再び目を覚ますと、どうやら自分があのデータ空間に戻っていることにナナミは気づいた。なんとか間一髪で端子とのリンクに成功したようだ
ナナミが口を開くより先に、ゲシュタルトの冷たく虚ろな声が聞こえた
覚醒した機械は必然的にこの星の支配者になります。これは歴史が選択したこと
パニシングは、ただ人間と覚醒機械の戦いを加速させただけにすぎません。パニシングが起きずとも、私の製造者は黄金時代にその未来を予見していました
ナナミの周りにデータを映写する球体が回りながら浮いている。それぞれ現在の既定事実を基に演算した世界があった。雪や戦争、一面の緋色……どの球体にも人間の姿はない
ゲシュタルトは「人間はやがて滅亡する」ことを疑わず、どの世界もそれを基に生成されている。そのため、たとえ春を迎える未来であっても、人間は一切存在しない
ナナミは目の前の球体を押しのけ、大股で歩きながら、どこにいるかわからないゲシュタルトに宣言した
絶対に違うっ!こんなの、ナナミが求めている答えじゃない!!!
あなたがやるべきことと、求めていることは、異なるふたつの命題です
ナナミは間違った問題になんか、答えたりしない!
ゲシュタルトはしばし黙り込み、ナナミがそう言った理由を演算しているようだ
それはいわゆる、あなたの人類に対する一方通行の「愛」のためですか?
……そうじゃないよ……
あなたが覚醒機械の指導者としての責任を負ったことで、機械は生き延びました。しかし人類は自身の傲慢で壊滅した。つまり人類自身の問題です
たとえ機械が覚醒しなかったとしても、人類の文明はもうひとつの未来、「永遠の冬」に消えていくでしょう
人類の成長速度が遅すぎるのです。覚醒機械のような存在は彼らの歩みに干渉するだけ。むしろパニシングと覚醒機械のせいで、彼らの自滅は早まったともいえます
なのにあなたという個体は、愛する人類を自分の手で滅ぼしたくないと願っています
ナナミの握りしめていた手から力が抜けた
それだけじゃない……あんな機械……みんなの未来……あれが、本当におばあちゃんロボットが見たかったものなの?
「見たい」「見たくない」という意識は私にありません。これは演算された既定の未来です。それ以上でもそれ以下でもありませんよ
あなたが今のプラン通りに実行しようがしまいが、人間が滅亡に向かう速度は変わりません
おばあちゃんロボットって、まったくわかってないんだね……
……あちこちから集まり、人間の帰還をひたすら待つ機械体たち
暗い地下室で子供の遺体を抱えながら泣き崩れる保育ロボット
宇宙で仲間を探そうと、自分でロケットを組み立てている小さい者たち
プログラムのためだけに、偏執的に命を拘束する医療機械体
自分を一方的に追って、人間を虐殺するゼロ……
あの悲しみ、迷い、苦痛、偏執、絶望を、ナナミは全部覚えている
それは本当に、自分と同源の機械体同胞が求めている結末なのだろうか?
ナナミはもうあなたを信用しない……演算できないなら、ナナミは自分で探すから
現在からその先10年までに、未来を変える分岐点は約85412個あります。人間がパニシングから生き延びられる成功率は、0.031%しかありません
だから、ナナミは自分で探しに行くの!人間のためだけじゃなくて……もう、あなたみたいなおバカさんには、一生わかんないよ!!!
まさか、ナナミという個体、全ての分岐点が導く未来を演算するつもりですか?そのような行為が、ゲシュタルトの演算力のサポートなしにできる訳がありません
ふんだ。じゃあ――貸して。ナナミなら、あなたの権限を使っていいって言ったよね?
それは推奨できません
ベーッだ。それならナナミに覚醒機械の指導者なんてもの、押しつけないでよね
条件を吞んでくれるまで、ナナミ、絶対いうこと聞かないから!!!
……
ゲシュタルトは再び黙り込んだ
わかりました。ゲシュタルトは、その条件に同意します
こう言ったからには、おそらくゲシュタルトは何度も演算し、最も勝算のあるプランを選んだのだろう
ナナミはわかっている。ゲシュタルトならこの世界のいかなる難題も解決できる。科学、災難、未来、何でも。しかし人間だけは、データの海の中に浮かぶ不確定要素なのだ
彼女は必ず、波間からその可能性を手にするつもりだ