその土地を包んでいる
パニシング爆発後
第1リアクターの区域内のパニシング濃度は瞬時に急上昇し、通常の監視機器では計測不能なレベルに達した。同時に、ドミニクを含む全員との連絡が途絶えた
パニシング対策司令部はすぐに救援部隊を派遣したが、すでに手遅れだった。それほど高濃度なパニシングでは、誰も第1リアクターから無事に撤退などできない
資料の最後には、任務に参加した人員のリストがあった
……
トロイ……君は本当にとんでもないものを残してくれたよ
ノルマン家会議室
これがお前の決断なんだな?
はい
素晴らしい決断だ。リスクもあるが、メリットもある
クリスティーナが自ら進んで構造体改造を志願したように……お前たちはノルマン家の誇りだ
クリスティーナは工兵部隊に入り、ノルマン家が軍に入り込むための最初の糸口となる
そしてお前は……ノルマン家の真の後継者であり、真の商人だ
……グループのラボで、彼らが持ち帰った外部インターフェースモデルをテスト中です。今回の「ヘラルド」は選考済みなのでテストが完了次第、空中庭園と再度交渉します
このヘラルドたちが逆元装置の改造を受けたら、我々の計画を実行します
レオナルドは昔の人脈を使って軍と議会を動かし、私たちの阻止を目論んでいます。でもノルマングループの全行動は自発的なもの。彼らにできるのは道徳的な非難だけでしょう
今回の「ヘラルド」には、グループ内の上層部の者と……彼らの子供を選びました
彼らは私とともにノルマングループの栄光を目撃し、その栄光に浴するのです
非常に合理的な采配だ。彼らはその栄誉を受け取るべきだな
ドミニクが再びノルマンを輝ける栄光の殿堂へと導くだろう
祝賀会の準備をしよう。お前からのいい知らせを待っているぞ――ヴィクトリア
科学理事会実験場
違う……これも違う
彼女は目を細めながら、目に見える全てのデータを調整し、より周到で綿密なプランを得ようと奮闘していた
やっぱり普通構造体には適用できない?
……ダメね。今の改造アプローチは、逆元装置をゲシュタルトに接続して意識を増幅し、パニシングへの抵抗を達成しようとしている
前回得たデータによると、このプランは確かに私たちが期待する効果を達成はするけど、意識海の安定性に対する要求もかなり厳しい
この要求を満たせるのは、数人の精鋭部隊の構造体だけね……
互換性をもっと拡大させる必要があるか……
外部インターフェース第2バージョンの接続プランの調整は終わった?
まだ調整中。実験データが後ふたつ足りない
何のデータを待ってるのよ。浸入の準備を始めて
しかし、マイカは動かなかった
こんな連続でゲシュタルトに浸入する実験をすれば、あなたの意識海に大きな負担がかかるかもしれない
隔離区内部で実験をしているとはいえ、結局パニシングが介入することに変わりないもの……
何の話?私を実験チームから外すつもり?
私も自分の意識海の安定性をチェックしてみた。接続要件を満たしているわ。だから私が……
あなたが?それからどうするの?
猿でも置いてリンク外で接続モデルのデータを監視させる?それとも、スターオブライフの集中治療室にいるあなたの先生を引っ張り出して、作業を手伝わせるとか?
……
私はやんごとなきノルマングループからご指名の、選ばれし者なの。こんな不毛な議論はやめましょう
彼女は冷静にスクリーン上のデータフローを見つめていた
そのふたつのデータ以外の、他のプロセスはどうなの?
準備はできてる。でもグレイレイヴン指揮官とアシモフ、カレニーナがまだ来てない……
待たなくていいわ。隊長の休憩ポッドは私がロックした
指揮官のリンクは……
第2バージョンのモデルが順調に動作すれば、指揮官のリンクは一時的になくても大丈夫でしょ?
それはそうだけど……
ふふっ、グレイレイヴン指揮官とアシモフはまとめて、スターオブライフの休憩室に閉じ込めておいたの
彼らは人間よ。何日もあの調子で仕事してたんじゃ、体がいくつあっても持たない。少しは休まなきゃ
……
どうしたの?逃げ出す?
……フン
あ、元気そうじゃない
じゃあ準備しましょう、ぐずぐずしないで
彼女は未知を恐れず暗闇を進み、新たな光の道を切り拓く
彼女は再びその混沌とした道を歩み始めた