雨雲が突き破られ、中から巨大な鉄紺色の船体が現れ、凄まじい速度で空へと駆け上がっていく。マークを見れば、これは空中庭園の船だとわかる
しかし今この「船」に「水夫」はひとりもおらず、船長だけが気取ったポーズで船首に立ち、風を受けている。そうこうする内、ついに船が重力の束縛から解き放たれた
まさか本当にひとりで宇宙船を起動できるとは……役作りのために勉強した宇宙船の操縦がここで役に立ったな
『金星の人』だったかな?それとも『ファイヤーフライング』だっけ……あーあ、記憶の引き出しが多すぎると、思い出すのもひと苦労だよ
頑張って思い出そうとしても、出てくるのは自分が主役に選ばれなかった事実ばかりだ。当時、彼は天才子役と呼ばれていたが、唯一無二の存在である主人公にはなれなかった
今もそうだ。今の彼を主人公として捉える者は誰ひとりいないだろう。でもそれが何だというのだろう
真の俳優にとって、たとえ台本やリハーサルがなくても、一度舞台に上がってしまえば……カットはかからないものだ
そうだね、これが姫の救助に向かう騎士の役だとしたら、この船は白馬ってことになるのかな?うん、なかなか立派だね
ロランはふとカプセルを取り出し、目の前にかざしてみた。カプセルの中では肉片が絶えず蠢いている
でも残念ながら、今日の物語は冒険活劇なんかじゃなくて、ホラー物なんだ……さしずめ、姫に毒リンゴを渡す毒蛇の役といったところかな
まあ、冒険活劇でもホラーでも、台本通りならそろそろ敵が現れるタイミングかな?
その言葉に呼応したかのように、船体がいきなり激しく震え、船内のあらゆる箇所でセキュリティシステムのアラートが鳴り響いた
そうそう、これだよ。最後に打ち上げられた宇宙船、いきなり現れる怪物、ひとりで立ち向かう脇役の男……B級映画の王道パターンだけど、これ、ウケはいいんだよね
ロランは鎖剣と散弾銃を取りだし、高速接近中の飛行異合生物に向かって身構えた
さて、映画のように惨めに殺されるのは、どちらかな……