Story Reader / 本編シナリオ / 19 暁の境界 / Story

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19-14 希望とは

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世界政府の常任会議中、突然割り込んだカレニーナの通信で、ハセン議長は30分間の休会を宣言した。この30分間でリストはこの理論の根拠をもう一度組み立てる必要があった

カレニーナがメッセージとともに送った報告書には、月面基地で原因不明のパニシング漏えい事故が発生し、零点エネルギーエンジンが制御不能になったとしか書かれていない

零点エネルギーエンジンを破壊させてはならない……

扉にもたれかかっているノルマンも眉間にしわをよせ、初めて深刻な表情を見せている

おいおい、あの工兵部隊のお嬢ちゃんの言葉を聞いてないのか……零なんちゃらエンジンを破壊しないと、月にいる人たちが全員、木っ端微塵になるんだぜ!

まだ机上の空論です……あの工兵部隊の隊長が真実を話しているとも限らない

リストは腕を組み、考えを巡らせた

月にいた時、グリース長官はよくカレニーナに話かけていた……それに彼女はあの代行者と話してもいた。我々がグリースの権力を奪ったため彼女が仕組んだ芝居の可能性も……

ちょうど私が議案を提出した時にパニシングが爆発する……こんなタイミングのいい偶然があるものだろうか?

主観的で都合のいい解釈とはいえ、筋が通っている。これは否定し切れないとノルマンは思った

零点エネルギーリアクターを起動するまで、今まで月面基地でパニシングが検出されたことはなかった……それにチェックしたのはあのカレニーナ本人だ

私が生まれる以前、月面基地で悲惨な事故が起きたらしい……原因はパニシングではという話だったが、まさか……

それもただの推測です。あの事故で唯一生き残ったのは、頭のイカれたカノン博士だけ……パニシングとの関係性を証明できません。それにあの真相を知る者はほとんどいません

自分より権限の高いグリースなら、その真相を知っているのかもしれない。だが今のリストにはどうでもいい。彼は過去のことには興味がない

ともかく妹はまだ月にいる。リスクは冒せない……

はき違えないでいただきたいですね……

ノルマンの言葉はすごむリストに中断された

彼女はあなたの妹ではありません。あなたの妹はヴィクトリアひとりのはずだ。そしてあなたは今、ノルマン家を代表している。どんな結果になるのか、しっかりと考えたまえ

リストは立ち上がり、ドアへ向かった

議会の決定を見たくないなら、ここに残っていればいい。全ては……私ひとりで解決する

ノルマンは拳をぐっと握りしめ、その怒りを冷たい壁にぶつけるしかなかった

くそっ……

会議が再開された。会議の参加者全員が再びホールに集まり、カレニーナのメッセージと報告をめぐって激しく討論している

ハセンはホールを見渡し、議長席に戻った。彼が咳払いをすると、ホールはだんだん静かになった――論争がやんだ訳ではない。本当の戦いが今から始まるからだ

これより、世界政府定例会議の規則において、この会議を緊急会議に、議題を月面基地での突発的状況についての議論に変更する

まずリスト議員、説明いただけるかな?

ハセンはリストに頷いて、説明を促した

工兵部隊カレニーナ隊長の報告によれば、我々どころか、彼女でさえパニシングの発生原因や、零点エネルギーエンジンの暴走理由がわからないようです

しかも現在は通信も遮断され、現場の状況を訊くことすらできません。現段階の情報だけでは、論理的な判断が下せないでしょう

リストは客観的に話した。彼の目的は明確だ――まず全員に冷静さを取り戻させる。理性さえ取り戻せば、彼らはきっと、空中庭園に対する最適解を選べるはずだ

ただ一点、皆さんにしっかり考えていただきたい。零点エネルギーエンジンは、最も優秀な科学者たちが無数の犠牲を払って完成した夢の機械です。このエンジンは未来の希望だ

今、未来を掴み取るチャンスは目の前にある。なのに、自らの手でそれを壊すというのですか?

過去の全人類が払った犠牲を、我々が踏みにじっていいものでしょうか?

全人類が未来に抱く希望の権利を、我々が奪っていいものでしょうか?

リストの発言で、人類全てが天秤の重りとして皿に乗った。零点エネルギーエンジンの破壊に賛成していた議員たちも、これには動揺を隠せなかった

そのため、私は断固として零点エネルギーエンジンの破壊に反対します。この前提に基づいて、議論を展開して欲しいのです……

話しながら、リストはハセンとニコラの様子をうかがった。タカ派の彼らは、破壊を主張するだろうと思っていたからだ。しかしふたりは平然としている

彼らも零点エネルギーエンジンがもたらす利点と比べ、人類は対価を払うべきだと受け入れているのかもしれない。この議会で、私は勝利した……

???

割り込んで申し訳ない。私、いや、「我々」が遅れて、申し訳ないね

年齢を感じさせながらも力強い声が響き、ある男がホールへ入ってきた。彼の後ろにはふたりの若者がつき従っている

(グリース……そう簡単に諦めるとは思っていなかったが)

グリースが横やりを入れてくるだろうと想定はしていた。リストはすでにそのために策を弄しており、隣にいる監察院の部下に目配せをした

グリース長官……あなたは今、グレイレイヴン指揮官監禁の件で内部監査を受けており、世界政府会議への列席は許されていません。ハセン議長、提案ですが……

会議の開始前、グリースはグレイレイヴン指揮官の「監禁」の件で内部監査を受ける必要があることを告げられていた

空中庭園の犬どもに嗅ぎつけられることはないとグリースは確信していた。問責するならとっくにしている。残る可能性は――リストが自分をはめようと仕組んだ罠だろう

おっと、違いますよ。私は会議に参加しにきた訳じゃない。このふたりの若者を、ここに案内したまで

リストはグリースの後ろのふたりを見た。ひとりはシーモン、バロメッツ小隊の指揮官だ。もうひとりは……あれは、グレイレイヴン指揮官だと!?

世界政府の会議に参加を許されていないし、そもそも私は過去に参加したこともない。しかし軍部の首席顧問として、私には推薦権があると記憶しておりますが?

含み笑いをしながらグリースはハセンが頷くまで見つめ続けた

もちろん、多くの信頼を勝ち得ている者の推薦なら、ここにいる皆もありがたいだろう

(食えない古狸オヤジだぜ……)

グリースはニヤニヤと笑った。推薦する人物が他の者なら、きっとハセンは反発しただろう

彼はこの推薦権を切り札とし、今日まで使わなかった。残念だが今はもう他に打つ手がない。一か八か、全てをグレイレイヴン指揮官に賭けるしかなかった

このふたりを推薦した理由ですが、なんといっても彼らは最前線で戦う指揮官だ。無数の戦闘経験があり、現場での判断については彼らこそ真の専門家といえる

特にグレイレイヴンの指揮官は困難な任務を数え切れないほど成し遂げた「英雄」でもあります。その英雄の意見は皆さんにとっても貴重なものになるでしょう

この間、グレイレイヴン指揮官と私の間でちょっとした行き違いはありましたがね……まあ、我々の間に生まれた強い友情はそんなことでは変わらなく……

おっと……しゃべりすぎました。では私はここでお暇を。後はお任せしますよ

ホールから出る前に、グリースは振り返ると、更に言葉をつけ加えた

失望させてくれるなよ……グレイレイヴン指揮官

あの、首席どの……こんな会議、初めてなんですが……

クラクラして、は、吐きそう……

視線の的となるのは誰しも落ち着かないものだ。たとえそれが侵蝕体からのものでも……自分と同種族である人間からの疑いの目でも……たいして違いはない

もう立っていられない……

シーモンは必死に笑顔を作った……本来パニシングと戦うための軍人を、こんな場違いな戦場に立たせるなんて。あの黒野の男には「感謝」の気持ちしか湧かない

数時間前、グリースという男がスターオブライフの治療室に乗り込んできた。ヒポクラテス以外のスタッフはその勢いに気圧されて、呼び止めることすらできなかった

そんな無作法な人間はそう多くいるものではない。その失礼な者はニコラ司令から気をつけろと言われていた、黒野の人間だった

おい、アンタ、グレイレイヴンの指揮官だな?

ここにいるのは私の患者です……あなた、ふざけてるんですか?それとも前頭葉をぶっ潰されたいのかしら?

わかったわ……15分だけよ。悪化しても私は責任を取れませんから

ヒポクラテスが去ると、グリースは議会の現状とカレニーナの月での研究を全てぶちまけた。どこまでが真実かはわからないが、カレニーナとルナに関する情報は信憑性が高そうだ

カレーちゃんの報告通りなら、月面基地の全員が死に、発生した重力波に破壊された月の一部が地球に落ちる可能性がある……数十人が死んで済む話じゃないだろうな

リストの野郎は現場を、カレーちゃんを支持する者が発言できない状況に追い込んでいる。カレーちゃんがエンジンを破壊して戻ってくれば、ありもしない罪をでっち上げる気だ

許可なく零点エネルギーエンジンを破壊した、そういう状況に置かれてしまったカレニーナは、リストという男が噛みつけば、ただじゃすまないということだ

それよりも恐ろしいのは、議会に対する不信感が募ることで、軍部と議会の間に大きな亀裂が入る可能性だろう

先ほどからずっと会議を見ていましたが、こちらのグリース……長官?の言う通り、現場はほとんどがリストさんを支持する方に傾いています

だから先ほど、シーモンは構造体「カレニーナ」を知っているかと訊いてきた。彼は知っていたようだ

皮肉なもんだ……俺を牽制するためにわざわざ「英雄」にまつりあげられたアンタが、まさか今の俺の、唯一の頼みの綱だとはな

しかしグリースはその答えを予想していたように、にんまり笑った

でも断らないさ……カレーちゃんと同じく、苦しんでいる誰かを見すごせないタチだろ。なあ、議会という戦場で彼女を助けられるのはお前さんだけなんだよ

この老獪な人間がメリットのないことをするとは思えない。窮地に立たされているとはいえ、彼の目的を知らねば、こちらが痛い目に遭う

なるほど、慎重だねぇ。じゃ、腹を割って話そうか。あの大型Ω武器は完成してる、実をいうとカレーちゃんたちの生死はどうでもいいのさ……

だが説明した通り俺は、ルナという代行者は、これからの人類進化の要になると思ってる。今、彼女をあの荒んだ地球の衛星で死なせる訳にゃいかん

いや、俺の直感だ……さんざん悩んで考えるよりも、時として直感の方がいい場合もある。アンタも歳を取りゃわかるさ

大いなる理想のために、犠牲ってもんは必要だと俺は思う。カレニーナたちだけじゃない、俺の一生を犠牲にしても、その答えを見つける必要がある

しかしお前さんは違うよな。俺なんかよりずっと貪欲だ……どんなに苦しい局面でも、アンタはまず全ての者を救おうとしていた

そんなバカはその善良さが災いしてすぐに死ぬだろうと思っていた。でもお前さんは何度も何度も俺の予想を裏切った……

グリースはベッドから立ち上がると、手を差し出した

月の上で俺がカレーちゃんにも話したように、昇格者は人間にとって絶対的な敵ではない。黒野もだ……我々の永遠の敵は、自分たちの弱さに他ならないのさ

もしアンタも俺もまだ弱すぎるなら、力を合わせればいい。どうだ、悪くないだろ?

利用しうる全てのチャンスを利用し、勝機を作り出す……戦術の基本だ。たとえ敵でも、必要とあらば利用するまで

グリースは大笑いし、こちらがおそるおそる出した手をギュッときつく握りしめた

行け、「英雄」よ……お前さんの口から出るのは美辞麗句だけじゃなく、全てを突き通す剣も仕込んでいることを、やつらに見せてやれよ

グレイレイヴン指揮官……体調は大丈夫か?

シーモンがいなければ、痛みで立っていられないくらいだ。でもちょうどいい。痛みのお陰で頭がはっきりする

それなら、まずグレイレイヴン指揮官の発言をうかがおう。いいかね、リスト議員?

リストは渋々檀上を譲ることを承知した……しかし彼が何もせず手をこまねいているはずがない

私も今回の件に関するグレイレイヴン指揮官の見解を聞いてみたいものですね

シーモンの手をそっとはずし、自らゆっくりと演説台へと歩く

しかし演説台への最後の階段を上った時、頭がひどく痛み出し、仕方なく両手をついて体を支えた

しゅ……首席どの!

慌てて駆け寄ろうとしたシーモンを手を上げて抑制した。助けられれば自分の弱さを露呈する……だが残念ながら、狼のような目は獲物が弱っていることを見逃さなかった

グレイレイヴン指揮官、ご無理なさらず……ここは戦場ではないんです。無理してまでくるような場所ではありません

偽りの平静を見抜き、彼はこちらの自信をへし折ろうとした。実際の戦場でどれほど奮闘しても「議会」という場を戦い抜く彼にとって、自分たちはまだまだ新兵のようなものだ

リストの言葉を聞いて一部の議員がざわつき始めた。会議に参加した経験のないただの指揮官の発言など時間の無駄だと思っているのだろう

先ほどの自分たちにかけた言葉も、もちろん最初の提案でも、彼は優位に立っている。何をしようが彼の理論を突き崩すことはできないように思われた

だが、逆にそこにこちらの勝機がある。いつだって敵が勝ち誇った瞬間に、わずかな隙が生まれるからだ

私が……?すまない、君は何を言っているんだね?

リストがずっとひた隠しにしている問題を今、まずは議会に説明しないといけないだろう……

(いや……リストは違うことを隠している)

いきなり飛び込んだ自分は、準備もできず自分の陣営もない。やるべきは、まず敵の急所を狙うこと。一撃必殺できずとも、相手を引きずり出し、混戦に持ち込める

「アトランティスのデータを基に、月面基地での研究は着実に進み、零点エネルギーリアクターの再起動は完遂しました。しかし、その安全性は保証されているのでしょうか?」

「本当に我々が宇宙を航行する時、今回のような事故が起きないと誰が保証できるのでしょう?後ろ盾としての地球を失った我々は、そうなると対処できる方法がありません」

それは杞憂というものだ。零点エネルギーリアクターの稼働は理論と実践によって検証されている。起動と運行時に真空チャンバーにパニシングが発生した例は一度もない

「それはカレニーナが最後に確認した時のことですよね。彼女は零点エネルギー分野の第一人者であり、彼女のお陰でこの計画を進められたと、リスト議員も仰っていたはず」

もちろん、全ての実験データが有効だからこそ、それを根拠として議案を提起したのです

「ならば、あなたはなぜ現場にいる彼女が下した判断を信用しないのですか?」

「我々がこの場で議論している間にも、彼女たちは……死や災いと戦っているんです!」

リストはこちらを刺すような目でじっと見ている。主導権を取り戻すための次の一手を考えているようだ

報告では、零点エネルギーエンジンを破壊してもこの災害が止まる確証はないとカレニーナが書いています。むしろ破壊で、更なる重大な結果をもたらす可能性すらあると……

どちらにもリスクが存在し、どちらかを選ばねばならないなら、私は零点エネルギーの安全を取ります

「月や地上にいる、罪のない人々の命を犠牲にしてまでですか?」

これは「必要な犠牲」だ……残された唯一の希望のためなら、どんな犠牲をも払う価値があります。犠牲なしに生き延びる権利のみを手にできるほど、世界は甘くない

グレイレイヴン指揮官として、あなたならよくわかっているはずです……あの新型特化機体の使用者はあなたの隊員のひとり、リーフという名の構造体でしたね

リストは拳を振り上げ、断固とした口ぶりで全議員に最大限の説得要素として聞こえるように話し出した

彼女は理解していました。誰かが犠牲になる必要があると……犠牲なしに、人類に未来は永遠に訪れない……今の我々にとって唯一の希望は、零点エネルギーエンジンなんです!

僅かな希望をつかむために、必ず誰かの犠牲が必要になる……この言葉の正当性については今まで誰も疑わなかった。だが本当の希望とは一体何を意味するのだろう?

(いや、きっと他の答えがあるはず)

「希望とは、新型特化機体や、零点エネルギーエンジンではないと考えます……希望とは、この全てを作り出した人々そのものだと思います」

「家を失ってもまた建てればいい。苦い失敗も、それを教訓として繰り返さなければいい。絶望しか見えない未来でも、我々が手をともに取り合えば、奇跡は作れるはずです」

「確かに人類は強くない。しかし、過去が残してくれた希望にすがりついて、前進することや思考を諦めるほどは弱くはないはずです」

「新型特化機体は、あの人たちとリーフが創り出した新たな希望です……だから、零点エネルギーエンジンより、希望を創ってくれた、月面基地の人々を信じたい」

会議の流れが変わった。人々は議論を始め、この発言について真剣に考え始めた

ハセン議長がこちらに手を振り、それからホールの真ん中に立つと、市民の代表に問いかけた

議論はここまでで十分だろう。カレニーナと月面基地の危機について、議会はただちに決定を下す必要がある

この件の結論は……全人類に決めてもらおう。結果がどうなろうと、それが私たち人類が選んだ「未来」だ。どうかそれを踏まえて考え、君たち自身で決定してほしい

ホール中に全市民の代表たちの光が点滅し続け、最後にゲシュタルトの合成音声が響いた

ゲシュタルト

決議終了……