死まで残り33.5時間
……ふぅ……はぁ……
繰り返される幻から逃げ出したラミアはガタガタと震え続けていた
彼女は目の前にいる負傷してボロボロの指揮官と、全然こちらに近付こうとしない「ノアン」を見た
周囲の、液体と化した異合生物たちを見て、何が起きたのかだんだんと思い出してきた
今のは……意識海の……融合?
全ての災いの根源は自分が抱えている卵だとわかっていても、彼女はまだ戦場での武器のように、きつく卵を抱きしめていた
私、ここにどれくらいいたの?
なぜここに来たの?
XX003の身分証をラミアに渡すと、彼女は無言になった
……2枚なら、残りの数値が足りるのかな?
ラミアは大まかに意識融合をした時に見た幻覚を説明した
これらの異合生物がこんな組織だった動きをしたのは、明確な指示があったからよ……惑砂かな。私が彼らを倒したの?
……ボンヤリしていた?
…………
じゃ……どうして卵を奪わなかったの?人間は卵に触れないけど、助っ人がいるのに
え、何?
……
この言葉に何か思い当たったのか、彼女はうつむいた
……あなたは……本当にそう思ってるの?協力関係のためじゃなくて、本当に私を……信じてるの?
実はそれは、まったくの嘘だった
「ノアン」が惑砂の接近を告げた時、自分は卵を持ち去ろうと提案していた
惑砂はまだ僕の機体に影響を与えられるんだよ
僕の行動はコントロールできなくても、僕の周りのパニシングをコントロールできる。僕が卵を持つことは、惑砂本人に渡すのとそう変わらない
ないね、残念だけど
惑砂を殺しても、彼はクティーラの子宮でまた意識融合する。彼は昇格者だから、簡単に条件を達成できるしね
君のその無敵の魅力でラミアを籠絡すればどう?惑砂さえ殺せれば、僕が卵を持てばいいから
何か問題がある?無傷よりもずっと親しみやすいと思うけど
――これはまさに下策中の下策だ
…………
しかしラミアに自分の絶体絶命の「思い」は伝わらなかった。彼女の目には、自分を信じてくれる人が苦笑いしているようにしか見えていない
指揮官の怪我と侵蝕で濁った瞳の中に、彼女には懐かしい悲しみや決別……そして信頼を見た
……あの雨の日、見たものと同じだ
……あなた……
もともと揺らいでいた心の壁は、記憶と吊り橋効果によって崩れ始めた。しかしラミアはまだ完全に疑いを捨てきれない
「ラミアを信じている」というその言葉が本当かはわからないが、だとしても今は卵以外のことで目の前の人間と対立する必要はない
――それに彼女は自身を尊重されたことに少し喜びを覚えていた
ねえ、人間と昇格者は共存できると思う?
彼女はこの機を逃さず、目の前の人間にたまに頭に浮かぶ未来の平和についての問題を訊ねた
……うん、最近、ルナ様の態度も少し変わった……
彼女の心は未来へ――眼前の人間の死へのカウントダウンを軽く飛び越え、願いに満ちたまだ見ぬ幻の旅へと飛んでいた
……はい
ラミアは夢から覚めたかのようにハッとした
惑砂を、殺す……
ボクを殺す?
思ったより遅かったが、やはり彼はやってきた
ええ、君たちが壊した部屋を片付けようと頑張ってたんだ
あなたを探すのにも、それなりに時間がかかったし
最後の注射が効くまで48時間。でもあなたはずっと隠れてた。何かに気付いたか、それとも……
惑砂は後ろの青年を見て嘲るように笑った
誰かが情報をくれて、君を導いてくれた?
答えはわかってるだろうに
目が見えなくなったってのは、嘘?
何でも自分の望み通りになると思ってるのなら、それは傲慢という病気だ。お前が最も嫌っている「父さんたち」と同じ
…………
うっすら笑っていた昇格者の表情が一変した。彼が横を向くと、背後の影からもうひとつの影が現れた
ラミア、はやくハイジをママに返して
あれ、本当に彼女のママなの?
卵は水から飛び出した魚のようにラミアの手の中でもがいた
…………
ラミア、まさか君まで悪い子になっちゃったの?そんな風に人の心を傷つけるなんてさ
あなたはずっと彼女を騙してた。再び産まれてきた彼女は、いまでも自分自身を見つけられないでいる。結局、あなたたちに利用されるだけ
あなたたちに利用されるだけ?よくもそんなことが言えたね。君だって彼女を利用したじゃないか
…………
人魚は無言で武器を構えた
惑砂もそれ以上は何も言わず、背後のクティーラを庇って立ちはだかった
じゃあ、裏切り者の始末から始めようかな
惑砂!「彼女」は私が持ってる。あなたには、「彼女」の増幅された権限を越えてパニシングを操ることはできないはず
いくつかに断ち切られたあの残骸のような幻を見たラミアは、少しだけ「卵」の真実に気付いていた
…………
わかった。じゃあ、まずは君と遊ぼう
指揮官たちは……クティーラがなんとかしてくれるでしょう