豪華な装飾が施された市政庁内――市長はその議会ホールの机に向かい、青ざめた顔で座り込んでいた。目の前に立つシュトロール警部を、長いこと無言で見つめている
重苦しい焦燥が、黒雲のように市長の頭上を覆う。一行の絞首刑を許可して以来、耳に入ってくるのは悪い知らせばかりだった
絞首台から逃げ出した[player name]一行。そして「異種」研究に関しても、学会からは一向に成果の報告が上がってこない
ついに市長は、胸の内に溜め込んでいた不満をぶちまけた
お前の部下どもは何をやっている!これだけ時間をかけて、まだあの連中を捕らえられんのか!
絞首台から逃げられるなど前代未聞だ!今頃は悠々と街を出て、更に濃い霧を呼び寄せ、我々全員を狂わせるつもりかもしれん!
街の霧が濃すぎます。この霧の中では、人は長く正気を保てません
すでに人員は出していますが、霧の中へは入れません。そのため、まずは影響の及んでいない区域から捜索しています
今の状況では、彼らを見つけるのは困難です。霧が晴れるのを待つしか……
もういい、よくわかった。お前も部下も穀潰しの集まりだ。この税金泥棒め
いっそお前たちも絞首台に送ってやればよかったよ
今すぐ捕まえろ![player name]と、
シュトロール警部は一瞬言葉を詰まらせたが、結局何も言わずに扉を閉めて出ていった
その背後で、市長は手にしていたカップを乱暴に扉へと投げつけ、会話を打ち切った
シュトロールが去ってからも、怒りは収まらない。市長は議会ホールの中を何度も往復し続けていた
忌々しい異種どもめ!
やつらを捕らえたら、絞首台は市政庁のホールに設置してやる!ひとり残らず、息絶える瞬間をこの目で見届けてやる!
実験室に引きこもっているあの連中もだ!「異種」を1匹残してやったというのに、いつまで経っても霧の原因を突き止められんとは!
市長は悪態をつきながら議会ホールの扉へと手をかけた。廊下でも忙しなく歩き回るつもりだったのだろう
しかし、ドアノブに触れた瞬間――扉が丸ごと吹き飛ばされた
……!!!
まず市長の目に飛び込んできたのは、[player name]の手に握られた銃だった
そして、
「異種」だ!!!誰か来い!!!やつらを捕らえろ!!!
だが、その叫びは虚しく議会ホールに響くだけだった。応じる者は誰ひとりとしていない
その時になって、ようやく市長は気付いた。ここに駐屯していた警官たちを追い払ったのが、自分自身であることに
シュトロール警部に命じ、霧の中の「異種」を追わせた結果――最も無防備になったのは、この議会ホールにひとり残された自分だった
この命知らずどもめ……!
フン、こちらも馬鹿ではない。手札くらいわかっているさ
お前たちの仲間を解放すれば、霧を恐れぬ異種どもはそのまま逃げるに決まっている。この千載一遇の好機に、何もせずに死ぬつもりはない
それ以上は語らず、[player name]は視線だけで仲間に合図を送った
カア!確かにこの部屋は息が詰まりそうだ!外の空気を吸ってもらおう!
偉大なる市長様、こちらへどうぞ!
ここまでの道中、風がなかなか気持ちよかったんですよ!ぜひ市長様にも「味わって」いただきたくて!
「猟魔の狩人」は片手で議会ホールのガラス窓を乱暴に開け放つと、市長の襟元を掴み、そのまま窓の外へと突き出した
うわああああ!!!
市長の体が、酷く滑稽な姿勢のまま宙吊りにされる。頭だけが外に曝され、「猟魔の狩人」にがっちりと押さえつけられていた
窓の外では、暗闇の中を流れる霧が街の夜景を覆い隠していた
その中を彷徨う怪影が、人間の理性の匂いを嗅ぎ取ったかのように、ゆっくりと近付いてくる
やめろ!!!何でもする!!!だから、中に入れてくれ!!!
あら?それがお願いする人の態度?
鋭い触手が、恐怖に歪む市長へと迫る
……!!!
空気を裂く音とともに、巨大な鎌が市長に襲いかかる触手を断ち切った
同時に「猟魔の狩人」は市長を室内へと引き戻し、そのまま床へ叩きつける
短い騒動が収まると、その人は血の気の引いた市長の前へと歩み寄った
ゲホッ、ゲホッ……いいだろう、お前の仲間は解放する。だが、その代わり……ひとつ条件がある
笑わせるな。あれだけ霧を呼ぶ「異種」だと決めつけ、処刑しようとしておいて
よくもまあ、今更条件なんて口にできたものだな
頭に風穴を開けたら、少しはまともになるかしら
その人の仲間は、冷ややかな視線を向けるだけだった
市長はゆっくりと体を起こし、襟元を整えた。つい先ほどまで死の淵にいたにもかかわらず、すでに老練な政治家としての顔が戻りつつあった
今の彼は、これまでの怒りも苛立ちを完全に押し殺し、決して失敗の許されない交渉に全神経を集中させていた
望みを言え。報酬か、名誉か……それとも別の何かか?
……いいだろう、これで交渉の「価値」がはっきりした。話は早い
お前の「仲間」を解放し、お前たちの死刑判決も撤回しよう。これを、我々の良好な協力関係の始まりとする
その言葉を聞いた市長の目が僅かに光る。まるで命綱を握るかのように、交渉の要をしっかりと掴んだ
ここからが本題だ。これからお前たちは「異種」ではなく、霧を調査する「調査員」となる
どうだ、「調査員」?この提案、真剣に考える価値はあるだろう
これまでの行動を見るに、仲間を大切にしているのはよくわかった。ならば全員に、無実を証明する機会を与えてはどうだ?
しかしその人の仲間はその言葉に乗らず、態度で答えを示した
長々としゃべりやがった割に、中身がスッカラカンじゃねぇか!
ネイティア、その鎌でこいつの顔をぶち抜いてやれ!
珍しく意見が合うわね、モリガン
おいおい、そういう憂さ晴らしは俺にやらせてくれよ。俺が一番ムカついてるんだからさ!
今にも乱闘になりかけたその場をその人は手で制し、静かに市長を見据えた
取り繕っていた市長の冷静さは、そのひと言で徐々に崩れ始めた
……よく考えろ。この取引を拒めば、お前の仲間は二度と戻ってこないぞ!
今、あの女の命を握っているのはこの私だ!
人間の返答に感情は見えない。だが、揺るぎない意志だけがはっきりとあった
それは不公平な「取引」を成立させたのではなく、ただ純粋に
……交渉成立だ
市長は辛うじて体裁を保ちながら、目の前にいるその人に手を差し出す
しかし相手は、その虚飾と打算に満ちた「握手」には応じなかった
目的を果たすと背を向け、1度も振り返ることなく立ち去った
「異種」たちの姿は、夜の闇へと溶けていった。彼らには、今まさに向かうべき場所がある
石畳を踏む足音が、静まり返った夜の街に響く
霧がもたらした恐怖は、人々の勇気をすっかり奪い去っていた。外を歩く者は誰ひとりとしておらず、街は眠りに落ちたかのような静寂に包まれている
その中を進む人間は、誰もいない異様な世界に足を踏み入れたかのように感じていた
しかし――その静寂は、突如として破られる
動くな。手を上げろ
声は意図的に低く抑えられていたが、その聞き覚えのある少女の声は、一瞬で人間の胸を打った
驚きと喜びが入り混じり、やがて胸の奥に熱く広がっていく
再会の喜びの中、「グレイレイヴン」は彼女の「芝居」を見抜きながらも、黙ってそれに付き合うことにした
こうなるよ――バン!
思わず笑みが零れた「グレイレイヴン」は、言われた通りにゆっくりと手を上げる
ふふっ、いい子!こっち向いていいですよ
振り返った先にいたのは、見慣れた姿だった
雲がちょうど切れ、高く浮かぶ満月が辺りを照らし、少女の体をも包み込む
エリーナは高所に腰掛け、足をぶらぶらと揺らしている
先ほどの冗談の続きのように、彼女は指で「銃」の形を作り、目の前にいる人間へ向けた
その顔には、いつもと変わらない笑みが浮かんでいた。まるで人間たちと別れたあとの出来事など、気にも留めていないかのようだった
あなたが市政庁から出てきた時から、ずーっと見てたんです
ずっと心配してたんですよ?絞首台から逃げられなかったらどうしようって
でも、あの時すぐに姿を見せてしまったら……今みたいな「サプライズ」にはならなかったでしょう?
約束、ちゃんと守ってくれたんですね、[player name]。その焦った感じだと、ちょっと待たせすぎました?
う~ん……一番は、あなたのお陰かな
少女の笑みが優しくなる。彼女は指で作った「銃」を下ろし、代わりに小さなものを人間へと投げた
それは空中に弧を描き、手の平へと収まる
灰色の羽を模した金属製の装飾が、人間の手の中で微かに光を放っていた
それを見つめながら、人間は微笑んだ。彼女に何があったのか、その全てがありありと頭に浮かんでくる
学者たちの注意を逸らし、この装飾を「鍵」として使い、少しずつ魔枷をこじ開けたのだろう
――そう。だからあの時、飛び出したんです
でも、あれだけじゃ足りない。ちゃんと「本当のハグ」をしなきゃ……こんな風に!
少女は腰掛けていた高所から飛び降り、その勢いのままその人の腕の中へと飛び込んだ
しっかりと抱きしめ合い、「足りなかった分」を埋める。やがて少女は1歩下がり、にこやかに人間を見上げた
私、嘘はつきません。待っててって言ったんだから、戻ってくるに決まってるでしょう
だって、あなた以外のことはほとんど覚えてないんです。出会う前の私は、空っぽだったみたいに
あの「学者」たちには「記憶喪失ごっこ」って言われたけど……本当にないんですもん
自分が誰なのか、どこから来たのか、何をしてきたのか……全部、思い出せないんです
「学者」たち、ずっと脅してきたんですよ。霧は何なのか、私が引き寄せたんじゃないかって
段々、私自身もわからなくなってきて。昔の私は、本当に酷いことをしたんじゃないかって……でも、その記憶すらないし……
その話題に触れた途端、少女の表情から笑みが消え、声も沈んだ
だが人間は、安心させるように彼女の指先をそっと握る
……うん、私はあなたの「助手」。どこへだって一緒に行きます
長い沈黙の後、少女は再び笑顔を見せ、目の前にいる人間に答えた
この先に待つのが得体の知れない霧であり、その真相がわからなくとも、この揺るぎない意志だけは何ものにも阻まれることはない
最後の[player name]の仲間が、ついに
おお、ついに全員揃ったか!こりゃ盛大に祝わないとな!
モリガンは「沈黙の送葬」の肩から羽ばたき、戻ってきたばかりの少女の前へと舞い降りる
「異種」なんて呼ばれても、真の悪人にはならないのね。今日、何度地獄送りにしてあげようと思ったかしら……
いっそ、徹底的に悪人になった方が楽なんじゃないかって思うわ
「沈黙の送葬」はそれ以上言葉を発さず、手にした鎌を軽く振るった。その刃は、人間に迫っていたいくつもの怪影の触手を切り裂く
怪影は力なく崩れ落ちたが、切断された触手はなおも蠢き、人間の理性を貪ろうとするかのように再び襲いかかった
その瞬間、巨大な刃が振り下ろされ、叩き潰された触手は粘液の塊と化した
おっしゃあ!ナイスヒット!
やっぱり、時計塔での「見せ場」は俺がやった方がよかったんじゃない?
討伐を終えた「猟魔の狩人」は、無造作に大剣を肩へと担ぎ直した
「真相」よりも、自分の見せ場の方が大事な人がいるとはね
「深紅の女爵」の太刀には、霧の中で斬った触手の粘液がまだ残っている。その冷たい視線は、霧の奥へと向けられていた
彼女は何も言わず、そのまま歩き出す。すれ違いざま、エリーナへと一瞬だけ視線を落とした
……
その時、一同の頭上から「血飢の妖鳥」の声が響いた。彼女の姿は屋根の影にほとんど溶け込んでおり、背の翼だけが辛うじて見える
静かに、何か来る
……「古き神の囁き」だ
濃い霧の奥深くから、微かな声が聞こえてきた
不気味な囁きが、人間の意識に直接入り込んでくる
夜の帳の下、霧は街全体を覆い尽くし、全てを死の静寂へと引きずり込もうとしている
その中で蠢く怪影だけが、微かに不気味な声を発していた
全ての憎悪、怨恨、そして隠された真相は、この渦巻く霧の下に沈んでいる
人間は、その底知れぬ霧を見据えた。そして霧もまた、それに応えるかのように「異種」と呼ばれる者たちを見返していた――
