グレイレイヴンの奮闘により、最後の侵蝕体も打ち倒された。しかしそのなかには見たことのない外形の侵蝕体もいた
これらは一体何なんでしょう?
列車の侵蝕体……再構成された異重体に似ていますね
判断するには情報が足りなくて……リーさん、ファウンスの槍システムで侵蝕体たちの記憶の復元は可能ですか?
試してみます
……データ収集までですね、解析ができません
最後の記録を見終わったら、このエリアの捜査は完了です
その時、通信呼び出し音が再び鳴り響いた
ふぅ、やっと繋がった。そっちは無事?
ブリギットから報告を受けたんだけど、確かに今は昇格者の情報追跡を優先した方がよさそうだね
他に何か報告はある?
なぜお前がここにいるんだ、仕事の邪魔だ
あっ……すみません、すぐに離れます
なかなか連絡がつかなかったので心配で……
通信チャンネルから最後にアシモフさんに報告したことを検知したので、様子を見に
よし、送信してくれ
未知の侵蝕体?
わかりました
リーフから送られたサンプルデータを見たアシモフは眉をひそめて考え込み、今まで見せたことのない表情を浮かべた
そして突然立ち上がり、勤務室の反対側に走っていく。何かの資料を探しているようで、コップを倒すような音も聞こえてきた
アシモフが慌てているのを初めて見ました
全員が押し黙って待っていると、アシモフがしかめっ面で戻ってきた
………………
これらの侵蝕体……その体躯にはすでに類生物の構造が現れている。これは既知の侵蝕体にはないものだ
これは侵蝕体というより、概念からすると「異合生物」と呼んだ方が適切かもしれない
ああ。送ってもらった情報だけでは、まだなんとも言えんが
だが赤潮の成分を機能面で区別するなら、地球の原始の海に近いようだな
……まだ結論は出せないが、その可能性があるといったところだな
赤潮の現在の規模はどれくらいだ?
街全体を覆っています。更にファウンスの槍システムで失踪した小隊の記録を見つけました。その情報も送信したのですが電波が悪く……今ようやく送信できたところです
失踪した小隊の調査によれば赤潮はもともと地表に隠されていて、最近までは間欠泉レベルでしたが、今は満潮のように街全体を覆ってしまいました
アシモフは異合生物の報告から失踪小隊の情報へと目を移した
この膨張スピード……
………………
その可能性は否定できん。だが、可能性だけでパニックになる必要もない
更に調査が必要だな。成分情報以外に、赤潮に関する新しいデータはあるか?
大丈夫、教えてください
……失踪した小隊の調査では膨張スピード以外に、赤潮が死者の意識を留められる形跡があることを発見しました
ああ、報告書にあったやつだな
その意識は赤潮が死者を模倣したものか、本当に死者の意識を残留しているのか……どちらにせよまずいな
要は、事情を知らない者を赤潮におびき寄せるってことだ
しかも、意識データを通して自己意識の進化を促せば……本物の生物になれる可能性もあるというわけだ
……赤潮の規模はまだ膨張しています。侵蝕体がいる場所に移動しつつあり、やがて彼らを飲み込んで更に巨大化するでしょう
捕食行為か……
でも、飲まれた侵蝕体は完全には赤潮に溶解されていませんでした。だから分解と言った方が正しいのかも
彼らは赤潮に取り込まれて、その一部品になってしまった……
人類が赤潮に襲われたら、溺れるより「部品」に傷つけられて怪我をしたりで、命を落とすかもしれません
分解……部品が残る?溶解できないのか、それとも――
アシモフはぶつぶつと論証していたが推測をやめて、質問してきた
お前らは赤潮はどのように進化すると思う?
パニシングの侵蝕を悪化させ、より膨張するでしょう
本当にそれだけ?
マーレイは頷き、アシモフも作業の手を止めて微笑むマーレイを見た
さっき他の人から調査報告を受信したんだ。彼らは赤潮に接触していないけど、スカベンジャーからある話を聞いたそうだよ
最近、大量の侵蝕体が廃墟に向かって集まってるって。それと、廃墟の中から補給物質を発見したという報告も多く上がっている
でも廃墟に行った人は、誰ひとり戻ってきていない。誰の仕業だろう?
可能性はある。スカベンジャーの話はとても抽象的だったけど、最初にその情報を広めた人は、一部の昇格者の情報と似ているところがある
このまま話が膨らめば、仮に華胥を通じて見つけられなくても、噂を聞いたり、頻繁に失踪する小隊が原因で、ここを突きとめるはず
それは相手が絶対的な切り札の種を握っている証拠、ということか。その種が大きく育てば、昇格者に匹敵し、彼らを超える脅威にもなりうる
なぜ種なんですか?
最初は秘匿する必要があったのに、今では噂や失踪する小隊が増えることを恐れていない。つまりその切り札はまだ成長過程にあって、今後利用価値が上がり続けるということです
赤潮と異合生物も脅威ではありますが、僕たちの手に負えないほどではない。彼らがこの計画を画策したのは、もっと絶対的な切り札があるからでは……
同意見だ。この事実を知ったからには、その切り札とやらを一刻も早く破壊しなければ
すぐに気づくなんて、さすが兄さんだね
これだけ情報があれば、気づかない方がおかしい
でも今ある情報は少なすぎる。兄さん、指揮官、もし何か新しい情報があったら必ず僕に報告してくださいね
それより、さっさと俺の執務室から出て行け
はいはい、仰せの通りに
赤潮のことを知ってからずっと焦ったご様子でしたし、最新情報の共有をと思ってここにいたんですけど。どうやら仕事のお邪魔をしたようで、失礼いたしました
…………
気持ちはありがたいが、今後は情報を整理してから俺に報告しろ
わかりました。ではこれで
マーレイはアシモフに頷き、カメラに向けて手をひらひらと振った
皆も気をつけて。特に兄さん、また無茶しないでよ
……わかっている
マーレイは微笑み、通信を終えた。だがその瞬間、見覚えのある姿が影に浮かんだ
指揮官、どうかしましたか?
影が行く方向を追うと、ロランはいつも通りの笑顔である少年と話をしていた
あの少年は?
4人の視線が少年に集まった。彼は軽い傷を負い、怒りの面持ちでロランを睨んでいた
この光景を見ている侵蝕体自身は遠くに離れているため、ふたりの影は身動きしかわからず、その声は聞こえない
突然、少年は怒ったように壁を殴り、影の壁にも実体と同じく亀裂が現れた
どうやらあの少年は構造体のようですね
ふたりの会話は愉快なものではないようだ。少年がロランの制止を振り切って走り出したかと思うと、ふたりの影はそれを見ていた侵蝕体の視界から消えた
ついて行きましょう。指揮官