ヴェロニカによって大きなガラス窓から押し出されたあとも、人間は戦うことを諦めなかった
そして、つい先ほどまで腕の中で昏睡していたエリーナも、ゆっくりと目を開いた
[player name]……
人間は周囲を見回す。夜はまだ明けず、夜明け前の霧が流れている
……私も、手伝います
昏睡から覚めたばかりのエリーナは無理に体を起こそうとしたが、[player name]はそっと肩を押さえた
自分の身の安全を確保した上で、最大限に探偵を助ける……
少女は、かつて交わした約束をなぞるように呟き、その声は次第に小さく消えていった
そう告げると人間はくるりと背を向け、ためらうことなく危険の渦へと飛び込んだ
まだ終わりではない。「血飢の妖鳥」の予言が、こんな形で現実になってはならない
怪しげな宴は最高潮を迎え、全ての「参加者」が完全にこの奇妙な空気に浸っていた
ただひとつ、屈することのないその影だけが、なおも全身全霊で抗い続けている
人間は彼女のもとへ歩み寄る。決して屈しないその姿に向かって身を屈めると、片手で彼女の手首を強く掴み、その理性を繋ぎ止める楔とした
そして銃を構え、眼前の邪悪へと照準を定める
飛び出した弾丸は流れてくる無数の影を貫き、この異様な宴に不協和の一音を打ち込んだ
だが反撃する影は潮のごとく押し寄せ、人間の体に絡みついてくる
冷たくぬめる感覚が、一瞬にして全身を覆った
形なき影の中で、人間は無数の雑多な声を聞いた
怪影の喧噪でもなく、邪神の誘惑でもない
それは過去から届く、真摯な願い。かつて生きていた者たちの声だった
かつてこの街に暮らしていた人々の声――今はただ、微かな残響のみが漂っている
このままじゃ皆、霧の中に閉じ込められて死んでしまう……
いっそ飛び出すのはどうだ?この霧さえ突破すれば、なんとかなるだろう
根拠のない話はやめてくれ。ここにいれば、少なくともヴェロニカ保安官が守ってくれる
彼女が毎日霧の中を巡回してくれているお陰で、夜はぐっすり眠れる。窓からバケモノが入ってくる心配もない
この気味の悪い霧って、もしかして……神様からの罰とか?
でも、何も悪いことなんてしてないのに……こんなの不公平だ、理不尽だ!
そういえば「安らぎの家」って場所があるらしい。そこで祈れば、神様に願いが届くって。この霧が早く晴れるように祈るのはどうだ?
「安らぎの家」の入口に灯るガス灯は、霧の中で揺らめき、安らぎと光を人々へと送り続けていた
そこを訪れる者は、日ごとに増えていく
恐ろしい霧の中で、人は寄り添い、温もりを分かち合い、心を鎮める言葉に耳を傾ける。それは、虚ろな霧の中で最も確かな拠り所だった
そしてひとりの男がここで微笑みながら、人々に「希望」を与えていた
この霧は、我々とこの街に課された試練だ
俺は自身の敬虔さをもって、皆の祈りの声を全能の神に届けた。そして神もまた、応えてくださった
神が求めるのは、我々が一丸となり、最も真摯な心で真の守護者の到来を迎えることだ
その守護者は霧の中を歩み、翼を広げ、全てを庇護する
だがその代償として、皆が捧げるべきものがある
霧はなお流れ続けている。「安らぎの家」に満ちる人々の声は、もはや生気を失っていた
それはまるで、彼らのものではない邪悪な力が、その口を借りて真偽も定かでない言葉を吐かせているかのようだった
今日もまた……事件が起きたらしい……
また誰かの血が……全部吸い取られたって……
それは……払うべき代償だ……
我らを守る血飢の妖鳥を降臨させるには、代償が必要だ……
次が私でも……構わない……
かつて住民に宿っていた命は、「安らぎの家」の中で少しずつ静かに消え去っていった
血肉で成り立つはずの体から、生命力がじわじわと失われていく
やがて、その「人間」たちの肉体を動かしているのは、無数のネズミとなった
その生ける屍には、もはや自由意志など一片も残されていない
喧騒もいつしか消えてなくなった
人間の体にまとわりつく影が、次第に冷たさを増していく。自分が徐々に「宴」の一部になりつつあるのを感じていた
素晴らしい……宿命を受け入れるのです、血飢の妖鳥よ
あなたの獲物は、すぐ目の前にある
虚ろな目をした住民たちは、次々と前へ進み出て、地にひれ伏した
彼らは、祈り続けた奇跡の降臨を今か今かと待っている
妖鳥よ……我らに……ご加護を……
我らは……待っていた……妖鳥を……ずっと……
あの者を……殺せ……
あの者の血を……吸い尽くせ……
意識が影のもたらす苦痛に呑まれかけながらも、人間は懸命に体を支え、必死にヴェロニカの両肩を掴んだ
その言葉を聞いた彼女は、ふっと笑みを浮かべた。そこには揺るぎない決意が宿っていた
至近距離で見つめたその瞳に、人間は多くのものを感じ取った。確信、覚悟、そして決して振り返らぬという強い意志――
いや……もう決めた
お前を失望させるかもしれない。だが、決めた
彼女は身を屈め、人間をしっかりと腕の中に抱きしめた
力のこもった言葉が、一語一語はっきりと人間の耳に届く
ただし……お前を犠牲にすることだけは、絶対に選ばない
誰であれ、私を屈服させることはできない。たとえそれが忌々しい「神」であっても
下劣な罠を張り巡らせ、私を弱らせ、退かせ……最後には醜い怪物に仕立てようとしたのだろう
フン……数えきれない嘘と、数えきれない無残な死。その全てが、私の弱さと屈服を引き出すためだけのものだったとは
見当違いもいいところだ!私は誰にも屈しはしない!
「妖鳥」の降臨が見たいなら、見せてやろう!真の妖鳥の姿を!
受け入れてやろう!この宿命を!
私こそが……真の妖鳥だ!
彼女は頭を垂れ、人間の首筋に歯を立てた
真の血飢の妖鳥のごとく、その全ての力を解き放つ
しかし彼女が貪っているのは、人間の温かい血液と生命ではなかった。彼女は人間の全身を覆う影を全て呑み尽くした
……!!!
飲み込まれた影は、烈火のように彼女の喉を焼き尽くしていく
人間は感じ取った。すぐ傍にあるその身が、際限ない苦痛に必死に耐え、もがいていることを
影は彼女の体内を駆け巡り、その不屈の意志を侵し、同化させ、邪悪な力にひれ伏させようとした。だが彼女は全力で抗った
その決意を感じ取り、影は更に激しく荒れ狂い、執拗に屈服を迫る
血肉が影に引き裂かれ、鮮血が流れた。それでもなお彼女は屈しなかった
この程度か……!
そして彼女が喰らい尽くした影は、その戦意に呼応するように、やがて背に宿る双翼を形作っていく
今こそ全てを……終わらせる時だ!
